───────────────────────────Another Servant    5日目 魔術工房『聖霊の家』─────────


 アーチャーと間桐は魔城諸共に撤退し、場には幾人かのサーヴァントとマスターのみが残されている。
 セイバー、ランサー、ファイター、遠坂の四名である。
 キャスターはアーチャーが撤退するのを確認すると即座にソフィアリの手を掴み中空へと飛翔し、そのまま退散した。
 彼ら共通の大敵であったアーチャーが居ない以上は前後の事情からも判るように、
 これ以上この場に留まっているのは圧倒的に不利な立場であるという判断によるものだった。

 周辺の被害状況は凄まじく、先日のアーチャーとキャスター、ファイターとセイバー、
 ランサーとファイターとバーサーカーの戦いで起きた破壊とは比べ物にもならない。
 この破壊力こそがサーヴァントたちが隠し持つ宝具の真髄であった。

 残された者たちは誰も口を開こうとはしない。
 破壊された家々の前に立ち、ただ黙ったまま犠牲になった人々の冥福を祈っている。
 セイバーは胸の前で十字架を切り。
 ランサーは首にかけている大数珠を外し念仏を唱え。
 ファイターは目を瞑って黙祷を捧げている。
 もしもこの場にキャスターが居たならばきっと間違いなく十字架を切り祈っていただろう。

 そうして一通り死者への哀悼の意を表したあと誰からともなくその日の合戦は終了となった。







──────Lancers Side──────

 龍洞寺へ戻ってきたランサーは早々に今夜起きた出来事を綾香に残らず伝達した。
 彼のマスターも視聴覚の共有で多少の事情は把握はしているだろうが、
 それでも直接見聞きしたランサーの情報の方がより正確ではある。
 その中でも差し当たっては非常に興味深い事を洩らしていたセイバーの件だ。
「それローランね」
 ランサーの話に即答ともいえる速さで綾香が返事をした。
「何故断言出来るのでござる?」
「だって木の棒なんかで竜をやっつけたんでしょ?
 そんなデタラメなことやるのそいつくらいよ。
 それに確かにそう考えると条件が思いっきり合致するわね。
 見た目も装備も思いっきり騎士の物だし、化け物退治もした事あるし、あの能力値も納得出来るし。
 純白のマントに刺繍してあった赤い十字ってパラディンのマークなのかもね」
 綾香は自分の解答に満足いったというようにうんうんと頷く。
「はぁ……まあ主殿がそう申されるのであらば拙者は別に構わんでござるが。やけに詳しいのであるな」
「だって沙条の家にローランやシャルルマーニュの物語はあるもの。だからほぼ間違いないわ」
「も持ってるんでござるかぁ!!??」
 あっけらかんと答える綾香にランサーが素っ頓狂な声をあげた。
「ええ、アーサー王やシャルルマーニュ王とかギリシャ神話くらいの超メジャー所のならね。
 それ以外のは流石にそう簡単に今の日本には入ってこないわ」
「へぇ主殿は外国の文字が読めるんでござるか!?いやぁ凄い!流石は拙者の主でござるな!」
 自分と同じ出身国の人間が外国語が読めるという事が余程珍しいのかランサーは手を叩いて喝采を贈っている。
 どうもランサーは外国語が読めないらしい。
 だがまあ彼の生きていた時代を考えると別段不思議でもなんでもないが。
「いやぁ凄いでござるなぁ!もし宜しければ今度拙者にも少し教えて頂きたい!」
「ぉ……お爺様に……翻訳してもらったなんて言えないわ……」
 これでもかとばかりに誉めちぎるランサーの言葉に被せて、
 綾香は顔を赤らめながら消え入りそうな声でポソリとそんなことを口にした。

「お!おほん!そんなことよりもランサーわかってるの!?」
 ちょっとワザとらしいが咳払いをして場を仕切りなおす。
 とりあえずセイバーの正体は八割方ローランで決まりだろうという事が判明した。
「無論でござる。敵の正体が知れたのならそこから弱点を見つけ出すのが聖杯戦争の常道」
 綾香の言葉にさっきまで拍手喝采だったランサーもいつの間にか引き締まった表情になっている。
 流石は戦国武将。気持ちの切り替えも大した物だった。
「ええ、さすがね」
「して。ローランの弱点は?」
 ランサーはズイっと身を乗り出した。その瞳は期待に満ち満ちている。
「それが問題なのよねぇ……」
 綾香は口元に手をやりなにやら考え込んでいる。
「主殿?」
「結論から言うと、ローランに弱点は特にこれといって無いわ。
 強いて言うなら性格が弱点ってところかしらね?」
 あまり嬉しくない回答を曇った表情で告げた。
「あぅ…まあそんな気はしてはいたでござるが……やはりいざそれを聴くと落胆するものであるなぁ。
 正直な話、セイバーに弱点が無いのでは拙者だとかなり厳しくなるでござるよ……」
 セイバーほどの実力者で特に弱点無しなどと聞かされれば、
 能力的に劣っているランサーが落胆するのも無理もない話である。
「でもでも相手の手の内は判明してるわよ?
 伝説通りならきっとデュランダルとオリファンを持ってる筈だわ。
 ほら折角先手で相手の宝具のことが判ってるんだからしっかりしてよランサー!」
 ランサーの肩をがくがくと揺すってやる。
 少々凹み気味のランサーはそっちのけで勝つ気満々の強気な綾香だった。







──────Berserkers Side────

 荒い呼吸のまま夜の町を走る。
 頭部からの出血がなかなか止まらない。
 それもその筈。なぜなら額がバックリと割れているのだ。
 これだけ見事に額が割れていれば出血も酷くて当然である。
 致命傷ではないがそれでも放置しておいていい傷ではない。
 出来るだけ早く手当てして止血したいところだがそれでも雨生にはまずやるべきことがあった。

「はぁはぁはぁ!痛っ、くそう。まずはとにかくしばらく身を隠さないと」
 雨生は夜の町を駆けながら今日の窮地を思い返していた。
 気が付いたらいきなり敵に囲まれていた。
 しかもその囲まれるまでの過程を全く覚えていないというのが大問題だ。
 きっと知らない間に催眠やらで操られていたのかもしれない。
「冗談じゃない。あんなの二度とごめんだ」
 今回は運良く逃げ出せたが、もし次こんなことになったら逃げられるかどうかなんて判る訳が無い。
 だから少し身を隠して様子をみなければいけない。
「隠れるのなら山の中だな」
 流石に山中に監視があるとは考えにくい。町中よりは安全なはずだ。
 ついでだからどうせなら霊脈のあるところにしよう。
 そうすれば様子を見ながらバーサーカーの魔力回復も出来る。
 今夜の出来事で不幸中の幸いだったのはバーサーカーの消耗があまり激しくないことだった。
 戦闘時間も短く、宝具を使用しなかったのが良かったのだろう。
 雨生は走りながら適当な民家を探した。
 山中で活動するつもりなら食料やら寝袋やらの準備がいる。
 その辺の道具は運の悪い家から貰う事にしよう。
「よしここにしようっと!」
 寝静まっている民家に押し入った。
 中にいる人間はバーサーカーにあげるつもりだ。
 流石の雨生も今夜ばかりは暢気に愉しんでいる場合ではない。
 手早く寝ていた住人をバーサーカーに襲わせソウルディナーと洒落込ませる。
 あとは食料と衣類と寝袋を頂いて額の傷の手当てを手っ取り早く済ませた。

 無駄なく全ての準備を済ませた雨生は一目散に山へ向かって再び走り出した。







──────Fighters Side──────

 遠坂は帰宅すると早々にソファへ身を沈めた。
 天井を見つめながら顔に手を当てる。
 溜息を一つ。
 あの場で間桐たちに逃げられたのは痛恨のミスだった。
 結局彼らはファイターの追跡も空しくとうとう取り逃がす結果になってしまった。
 邸に戻って来る途中に間桐邸の様子を探ってみたが帰還している気配はなかった。
 しかし本音はそんな些細なことを問題にしているのではない。
「……計算外だった…まさかアーチャーがあれほどの宝具を持っているとは……」
 そう。遠坂にとって一番の問題はアーチャーの宝具が度を過ぎた強力さだという点だった。
 苛立たしげに遠坂が親指の爪を噛む。
 どうしてもあの光景を思い出してしまう。
 あれはさすがに有り得ない。
 宝具が城だと?まったく冗談にもならない話だ。
 そんな馬鹿げた切り札を持つ英雄など聞いた事も無い。
「遠坂殿にしては珍しく落ち着かないようだな」
 省エネのために霊体化しているファイターがピリピリしている主人に声をかけた。
 主人とは対照的にファイターの声は深みのある落ち着いた声音だ。
「落ち着かないのは当然だろう?ファイターもアーチャーの宝具を見ただろう?!」
 ファイターはああ。とだけ短い返事を返した。
「あれがAランク対軍宝具の力……!
 あの巨大な城の防御力だけでも厄介だと言うのにそれにさらにあれだけの攻撃力まで付いているんだ。
 これでどうして落ち着いていられると言うんだ?
 最高ランクであるAランクの宝具持ちがまさか同じ御三家の陣営に居るとは…想定外にも程があるぞ!」
 苛立たしさでだん!っと握り拳をテーブルに叩きつけた。
 +属性を持つ英霊は珍しい。ましてや++属性持ちなど滅多にいない。
 となると通常では自動的にAランクの宝具が最高ランクとなる。
 おまけにアーチャーの宝具は対人宝具ではなく広域の対軍宝具なのだ。
 破壊力の規模が対人レベルとは比べ物にならない。
 あの一瞬にして深山の民家や大地を崩壊させた流星群。
 遠坂からすればあの魔城はもはや破格とさえ評してもいいくらいだった。
 ついでに言わせればセカンドオーナーとしても頭の痛い思いである。
 もはやあそこまで派手にやってしまった以上はもう秘匿も何もない。
 折角のこの御時世だ。幕府方か志士方の新兵器か?という方向でなんとか誤魔化すしかない。

