───今より半世紀も昔、ある奇跡の儀式が執り行われた。

 アインツベルン、マキリ、遠坂。この三つの魔術師の家系が協力し、お互いの秘術を提供し合って作り上げた大儀式。

 その儀式の名を『聖杯戦争』

 膨大な力を持つ英霊の性質を利用したこの大儀式は、成功した暁には聖杯を追い求めた彼らを根源の渦へと導いてくれる筈だった。

 そう、筈だったのだ───。


 ────1度目の戦いから時を経て、此度また2度目の悲願の時が訪れる────!




「前回の失敗の教訓を生かし聖杯戦争に表向きのルールを付け加える……」
 深夜、遠坂邸の地下工房で落ち着いた声が一つ、誰に訊かせる訳でもなく呟きを漏らしていた。

「勝者はただ一人のみ。その他の敵対する六組は全て排除してしまえば良いのですね、はい判っています。全てはアインツベルンの悲願成就の為に」
 同じくしてアインツベルン本城にて、雪の様に白い美貌の女が頭首ユーブスタクハイトに出立の挨拶をしていた。

「呵々々。まあつもるところ早い話が実力勝負、と言うことだ。今度こそは───そう今度こそは我がマキリの宿願を果たす時よ!」
 同様にその頃、マキリの地下修練場でも大妖術師が己の弟子に説明をしているところだった。



 前回の聖杯降霊儀式は無残な失敗に終わった。

 ユスティーツァ・アインツベルン、マキリ臓碩、遠坂永人父娘たちが協力して作り上げた聖杯降霊のシステムは見事に完成し、七体の英霊を召喚することにも成功した。
 しかし、その後彼らを待ち受けていたものは聖杯の正当な所有権を巡っての対立であった。
 聖杯を追い求める同胞から聖杯の入手を邪魔する怨敵へと切り替わった彼らは己以外の所有者など断じて認めぬと殺し合いを始めた。
 だが彼らの戦いは一向に決着を向かえず、ついには聖杯降霊の限界期限を過ぎてしまい聖杯探求者たちの一度目の悲願は泡のように消え失せたのだった。

 そこで御三家はこの失敗を活かし冬木の聖杯戦争に新しくあるルールを組み込むことにした。
 七騎のサーヴァントと七人の魔術師による血で血を洗う悲願と生き残りを賭けた殺し合い。
 それが冬木で執り行われる聖杯戦争───!



 七騎七魔の生贄たちよ、

───聖杯の奇跡は唯一人の許に───

 己以外の血でその杯を満たすがいい、

───汝、奇跡を欲するなら───

 さすればその悲願は汝が手の内に顕れる。

───その身を以って最強を証明せよ───!



      Fate/Another Servant
                               HeavensFeel 2











───────────────────────────────────Another Servant    プロローグ───────────

────Master Side アインツベルン────

 コンコンコンと硬そうな戸を叩く音が響く。
「準備が整いました、お嬢様」
 仰々しい格好をした侍女がドアの外から己の主人に声をかける。
「ええ、わかっています。こちらも準備は出来ました」
 もう一人の侍女に着替えさせてもらい終えた女主人が無機質な声でそう返した。
「失礼します」
 一礼して部屋に入って来た侍女は自分の主人の姿を確認すると思わず息を呑んでしまった。
 煌びやかな衣装を身に纏った完璧なまでの美貌がそこにある。

 いよいよ始まるのだ。アインツベルンの永きにわたる悲願成就の時が……。
 そして己の主人が野蛮な殺し合いに参加しなければならない時が───。

「ではお嬢様こちらへ、サーヴァントの召喚儀式に必要なものは全て揃っております」
 一瞬洩らしてしまった緊張の気配を素早く隠し侍女は己の役割を再確認する。
 自分たちは己が主を支えるために此処にいる。
 自分たちは主の手足になるために存在してにいる。

「あなた達、最後に確認しておきますけど、召喚のために用意した触媒は間違いなく彼縁の品なのですね?」
 侍女達に先導されながら彼女は問い質す。間違いなく勝てるカードなのかと。
「それは間違いございませんお嬢様。御館様の御指示通りの物を入手致しましたので」
「紛れも無く彼の英雄の紋章でした」
 侍女達の答えに満足したのか彼女は、そう。とだけ呟き再び目的の部屋まで歩いて行った。







────Master Side 遠坂────

「ああ、わかった。それでは何かあったら連絡を入れてくれると有難い」
 そう言って宝石魔道器の通信を終了した遠坂はふむ、とそのまま椅子に座りながら黙考を始めた。

 彼は今回の聖杯戦争に参加する遠坂家のマスターである。
 貴族に相応しい気品と赤いスーツを身に纏い、明治日本の政治家たちと同じく西欧の偉人(政治家)に倣い髭を生やしている。

 前回の儀式が失敗した原因は聖杯の所有権が結局最後の最後まで決まらなかったからだ。
 そうして御三家が最終的に出した結論は、話し合いでは解決することはない、もはや実力で獲得するのみ。という事だった。
 そこで御三家が思い至ったのが御三家と後四人の外部の魔術師にそれぞれサーヴァントを召喚させ、四人のサーヴァント諸共マスターに生贄になって貰おうと言う戦略だった。
 どんな願いでも叶うと言う聖杯(エサ)ならば生贄(英霊、魔術師)は必ず釣れると御三家は確信していた。

「マキリのご隠居は恐らく代理を立てるだろうな、アインツベルンも十中八九聖杯の守り手であるホムンクルスがマスターだろう」
 アインツベルンもマキリも真の当主はまず前線には出るまい。
「日本にいる雨生には既に声を掛けているし、ソフィアリの次男も話を知っているはず」
 これで計算上は御三家と雨生、ソフィアリで五人の魔術師は少なくとも集められる。
 わざわざ教会と協会の目が届きにくいこの地を選んだからには流石に大々的な宣伝は出来ない。
 故に御三家は水面下で魔術師を集めなければならなかった。

「しかしそれでもまだあと二人足りないか……いくら人数が足りない時は聖杯が人数合わせをやってくれるとはいえ、やはりマスターは我らのような誇りある魔道の者がなるべきもの。
 他にも声をかけたとは言え上手く魔術師七人が集まってくれれば良いが……」
 遠坂はそんなつまらない感傷を振り払うかのように椅子から立ち上がると、そのまま奥の儀式の間へ歩いて行った。
 サーヴァント召喚の触媒は既に用意出来ている。
 彼の偉大な勇士であり王である英雄が使っていたとされる尖った名剣。
 まさかこんなとんでもない物が手に入るとは……。
 やはり彼の宝石翁の弟子ともあれば、そういうものにも何かと融通が効くのだなと此処には居ない大師父に感謝した。

 今や世間は維新だ攘夷だ新政府だと慌しいがそんなことは今の彼には何の関係もない話だ。
 遠坂の体にはとっくに令呪の兆し、聖痕が現れている。
 今回こそは必ず最強の札を手に入れ聖杯を完成させて根源へと辿り着く。

 前回果たせなかった遠坂の悲願は…必ずや私が成し遂げてみせる───!







────Master Side 間桐────

 湿っぽい腐臭と無数の蟲が蠢く穴倉の中に二人の魔術師がいる。
「説明を終えるが何か気になることはあるか?」
 皺枯れた見た目とは裏腹にしっかりした語調で老魔術師が説明を終えた。
「ふん無いさ。今まで耳が痛くなるほどに聞かされ続けたんだ、今更質問なんてあるはずも無い。なあ、お・爺・様?」
 癖のある緑色の髪の毛をかき上げながら今回の聖杯戦争に参戦する袴姿の若者 ー間桐のマスターー が答えた。
 最後の「お爺様」の部分を思いっきり嫌味ったらしく言ってはみたがこの爺には意味は無いことなんて分かっていた。
「カッカッカ。結構結構、そうでなくてはのう」
 臓碩は孫のふてぶてしい態度ににんまりと破顔する。

 間桐の魔術師は後継者に据えられた時点で臓碩の支配と時期が重なれば聖杯戦争の参戦が決定付けられている。
 これはもう暗黙の了解とも言って良い。マキリの業を習得すると言うことは臓碩の傀儡になると言うことと変わりないのだから。

「で、そもそも英霊なんて連中を俺如きに召喚なんて出来るのか?」
 刺々しい態度だけは変えずに臓碩に問う。
 間桐の魔術師としてのレベルはどうしようもなく並だ。恐らくマスターになったとしてもその適正力は並も並が良いところだろう。
 いくら既に聖痕が刻まれていると言ってもその疑問だけは解けなかった。
「案ずるな、サーヴァントの召喚は聖杯がやるものだ。お前はただ呼寄せられるサーヴァントの道標としてそこにおれば良い」
 弟子の疑問に答えながら臓碩は前回の聖杯儀式を思い出す。
 聖杯儀式のシステムは完璧だ。ユスティーツァを筆頭に遠坂の秘術とマキリの秘術を合わせた芸術とも呼べる大儀式のシステム。
 例えマスターがどのようなカスマスターであろうとも必ず英霊を召喚できると言う自信が臓碩にはあった。