「はぁはぁ。ふぅ……いやこうしていたところで時間の浪費だ。
 とにかく対策を練る必要性が生じた。ファイター、あのアーチャーに心当りはあるかね?」
 遠坂は一通りの激情を発散してしまうと本来の魔術師の姿に相応しくぐるりと気持ちを切り替えた。
 少なくとも宝具を使った以上はアーチャーの正体を看破する最大のヒントになる。
 だが、遠坂の期待も虚しくファイターは首を横に振った。
「いいやすまない。私の持つ英霊の情報にあのような宝具を持つ者はいない」
「英霊は座にいる全ての英霊を把握しているわけではないのか?」
「それは違う。
 私たちが他の英霊の情報を持つのはあくまで抑止力としての召還を積み重ねた結果で得たものだ。
 そのため英霊各自で所有する情報量にバラつきが出る。ただ……」
「ただ、なんだ?なにかあるのなら構わん言ってみてくれ」
「判った。ただ少なくとも有名な英霊ではないと思う」
 一度言い淀み、マスターに促されて再度口を開いたファイターだったが、
 その結論にはそれなりに自信があるようできっぱりとした口調だった。
「有名ではない、か…。とりあえず家にある書物から探して見るか。
 マイナーである。弩と城に非常に繋がりが深い。
 この二つの条件を上手く満たす英雄が見付かってくれると良いんだが……」
 遠坂はそこで話を打ち切るとゆっくりとソファから立ち上がった。
 早速自室に篭もる用意を始めるつもりなのだろう。
「私としてはアーチャーよりもセイバーやランサーの真名が気になるところだな」
 あの二人の武人の姿を思い出しているのか呟くようにそんな言葉を洩らした。
 どうやらファイター個人の興味はアーチャーよりもセイバーやランサーの方に比重が傾いているらしい。
 その小さな呟きが耳に入ったのか遠坂は湯を沸かし紅茶を淹れる準備をしながらパートナーの独り言に答えた。
「セイバーはまだ判らないが、今回の戦いでランサーの方が大まかだが予想が付いた」
「………それは本当なのか遠坂殿?」
「あくまで予想だがね。あの馬鹿でかい大槍と動きの軽快さと回避率。
 そして今夜の戦場で真っ先に一番乗りする腹の据わり方。そして日本出身の侍。
 恐らくランサーの真名は本多忠勝だ。蜻蛉切りの平八郎と渾名される日本を代表する侍大将の一人だ」
「その、ホンダ・タダカツ殿の実力の方は?」
 しばらく間を置いてから一番気になる項目を問い質してみる。
 ファイターの知識には日本の侍についての知識は殆ど無い。
 実物の力量は推し量れるが伝承的な力量を知りたければマスターに訊くしかない。
「安心していい。君が本気になれば敵ではないさ」
「しかしだからと言って油断していい相手ではないと思うが?」
 余裕満々な遠坂の態度。
 だがファイターの方は遠坂ほど余裕のある態度ではない。
 むしろ真剣そのものと言ってもいい姿だ。
「だからこそ問題はないのだよファイター。何故なら君は己の力を過信していない。
 客観的な評価を下せば能力的にも伝承的にもそして英雄としての格的にも君がランサーに負ける筈が無い。
 しかし君はそれだけ圧倒的な優位に立っていながらもランサーの力を十分に警戒している。
 奴は己の首を獲り得る可能性のある強敵だとね。
 だから君が負ける要素は無い。ふふ私は安心して見ていられる」
 遠坂はそこまで喋り終えるとティーセットを盆に載せて優雅な足取りで退室した。

 一人部屋に残されたファイターは自問するように口を開いた。
「強敵か……。遠坂殿の言う通りだな。確かに私はランサーを警戒している」
 あの時、バーサーカーが乱入してくる直前にランサーはファイターに対して一芸を凝らすと言った。
 恐らくランサーの持ち得る必殺の一撃を繰り出そうとしていたのだ。
 あのランサーはファイターと同タイプの人間だ。
 己の器を知り、弁え、驕らず、為すべき事をなす。
 そんな男が絶対の自信を携えて己の首を獲ろうとして来たのだ。
 それがハッタリの訳が無い。
 ましてや油断して良いような代物でもない筈だ。
 しかしそんなファイターだからこそ遠坂はランサーはファイターには通用しないと踏んでいるのだろう。

 肉体の無い姿のまま感覚的に目を閉じた。
 聖杯戦争は始まったばかりだ。
 あの侍ともう一度刃を交わらせる機会はまた必ずある。

 その時こそ互いの全力を以って白黒を付けようじゃないかランサーよ。







──────Riders Side──────

 ゲドゥ牧師は頭を抱えていた。
 彼らの作戦はどうしようもないほどに華々しくそして盛大に失敗した。
 残存戦力はゲドゥ牧師を除けば代行者二名のみ。
 その他の戦闘員は全て死亡もしくは重傷でもう使い物にならない状態だった。
 おまけにゲドゥ自身も片腕をへし折られている。
 そのせいで牧師の片腕は布でグルグル巻きになっていた。
 この布は怪我に対して非常に有効な代行者御用達の洗礼に洗礼を重ねた祝布である。
 これを怪我をした箇所に巻いていれば信じられない程の速度で怪我が癒える。
 よって祝布の恩恵で牧師の怪我はさしあたっては問題無いと言えた。
 それよりも問題なのは…。

「なんということだ……」
 またも牧師の口から深刻そうな声が漏れる。
 せめてもの救いは非戦闘員という事で駆り出さなかった間者は丸々無事という点だ。
 そのおかげで町に張った情報網はまだ生きていた。
「くっくく!アハハハハハハハ!いやはや見事に失敗したものよな!!
 貴様がそのような顔をするとは傑作だぞ!」
 一方、落ち込む牧師とは対照的にライダーはこれでもかと笑い転げていた。
「なにがおかしい!!」
 あまりにふざけたライダーの態度にさしもの牧師もつい怒鳴りつけてしまった。
「おいおい牧師、声を荒げるとはらしくないではないか?全く余裕が無いとみえるくっくっく!」
 だがこのライダーにはマスターからの叱咤など馬の耳に念仏にも等しい。
「おのれ…!アーチャーが余計な真似さえしてくれなければ私達の作戦は完全に成功していた!」
「くくっ!そうだろうな。
 多少情報不足ではあったが一応俺様も推してやった作戦だそんなに悪くは無かったぞ?」
 なおもライダーの様子は変わらず、牧師の失敗を愉しそうに見ている。
 この男は作戦前の段階から何故だか妙に面白がってはいたが、まさか端からこういう腹積もりだったのだろうか?
「大体ライダー、貴様はあの時一体何をやっていた!?キャスター達に仕掛けてすらいないだろう!」
「はん、何を抜かすかと思えば。当然であろう?
 物事には最適なタイミングというものがあるのだ。
 特に今回のは奇襲そして奴らが一人たりとも態勢を立て直す暇すら与えずに一掃する予定だった。
 ならば第一撃目のタイミングは作戦の成功を左右する最重要項目なのは判っていよう?
 仕掛ける最高のタイミングを計ってなにがわるい。
 それに、そもそもお前はこの俺様に危うい所を救われておいてよくまあ抜け抜けと責任転嫁が出来るものよなマスター?」
 あえてマスターという単語を強調する。
 ライダーの見下す様な視線に牧師は口を噤んだ。
 例え経過がどうあれど最終的に牧師はライダーに救われた。
 もしあの時ライダーが作戦を中止して牧師の元へ駆けつけていなければ……。
 少なくとも牧師は現在この世にはいなかった。

「ふん、しかしまあこの俺様も少々驚かされたのは確かだ。
 通常戦闘力が低い分弓兵のクラスは平均的に強力な宝具を持ってる場合が多いがアレは些か予想外だった」
 さっきまで馬鹿笑いから一転してライダーは自分の予想が外れたことが気に入らないのか少し立腹しているようだ。
「予想外?あの宝具はお前から見てもそこまで強力だったのか?」
 牧師がライダーに聞いてみる。
 人間の視点からでは宝具の力など正確な判断なんか出来そうにないからだ。
「ランクもそうだが、かなり強力な部類の宝具だな。
 一応俺様は宝具対策も考慮して兵を分散するように貴様に助言してやったのだ。
 宝具の攻撃は基本的に一定方向に対しての攻撃だからな。
 仮に宝具の攻撃を受けても散開させればいくらかは残せる。
 ……そう考えた布陣であったがまさか自身を中心に円形状に展開する攻撃とはな」
 その結果ライダー陣営は見事にアーチャーの宝具の餌食となってしまった。
 今回牧師が受けた被害は甚大である。
「ライダー、一つ訊きかせろ。なぜこの掃討作戦に賛同した?
 お前の洞察力ならばこういう結果も有り得ると想定していたのではないのか?」
 この男はまさか……。
 という疑惑の念がどうしても消えない牧師は固い声でライダーへ問い質した。
 これはサーヴァントの解答次第では即座に令呪を使って対応する必要のある事態だ。
 利害の一致で結ばれた協力関係なら裏切りは十分に起こりうる。
 今よりももっと良い条件があればいつまでも同じ相方に固執する必要は無いのだから。
「当然だ。多少情報不足のきらいがあると一応予め言ってやったであろうが。
 あの作戦は戦争の必勝法には遠かったのは確かだ。
 だがそれでも俺様は七割方成功すると踏んでいた。
 番狂わせの原因は言わずもがなだな」
 ライダーは詫びれる様子も無くただ淡々と言葉を紡ぐ。
「牧師の面はそれなりに哂えはしたが、結果は別段面白くは無いな」
 その表情からは謀略の影は伺えない。
 なぜならライダーの顔が不愉快そうに歪んでいるからだ。
 マスターの口惜しげな顔は見物だったが自分の思惑通りに事が進まなかったのは面白くないと彼の眼が代弁している。

「判ったもういい。ところでなんだその戦争の必勝法とは?」
 その単語は組織の兵隊である牧師の興味を惹いたらしく早々に話題が切り替えられた。
 あんまりライダーを疑って臍を曲げられでもしたら後々面倒になると牧師は承知しているのだ。
「うん?ああ牧師、貴様は知らんのか?」
 ライダーが不敵笑みを浮かべている。
「馬鹿馬鹿しい。そんなものがある訳無いだろう」
 自分の振った話題でこの傲慢男に不敵な顔をされると正直面白くない。
 牧師はとっとと別の話題に変えようとした。
「あるとも。自軍の戦力を敵の二倍用意すればその戦いでは必ず勝てる」
 だがライダーは牧師が別の話題に切り替えるより前に先を続けた。
 しかし今こいつはなんと言った?
 如何にも自信満々で放言するのは別にいい。
 だがそれよりも問題はその内容だった。
「ふ、ふはははははははははは!なんだそれは!
 それが歴代最高のファラオと謳われた者の論理か?それでは子供とまるで変わらんな!」
 あまりにもその理屈が面白かったらしく牧師が物凄い勢いで爆笑している。
 そうしてひとしきり笑い転げたあと牧師はいつもの冷徹な表情に戻り冷たい言葉を吐き捨てた。
「本当に馬鹿馬鹿しい。
 そもそもそんなことで必ず勝てるのなら何故我々は失敗したのだ。
 お前の言う戦力二倍どころかそれ以上はあったと言うのにだ」
 声音からは忌々しさが滲み出ている。
「ハッ!だから貴様は負けるのだ」
 笑い転げる牧師に何も言わずに黙っていたライダーがようやく口を開いた。
 そうやって出てきた言葉は隠そうともしない嘲笑だった。
「なに?」
「お前は歴史に腐るほどいた敗将と同じミスをしている。
 それも決定的な勘違いだ。そのようだから無様に敗北するのだ」
「ライダーなにがいいたい?」
 牧師も牧師で敵意を隠そうともせずにライダーを睨め付ける。
 だがライダーはそんな視線にも全く意に介さず、傲慢な態度のまま表情を崩した。
「そうだな勘違いも甚だしい牧師に少しばかり講義をしてやるのも一興か。
 歴史の中でよくある話だ。無勢が多勢に勝てるのは何故だとおもう?」
「それは……作戦のおかげだろう」
 そういうのは大抵、軍の中に有能な軍師や智将がいて奇想天外作戦や優秀な戦術で勝つのだ。
 だから少数で多数に打ち勝てる。
「違うな。それはそういう勝てる下地があるからに過ぎぬ。
 作戦とはあくまで自他の戦力値を加減変動させるため要素だ。
 頭を柔らかくしろこれはもっと根本的な話だ。
 いくら作戦が優秀だろうと実行する人間が無能ではどうしようもなかろう?」
「つまり兵が良いからだと言いたいのか?」
「その通りだ。どんなに作戦が優秀だろうと実行する兵がただの蟻ではいくらやろうが象には勝てん。
 牧師よ、貴様は兵力と戦力を大きく勘違いしている。
 彼我兵力差1:2以上の軍が真っ向勝負を仕掛けてそれを打ち破ったなど探せばいくらでもある。
 サーヴァント戦でも同じだ1対2なら勝てると安心する莫迦ほど痛い目に遭う。
 安直に兵力五万の軍が五万の戦力になるなどとは思うな。
 これは身近な話だぞ。仮に貴様が100人居ようが俺様には絶対に勝てない。
 なぜなら牧師100人の戦力は俺様一人の戦力以下だからだ」
 ゲドゥは黙してライダーの言葉を聞いている。
 というよりも反論も口を挟む事も出来ずにいた。
「それゆえに指揮者には完璧な戦争洞察力が必要となる。
 それさえあれば自分たちの戦力と相手の戦力を余す事無く完全に計り切り、これを二倍の戦力を以って叩き潰せる。
 これなら例え敵がどんな切り札を有していようが必ず勝つ仕組みだ。
 なにせ相手の切り札の分も当然計算内に入っているからな、逆転の可能性も存在しない」
 彼は一旦口を閉ざし、結論を言うための空白を作り出す。
「すなわち、この世で最高の将とは。
 敵の戦力を完璧に計測し、且つ二倍の戦力になる状態を用意してみせることが出来る将を言うのさ」
 ライダーはそこまでを口にすると口元の端を歪めニヒルな笑みを浮かべた。
 ライダーの理屈は口で言うのは簡単だが実際にやってみせるのは容易なことではない。
 これは並の将や軍師で出来るレベルをとうに超えている。
「そこまで言うお前はその必勝法を実践できると言うのか?」
 それを判ってる上で牧師はまるで挑発するようにライダーへ疑問を投げつけた。
「ほざけ。ファラオを舐めるのも大概にしておけよ愚民が」
 ライダーもライダーで眼を細め高圧的な視線を牧師に叩き付ける。
 その瞳より滲む光からは絶対の自信が伺えた。

「しかし良かったではないか、貴様の部下は十分に役に立っているのだ」
「どこがだ?私の部下はただ全滅しただけだぞ?」
「牧師、お前の任務は俺様と貴様が生き残っている限り達成可能さ。
 貴様の部下はその命を以ってしてアーチャーの切り札を見事に曝させた。
 この俺様が褒めるに値する結果をきちんと出して見せたのだ。
 仮にも奴らの頭である貴様が喜ばぬのであれば連中も浮ばれんぞ?
 クク、アーチャー達はきっとこう思っているだろうな、Aランク宝具を持つ自分たちが負けるわけが無い!と。
 愚かにもそれをも上回る王がここに存在するとも知らずにな、ククッ!フハハハハハハハッハハハハハ!」
 暗い室内にアーチャーの高笑が広がっていく。
 確かに多大な犠牲は払った。
 だが得た物も小さくなかった。
 そしてそのおかげで自分が勝つのだとライダーは笑っている。
 消えないファラオの自信の証でもある高笑。
 まだ勝負はわからない。
 そうしたライダーの傲慢なまでの自信がいつの間にか牧師の口元に笑みを作らせていた。







──────Casters Side──────

 深夜の闘争、そして巻き起こった悲劇の大破壊から無事帰還を果たしたキャスターたち。
 二人が工房に到着し、緊張をほぐす為に一息入れた頃には空が白み始めていた。
 そんな中、キャスターの悲痛な声が室内に響く。
 どうやらキャスターとソフィアリが口論をしているようだ。
「なぜですかマスター!?」
「黙れキャスター何故もなにも無い。
 ファイターすらも倒し得るバーサーカーは我々にとって非常に使える駒だ。
 まだ生かしておけば後々に私の勝利の助力になるのは目に見えているだろう」

 口論の内容は完璧に追い詰めたにも関わらず戦闘のどさくさで取り逃がしてしまったバーサーカーたちの処遇についてである。
 一般人に多大な犠牲を出す雨生を一刻も早く排除したいサーヴァントと。
 自分の勝利の為に犠牲を厭わずバーサーカーを生かしておこうとするマスター。
 両者の意見の食い違いが口論の原因であった。

「しかし今ならまだバーサーカーのマスターを倒してしまうのは容易なんです!
 もしこのまま一般人の魂を喰らい続けてバーサーカーが手に負えないほど力を付けたらどうするんですか!?」
「そうなればバーサーカーがあの強靭なファイターやセイバーを倒してくれる可能性が上がるだけだろう。
 邪魔者に消えてもらったそのあとにゆっくりとバーサーカーのマスターには消えて貰えばいい。
 あるいはもしかすると自滅さえしてくれるかもしれんな。
 バーサーカーのクラスとはそう言った危険性もあると言ったのは貴様だろうキャスター」
「マスターが言っていた魔術の秘匿の件はどうするんですか!?」
「なあに今回の件でバーサーカーのマスターも慎重にならざるえん筈だ。
 どうせ奴は民間人を殺すだろうがその後の処理をきっちりとしてくれれば構わん」
「しかしボクは……!」
「いい加減にしろキャスター!マスターの命令だぞ。貴様の主人の方針に黙って従え!」
 いい加減キャスターの戯言の相手をするのにうんざりしたのか、
 ソフィアリは怒鳴りつけるようにピシャリと言い切った。
「う……?わ、わかり…ました。マスターがそういうのならマスターの意見を優先します」
 すると今まで強情だったキャスターがまるで魔術をかけられたかのように意見を変えてしまった。
「そうだ、それでいい。サーヴァントはマスターの意見を優先しなくてはな」
 キャスターの心変わりに気を良くしたソフィアリはこの真相に気付いていないかった。

 それは彼がキャスターを召還した時に遡る。
 効力の思い違いにより召還早々に令呪で絶対服従と命令した彼は、
 今でも令呪の無駄使いをしたと思い込んでいるが実際は違った。
 キャスターがマスターに対して従順なのはキャスターの元々の気性のせいだけではない。
 令呪による絶対服従の残滓によるものもあるのだ。
 今回それがはっきりとした形で表れることになったのにマスターであるソフィアリは気付かない。
 いや、気付こうとしない。ゆえに気付けない。
 サーヴァントにも確固とした自由意志があるという事実に。

「さてと。つまらない話も済んだ事だ。今後の方針を決めなくてはならない。
 今回の事で他のマスターは私を裏切り者と見なすだろうからな。
 こちらから出した話は恐らくもう聞くまい」
「でしょうね。ボクがバーサーカーとセイバーたちに纏めて攻撃をしかけましたから」
「そこでだ、別の手を使う事にした」
「別の手、ですか?」
「そうさ、お前から貰い受けた魔術刻印に面白い魔術があってなそれを使う」
 妙なことを言うマスターにキャスターは思わず首を傾げた。
 自分が渡した刻印にマスターの興味を惹く様なものがあったかと思っているのだろう。
「あの刻印の中にそんなに面白味がある魔術なんてありましたか?」
「ああすこぶる性能の高い偽装の魔術があった、これを使って連中をここに誘き出す」
「あれを使って……ですか?」
「まあ黙って見ていろ。この作戦は私が一人でする。キャスターは今後の為の準備をしておけ」

 いまいちマスターの思惑が読み取れないキャスターだけが目をパチクリさせていた。







──────Archers Side──────

───────Interlude ───────

 一番最初に間桐が観たのは娘に対する底知れぬ怒りの色と深い悲しみ。
 そして一番最後に見たのもまた、底知れぬ怒りと深い哀しみだった。

 その王が治める国は平和ではなかった。
 とは言っても戦国の世に生まれた国が平和であることなど稀ではあったが。
 その男アン・ズオン・ウォンはとある国を滅ぼし、アウラク国を建国した。
 彼の治世は中々のもので王として民を扱き使いはしたが、その見返りとして民を中華の蛮族の魔手から守っていた。
 大雑把な性格の王で力士と相撲をして大衆の面前で事故死させたり、娘を溺愛しまくって政に失敗したりもしたが、
 それでも貧しい民には食料を分け与えるなどした一応善君と呼ばれる類の王だった。

 一国の王として彼に与えられた責務は大陸の蛮族の侵攻から自国を守ることであった。
 アウラクと大陸との争いは滅ぼすか滅ぼされるかの戦いだった。
 そのために彼は人間以上の力を欲した。
 そのために彼は契約した───そう、世界との契約を。
「神よ、ワシに力を授け給え!何を代償にしても構わぬ!忌わしき蛮人の魔の手からアウラクを護りたい」