「ふん。自画自賛ってやつか?」
 そんな臓碩の自信有り気な表情から祖父の内心を読んだのか皮肉気に間桐は鼻で笑った。
「カカ、そう言うな。アレは我らが手にするべきもの。自分の物を愛でてもバチなどあたるまい」
 孫の皮肉を流しながら思い出したかのように臓碩は改めて真面目な口調で言葉を続ける。
「ところでな。お前のサーヴァントの召喚用触媒だか、上手く見繕えなかったのだ」
「……は?」
「聞こえなかったか?一次召喚触媒は無いと言ったのだ」
「ば、馬鹿じゃないのか爺!あんたまさかもうろくしてこの土壇場で痴呆けたんじゃ無いだろうなっ!?」
 信じられないと怒りと狼狽を露わにする孫の滑稽さにさも愉快そうに臓碩は答えた。
「落ち着け馬鹿者めが。儂が言っておるのはな、英雄の直接的な縁の召喚媒介が無いと言っておるだけじゃ」
「直接的な……召喚触媒?」
「左様、要するに生前その英雄が使っていた剣や道具や紋章と言った触媒のことだ」
「おいおい爺さん、それじゃやっぱりサーヴァントを呼べないだろうが!戦う事に文句は無いがサーヴァントが居なくて戦えるか!」
「最後まで聞かぬか。そこでじゃ、お前には一つ運試しをやってもらおうと思っての」
「運試し……だって?」
 大妖術師の眼が妖しく灯る。
「応とも。これを触媒にサーヴァントを呼び出すがいい」

 そう言って臓碩が彼に差し出したのは朽ち掛けているちっぽけな亀の爪だった。








────Master Side ソフィアリ────

 ───ソフィアリ家。
 時計塔の名門の一つに数えられる魔術師の家系である。
 そんな名門からでもマスターは参戦してくるのだ、己の願いを叶える為に。

 彼はソフィアリ家の次男だった。
 名門の家系に生まれながらも長男で無いが故に決してソフィアリ家の栄光を手にすることは出来ない半端者。
 にも関わらず彼は魔術を学ばされていた。

 通常魔道の家系は一子相伝。
 よほどの大家でもない限りは跡継ぎ以外の子供は養子に出すか、自分の家が魔道の家系であると知らされずに育てられる。
 しかしソフィアリ家はそのよほどの大家であったのだろう。
 貴族としての誇りなのか、選ばれた者としての誇りなのか、跡継ぎ以外の子供にも魔術の手解きを行っていた。
 これは家督を継がない政略結婚くらいにしか利用価値の無い女児であったとしても例外ではなかった───。

 自身には家督とソフィアリ家魔術刻印が継承されることなど決して無いと言う現実と名門の魔術師であるという誇りが常に彼を苛んだ。
 兄はソフィアリの魔術師として栄光を約束されているのに自分はどうしてそれが無いのかと。

 幼いながらにその現実に直面して以来、彼は己の才能を世界に示すために努力と奮闘を続けた。
 自分はソフィアリ家の者である時点で他の凡俗な連中とはそれだけで才能が違うのだと。
 才能だけなら自分は兄をも超えている。無かったのは生まれるのが少し兄より遅かったと言う運気のみ。
 ならば後は自分が兄を超えていると証明すればきっとソフィアリ家当主も後継者を考え直すだろうと信じていた。

 そうして、そんなある日。日本の遠坂が幸運を運んでくる。
 なにやら極東の島国でどんな願いでも叶えられると言う奇跡の儀式があるため是非参加して欲しいと。

 それを知るやいなや、

「そうだ、ジャパンに行こう」

 彼は日本へ旅立った───。








────Master Side 雨生────

 雨生家は日本の魔術師の家系である。
 日本でも行なわれたキリシタン狩りなどの異端狩りから逃げ延び、ひっそりと魔術の研究を続けていた。

 そんな折、遠坂家の現当主が雨生へ翡翠で作った鳥の使い魔を送って来る。
 手紙にはなんでも遠坂が管理する土地で聖杯降霊の儀式をやるのでマスターとして参加して欲しい。とのことだった。
 初めは手紙の内容に全く興味が沸かなかった雨生だが手紙を読み進めるうちに面白い内容であることに気づく。


───聖杯戦争における参加条件とルール

1、マスターは令呪を宿した魔術師であること。(ただし、魔術師の格や経験は問わないとする)
2、召喚したサーヴァントを従えること。

───召喚される英霊の各クラス

1、確定枠に セイバー、ランサー、アーチャーの三騎士。ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカーの基本枠。その他特別枠。
2、バーサーカー、アサシンは召喚の詠唱に一文を加えることによりマスターが任意に召喚することが可能。

───聖杯獲得の勝利条件

1、自分たち以外の六人のマスターと六体のサーヴァントの排除


 どんな願いでも叶えることの出来る聖杯召喚の大儀式。
 普通ならばこんな常識を疑われかねない与太話は決して信じない。
 だが彼らは奇跡と神秘を操るその常識の外にいる者たちなのだ……ならばこれがただの与太話な筈が無い。
 もし奇跡が本物ならいくら魔術の研究をしても何人の人間を犠牲にしても良い世界が手に入るかもしれない……。

 雨生は遠坂の手紙を全て読み終えると聖杯戦争のことを記録に残し、冬木の地へ行く為に英霊召喚に使えそうな触媒を探すことにした。







────Master Side ゲドゥ────

 この世界には一大宗教の裏側に普通に生きていればまず関わることが無いであろう組織が存在する。
 ───その名を聖堂教会。
 神の教えを守る為に存在する神の代行者を名乗る者達の組織である。
 そして、この男もそんな異端を狩る神の代行者の一人だった。

 彼の名はゲドゥ。
 孤児院出身のこの男は聖堂教会に拾われて以来、教会に忠誠を誓い表では牧師を勤め裏では代行者として異端と戦っていた。

 そんな彼に今回下された指令が極東の地で魔術師どもがやっているらしい儀式の調査であった。
 なんでも噂によればその儀式に聖杯が関わるとか関わらないとかいうことらしい。

───指令内容
極東の地で噂されるその儀式を調査し、もし聖杯が関わっていた場合には本物ならば回収し、偽者であるのならば否定せよ。


 牧師は指令書に目を通しながら目を細める。
 教会の命令とあらば是非も無い彼だが内心では喜んでいた。
 儀式に関わっているのが魔術師であるのならば、もはやそれだけで教会に盾突く異端者である。
 異端者を好きな様に殺して、ましてやその倒した敵が女であったならばその場で犯し、好きなだけ嬲りものにしても良いとあっては嬉しくないわけが無い。

「おお、聖堂教会よ。今回もまた素晴らしき任務に感謝します。アーメン。」

 牧師は口元に歪な笑みを浮かべながら祈りの言葉を口にした。







────Master Side 沙条────

「お爺様、どうしてわざわざこんなところにまで足を運ぶ必要があったんですか?」
 豪奢とまではいかないが上品な着物着込んだ少女がムスっとした表情で祖父に声をかけた。
「ん~なんじゃ、今更不服と申すか綾香よ?」
 膨れっ面の孫をホッホッホと笑いながら立派な袴を着込んだ初老風の男が振り返る。
「いいえっ!不満と言うよりも疑問なんですっ」
 そんな様子の祖父に相変わらずの表情で答え返す綾香。
「今や世間じゃ攘夷だの維新だの新政府だの明治だのと慌しいじゃないですか。
 なのにこんな時期にこんな場所まで……魔術の修行なら別にこんな所で無くても出来たじゃありませんか」

 確かに彼女の言うことはもっともである。
 魔術師の家系である沙条家なら魔術の鍛錬を行う場所なんて幾らでも───とまではいかないがちゃんとある。
 にも拘らず彼女の祖父は孫娘を連れてわざわざこんな遠い土地までやってきたのだ。

「儂の友人にな、確か円蔵山だったかな?まあとにかく冬木の寺で住職をやってるの友人がおってな」
 頭の回転が速い綾香はこの時点で祖父の思惑に気づいてしまった。
「………つまり魔術の修行とは名ばかりの物見遊山、ってわけですね?」
 そうと分かってたらついて来なかったのに、と祖父に聞こえないように一人愚痴る。
「はっはっはっ!いや~のう。自慢の孫娘を彼奴に自慢し倒してやりたくての~。こんなめんこい娘は中々おらぬでなホッホッホ!」
 わっはっは~!と綾香の先を歩きながら溺愛する自慢の孫娘を褒めちぎり一人悦に入るハッスル爺。
「どこが自慢なのよ……わたしなんて綺麗でも無いし可愛げ無いし眼鏡だし眼鏡だし眼鏡だし……ブツブツブツ」
 そんな上機嫌な祖父の後姿を眺めながらますます不機嫌になっていく綾香。


「だがの綾香よ」
 しばらくしてから、突然先を歩く祖父に声を掛けられて彼女は頭を上げる。
「何もただ物見遊山に行くわけでは無いぞ?」
 想定していなかったことを突然祖父に言われて彼女は思わずふぇ?と間抜けな声を上げてしまった。
「あ───こほん。えと、それはどういうことですか?ただ単にお爺様のご友人のお寺に行くだけなんでしょう?」
「いや。確かにおまえが言うように遊びにも行くつもりだ。だがなその寺のある土地がちと特殊な場所でな」
 さっきまでの緩い表情から一変して真剣な面持ちに変わった祖父の顔を見て彼女は察した。
「あまり良くない場所なんですね?」
 頭の回転がとても速い孫娘に歓心しながらも、

「───うむ。その土地はな、魔術師が管理しておる土地なのだ……」

 少し苦い口調で祖父はそう答えた───。







────Interlude────

 ───声がする。

 声がした。また聞える。呼んでいる。呼ばれている…。
 しかし自分はこの声に応えて良いものだろうか。

 ───また何かを言っている。
 どのような願いでも叶う……と言っているのか……?
 だが願いなど、既に死したこの身には存在しない。

 ───。
 果たして本当にそうなのだろうか?

 ─────嘘だ──。

 そう未練はある、悔いもある、願いはある!
 そうだ……自分には確かにあるのだ!
 生前ついに果たすことが出来なかった祈りが叶うと言うのなら───!


 ───自分は、

          その声に───!









───かくして戦いの舞台の準備は調い、流血と栄光を唄う役者が出揃った
           七騎七魔の願いと死を賭けた物語が今廻り始める───









────Master Side アインツベルン────

「閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 アインツベルンの館の一室でその儀式は執り行われていた。

「――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るベに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 これより彼女、アインツベルンのマスターは己に勝利を与えるであろう騎士を召喚する。
 それは貴人たるアインツベルンの者に仕えるに相応しい能力を持ったサーヴァント。
 ───それがセイバー。
 聖杯が用意する七クラス中最高の能力を誇る最強のカード。

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――」

 儀式は文句の付け所が無い程に完璧で、英霊召喚は一切の問題も無く成功した。
 派手に光やエーテルを散布しながら行われた儀式の結果がそこに「あった」。

 召喚用の魔法陣の中には輝かしいまでの存在感と、人間では比べる事すらおこがましいと思える程の強大な魔力を放つ存在がいる。


 これが───英霊───。
 近くは100年前から、遡って中世、さらには紀元前後へ、そして果ては神々が生きた時代まで。
 永きに渡り多くの人々を魅了し讃えられ崇め奉られた人間の域を超えた超人。
 ヒトの身でありながら神域へ足を踏み込んだ者たち、人間に語り継がれ、崇め奉られて擬似的な神になった者たち。


 磨き抜かれた白銀の鎧は首から足の爪先まで全身隙なく彼を護り。
 肩から左腕付近にかけて赤い大きな十字架を刺繍した純白の外套を鎧の上に纏っている。
 少しばかり癖のある短い金髪と力強い二つの碧眼。
 その出で立ちはまさしく姫君に仕えるに相応しい絵本の中のナイトそのものだった。

 流石の迫力に暫し言葉を失うアインツベルンの侍女たち。
 そんな侍女たちの心境を知ってか知らずか魔法陣から現れた男は目前に居る貴婦人に勇ましく訊ねた。

「問う。貴女がオレのマスターなのだな?」







────Master Side 遠坂────

 同時刻。
 一方遠坂邸の工房でも英霊の召喚儀式が行われていた。

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 召喚儀式を最後まで完璧にやり通した遠坂は口元を綻ばせた。
 今のは遠坂家の名に恥じない終始完璧な召喚だった。ならば当然召喚されているはずだ、私を勝利させる最強の剣が!

 召喚の際に発生した閃光で眩んだ視覚が徐々に戻っていく。
「おおっ……!」
 感嘆の声を漏らす遠坂に応えるかの様に2mはある巨躯の男が口を開いた。

「───貴殿が、私の力を必要とし、我が身を現世まで招来したマスターか?」
 低くそれでいてよく通る声、男らしい太い眉、遠坂と同じく口髭は無いが立派な顎鬚がある。
 少し長めの髪を大きく左右に分けて額を綺麗に出した風格のある面構え。
 硬そうな皮のブーツと丈夫そうな半袖の装束から覗く鍛え抜かれた豪腕。
 勇者の名に相応しい幾多の戦場を潜り抜けてきた外套。そして何よりもその圧倒的な存在感。

「左様、私が貴公をこの現世に呼び寄せたマスターだ」
 胸の内に湧き上がる興奮を勤めて抑えながら遠坂も応える。
『遠坂たるもの常に余裕を持って優雅たれ』と言う家訓が無かったらきっと遠坂は小躍りでもせんばかりに興奮しただろう。
 なにせ今回の聖杯戦争はもはや勝ったも同然なのだ。
 聖杯戦争において最高の能力を持つとされるセイバークラス。
 それが遠坂が呼び寄せたサーヴァント。

 冷めやらぬ胸の高鳴りを抑えながらもまず最初に確認しておかなければならない質問をする。
「まず確認したいのだが、貴殿は彼の勇者、ベーオウルフでセイバーで相違ないかな?」
 朗らかな口調で問うマスターとは対称にサーヴァントは少し済まなそうに口を開いた。
「ん……私がベーオウルフであるのは間違いない、のだがその、だな……マスター………。
 期待を裏切ってしまい大変申し訳がないのだが……今の私はセイバークラスではないのだ……」

 ………な……な、に……………?

「───今、なんと言ったんだ?」
 有頂天な頭に冷水をぶっ掛けられたような感覚。
 今この英霊はセイバーではないと言ったのか?
「……ん、セイバーではないと申したのだ。まことにすまぬと思うが……」
 重ねて謝罪を口にしながらベーオウルフは遠坂にきっぱりと告げる。己はセイバーではないと。

「ちょっと待てどういうことだ?説明してもらいたいのだがベーオウルフ王。
 いや待て、セイバーでは無いのならそもそも貴公のクラスは何だ!?」
「順を追って説明するが、まず今の私のクラスだが闘士のクラスである『ファイター』に据えられている」
 ───闘士?剣士でもなく槍兵でもなく弓兵でもなく闘士だと?

 セイバー、ランサー、アーチャーの三騎士クラスでもなく、ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカーの基本クラスでもない特別クラスのファイター。
 それが今次の聖杯戦争におけるベーオウルフのクラスだった。

「そしてここがマスターの一番気掛かりになっている部分だろうと思うのだが、私がファイタークラスに据えられた原因が良く分からない」
「よく判らないだって?」
 詰問に一つ一つ説明していくファイター。

 ベーオウルフの話ではそもそも自分は召喚時にはセイバークラスに該当していた筈なのだが、
 何故か横から別の英霊がセイバーとして喚ばれてしまったせいで、彼が現世で被る役割が無くなった。
 そのため急遽聖杯が闘士クラスをエクストラクラスとして用意したようだと言うのだ。

「私が推測するに英霊が同時に召喚されたせいでクラスがカチ合ってしまい、最終的にクラスの奪い合いになったのではないかと。
 もしかすると他のマスターが目当てのクラスを優先的に引き当てられるように手を打ったのかもしれない。
 まあこういう例えをするのも妙な話ではあるのだが、私はセイバークラス該当と言う椅子取りゲームに競り負けた。と言う感じだろうか」
 はっはっはと景気良く笑い飛ばしてみるも遠坂は冷めた目でベーオウルフを見つめてくるだけで一緒に笑うことは無かった。

「………………………………」
 沈黙が苦しい。空気が痛い。
 いつまでも沈黙し難しい顔をしているマスターに内心少し落ち込むファイター。

「う……。し、しかしだなマスター!確かに今の私は剣の騎士ではない。がだ!だからと言って私がセイバーに劣るとでも?」
 やはり目当てのクラスでないのが不満なのか、ずっと沈黙し続ける魔術師に英霊は真剣な表情で言い放つ。
「ん……。すまない。ちょっとその件で考え事をしていた。確かに貴公はセイバークラスではないがよくよく考えてみれば何の問題も無い瑣末事だな。
 私が呼び寄せたサーヴァントが勇者ベーオウルフである時点でやはり最強の剣である事に変わりはない」