 彼の願いは世界に聞き届けられ、その契約は意外な形でアン・ズオン・ウォンの前に現れることになる。
 彼の前に現れたのはヴェトナム付近の土地でキム・クイと呼ばれる水斎王の遣いである亀の神だった。
 金亀神は彼に力を与えた。
 そう、それが以後、終わりの瞬間まで無敵を誇ることになる城砦コーロアである。
 金亀神の助言に従い、王は白鶏の魔物を死闘の末に退治し。
 巨大建築事業の末に城の階段や城壁を螺旋状にし。
 金亀神から譲り受けた神爪を城に備え付けてある巨大な弩の引き金に使って神の弩を作った。
 そうしてとうとう安陽王は英雄として恥じない力を身に付けたのである。

 英雄となったアン・ズオン・ウォンと神城は敵無しとなり、脅威だった大陸の蛮族達を悉く撃退した。
 愛する娘を護った、妻たち家族を護った、家臣を護った、民を護った、アウラクを護った。
 アン・ズオン・ウォンの活躍によりついに大陸から和平が申し込まれることになった。
 それは敵国の王子とアウラクの王女媚珠との婚姻による和平である。
 アウラク王家の一員に迎え入れられた王子と媚珠は直ぐに恋仲となり幸せな時間を過ごした。
 幸福そうな娘の姿を見守るのは父親として喜びに満ちたひとときであった。

 しかし、その幸福も長くは続かなかった。
 国を滅ぼす悪魔の手は既に仕掛けられていたのである。
 悪辣な手段を常道とする大陸の蛮国は王子をスパイとしてアウラクに送り込んでいたのだ。
 王子が与えられた密命は無敵を誇るコーロアの秘密を探ることにあった。
 そのため王子はあの手この手を使い言い渋る媚珠を誑かし、とうとうコーロアの秘密を掴む事に成功した。

 これが後の世に残ることになった悲哀物語の始まりとなった。

 メラメラと燃える大地。
 蛮族の軍勢から火矢が次々に放たれる。
 和平を申し入れた筈の蛮国が今や大軍を引き連れてコーロアへ押し寄せて来ていた。
「弩の方はどうなっておるか!?」
「駄目です!弩反応しません!!」
「何故じゃ?何故突然力を失ってしまった……?」
「安陽王!コーロアはもう駄目です墜とされます!王女様達と共に脱出を!」
「婿と媚珠の所在は!?」
「判りません!媚珠様は自室に居られます!衛兵!王の脱出を手伝え!」
「掌を返した中華共、このタイミングで力を失った弩、何故か居ない婿……。
 …………まさか……あやつら……まさかな」
「安陽王!!ここは我々が引き受けます脱出を!!」
「うむ、媚珠を連れて参れ。女子供を優先して脱出させよ!
 ワシに従うつわものたちよ聞けい!ワシの為に、そしてアウラクの為に貴様たちはここで死ねい!!」
『ハッ!!!我らが安陽王とアウラクのために!!!』
「うむ、ではのう。あの世で会おうぞ勇猛なる猛者たちよ」


 城を脱出した安陽王は森の中を馬で駆けていた。
 後ろには娘を乗せている。
「………」
 背後で遠くなっていく城へは振り向かない。
 必ず再起してみせる。
 まだ弩の秘密は漏れておらんのだからきっとまた機会は訪れる。
「すまぬワシの家臣たちよ……媚珠よもうしばらく辛抱するがいい。もう少しで集落に───」
 ふと後ろにいる娘の方を振り向いた。
 その瞬間。彼は全てを理解した。

 彼らが通って来た道。
 その跡を追うように残された道標。
 それは王子がコーロアの秘密を祖国に密告したあとに起こるであろう戦争で、
 離れ離れになった王子と媚珠がまた再開出来るように王子が媚珠に撒かせた目印だった。

「そうじゃったか。『これ』は全て貴様のせいか媚珠よ」
「あ………ち、父、上………?」 
 一度も聞いた事も無い冷たい父の声と、敵を見るような憎悪に満ちた表情。
 だがそれよりも、あの大好きな父が……何故かいま手にしている白刃が、媚珠を金縛りにあったように動けなくした。
 振り上げられる凶器。
 怒りも悲しみも写らない無表情な父の顔。
 そうして飛び散る鮮血。

 こうしてここに、一つの歴史が幕を閉じた。
 


 ───それからもう一つの彼だけの歴史が始まった。
 
 全てが決着し燃え盛る国を、兵を、民を見つめる。
 廃墟と化した地上を見つめる瞳に感情など無い。
 純粋な抑止力にそんな余分なものは無いのだ。
 それに、仮に感情があったとしても彼は別になんとも思わなかっただろう。
 なぜならこれは彼にとっては当たり前の光景だからだ。
 生前にも沢山見た風景。
 時には自らの手でこの風景を作り出し、時には敵の手でこの風景を作り出された。
 それを今もこうして見ているだけの話にすぎない。
 戦争が起これば人が死ぬ。
 そんなことは空気中に酸素があるのと同じくらい当然なことなのだから彼が心痛める理由は無い。
 だがあえて一つだけ想うとすれば。

 やはり殲滅戦争はつまらんのう………。

 そうなのだつまらない。
 自分は戦をするが戦よりも美女を妻にする方が好きだ。
 娘の子育ての方が好きだ。
 力士と相撲を取って力比べをする方が好きだ。
 蛮族の中華どもを娘たちや家臣の前で格好良くぶちのめす方が好きだ。
 だから今の己の役目はつまらない。
 アウラク国王の役目の方が大変だったが今の一兆倍は面白かった。
 
 ああキム・クイよ、もしもまた願いが叶うのならば。


 次こそワシは平和な国を作ってやろうと思うぞ────。



───────Interlude  out───────



 間桐は窓から差す眩しい朝陽で目が覚めた。
 ボーっとする頭をブンブンと振る。
 何か夢を見ていた気がする。
 確か内容は……アーチャーが娘を殺した夢だったと思う。
 というよりもそれしか覚えていなかった。

 さっさと袴に着替えて自室から出る。
 陰湿な洋館の廊下をぺたぺたと歩き食堂へ向かう。
 長いテーブルの上には朝食が用意してあった。
 資産家でもある間桐家は家政婦を雇って洋館の面倒を看させている。
 よって当然の話だが家人の食事の用意もさせてあるのだ。
 いつもの大したことの無い味のする遅めの食事をしていると、ふと背後に気配を感じた。
 だが間桐の背後には誰も居ない。
「アーチャーか?それとも爺さんか?」
 再び食事を続けながら背後の気配に声をかける。
 仮に背後の相手がマキリの大頭首様でも反骨心の塊であるワカメスピリッツの持ち主である間桐は飯を食べるのを止めないだろう。
 もし臓碩が何か言うのであれば爺仕込みの口八丁で言い包めればいいし、
 ましてや下僕とも言えるサーヴァントが相手なら一々食事の手を止めてやる理由すらない。
 よって彼はもぐもぐと朝食を続けるわけだ。
 やはり間桐家の一員で現頭首でもある彼もまた立派なマキリスピリッツの持ち主なのだ。
「ワシじゃ」
「ああ…もぐもぐゴクン。お前か、なんだ?」
「話がある」
 姿は無いが重苦しさを纏わり付かせた声でアーチャーが切り出した。
「あん話?いいぞ言ってみろよ」
「昨夜の件じゃ」
「あ?ああ!その事か。くっくっく!いやぁアーチャー、お前なかなかやるじゃないか少し見直してやってもいいぞ」
 間桐は『昨夜の件』というフレーズで昨日のアーチャーの宝具を思い出したようで実に嬉しそうだ。
 他の連中を徹底的にぶちのめしてやった上にアーチャーは見事にあの場から撤退してのけたのだ。
 一応アーチャーがAランク宝具持ちだとは言葉の上では判っていたつもりだったが想像と実物は迫力が段違いだった。
 過小評価していた自分の下僕がここまで使えたなんて間桐から言わせれば嬉しい誤算にも程があったわけである。
「あん?なんか勘違いしておらんか?」
 明らかにアーチャーの雰囲気を読み違えている間桐は勘違いしたまま話を続ける。
「らしくもない謙遜をするな。折角マスター様が褒めてやっているんだ。
 サーヴァントはサーヴァントらしく喜んでいいんだぞ?」
「じゃから違うわい!ワシが言いたいのは宝具を使う時は場所を考えろという話だ。
 戦争すれば人は死ぬのは当然だが無用な犠牲は必要なかろうが!」
 全く噛み合わない会話を断ち切るようにアーチャーが怒声を上げた。
「はぁあ?お前なに言ってるんだ?」
 アーチャーの一喝にも臆さず間桐が聞き返す。
 いつの間にやら間桐の顔が上機嫌な表情から一転して不機嫌そうなしかめっ面に変わっていた。
 こいつは偉そうに何様のつもりだろうか?
 正義の味方気取りなんだろうか。
 馬鹿馬鹿しい。下らないにも程がある。
 マキリの人間に小奇麗な正義など不要だ。
 薄汚く泥塗れて、流血を強要し、這い蹲ってでもその果てにあるモノに至るのがマキリの正義なのだ。
 それはあの臓碩だってきっと同意してくれることだろう。
「罪無い人間を死なせる必要はなかろうと言っておるんだ!!」
「ハッ!娘を殺し男がよくも偉そうに言えたものだな!
 罪が無いと言うのならお前に斬り殺された娘も罪は無かったんじゃないのかよこの偽善者が!」
 間桐は今朝見た夢を思い出しますます白い目でアーチャーを見る。
 そういえばアーチャーは娘の話をしようとするといつもはぐらかしていた。
 安陽王の伝承の終わりもそうだった。となるとあの夢も満更見当違いでもなさそうだ。
「………ふん。貴様にどう思われようと知ったことではないが。
 一つ間違いがあるぞ。媚珠は殺されて当然の罪を犯した。
 ワシはアウラクの王として仮令実の娘であっても処罰しなければならん立場だっただけじゃ。
 娘は国を滅ぼした責任を取らねばならんかった。そのためワシの手で殺した。それだけの話だ」
「ふんあっそ、それは結構な事だな」
 いかにもどうでもよさ気にアーチャーの言葉をあしらう。
 間桐としてもその辺りの事情に興味は無い。
 娘を殺そうが妻を殺そうがどうでもいい話だ。
 なにせこの洋館の地下には間桐家にやって来た妻や母と呼ばれた女の亡骸がゴロゴロしているのだ。
 胎盤の用が無くなったら直ぐに廃棄してきた臓碩と比べればアーチャーなど可愛いものである。