 確かにエクストラクラスとは言え実際問題としてベーオウルフの能力値はどう贔屓して見てもアベレージを軽く超えている。
 セイバークラスでも無いくせにセイバークラスの英雄とそう変わらない性能をこの勇者は持っているのだ。

 ようやくマスターから許しを得られたファイターは表情を和らげ頼もしく頷いて見せた。

「ところでファイター、貴公がセイバークラスからエクストラクラスになった原因に少し心当たりがある」
「あれだけの説明でか?」
「ああ。クラスの優先獲得なんてそういう真似が出来る可能性があるのは聖杯戦争のシステムを作り上げた我ら御三家のみ。
 少なくとも今回から呼び集めた外部の魔術師ではどうしようもないはずだ。
 となると我が遠坂家を除くとアインツベルンかマキリだが…恐らくアインツベルンの方だろうなセイバークラスを攫っていったのは。
 そういう反則じみた姑息な手段を使ってくるとは……同じ悲願を目指す御三家の一角として嘆かわしいことだ」

 アインツベルンがルールを破る様な真似をしたのと、最高のセイバークラスを強敵の御三家に持っていかれた事が入り混じり苦い顔をしながら説明する遠坂。

「そんな顔をしないで欲しい我がマスターよ。案ずるな、例え敵が竜種であろうと私は負けはしないのだから」
 しかしそんなマスターの沈鬱な表情に対してファイターは、先程言い放った自信を改めて宣誓してくれた。

 そんなサーヴァントの余りにも頼もしい言葉を訊かされ、マスターはやはり自身が選んだ英霊は最強だと改めて確信した。

                                

「─────さて、ファイター。少々の予定外のトラブルはあったものの一応解決した。よって話を最初に戻したいのだがいいかね?」
 先を促がすマスターの言葉に首を縦に同意を示すファイター。
「うむ。まずはこれは貴公を呼び寄せたマスターとして聞かねばならない義務なのだがベーオウルフ、君が聖杯に託す願いは何かな?」


 ───聖杯戦争においてマスターはどうしても知っておかねばならない事柄が二つある。

 まず一つ目は己の『サーヴァントの正体』

 これを知らないと自分のサーヴァントの戦力や宝具、弱点などの性能が正しく把握出来ないからだ。
 
 そしてもう一つは召喚したサーヴァントの『聖杯に託す願望』

 これは聖杯戦争を戦い抜くにおいて互いの信頼関係に関わる重要な要素となる。
 英霊なんて人間以上の存在ともなると無償で人間の下に付く訳が無いと言う魔術師なら当然とも言える考えと、
 自身の願望との相手の願望が対立する願いではないかと言うサーヴァントの考えからだ。

 この二つを解決出来ていないマスターとサーヴァントは信頼関係を築く事が出来ずに最終的に瓦解する危険性が高くなる。
 よって両者にとって一番良い回答は二人の願望が対立することなく、英霊が自分の欲望を正直にマスターに告白すること。
 その場合両者は分かりやすい利害の一致と言う関係の下に信頼を築く事が出来るのだが──さてこの英霊はなんと答えるのだろうか。


「私には特に聖杯に託す願いはない」
 と、このサーヴァントはマスターにとって最悪の回答を口にした。
「なんだって?」
 遠坂の胸に黒い感情が立ち込める。
 何て事だ……折角最強の札を引き当てたところでこれでは全く意味が無いではないか!

 そんな主の胸中を嗅ぎ取ったファイターは素早く言葉を紡ぐ。
「私がこの現世の召喚に応じたのはマスター、貴殿が私の力をどうしても必要としたからだ」

 ──────なんだと?
 この英霊は本当に無償で人間如きに仕えるとでも言うつもりか?しかもそれを信じろと?本気か?

「ではマスターよ、逆に問おう。何故貴殿はあんなにも切実に私を必要とした?」
 思いもよらない事を逆に問われ少し戸惑ったが、遠坂は己の責務と誇りを胸を張り口にした。
「それが私の遠坂家当主としての誇りと責務だからだ。
 熾烈な聖杯戦争に勝ち残り遠坂の悲願を果たすにはどうしても強力な英霊の力が必要になる。
 だから私は貴公を呼んだ。だがそれがなんだと言うのだ?」
 
 前回果せなかった願い。
 自身と同じく遠坂の名を持つ父であった者の、祖父であった者の届かなかったという無念。
 だから私がそれを成し遂げてやらねばならない。
 そうだ、この『遠坂』の名を誇りを持って名乗るのならば───!

「───ならば、遠坂殿ならきっと分かるはずだ」

 そのファイターの一言は遠坂にとって何故かとても深く、とても重く聞こえた言葉だった。

「マスターに誇りと責務があるように私にも誇りと責務がある。
 私はかつてフロースガール王に賜った訓戒を胸に刻み、己の力に溺れる事無くそれを生涯守り通した。
 王の座に就いてからもその訓戒を決して忘れはしなかった……これは私の誇りであり宝だ」
「……それが貴公の誇りだと?英雄としての、人間を超越した者としての自尊心は無いのか!?」
 あまりに魔術師の観点からすれば理解出来ない言葉に語気を荒げる遠坂とは対象的にベーオウルフはあくまで落ち着いた声で続けた。

「生前は弱き民を苦しめる怪物や蛮族を討ち倒し、死後もこうして人間を護る座に就いている。ならばそれはきっと私に課せられた責務なのだろう。
 英霊だの王だのといった肩書きは私にとってはどうでもよいこと。民が、人が、私の力を、助けを求め必要としてくれているのだ。
 ならば私にはそれに応じる義務と責任がある。故に、私は今此処に居るのだ我がマスターよ」

 王も英霊も関係なく人々がこの身に助けを求める限りそれに応える。
 それが我が勇者としての誇りだと、それが自身に与えられた責務なのだと英雄は魔術師の眼を真っ直ぐ見つめて断言した。

「助けを求める者の声を見棄てる事こそ私の誇りに関る……だがそれでも信ずるに値しないと思うのならばその令呪を以って告げるが良い。
『お前の力など不要、今すぐに消えろ』とな。さすれば私は即座にこの現世から元の場所に還ろう」

 澄んだ瞳が静かにマスターを試しているような気がする。己と共に戦っていける器のマスターなのかどうかを。
 普通の魔術師ならまず信じない。そんなものはマスターを欺こうとする不届きな虚言に過ぎないと切り棄てる。
 だがしかし……何故か自分はその言葉を簡単に切り捨てる訳にはいかない気がする。 
 選ばれた貴人として優雅で誇り高く在らねばならないという責任と誇りを持つ遠坂の一員である以上は───。

 ベーオウルフの眼を真っ直ぐに見つめ返しながら、彼の言葉の真偽を推し測ること数分。
「………わかった。遠坂家当主の誇りに賭けてベーオウルフ、貴公の言葉を全面的に信じよう。我ら遠坂の悲願の為に、私に勝利をファイター」
 互いに表情を崩し共に戦っていく仲間と認め合った二人。
「マスター、私にも丁度今聖杯に託す願いが出来たぞ。貴殿に何がなんでも勝利を贈ることだ」


 この瞬間に第二次聖杯戦争における最高の結束を誇るチームが成立した───。







────Interlude アインツベルンサイド────

「問う。貴女がオレのマスターなのだな?」
 召喚陣から現れた騎士が勇ましく眼前の貴婦人に問いかける。
「ええ、その通りです。そういう貴方は彼の名高いシャルルマーニュ十二騎士筆頭のローラン辺境伯で宜しくて?」
 掛けられた問いにアインツベルンは相変わらずの無感情な声で返答した。
「如何にも。オレが偉大なる王シャルルマーニュの誇る十二騎士筆頭───パラディンローランだ。クラスはセイバーとなっている」
「そう予定通りにセイバークラスを当てられたのですね」

 前回の第一次聖杯戦争ではアインツベルンは小細工を仕掛ける暇が無かった。
 聖杯戦争においてアインツベルンはルールを無視してでも常に最強の札を引き当てる。
 純正の英霊とは程遠い最悪の悪心を召喚する。最強のマスターに最強の英霊を召喚させる。あらゆるルールを破り大聖杯が現れる前に英霊を召喚する。
 そんな彼らが今回仕掛けて来たのは強クラスの独占。いわゆるクラスの優先的獲得であった。

 一方、堂々と誇らし気に己の真名を口にしたローランだがその内心は酷く浮ついていた。
 召喚早々に何て幸運!よもやこんな美しい人がマスターとはな!アンジェリカ以来の絶世の美女だぞ、やったぜオリヴィエーー!!
 ヤッフー!やはり騎士たる者は偉大な王やアンジェリカの様な美しい姫君やオードの様な優しい貴婦人に仕えてこそ騎士の華だよな。
 となるとやっぱりオレの様な最強の騎士にはこうでなくちゃいけないな、うんうん。

「そう、では契約完了ね。ローラン、まず最初に解いておく事項があります。貴方のこの召喚に応じた願いを聞かねばなりません」
 不意に掛けられたマスターの言葉がローランの浮ついた思考を冷却する。
「……オレの願いは………パラディンとして再び名誉を手にしたいだけだ」
「本当に?」
 主の冷たい視線がローランを射抜く。まるでそれは嘘であると責めるかのように。

「う、なんだマスター!オレが嘘を口にしているとでも?」
 氷像の様な顔が、瞳が、ローランを無言で追い詰めていく。
「べ、別に嘘など言っていないぞ!オレは名誉も欲しくて召喚に応じたんだから!」
「では名誉の他に願いがあるのですね?私が訊きたいのはそちらの方です」
 ついカッとなりローランが掘った墓穴をアインツベルンは素早く追及する。

「……………………」

 長く重苦しい沈黙が場を支配する中、ローランは吶々と胸の内を話し始めた。
「………もう一度会いたい…者が居る…。と言ったら……信じるかマスター?」
 眼を逸らしたまま発せられたそれは酷く空虚な音だった。嘘なのか真実なのか判断が付かない程に虚ろな声。
「再会したい人間───死者との再会が貴方の祈り?誰と聖杯を使い再会を果すと言うのです?」

 当主アハトの話ではサーヴァントの目的は現世に蘇る事だった筈だがこのサーヴァントは違うのだろうか?

「別にオレの事はもう良いだろう……嘘は言っていないのだからこれでマスターとしての疑問は一応解決した筈だ。
 それよりマスター。そういう貴女はどんな目的でオレを召喚したんだ?」

 苦痛を伴うかの様な表情で答えを拒む騎士に婦人はそれ以上の追求は止め、今度は自身の目的を訊かせた。
 アインツベルンの八百年を超えた悲願であるヘブンズフィールの成就。そしてその為に必要なのがローランなのだと言うことを。

「私達の目的は以上です。では貴方に今一度訊ねましょう。セイバー、聖杯を獲得できますか?」
「ああ、任せてくれ。他のサーヴァントなど軽く切り捨ててちゃあんと勝利と聖杯はマスターに贈ってやるさ!」
 先程の苦い表情から一変しローランは自信満々に笑って答えてみせた。







────Master Side 間桐────

「……なんだこれ?」
 間桐は臓碩に渡された如何にも汚らしいゴミと言わんばかりの物を見つめる。
「見て判らぬか、ソレがお前の召喚の触媒じゃ」
「こ、こんなモノでサーヴァントが召喚出来るのか?」
「サーヴァントの召喚自体は例え触媒が無かったとしても一応は可能だ。
 しかしそれでは『どんな英雄』を引くかまでは流石に召喚してみぬ事には判らぬ。
 そこで引き当てるサーヴァントの格や範囲を絞る為に用意するのが触媒という訳だ。
 基本的に冬木の聖杯では西洋の英雄しか出てこんが縁の深い触媒を用意すれば話は別よ。その神亀の爪を触媒として用意したのもその為じゃ」

 それでも何が出てくるかは召喚してからのお楽しみと言わんばかりに臓碩は笑う。

「つまり、この神亀の爪を触媒に使って特定の、とまでは行かないが、神亀に深く関係する英霊を呼ぶ算段って訳か」
 間桐の言葉に臓碩は左様。と相槌を打つともう一言付け加えた。
「亀と言う生き物はな、こちら側……つまり東洋では聖なる獣として扱われる事が多い。実際この国にも玄武がおる。
 それに関係する英雄、上手くゆけば強力なサーヴァントを手駒に出来る可能性もあると言うわけだ」

 この小汚いゴミがとりあえず臓碩の悪辣な嫌がらせでは無いと分かると、間桐は素早く頭を切り替えて英霊召喚に意識を集中した。
「なるほど、だから運試し……か。良いだろう、この俺が強力なサーヴァントを引き当ててやる」

 気合を入れ意識を集中させ、魔術回路を回しながら召喚呪文を詠唱する。
「閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」
 淀み無く順調に儀式を進めて行く。

 何も問題無い、俺は間桐の後継者なんだ。この程度の事で失敗してたまるかよ!
「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!!」

 召喚陣の中心に光の影が浮かび上がる。
 烈風を陣の内側から撒き散らしながら徐々に光の影は人型───男性のシルエットになってゆく。

 息を呑む。
 召喚に成功した事よりも目の前の圧倒的な存在に思わず意識を奪われた。
 すぐ背後にいるはず爺の事さえ忘れた。

 これで、これで───俺は魔術師として最強の力を手に入れたんだ!

 荒れ狂っていた光と風が落ち着きを取り戻し、魔法陣の中に現れた人影が姿が明確になる。
 背中まで届く長く癖のある黒色の髪の毛。
 男らしいくっきりとした眉、閉じられた切れ長の目尻。
 良く日に焼けた様な色黒の肌が亀の甲羅を加工した堅固な鎧の隙間から覗いている。

 ずっと瞑られていた眼を開きながら召喚された男が口を開く。

「問おう、貴様がワシのマスタ───」

 がその開かれた口は直ぐに落胆の音に変わった。

「はぁ……なんだ……男かい…………マスターは綺麗なねぇちゃんが良かったんだがな……」

 どういうつもりか明らかに覇気を失っているサーヴァントが間桐の目の前に居る。
「……なっ、なんなんだこいつは!サーヴァントの分際で!!」
 抗議の声を上げるマスターを見事なまでに無視してサーヴァントは自身の周りを見渡している。
「やっぱり綺麗なねぇちゃんなんてどこにもいねえよなぁ……。
 あ~あ、あるのは陰気臭い汚い部屋に薄汚い蟲と腐敗臭のする爺さんとワカメ男だけか……はぁ……やれやれ」
「お、おお、お、お前!一体どういうつもりだ!マスターである俺を無視しやがって!大体誰がワカメ男だと!!?」
「がっはっはっは!!そりゃ貴様だわい。その緑の髪の色にその形じゃあ誰がどう見ても海藻類にしか見えんわ!
 きっと貴様の子孫もワカメワカメと言われるんだろうな!」

 がははははは!と豪快に腹を抱えて笑うサーヴァント。それと同時に間桐の顔が怒りで染まっていく。

「お、おまえだって痛んだ昆布頭じゃないか!!ふざけやがっ───!」
「お前は少し黙っておれ、ところでそこのサーヴァントよ。おぬし、一体何のクラスでどこの英雄か訊かせてもらえぬかのう?」
 怒鳴ろうとした間桐を遮って今まで沈黙していた臓碩がサーヴァントに声をかける。
「ん?ほう、流石は伊達に年を喰ってる老人だけの事はあるわい、そこの若いのと違って落ち着いている」
 落ち着いた様子の臓碩に関心しながら間桐を横目で見遣る。
「なんだと!?」
「お前には黙れと言ったはずだ。このままでは話が進まぬ。して、もう一度聞くがおぬしは何者じゃな?」
「ワシは古代ベトナムのアウラク国の王アン・ズオン。クラスはアーチャーだ。そういうあんた等にも訊くがマスターはどっち───」
 アーチャーが質問を終える前にどさり。という物音を立てて間桐は蟲倉の薄汚れた地面に倒れた。

「あ~やっぱマスターはこっちのワカメだったか。人間の魔術師じゃワシ等サーヴァントに送る魔力供給の負担に耐え切れんかったか」
「並のマスターではサーヴァントとの契約直後にショックで倒れるなんて事はザラよ」
「ほう、やけに詳しいな?」
「ふむ、これで聖杯戦争の経験は二度目でな、大体の事は判る。カカカ!いやしかし三騎士クラスを引き当ててくるとはこやつもなかなかにやりおるわ!」

 臓碩は愉快そうに笑いながら足元に倒れ伏す己の孫を見下ろした。







────Master Side 雨生────

 ───セイバー、ファイター、そしてアーチャーの召喚から三日後。

 冬木の町のとある家屋。


 むせ返る様な空気を内包した一室。
 本来そこに住んでいた者たちはその悉くが息途絶え、彼らが零した血は魔法陣の材料と成り果てていた。

「ん~♪んん~~♪ん~ん~~ん♪」
 この惨劇を起こした袴姿の張本人は実に上機嫌に召喚儀式の準備を進めていく。
「しっかし、召喚用の触媒の使い方がイマイチわからないなあ。適当にばら撒いておけばいいのかねえ?」
 彼が家から持ってきた触媒?───多種多様の猛禽類の尾や羽───を辺りにばら撒く。
「ま、こんなもんでも何も無いよりはマシでしょう。ん~やっぱどうせ呼ぶなら強そうなのがいいよな~。
 アーチャーとかアサシンとかは名前からしていかにも弱そうだから~おしバーサーカーにするかっ!」

 遠坂から送られてきた手紙にはバーサーカーは任意で呼べると記されてあった。
 一応持ってきた触媒も役に立つかは判らないし呼べそうな奴を確実に呼んでおくか。

「おーし、準備完了!さて、始めるか」
 軽く舌舐めずりをして魔術回路を起動させる。
 準備は万端、詠唱の暗記もバッチリ、呼ぶサーヴァントのクラスも決めた。後は何が現れるかのお楽しみ。

 ───召喚が始まった。


        ◇   ◇


 目覚めの呼びかけは騒々しかった。

『さあこの呼び掛けに応え此処に来い!最強の英霊よ!勝利の暁にはどんな願いも叶う聖杯だってある!さあこの声に応えろ!』

 ───また戦いが俺を呼んでいる。

 そうか、また戦える機会がやってきたのか。ああ、何度でも戦おう、斬ろう、殺そう。

 血だ、血が足りない。栄光が足りない、勝利が足りない。いくら戦っても戦っても戦ってもまだ足りない……。

 守護者となってからいくつもの戦場で敵を滅ぼし尽くしたと言うのに、まだまだ全然これっぽっちも足りていない──!