「なんじゃ騒々しい」
 暫く間桐とアーチャーの口論が続けているとこの洋館最後の住人に食堂に出現した。
「おわ!出おったな妖怪爺め!」
「うわ!朝っぱらからしかも飯時に爺さんの顔は見たくなかったんだけどな……」
「ほぅ?これはこれは。おぬしたち随分と息ピッタリの様ではないか?
 昨日の勢いといいこれならば今回こそは我がマキリの勝利にも期待が出来るというものよ呵呵、呵呵呵々!」
 ハモる二人を落ち窪んだ目でねめつけながら臓碩はにんまりと破顔した。
「誰が息ピッタリだ。目が腐ってるんじゃないのか爺さん?」
「誰が息ピッタリじゃ。脳が腐っとるんじゃないのか?」
 またしても二人同時に同じ様な文句を言う。
「………」
「………」
 二人して一瞬だけ顔を見合わせる。
 が、すぐにお互い無視するようにまた臓碩の方に向き直った。
「で爺さんは何の用なんだ?喧しいと文句を言いに来たのか?
 それともまさかアンタまでアーチャーと同じく青臭い偽善を振りかざすつもりじゃないだろうな?
 だとしたら今すぐに言ってくれ、俺はこの家を出て行く。
 アンタは陰湿で陰険な糞外道がお似合いなんだよ。
 そして小汚い間桐家の魔術師たる俺もそうさ。
 マキリの根底を司る薄汚い妖怪爺がそんなザマじゃとてもじゃないがこの聖杯戦争に勝ち抜ける見込みがないね」
「カッ!ククク、カカカカカカ!何を小癪な。一体誰に向かってそのような生意気な口を叩くか小僧」
 間桐の物言いが余程気に入ったのか臓碩は間桐が今まで一度も見たことが無いような愉悦に満ちた笑顔をしている。
「そうか。それを聞いて俺も安心したよお爺様。
 俺が勝つ事が最も重要なのさ。そいつみたく犠牲者の数を気にする必要は無い」
「よいぞ。それでこそ我が誇り高きマキリの血統よ。
 此度の聖杯戦争は参加するだけで見返りが得られるとはのう!」
 そんな二人のやり取りを霊体のアーチャーは白い目で見つめていた。
「じゃが一つだけ可愛い孫に助言をしておいてやろう。
 やり方はアーチャーのマスターであるお前に全て一任するが、町中ではあまり派手にやらんことじゃ。
 おおっと、最後まで聞かぬか。儂が言っておるのはセカンドオーナーの遠坂家に対する警戒じゃ。
 アーチャーに町の人間を喰わせるのも、お前が自分で殺すのも儂は何も言わん。
 ただ彼奴の小倅である若造と聖杯戦争の枠外での争いをしたところでお前に得るものはないと言っておるのだ」
 臓碩は間桐の聖杯戦争のやり方を全面的に肯定しているらしく諌める様子が全く無い。
 この言葉もあくまで孫の得にならない面倒な事態を避ける為の助言に過ぎないのだ。
「ああ判ったよ。それに昨日あれだけ力の差を見せ付けられたんだ。
 そうそう俺に噛み付いてくる馬鹿はいないさ。だから宝具を使う必要も無い。
 ……で?爺さん本当は何の用だよ?」
 祖父の言葉に一応同意を示すと間桐はもう一度さっきと同じ事を聞き直した。
「うむ。先日お前が儂に頼んだ秘策の準備が整ったのでな。呼びに───」
「それは本当か爺ぃぃ!!?」
 間桐はガバっと物凄い勢いで椅子から立ち上がると、そのまま臓碩の傍へツカツカと歩み寄った。
「落ち着かぬか。ではアーチャーを連れて蟲倉へ来い。魔力の方は大丈夫じゃな?」


 ────蟲倉。
 間桐家の誇る陰気な鍛錬場。
 そして忌々しい事だがマキリの魔術師にはこの場所が一番波長が合う。
 歩みを進めるごとにワサワサと足元の蟲たちが散っていく。
 目的の場所に間桐が降りて来た時にはもうなにかの魔法陣が床に描かれていた。
 魔法陣の前には臓碩が既に待っている。
「……ん。爺さんなんだそれ?」
「これが儂から孫への贈り物と言うわけじゃ」
 間桐の後ろについてきたアーチャーが実体化する。
「この魔法陣がか?」
「左様。これがおぬしのマスターを強くする秘策よ」
 間桐はまじまじと魔法陣を見つめる。
 見たことが無いタイプの陣だが部分部分はある程度理解できる。
 恐らくマキリの魔術理論で組まれた魔法陣だ。
「その通り。これは我がマキリの秘術の結晶とも言える秘儀よ」
 得意そうな臓碩を急かしてとっとと本題の方へ入らせる。
「その辺の自慢はいいから爺さん早く」
「ええい忙しい奴め。まあよい今からお前にはアーチャーと同化して貰う」
「………ハァ!!?」
「ハァ!!?」
 二人の素っ頓狂な声が蟲倉内にくわんくわんと反響する。
「意味不明だ爺さん!!」
「それ以前にワシは嫌じゃぞ!美女ならまだしも男なんぞと同化などしとうもないわい!
 というか同化なんぞ出来るわけが無いじゃろうが」
「そうだぞ爺さんよ。流石に同化なんて出来る訳がねえよ。仮に爺さんには出来ても俺の力じゃまず無理だろ」
 どう考えても無理なのがやらなくても判る。
 自慢じゃないがそのくらいの頭はあるつもりだ。
「同化と言ったが正確には同化では無い。むしろ精神や魂の融合や共生に近い。
 お前の起源と令呪そしてこの魔法陣を使えばそれに近い奇跡が可能になる」
「俺の起源を?あんな役立たず起源が一体何の役に立つって言うんだ」

 臓碩曰く間桐の起源は『寄生』だという。
 そのため彼は意思の支配が長時間必要な使い魔の扱いがあまり得意では無い。
 この聖杯戦争でもそれが若干仇となっている部分があった。
 だがその代わりに間桐は共感や共有などの系統の魔術にはマキリの術者の中でも稀な才能を示した。
 しかし本人はそんな起源など糞の役にも立たないと思い込んでいる節があるようだ。

「歴代のマキリの術者ではまず無理じゃろうがその起源を持つお前ならばやれるとっておきよ。
 儂がお前に用意してやれる最高の手札なんじゃが……やらぬのか?」
 半信半疑の間桐とは裏腹に臓碩はあくまで強気だ。
 この秘儀の成功をまるで疑いもせず確信しているようだ。
「一応興味本位で訊いておくが……これをすると俺はどうなる?」
 表向きには興味本位と言うことにしておいたが本音はあくまで警戒心からの台詞だった。
 この爺さんのことだ。油断してるととんでもない事態になっている可能性も十分に有り得る。
「クカカカ。そう警戒することはあるまいて。
 そうじゃな仮初では有るが、お前はある種の不死性を見に付ける事になるじゃろう。
 要するに儂が自分にやっている事の応用をお前にしようと言うわけだ。
 一番手っ取り早く、そしてより確実な強化方法の答えがこれだったのじゃが…止めておくか?」
 臓碩の枯れて落ち窪んだ両目に爛々とした妖火が灯る。
 間桐臓碩が自分にやっていること。
 それは元の肉体を捨て精神体のみで生き続けられるある種の不死身の体現だった。
 この妖怪爺は本気で自分の秘儀の一部を間桐に授けようとしているらしい。
「注意事項は?」
 己の師の本気を目の当たりにした以上は間桐も引く訳にはいかない。
 この恐ろしい大妖怪爺への反骨心だけで今までずっと己のプライドを守ってきたのだ。
 もしここで退いたりしたら自分はこの先一生臓碩に屈服した事になってしまう。
 そんなの冗談ではない。
 俺はこの爺とだって対等でいたいのだ。
 たとえそれが表向きのモノだったとしてもだ。
「タダでそんな美味い汁が吸える訳ないよな?注意することくらいあるんだろう?」
 覚悟を決めて臓碩と向き合う。
 爺の罠でも構わない。いざとなれば令呪とアーチャーがある。
 マスターになったんだからここで爺に臆するつもりも無い。
「最大の注意事項は寄生する精神体の宿主であるアーチャーが死ぬとお前の不死性は消える。
 じゃが逆にアーチャーが生きている限りはお前は余程のことが無い限りは死なぬ」
「つまり得られる不死性も絶対では無いということだな?」
「然り。当然痛覚もあるがしかし心臓や頚動脈をやられた程度ならば死なぬし、先日の大火傷程度でも死ぬことは無い。
 ただし、復元呪詛の類でない以上肉体が木っ端微塵にされれば致命的になる。
 特に頭部だけはなるたけ無傷の方がよいな」

 臓碩の説明を要約すれば以下の通りになる。
 1、普通の人間が致命傷となるダメージ程度ならばまず死ぬことは無い。
 2、秘儀による不死性はアーチャーが生きている間のみ有効。
 3、頭部や身体が木っ端微塵になると流石に生き残れない。
 4、肉体の損傷は自動修復しない。よって後から治癒するためにも出来る限り原型を留めた方がいい。
 5、痛覚は当然のようにある。
 
「不完全な不死性ではあるが確かに十分なメリットだな。判ったいいだろう。俺はどうすればいい?」
「アーチャーを魔法陣の中に立たせ、それから令呪を一つ使うがよいな?」
「令呪を使うのはあまり良くないが、使わないと失敗するんだろ?」
「呵々、そこまで理解しているようなら儂が一々教える必要もなかろう」
「……おい貴様らワシはまだ首を縦に振ってはおらんぞ……」

 着々と準備を進める二人をアーチャーは最高に嫌そうなしかめっ面で見守っていた。
 訳の判らん寄生をされるのは最高に不愉快だが悲しいことに利害が一致している。
 間桐が死に難くなるのはアーチャーにとっても有り難いことなのだ。
 それがもうどうしようもなく最低で、最悪なまでに嫌だとしても。