 ───この程度の勝利と栄光では『俺たち』はまだ輝けないのだ───!!


『――されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者――』

 ───────────!?

 本気かこやつは?狂戦士を求める気なのか?
 貴様はこの……呪われた、哀れな狂戦士の力を求めると言うか───!!?

 俺が召喚に応じる対価にはどんな願いでも叶える聖杯……と確かに言ったな?

 いいだろう、ならば我が願い叶えてもらうぞ!

 俺が勝利した暁には永劫不滅の光を報酬として貰う!

 我等が呪われた哀れで愚かしい狂戦士たちに証をくれっ!!

 たとえ血塗れた我等でも光輝くに値する存在なのだと言う証明を寄越せ─────!!!



『汝が名はなんだ!?汝が宝具はなんだ!?汝が願いはなんだ!?さあその願いの為にもこの声に応えよ狂戦士よ!』

 我が名は、狂王のヘイドレクーーーーーーーーー!!

 我が宝具は、殺戮の魔剣ティルフィングーーーーーーーーー!!!

 我が願いは、全ての狂戦士の栄光の証明をーーーーーーーーーー!!!!


『抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!破壊の戦士よ───!』

 あお、お、おお!あ、があああああぁぁああああぁああああああぁあ!!!
 ■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!


        ◇   ◇ 

 召喚陣から発生した閃光が朱に塗れた部屋を白に染め上げた。
「うおっ!?成功した……か?……っ!あづぅ!!」

 突然右手に感じた灼熱。
 じくじくとした痛みを残した右手には三本の牙のようなマークが現れている。
「これ……もしかして令呪、かな?」
 直ぐに閃光は薄れ、光で白んだ部屋は朱をぶち撒いた薄暗い元の部屋に戻った。

 ただ一つの相違点を除いて。

「へ、へへへ。来たよ来た来たキタ、きたぁー!」

 理性の無い殺気を放つだけの瞳。
 灰色の逆立った髪の毛。
 戦闘だけの人生を乗り越えてきたのあろうか、何も着ていない上半身は頑強な筋肉で覆われている。
 身に着けている物は大きな宝石が埋め込まれたネックレスと水晶が填め込まれた腕輪。
 下半身はゆったりとした履物の上に獣の皮で拵えた腰巻を装備し、ブーツにも貴金属が一つ取り付けられている。

「おお~。ムッキムキですげえ強そうじゃん!これが俺のサーヴァントかあ、これなら勝ったも同然だなっ」

 喜びのあまり小躍りして自身に喝采を贈る雨生がバーサーカーへの魔力供給で地獄を見るのは召喚の興奮が冷めた一時間後であった。







────Master Side ソフィアリ────

 バーサーカー召喚から一日後。

 ───冬木にある山中。


「まさか聖杯戦争はもう始まってるのか?町の空気が尋常じゃない……」
 既に大聖杯が起動し、既に四体ものサーヴァントが召喚された町は不吉な気配を漂わせ始めている。

 長旅の末、日本に来日してから真っ直ぐに冬木に直行したがもしかすると一足遅かったのかもしれない。

 冗談じゃない。こんな染みったれた最果ての地までわざわざ来てやったんだ参加すら出来ないなど遭ってなるものか。
 ソフィアリは高級そうな衣装に付着した砂埃を払うと黙々と召喚の準備を開始した。
 この日の為に用意した召喚用の触媒は薔薇十字が象られた装飾品。
 この触媒ならば恐らく彼の英霊を召喚できるとは思うが、念には念を入れて霊脈にも気を使った。

 貴族である彼がわざわざこんな山中で山登りまがいの事をしているのも偏にサーヴァント召喚にあたって霊脈の確保の為であった。
 この地を管理している遠坂や間桐、アインツベルンら御三家の周辺で召喚を行うなど愚の骨頂と判断した彼は、
 マナも豊富で御三家の目も届かないという条件の下、この山中を召喚場所と決めた。

 冬木入りしてから彼の腕にいつの間にか妙な痣が出来ていたが、
 サーヴァントを律する令呪がどうこうと言う話があったためその関係のものではないかと判断し無視することにした。

 多分参加するための条件はちゃんとクリアしてる筈……。
 あとはこの儀式において最も重要であるサーヴァントを呼び出せばマスターとしての地位を確立できる。

「……ふぅ。よし、始めるか」
 魔術回路を起動させ全身に魔力を奔らせる。
 召喚魔法陣の前に立ち、触媒を手に握り締め詠唱を開始する。



 ───────────。



 森がざわつき、木々が発生した烈風で軋みをあげながら召喚は成功した。

「問いましょう現世の魔術師よ。貴方が我が身をキャスターのクラスを以って現界せしめたマスターか?」

 あまりに柔らかで透き通った声が闇に響き渡る。

「─────────」
 頭が真っ白になった。だってあんまりだ、なんなんだこの魔力の塊は?
 自分はこの世界において最高の家柄の魔術師だというのに───なんなんだこの目の前に居る次元違いのコレは?

 髭なんて余分なものがない整った顔立ち。
 男には相応しくない、サラサラとしたセミロングのこげ茶色の髪。
 服装は豪奢な自分の格好と比べるとあまりにお粗末な動きやすそうなだけの簡素なローブ。
 あとは身に着けている物といったら彼を象徴する薔薇十字の装飾品と眼鏡くらいしかない。
 その小さめに作られた眼鏡の奥からは慈愛に満ちた眼差しがこちらを見ていた。

「おや?貴方がボクを召喚したマスターでは無いのですか?」
 再度、召喚したモノが声をかけてきたと同時に、腕に出来ていた痣の辺りからじくりとした痛みが走り抜け呆然とした意識が戻った。
「痛っ、あ!……あ?な、なんだ?」
「ふむ、どうやらちゃんと契約は完了出来たようですね、マスター」
 まだ痛む腕には絡まった薔薇の茨のような刺青が現れている。
「痛っぅ、これが令呪か?」
「ええ、それが我等サーヴァントを律する三つの絶対命令権、不可能を可能とする三度の奇跡。そしてマスターとしての生命線です。
 では自己紹介と参りましょうかマスター、ボクはクリスチャン・ローゼンクロイツ。
 かつてヨーロッパに存在した秘密結社『薔薇十字団』の創設者である魔術師です。先も言いましたがキャスタークラスとなっています。
 共に聖杯を勝ち取る為に協力してゆきましょう、マスター」

 朗らかに自己紹介をするキャスターとは対照的にソフィアリは魔術師然とした対応をする。
「ふん、サーヴァントなどマスターの道具に過ぎない。自己紹介など不要だ」
「ん~、それは御尤も」
 あくまで穏やかに対応するキャスターにソフィアリは少し苛立たしげにまず最初の質問を切り出した。
「で?お前が召喚に応じた理由はなんだ?私だって魔術師だ、いくら聖杯戦争に精通してないとは言えこれが等価交換による召喚だという事くらいは理解している」
「ん?つまりそれは聖杯に託す願いの事ですか?」
「ああ……そういう事か。聖杯を手に入れる為に英霊はマスターの召喚に応じているという仕組みか」
「はい、殆どのサーヴァントは何らかの目的の為にマスターの召喚に応じています。何の目的も無しに召喚に応じる英霊は恐らくいないでしょう。
 ですからそういう意味で言えばボクにも目的がありますマスター。この世に存在する病全ての根絶。それがボクの聖杯に託す望みです」
「この世の病の根絶……だって?……本気かキャスター?」
 はっきり言って理解出来ない。『魔術師の』英霊の癖にそんな自身の益にもならない事を望むのかこいつは……?

「はは、本気かとは酷いですねマスター。もしかしてボクの伝承はご存じないですか?……ああいや知らないで当然でした。
 なにせ弟子たちには薔薇十字団を結成してから百年間は我々の存在を秘匿するように命じていましたから」
 いやいや、申し訳ない。とキャスターは素直に謝罪する。
「む、馬鹿にするな。確かに詳しくは記録に残ってないからお前達個人の事は知らない。が活動内容くらいは知っている」
「そうなのですか?なら我々薔薇十字団が人々の病の治療をしていたと言う話はご存知です?」
 勿論だ。ぶっきらぼうに吐き棄てる。
「ならそういうことです。ボクはその為に賢者より授かった手に入れた力を使い、ボクたちはその為に薔薇十字団を結成したのですから」


 ─────薔薇十字団
 かつて中世ドイツに存在したとされる魔術師、クリスチャン・ローゼンクロイツが八人の弟子と共に組織した伝説の秘密結社。
 彼らは人々の救済を掲げ、各地で病に苦しむ人々を無償で助けて回ったとされている魔術師たち。
 結社の結成前はローゼンクロイツが一人で各地を巡り病に苦しむ人々を救っていたが、
 彼の存在を聞き付けた者が一人、また一人と増えていき最終的に弟子は八人になったとされている。


「しかし最初の頃は苦労しました。ボクの行いは神秘の秘匿を第一とする魔術師にとっては敵対行為以外の何者でもなかったようですし、
 教会からも魔術を扱う異端者として破門され追われる事になりまして。ふふ、聖堂教会の代行者と戦ったこともありますよ?
 特に埋葬機関と呼ばれる連中は凄まじいですね、あれは人間離れし過ぎていますよまったく……」

 もう遭いたくないですね。などどキャスターは冗談を言う様に軽く言ってのけた。

「それからは人々の病の治療と同時にどんな病も治療できる万能薬の開発も続けました。病はこの世に蔓延る魔です。
 奴らは知らぬうちに人々に忍び寄りヒトを侵す。それらを滅ぼす事は人類の霊的進化の助けに繋がります」

 病魔の根絶による人類の霊的進化の手助け。
 人間が幸せに生きて欲しいとこのキャスターは祈るように言った。

「……まあいい。お前の聖杯への望みは私にとって害になるものではないからな」
「そういうマスターの聖杯に託す願望はなんです?」
「─────」

 ……言えない。言えるわけが無い。こんな魔術師を超脱したような魔術師を前にして、
 兄よりも優れた魔術師であることを証明するなんていえるわけが無い───。

「なるほど。……これは酷い病だ」
 沈黙する主の中身を視たキャスターは慈悲に満ちた声を漏らした。
「病、だと?」
「ええ。コンプレックスとは精神の病でもあります。自身では癒せない病。良いでしょう───その病を癒しましょう」

 突如キャスターの右手に魔道書が出現する。
 膨大な魔力を帯びた本を開き、キャスターは何かの項目を探すように指を這わせる。
 そうして一言二言呟いた後にその指をソフィアリの体に押し付けた。

「あ?え?──────ぎっ!?」
 熱い!令呪を宿した時よりも熱い痛みが体を襲う。同時に起こる頭痛。
 痛い熱い、痛いイタイイタイ!熱い熱いあついしらない知らない知らないそんな魔術知らない!そんな魔道の知識は持ってない!
 持ってないはずの、ものを無理矢理つめこむから、破裂しそうなくらいに、痛い───!

「どうですか?マスター?これで貴方は世界でもトップクラスの魔術師となりましたよ」
「──────へ?え?」
 熱くないし、痛くも、ない───?

「驚かせてしまい申し訳ありませんマスター。今のはボクの宝具『世界の書』の能力です」
「宝具……だって?」
「はい、我々サーヴァントが持つ唯一無二の武装、たった一つの最強の切り札、その英霊のシンボル」
「それが……今の、魔道書、か。それは他にも持っているのかキャスター?」
「いいえ。ボクの宝具はこの世界の書のみです。基本的にサーヴァントの持つ宝具は一つ。それは他のサーヴァントも同じ筈です。
 中には宝具を二個や三個持っている破格、別格のサーヴァントも存在します。
 がそういう連中は誰もが知っているような大英雄であったり、『王』の格を持つあるカテゴリの頂点に立つような英霊である可能性が高い」

「なるほど、でお前は私に今何をした?」
「ボクの宝具の能力詳細はマスターとなった魔術師のみが持つサーヴァントの性能把握能力で確認できる筈ですよ。
 まあついでですので説明をするとこの『世界の書』に記録された魔術刻印の中でボクが使わないものを幾つかマスターに移植しました。
 ですので今のマスターは世にも珍しい複数の魔術刻印を持つ魔術師ということになりますね」

「………は、ハハ、あははははははははは!凄い!スゴイすごい凄いぞ!これならソフィアリ家の魔術刻印なんてもう不要じゃないか!」

「病魔の治療は無事に完了です。完治おめでとうございます、マスター」
 そう言いながらローゼンクロイツはニッコリと微笑むのだった。







────Master Side 外道牧師────

 深夜。
 ───キャスター召喚の数時間前。

 深山の反対に位置する郊外の丘───。


「準備は整ったか?」
 ゲドゥ牧師か声を掛けた先には男女入り混じった多数の人間が居る。
「どうやら出来たようです」
「では始めよう。私を含めた代行者八人以外は当初の予定通りこちら側とあちら側のミヤマの町に潜り込め。
 以後、戦闘員以外の者は監視及び連絡員に徹しろ。戦闘訓練を受けている僧兵は必要に応じてこちらから応援を要請するまでは監視だ。
 主要戦闘員である代行者が全滅した場合は速やかに撤退し聖堂教会へ報告。何かある場合は連絡員を使え。以上だ」
 了解。と言う掛け声後十数人の人影は散っていった。

「さて。早速そのサーヴァントと言うのを召喚してもらおうか?キャスターノ・モ・トマスタァ君?」
 魔法陣の前に居た魔術師らしき男はヒィッ!っという悲鳴を上げた。
 ちなみにこの魔法陣は代行者たちがキャスターノの血を使って書かせたものである。
「じゅじゅ準備はちゃんと出来ているだろう!これで文句は無いはずだ!」
 ザクッ!っと肉を裂く音と絶叫が夜の闇に響く。
「文句はあるに決まっているでしょう薄汚い魔術師くん?我々には君たちのような悪魔召喚のような不浄な技能はないのでな。
 サーヴァントの召喚もちゃんとやってもらわないと困るのだよ、クックック」
「が…あ、わかっ、た!やる!!ちゃんと召喚も、やるから……殺さないで、くれ!」


 ───キャスターノは本来ならば今回の聖杯戦争のマスターの一人になる筈の男だった。
 しかし来日の途中に聖堂教会から冬木に派遣された牧師たちと遭遇し殺し合いに発展。
 実力的にも人数的にも劣っていた彼はあっさりと戦いに破れた。
 本当ならば即殺されていた筈なのだが、聖杯戦争の事を知っていたのが幸か不幸か、
 聖杯戦争の詳細について詳しくない牧師たちにこうして今も便利な道具として生かされていた。


「ならさっさと始めろ。聖杯の真贋はともかく回収にするしろ、否定するにしろどちらにしてもそのサーヴァントという手駒が必要になってくる。
 もし召喚出来ない、などという事態になったら……わかっているな?」
「れ、令呪の兆しはちゃんと出ている!既にサーヴァント七体が召喚されているということも無いはずだ!」
「それは結構。ならさっさと始めろ。サーヴァント召喚用の触媒もちゃんと手に入れているだろう」
 今回彼らが用意した触媒はエジプトのファラオの一人であるラメセス二世の頭髪数本だ。
 まったくこういう時エジプトの英雄は簡単に触媒が手に入って良い。
 なにせ普通は絶対にない筈の英雄の遺体がそのまま残っているのだ。これほど確実な触媒は他にないだろう。

 魔術師は大人しく牧師の言葉に従い召喚の儀を執り行い始めた。
 この国に来る前に数人がかりでタップリと己と立場というものを教え込んでやっている。反抗の心配は……まあとりあえずはあるまい。

 代行者という連中は聖堂教会においてエクソシストを上回る虎の子部隊ではあるがそこまで強力な権限を持つわけではない。
 いくら代行者とは言えど異端審問や任務は単独で行うことは出来ず、数人以上で取り掛かる事になる。
 中には埋葬機関と言う単独で異端審問を執行出来る代行者も存在するが牧師は当然埋葬機関のメンバーなどではない。
 彼ら埋葬機関員の戦闘力と権限は凄まじく、仮に相手が大司教であろうとも悪魔憑きと判明すれば問答無用で串刺しにしてしまえる程の権限を持ち、
 その戦力は一流の魔術師や真正の怪物である死徒ですらも単体で殲滅してしまえる程のまさに聖堂教会の切り札である。