 だからせめて見る者を最高に苛立たせるとっておきの嫌な顔で、
 二人の周りをチョロチョロして嫌がらせをしてやるアーチャーであった。







──────Sabers Side──────

「マスター。隣町の丘の上に他のマスターが陣取ってるらしいぜー!」
 日暮れ間近の時間帯。
 雅にテラスでティータイムをしているアインツベルンの元へローランがドタドタと駆けつけて来た。
 右手には手紙らしき紙切れと翡翠で出来た鳥。
 そして左手には何故かウサギを持っている。
「……セイバー?ソレはなんですか?」
 騒がしくテラスに乗り込んできたセイバーの手にあるものを見やりながら女が口を開いた。
「ん?これはなー、ウサギという動物なんだぞマスター?」
「お黙りなさいセイバー!
 お嬢様が伺っているのはそのような畜生では無く手紙の方に決まっているでしょう!」
 アインツベルンの傍に控えていた侍女がセイバーのボケを一蹴する。
「いいえ私が訊いたのはその動物の方です。
 そうですか、それがウサギという生き物なのですね」
 しかしアインツベルンの方が彼等よりもさらに上手だったらしい。
 そう言ってアインツベルンはセイバーが手にしたウサギの方に手を伸ばし。
 ……撫でた。
「お、お嬢様何を!?」
「おおっ!ははっいいぞいいぞマスター!」
「貴方はお黙りなさい!お嬢様もそのような汚らわしい物体に触れてはいけません!」
 彼女はそうやってしばらくウサギの頭を撫でたあと、頭から顎の方に撫でる部位を移動して。
 ガブリ───。
 見事に噛まれた。
 白く細い指から朱色が滲み出してゆく。
「…………」
「……………」
「………………」
 数秒間の沈黙が場を支配した。
 ……そして。
「くきぃぃぃいぃ!!!よ、よくもお嬢様に向かってぇぇぇぇ!!」
 ぐわっしゃっ!とウサギの頭を鷲掴みにして大空へとブン投げる侍女。
 空飛ぶ兎さん。
 ウサギって一羽二羽って数えるがつまりこういう事なんだね。だって今飛んでるもんね?
 その横ではセイバーが腰に下げた鞘から聖剣をスラリと抜いていた。
「おんのれぇこの腐れウサ公めっ!オレの麗しいマスターになにするかー!!」
 大空を飛んでいく哀れなウサ公を追ってテラスから飛び降りるセイバーと侍女。
「大体貴方があんなものを持ってくるからこういうことになったのでしょう!!?」
「いいやそれは違う!連れてきたオレが悪いのではなく、貴婦人に噛み付いたウサ公が悪い!!
 麗しき貴婦人を傷物にした妖怪兎め!主の守護者である聖堂騎士が直々に退治してくれる!」

「「ウオオオオ今夜は兎鍋にしてくれるわー!!!」」
 そして雄叫びを上げながらそのまま二人は森の中へ消えていってしまった。



 十分後。
「今日は兎鍋だ♪うっさっぎなっべ~♪ジャパニーズUSAGI・NABE~♪」
「ふん!アインツベルンに刃向かった身の程知らずなウサ畜生はお嬢様のメインディッシュになるのが御似合いです」
 獲物をしっかり狩ってきた狩人が帰還した。
 狩人達の主人は安楽椅子に背を預け手紙を読んでいる。
 二人が森に消えた後。
 アインツベルンは何事も無かったようにセイバーが持っていた手紙に目を通していたらしい。
「お、マスターもそれ読んだんだな。で、どうする?当然行くだろう?行くしかないだろ?
 もしも怖いのならマスターは館に残ってても良いんだけど、どうする?」
 セイバーが一人手紙を手にしているマスターの許へやってきた。
 侍女のほうは夕食(野兎鍋~咎人の末路アインツベルン特製煮込~)の支度をするために厨房へ向かったようだ。

 セイバーとアインツベルンの所へ届けられた手紙にはアーチャーの居場所と一時的な協力の要請が記されていた。
 差出人はファイターのマスター。
 昨夜の虐殺を行なったアーチャーのマスターの居場所は隣町の丘の上とある。

 勿論、遠坂はこんな手紙は出していない。
 ましてやアーチャーの居場所は隣町の丘の上でもない。
 この手紙はソフィアリの複数刻印中にあった高度な偽装魔術によって作られた他のマスターを釣るためのフェイクだった。
 この偽装魔術は偽装する人物に完全になりきれるため遠坂の筆跡や癖、愛用する翡翠の鳥など、外見を偽造も可能であった。
 当然ソフィアリは他のマスターにも同じような手紙を送っている。
 自分たちの陣地へ向かっているマスター同士をかち合わせサーヴァント戦闘を誘発させるのが一番の目的だ。
 仮にかち合わなかったとしても、のこのこ丘の上までやってきた阿呆はキャスターの工房内で始末すればいい。
 という魂胆で考えられた策略だった。
 ちなみに作戦の立案と実行は全てソフィアリ一人の仕事である。
 必要無いとの判断でキャスターには関与させていない。

 ところでセイバー陣営以外の方の反応はというと。

 ───バーサーカー陣営では。
「うお!?ここにまで使い魔が来るのか!?
 くそぅ証拠隠滅してまた移動しなきゃ。絶対に振り切ってやる!」
 状況的にそれどころではないため空振り。

 ───ファイター陣営では。
「……妙…だな」
「遠坂殿もやはり妙だと思うか?」
「いや私が気になっているのは内容よりも差出人の方だ。
 あのアインツベルンが協力を頼み込んでくるものか……?」
「私としては内容の方が気になっている。
 アインツベルンとは確かセイバーのマスターであったな。
 正直キャスターを倒すのに協力が必要だとは思えない。
 特にセイバーには私とは違い強力な対魔力スキルが付属しているのだからなおのことだ」
「君はどう思うね?」
「様子を見るのを勧めるが………最終的な判断は遠坂殿に委ねる」
「我々の状態も万全ではない、今回は様子を見よう。ファイターもう良いぞ地下へ戻ってくれ」
 冷静に対処。

 ───ランサー陣営では。
「ランサーランサー!ちょっと来て!」
「ここに」
「これを見てファイターのマスターから。
 アーチャーを一緒に倒さないかって誘いが来たんだけど」
「………………」
「ランサー?どうかしたの?」
「あ、やなんでも無いで御座る」
「なんでもないわけないわよ。何?なにかあるんなら言ってくれないといざって時にわたしが困るんだけど」
「むぅ………何故わざわざアーチャーの拠点で落ち合う必要があるんで御座るかのぅ?」
「え…?え~と手間を省く為……とかじゃない?差出人は魔術師だろうし無駄手間が嫌、とか?」
「しかしこれに書いてるのは奇襲や強襲に分類される作戦でござるぞ?
 ならば一度別の場所で落ち合ってから二組同時にアーチャーの拠点を襲撃出来ねば奇襲として成立せぬ」
「へぇランサーってそういうことにも詳しいんだ?意外なのね」
「あ、あの、主殿?拙者一応は将を務めた事もあるんで御座るが…………くうぅっ!
 やはり主殿も所詮拙者は中級の英雄と思っているのでござるな?
 応よそうとも!どうせ拙者なんか英霊全体から見れば精々真ん中くらいが関の山。
 ローランと違って怪物退治なんかしたこと無いでござる!
 しかし!しかーしだ!小が大を倒せないと思ったら大間違いで御座るぞ主殿!?
 力で劣る小者はココを使って大者を見事仕留めるようとするのが小者の戦い!ココを使ってでござるぞ!」
「ちょ、ちょっといきなり拗ねないでよランサー!
 それにそんな何度も自分の頭を指でトントンして見せなくても貴方の頭がキレるのはちゃんと判ってるから!」
「…………………本当でござるか?」
「当然じゃない。ていうか可愛く小首をかしげない。はっきり言って不気味よそれ?
 大体ね頭がキレない奴に相談してその判断に委ねたりなんかしないわよ」
「さり気に暴言を吐くとは……流石は拙者の主殿よ。
 うんうん、家臣の気持ちがよく判っておられる。うむ立派立派!」
「………ふぅ。じゃあ話を戻すけどさ、それってそんなにおかしい事なの?」
「おかしいと言えばおかしい。が、おかしくないと言われればおかしくない」
「ちょどっちよ!?」
「拙者が妙に引っ掛かっているだけで気のせいという可能性もあるゆえなんとも」
「どうしようかしらね……?」
「如何とするでござるかね……?」
 結論が出るまで一時保留。

 ───ライダー陣営では。
「罠……だな」
「即答か。なぜそう思う?」
「ふん昨日の今日だぞ?タイミングが可笑しすぎるわ。
 こんな程度の飯事遊びでこのファラオを欺こうなどとは片腹痛いわ。
 この手紙の所々に見受けられる魔力の痕跡といいどうせまたキャスターのマスター辺りの仕業であろうよ。
 もしこれの実行者がキャスターならばもう少し上手くやっている筈だ」
「お前が政略謀略に強いのは認めるがそれにしてもやけに自信があるんだな?」
「生前丁度ヒッタイトどもとの戦争中に似た様な情報戦を受けたことがあってな。
 その時の状況に非常に酷似している。俺様は偉大故に同じ轍は踏まんのだ。
 だが、恐らくキャスターの居場所がこの場所だと言うのは本当だろう。
 気が向けばそのうち遊びにでも出向いてやるか」
 相手が上手すぎたため、看破。

 ───アーチャー陣営。
「相性的にもランサーはとっとと潰しておきたいところだな。
 バーサーカーの奴ならランサーに余裕で勝てるだろうし、
 仮にバーサーカーのマスターが裏切ったところで魔城を使えばどうってことない。
 やりようによってはバーサーカーにも消えてもらえる」
「ん~じゃあ行くか?」
「ああこれは好機……っておいアーチャーなにしてるんだお前?」
 ───ならぬ行ってはならぬ───
「ぬぬぬぬ、ぬあーーー!!来た来た来おったぁ!キム・クイ様の電波じゃぁ!!」
「うおわっ!!?なんだ!?電波?一体なんなんだ?!」
 ───ならぬぞ安陽王。死が立ち塞がっておるじゃ───
「……おぅ!?う?お。おあ、むお……ぅ!………ぷはぁ!」
 ───これから汝の行く先には破滅の闇が───
「お、おい?アーチャー?だ、大丈夫かお前?」
「…………止めじゃ。ワシはこの場所には行かん」
「は?お、おい!なんだ?なんなんだ?いいからちゃんと説明しろ!」
「たった今我が守護神キム・クイからのお告げがあった」
「あ?お告げ?…ってああ、神託か?」
「うむ。キム・クイ様より神託が下った。
 今日ここに行けばどうも死ぬようじゃからワシは行かんぞ」
「嘘付け!お前急に面倒臭くなっただけだろ!?」
「──────」
「え……おいおい、それは、本気でか?」
「マスターに虚言なんぞを吐いてどうする?
 ワシの神託はランクが低いからお告げが下る頻度が極端に少ないが、
 人生の転機や致命的な生死の分岐点のような決定的な局面でしか発動せん分逆に的中率が異常に高いんじゃ」
「でもアーチャーお前伝承の最期に死んでるじゃないか」
「複数の可能性が残ってるような局面では神託は下りん。
 あの時はワシ次第で先があった。だから神託は下らんかった。
 じゃがこれは違う行けば確実に死ぬ。生きるか死ぬかの分岐しかない。
 じゃからワシは行かんぞ!行きたいなら一人で行かんかい!
 せっかくワシに寄生して擬似的な不死性を得たんだ実験してこい!」
「ふざけんな!下僕のお前が行かないのに司令塔の俺だけが行くわけ無いだろう!」
「なんじゃとこの根性なしワカメがあ!」
「お前にだけは言われたくないぞ腰抜けえ!」
 神託スキル発動によりなぜか仲違いまで勃発。……失敗。


 ────では残ったセイバー陣営はというと。

「行こう。すぐ行こう。今から行こうぜマスター!
 極悪非道なアーチャーのマスターをオレたちがやっつけるんだ!」

 アインツベルンはともかくセイバーはかなり行く気満々だった。

「しかし罠の可能性もあるんじゃなくって?
 それに確かマキリはトオサカと同じくミヤマに工房を構えていると大御爺様も言っておられたわ」
「大丈夫だマスター!仮に罠でもオレには秘策がある!」
 超自信満々にセイバーが白い犬歯を見せて笑う。
 そこまで断言するからにはよっぽどの秘策があるらしい。
「秘策、ですか?」
「ああそうだ。コレを見てくれ!え~っと、あ、あったあった。ジャジャーン!!」
 そうしてセイバーは効果音を口で鳴らしながら一振りの剣を取り出した。
 デュランダルと比べると煌びやかさが足りないが、それでも不思議な色の光沢をした剣である。
「剣?」
「フフ~ン!当然ただの剣じゃ無いんだぜー?
 これはオレが魔法庭園に君臨していた魔女ファレリーナを倒した時に手に入れた戦利品の魔導剣なんだ」

 ───魔女ファレリーナの魔導剣───。
 ファレリーナが己を倒しにやってくる勇者を返り討ちにするために創り出した魔術を討ち破る護符剣の概念武装。
 魔術に対して高い抵抗力を内包しているため対魔性能を格段に上げる効果がある。
 ちなみに装備品がこんぼうだったローランによりラッキー良い物発見!神様ありがとうと強奪された一品。
 ローランとこの魔導剣の力が仇となりファレリーナの魔法庭園は陥落した。

「これを装備すればオレの対魔力がAランクまで底上げ出来る優れ物なんだ。
 な!な!凄いよな?マスター凄いだろぅ!?
 これだったらアーチャーのマスターが工房で罠を張ってたってへっちゃら余裕さ!」
「ええ確かにそれなら工房戦であっても遅れを取らないかもしれませんね」
「そうだろ?だから行こう!あ、でもマスターが気が進まないのならオレだけで行って来るよ。
 言われてみれば工房戦だし魔術師であるマスターが特に警戒するのは無理ないもんな」
「いいえ、それには及びません。昨日のことで確信しました。
 貴方だけに任せておくとどこで何をやっているか判りませんから私も同行します」
「よっしゃ!じゃあ行くぜマスター!どんな罠でもどんな工房でもオレに掛かれば瞬殺だ!」

 それから晩餐の兎鍋をマスターと一緒に食べて英気を養いながら夜が更けるを待った。
 そしてマスターと共にまたあの莫迦豪奢な馬車に乗り込んで目的地の丘を目指す。
 オレには魔導剣という秘策があるのだから怖いものなんかない。
 なにが出て来ようがさっくりやっつけてやるぜ!






──────Sabers VS Casters──────

「バカな……!!?」
 セイバーは目と口を大きく開いて冷や汗を流しまくっていた。
 彼は有頂天だった。というよりも秘策に絶対の自信があったため調子に乗った。
 そして、こうなった───。

 爆発。爆音。火柱。雷撃。破壊。竜巻。光弾。また爆音。
 物凄い勢いでセイバーたちへ魔術が飛んできている。
 それをセイバーはアインツベルンを抱きかかえた状態で必死に回避する。
「フフどうしたのですかセイバー?調子があまり宜しくないようですが。
 なんでしたらボクが看て差し上げましょうか。まあ原因は分かっているのですけどね……ハァッ!」
 いつも以上に余裕有り気なキャスターが魔術を発動させる。
 建物内にはどういうわけか数人のキャスターが存在していた。
 それぞれのキャスターがセイバーたちに対して魔術攻撃の弾幕を仕掛けている。
「チクショウ!なんでなんだー!?」
 理不尽な事態に文句を絶叫しながら死に物狂いで攻性魔術の回避に専念する。
 もし一撃でも当たり動きを止めるとその瞬時に大量に追加攻撃を喰らう破目になるのは間違いなかった。
 そうなってしまうと仮に自分の命は無事だとしてもマスターの命は無い。
 キャスターの破壊の嵐から逃げ惑いながら何故こうなったのかを必死で考える。


 目的地の丘の上にあったのは石造りの家だった。
 二人は用心も兼ねて丘の中腹辺りで馬車を停めそこから先は徒歩で進むことにした。
 周囲にはファイターとそのマスターの姿は無い。他に人も居なかった。
 セイバーたちは30分ほど待ったが結局誰も来なかったためそのまま建物の中へと突入した。
 建物はやはりセイバーの予想通り魔術師の工房だった。
 ただしそれは。
 アーチャーのマスターのではなく、キャスターの工房だった。
 この決定的な違いがセイバーを計算外の状況に叩き込んでしまうことになる。
 建物内は外見からは考えられない程に広くちょっとした屋敷位の広さはあった。
 玄関から通路を進み扉を三つか四つ越えた辺りで間取りの広い部屋に足を踏み入れた。
 不思議な構造をした部屋で中央部分が吹き抜けになっている。
 さらに部屋の奥には上階へ上る為の階段まであった。
 周囲を気配を探りながら前へ進むとソフィアリの幻影が部屋の中央に突如現れ、それから慇懃無礼な挨拶をしてきた。
「ようこそ。キャスターの工房『聖霊の家』へ。セイバーとそのマスターよ。
 私達はマヌケな君たちを来訪を心から歓迎するよくっくっく!」
「やいこの!誰がマヌケだと!?」
「君たち以外に誰がいるかね?」
 ソフィアリがセイバーたちの背後の扉を指差すと同時にバタンと大きな音をたてて扉が閉まる。
 手っ取り早く言えば閉じ込められたらしい。
「では愉しんでいってくれたまえ」
 侮蔑を含んだ高笑いを残して幻影が床に吸い込まれて消えた。
「ぬあー!マヌケって言ったなあ!?今度会ったら絶対に斬り捨ててやるからな!」
 ソフィアリの挑発に地団駄を踏んで激昂するセイバーの耳に柔らかい笑い声が届いた。
 ピタリと地団駄を止め神経を研ぎ澄ます。
「………キャスターか」
「御見事です。相変わらずよい勘をしていますねセイバー」
 賞賛を口にしながら階段の上にキャスターがポワっと浮き上がるように出現する。
 セイバーとキャスターは丁度部屋の端と端、見上げ見下ろす形で向かい合っている。
「やはりここはマキリの工房ではなかったのですね。
 外来のマスター風情がアインツベルンを謀ろうとは覚悟は出来ていてキャスター?」
 ずっと沈黙していたアインツベルンがキャスターへ宣戦布告を突きつける。
「それはそれは。申し訳ありませんセイバーのマスター。
 ボクのマスターが貴女に送った招待状の内容はつい先ほどまでボクも知りませんでしたので」
 だが、キャスターの方は相手の敵意に対しゆるりと頭を下げ己の余裕を演出していた。
「ではそろそろ始めましょうか。セイバー。
 貴方は策を弄し手練手管を以って敵を倒すなど卑怯と思うかもしれませんね。
 しかしそれは貴方たちとボクたちとの闘争手段が根本的に違うだけの話」
 キャスターの左手に宝具の魔道書が展開される。
「貴方たち戦士は力で戦う。ボクら魔術師は智で戦う。
 そして……これが。我ら魔術師の闘争の形です────!!」
 叫ぶと同時にキャスターの右手がバッっと胸の高さまで持ち上がり掌から緑色の光を溢れさせる。
「そんな魔術なんか無駄だぞキャスター!お前じゃ今のオレには絶対に勝てない!」
 キャスターの気迫を真っ向から受け止めたセイバーが叫び返す。
 常にある理由のない自信とは違い、今日の自信にはちゃんと理由がある。
 キャスターがどんな魔術を行使したところで対魔力Aの今のセイバーには絶対に通用しないのだ。
 ふふん!口元を歪め腕を組み、悠々と敵の魔術攻撃を待ってやるだけの余裕まである。
 極限まで収束しついに掌から放たれる緑光。
 それはセイバーの身体の中心を目掛けて真っ直ぐ飛来し───。
「────っ!!!?」 
 猛烈な速度で迫る緑光を眼前にしてセイバーの身体が突然反応した。
 セイバーに備わっている本能とも呼べる危機回避能力が彼の肉体を自動的に突き動かす。
 鳥が川の魚を獲るように素早くマスターの身体を引き寄せて全力でその場から飛び退く。
 着弾する閃光そして魔力の爆裂。
 彼らがつい数秒前に居た場所は見事なクレーター状の穴が出来ていた。
 いま己が行なった謎の回避行動の意味を理屈で理解しようとはせずいつものように直観的に理解しようと努める。
 それはセイバーらしい常人ではまず理解出来ないような考えるな感じろというやつである。
「マスター!オレのステータスを見てくれ今すぐ!なんかヤな予感がする!」
 焦燥感に駆られながら胸に抱えたマスターへと頼む。
 足はまだ止めない。次々に魔術がズガンズガン飛んできているからだ。
 アインツベルンはセイバーに促されるままサーヴァントの能力値を透視した。
「能力値は特に変わらないわ。スキルも……え?」
 いつも氷像のような彼女が珍しく動揺していた。
 どういうわけか対魔力スキルがDランク程度しかなかった。
 アインツベルンの館で確認した時には確かに対魔力はAランクあったというのに……何故?
「な、なんだってーー!!?」
 こうしてセイバーの秘策は予定外の方向に転がり込む事となったのであった。