 残念ながらゲドゥ牧師はそこまでの権限も実力も持ち合わせていない。
 ───ゆえに先程まで彼と共にいた十数人は聖堂教会から彼と同じく今回の任務を与えられた部隊員という事になる。
 しかも牧師の代行者としての実力は上級の代行者とまではいかない。
 代行者としての戦闘能力は彼らのシンボルであり基本武装の一つである黒鍵である程度判断が出来る。
 扱いが非常に難しく、物理攻撃が乏しい黒鍵をどれだけ使いこなせるかでその者の力量が推察が可能なのだ。
 埋葬機関員や上位の使い手ともなると黒鍵がコンクリを貫通したり、鉄骨に突き刺さったりしたりと信じられない破壊力を発揮したり、
 黒鍵の刀身を魔力で編み上げたり出来るため、柄の部分だけのコンパクト状態にして大量に持ち歩けたり出来る。
 が、やはり当然のように牧師はそこまでの熟練者ではないため黒鍵はいつも専用の鞘に収めている。

 とは言ってもやはり代行者が聖堂教会においてエリートであることには変わりないのだが……。


「────天秤の守り手よ!」
 どうやら召喚儀式が終わったらしい。
 魔術師ではない彼らでも人目で判るくらいの変化─眩しいぐらいの光の発生─がおきている。

「答えよ。貴様がこのファラオの奇跡を求めた人間か?」
「え、あ、そ、そうだ、私が───ぎゃ!!?あ、が?あがあああああああああああああああ!!!!?」
 問いに答えようとしたキャスターノの右肩に牧師が投擲した黒鍵が突き刺さる。
「違うだろトマスタァ君?お前はただ私の代わりにサーヴァントを召喚してくれただけだろう?」
「ん?どういう事だ?そこの神父服の男?答えてみよ」
 目の前でのた打ち回る魔術師には目もくれず、召喚されたサーヴァントは牧師にだけ視線を送っている。

「まずは御機嫌ようファラオよ。お前は彼の高名で最も偉大なファラオと謳われたラメセス二世……でよいのかな?」
「ふむ、中々だな。この身は新王朝時代のエジプトを治めた最も偉大なファラオ、ラメセスⅡである」
 牧師の言葉が気に入ったのか口の端を吊り上げながらラメセスⅡは返答した。

 褐色の肌。180cmを超える当時のエジプトを考えればあまりに大柄な長身。
 赤茶色の髪のボブヘアー。
 下半身は足元はサンダルのような履物と腰には布を巻き付けた軽装をしている。
 首に掛けた布は意匠が凝らされあり、体や腕や脚には何かの呪いが施されている呪布を手や足先からぶら下げながら巻き付けている。

「ではラメセスⅡ。聖杯を手にするつもりであるのならば我々と協力する気はありませんかな?」
「ん?何故貴様らと協力する必要がある?仮にも俺様を召喚したのはそこの魔術師の筈だが?」
「最も偉大なファラオと呼ばれたラメセスⅡならばわざわざ言う必要は無いと思うが、その男がマスターでは勝算は低いと思われるが?」

 牧師に促され、いまだ地面をのた打ち回るトマスタァに視線を移すラメセスⅡ。

「……ふむ、確かにこれは困ったな。このザマでは聖杯戦争ではあまり役に立ちそうに無い。
 こいつは戦う気も無いくせに勝利だけを夢見て他マスター達の自滅を影で待つだけの腑抜けマスターの典型のようだな。
 ───して牧師よ、ならば訊くが貴様なら使い物になるとでも?」

 妙に詳しく魔術師に文句をつけた男はジロリと視線を牧師に向ける。

「少なくともソレよりは有用性は高いだろうな。それに我々も聖杯を求めている。
 どうせ後にでも見切りをつけるマスターなら、今つけた方が無駄が無い」

 ラメセスⅡは臆面も無く本音だけで話す牧師を見つめながら黙考する。

「……うーむ、複数の部下と戦闘力に長けたマスターか───。よかろう。戦力というのは充実していればしている程がよい。
 再びファラオの威光を世界に示す前に、賊どもに盗掘されたらしい我が妻ネフェルタリのミイラは絶対に見つけねばならん。
 よってこのラメセスⅡのマスターになることを許可するぞ牧師よ」
「では契約成立だな。ところで令呪の移植はどうすればいい?」
「普通は令呪の移植は出来ん。どんなに優れた魔術師であろうと令呪を持たぬ者がマスターになれんのと同じで、
 どんなに優れた魔術師だろうと令呪を奪ったところでマスターにはなれん。令呪の譲渡が出来るのはサーヴァントかマスターのみだ」

 なるほど。と呟いたあと牧師はおもむろにもう二本の黒鍵を抜き放ち、倒れ臥しているトマスタァの手足を串刺した。

「さて、最後の仕事だキャスターノ・モ・トマスタァ。令呪を譲渡しろ。そうすれば君の仕事も終わりだ、速やかに解放しよう」
 あまりの痛みで何も考えられない魔術師の頭は解放と言う甘い誘惑に誘われるまま、牧師に令呪の譲渡を承諾してしまった。
「ではラメセスⅡ。私に令呪の移植を頼む」
 促されたラメセスⅡはさっさと済ますか。と呟くと速やかに魔術師から令呪を牧師へと移植を完了させた。

「ああそうそう。一つ忠告しておいてやろう牧師よ。精々令呪の使い方は間違わぬことだ。でなくば貴様────死ぬぞ?」
「では令呪の命令内容については貴様に相談しよう。それでいいな?」
 寒気を催すくらいの冷たい視線を受けて牧師はそうラメセスに返事をした。
「ふむ、やはり中々上出来なマスターと当たったようだな」

「さてとご苦労だったキャスターノ君。では苦痛から解放しよう。神の教えに反する異端は速やかにこの地上から消え失せろ」
 冷酷に放たれた死の宣告。
 数本の黒鍵に打ち抜かれトマスタァは断末魔を上げる事無く息絶えた。

「これが令呪か――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るベに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
「───誓おう。汝の身を寄り代に聖杯を手に入れるために我が力を貸そうぞ、新たなるマスターよ」

 一人のマスターが退場し、新たなマスターが舞台に上がる。

 残された席はあと一つ───。





──────V&F Side──────
~キャラの名前について~

V教授「………なんなんだあの馬鹿長さは?」
F君 「あれでまだプロローグの半分くらいらしいですからねえ。頭がおかしいとしか……。
    流石は予告編通りの納豆的ボリュームです!醗酵製品並に性根が腐ってる」
V「いくら序盤は必要な情報量が多いからと言ってもあれでまだ半分………。しかもいきなり死亡者が出た……正気か?」
F「おまけにランサーがまだ出てもいないですし。それより先生出番ですよ!」
?「そうだ!いつまで待たせる気だ。ここは戦いに敗れた者を救済する為のコーナーだろう?助言をくれ」
F「という訳で登場と同時に即退場するという快挙を成し遂げたトマスタァさんです、こちらへどうぞ~!」
T「出番があれだけで終わりとはどういう事か説明しろ!いやそれよりも俺はどう行動すれば良かったのかを教えてくれ!?」
V「うむ完全に実力不足だ。以後精進するように以上」
F「うわー既に死んでる人間に対して精進しろとは先生も中々にドSですねー」
V「そもそもを言えば既に名前からして『キャスターの元マスター』だぞ?
  ここまであからさまな死亡フラグと捨て駒フラグが同時に立っている奴も珍しい。どう転んでも生き残る目無し。
  と言うかな、登場人物の名前の適当さはどうにかならないのか?苗字だけとか牧師とか酷過ぎるぞ」
F「我が家の外道牧師さんは50%の外道と50%の名前の判りやすさから出来ています」
T「名前の適当さは俺が保証するぞうん。俺が言うんだからまず間違いない」
V「ちゃんと名前を付ける気は無いのか?」
F「無いらしいですよ?物語の比重が 皆鯖>>>ネタ>>>>>>>>>>マスター らしいですから」
T「マスターの扱い軽いなおい。ネタ以下かよ」

T「でだ。あえてもう一回訊きたいんだが俺が残るにはどうすれば良かったんだ?」
V「あえて回答してやるなら、お前は登場しなければ良かった」
T「………………」
F「キャスターノ・モ・トマスタァの役割は魔術師じゃない牧師がサーヴァントを手に入れる為に出されたキャラでしたからね。
  いや俺もまったく先生と同意見ですよ。では今回はここまでです!」
V「退屈ですまないがもう少しプロローグに付き合ってやってくれ。では次回」