 地面に凍結させる魔術を跳躍し避けながら現実逃避という名の一瞬の回想を強制終了させた。
 事態は先ほどよりさらに悪くなっており小柄な八体の生き人形まで戦いに加わっていた。
 人形たちの攻撃を打ち払いながら舌打ちする。
 真面目な話、理屈なんて考えてもどうせ判らない。
 王城の宮廷魔術師マラジジやこういう時にも頼りになる親友でも居れば話は別だが此処には己しか居ないのだ。
 なら理屈なんて考えない。結論だけを考えよう。
 キャスターほどの魔術師が作り上げた工房なのだからきっと既に何かの罠に引っ掛かっていたに違いない。
 だから対魔力がごっそり殺がれているんだ。
「どうしたのですかセイバー?逃げるだけなんて貴方らしくもないですよ!」
「逃げてなんか無い!ちょっと避ける作業に専念してるだけだろ!」
 複数人居るキャスターが掛かって来ないのかと野次る。
 その間も魔術攻撃の手は休めない。
 あのキャスターたちもきっと全部が本物じゃない、虚実に分かれてる筈だ。
 実体があるのは精々二、三人で残りは幻だと思う。

 一方。
「マスターですか?ええこのまま押し切るつもりです」
 キャスターの脳内に別の部屋でこちらの状況を見ているソフィアリから指示が飛ぶ。
 外に漏れないように小声でそれに応答する。
 ソフィアリもセイバーの現在ステータス状況を確認したのだろう。
 工房に備えてあるより威力や効果の高い魔術や補助、阻害系統の魔術を使えとしきりに命令してくる。
 だが。
「残念ながらそれは無理ですマスター。今の『聖霊の家』には攻性系の仕掛けは備わっていません」
 キャスターの返答と同時にソフィアリが金切声を上げて説明を要求してきた。
 普通に考えたら真っ当な魔術師の工房に攻撃装置が全く備わってないなど有り得ない話である。
「本来の意味での魔術工房ならばそういうものも当然備え付けられているんでしょうが、
 今回のはあくまで聖杯戦争用に用意した特別仕様なのでそういった余分なモノを加える余白がありませんでした」
 脳内の煩い声を聞きながら淡々と自分の工房について説明する。

 キャスターは聖杯戦争の各クラスの特性を十二分に理解していた。
 そして己の力量も出来る事も全て理解した上でこの選択肢を選んだ。
 彼は大胆にも、工房の全性能をサーヴァントが持つ強力な耐魔能力を殺すことにのみ焦点を当てたのである。
 キャスターはアーチャーとの初戦でキャスタークラスのデメリットを愕然とするほどに痛感させられた。
 どれだけの強力な魔術を行使出来ても彼らの強靭な対魔力に阻まれ届かなければ全く意味が無い。
 それを理解した瞬間、彼は陣地性能の全てを敵の対魔力を殺ぐために費やした。
 そのため今の『聖霊の家』にはキャスターの攻撃を援護する魔術も強靭な束縛も重圧もない。
 最低限度の工房としての体裁と内部の異界化、もしもの時の為の貯蓄ともいえる魔力炉、
 そして上質な霊脈からマナを汲み上げるシステムしか備わっていない。
 よって工房内での攻撃も補助も全てキャスター自身の魔術と『世界の書』の魔術で賄わねばならなかった。
 普遍的な魔術師であるソフィアリが有り得ないと憤慨するのもまあ当然な工房の状態である。

「ですので補助や阻害が御所望なのでしたらマスターにお任せします。
 ちょっと今は手が離せませんので。
 ただボクとしては魔力をもっと持っていく事になりそうなのでマスターには魔力の温存をしていて欲しいのですけどね」
 そこでマスターとの念話を中断すると再びセイバーへと声をかけた。
「───セイバー!もう終わりですか!!ならばそろそろ決めてあげましょうか!」
 だがその考え抜かれた末に選択されたものの成果はもはや明確だ。
 あの最高の力を持つと謳われているセイバークラスがキャスターに手も足も出せないでいる。
 キャスターは自分が持てる秘儀全てを出してセイバーに襲い掛かる。
 勝利を目前にして一気にスパートをかけようと精神を高めていた。

 ……もし仮に。
 セイバーの対魔力が概念武装などによる外部からの付属ではなく、
 自前でAランクの対魔力を備えていたならばきっとこうはいかなかっただろう。
 概念武装による対魔術防御であればそれをあらゆる手段で抑え込むための秘儀や技術がキャスターにはあるが、
 素の状態で対魔力がAランクだった場合そもそも魔術自体を全く受け付けてくれない。
 そのせいで多重掛けや魔力殺しを仕掛けようにも一番最初の楔を打ち込むきっかけすら掴めないのだ。
 そういう点で言えばキャスターは運が良かったと言えるだろう。

 セイバーに抱えられながらアインツベルンは一番奥に居るキャスターの魔力が急激に高まっているのを感じだ。
 人形の援護と他のキャスターによる魔術の弾幕に護られているおかげで彼には詠唱するだけの時間的余裕がある。
 あのキャスターが詠唱している以上は恐らく次に飛んでくるのは今までの比ではない大規模な大魔術に違いあるまい。
「セイバー、キャスターが詠唱しています」
「うおっ!?本気かあいつ!!」
 セイバーも問題のキャスターが放つ強大な魔力に気付いたのだろう。
「窮地です。ここは退きなさいセイバー」
「イヤだ!オレは騎士としてそんな不名誉な真似は出来ん!!」
 マスターの撤退命令を断固として拒否するセイバー。
「セイバー!」
「大丈夫だマスター!あんなの発動させる前に潰せばいいんだ!!
 オレは絶対に逃げない!どんな英雄や大軍や怪物が相手でも逃げなかったんだから!!」
 敵を前にして、ましてや自分達の危機ならなおさら逃げる気は無いらしい。
 自分が危なくなったら尻尾を巻いて逃げるというのは騎士として恥ずべき行為だと純粋に信じてるのだろう。
「セイバーもう一度言います。退きなさい」
「嫌だ!もしオレが逃げたらオレの後ろにいる仲間や騎士たちはどう思う!?
 オレはいつだって皆の先頭に立って勇敢に戦って来た!
 だからみんながオレの後に雄々しく続いてくれたんだ。
 先頭のオレが逃げるのは仲間を裏切る行為と同じなのだから!
 オレにはそんな真似は絶対に赦されない!!」
 セイバーにとって逃げるという行為は仲間を裏切るという行為だという。
 だから彼は絶対に逃げようとしない。
 否、彼は逃げるわけにはいかないのだろう。
「そうですか。わかりました」
 アインツベルンもセイバーの意思を曲げられないと感じたのだろう。
 その声には冷たい諦めが混ざっていた。

 セイバーの力を信じるか。
 己の判断を信じ撤退か。
 なら私はセイバーにマスターとして────。


「ならばセイバーへ主より令呪を以って厳命します。私を連れて無事撤退なさい───」
 彼女は冷静かつ非情な判断を下した。
「あ……?か、い!や!だ!あ、………く!!?」
 令呪が誇る極大の強制力がセイバー意思を侵食してゆく。
 しかしセイバーも強靭な意志で自分を侵す令呪の強制力に必死に抵抗する。
 令呪一回程度なら何とか踏ん張れるかもしれない。
 そう想うと身体から気合が沸いてきた。
 オレは逃げないオレは逃げない逃げるもんか逃げるもんか! 
「……セイバー。貴方はマスターを死なせる気ですか?」
「───あ」
 氷剣よりも冷たい彼女の言葉がセイバーの胸に突き刺さり、抵抗の意志が一瞬だけ揺れそして傾いた。
 一度でも傾けばもう手遅れだった。
 雪崩れ込むように一気に身体が撤退するために動き出す。
 セイバーは手早く一度アインツベルンを床に降ろすと迫っていた八体の人形全員を手にした魔導剣で斬り飛ばす。
 八体を仕留めた所要時間は僅か二秒足らず。
 瞬殺の意味に恥じないタイムを叩き出し、再び彼女を抱え上げて出口方面の扉へ向かって疾走する。
 扉の前まで来ると蹴りを一発入れて強引に扉をこじ開けた。
 だがそこには本来あるべき出口が存在しなかった。
 この扉は駄目だと悟ると部屋の西側にある扉へ再び疾駆を開始する。
 走り、敵の攻撃を避けながら魔導剣を仕舞い今度はデュランダルを取り出す。
「無駄ですよセイバー!貴方はここから出られません!!」
「ハッハッハだそうだ!残念だがセイバーとそのマスターよここで消えてくれたまえ!」
 セイバーはソフィアリとキャスターの言葉を無視し扉との距離を詰める。
 聖剣を振り上げそしてそのまま扉へではなく、その左側の壁に対して聖剣を激しく斬りつけた。
「は……?はぁぁぁぁあ!!?」
 轟音と共に壁に大穴が開いた。ソフィアリの悲鳴を上がる。
 出口が無ければ出口を作れば良い!とローランらしい至極単純な方法論で強引に突破口を用意した。
「ま、待ちなさいセイバー!!」
 セイバーの無茶苦茶な行動にキャスターは溜めに溜めた詠唱をそこでキャンセルしてそのまま魔術を発動させる。
 八割程度の完成度だがこのままでは使わずに逃げられてしまう。
「三賢者の叡智呑み込む獣────堕ちよ無空!!!」
 セイバーが壁へ駆け込むと同時にブラックホールの様な黒穴が壁一帯を喰い呑み込んだ。
 消滅する空間。威力は対して変わらないがやはり範囲が狭かった。
 隣の部屋から響いてくる甲冑が奏でる鉄の足音。
 それからまた壁を破壊するような轟音。
「……………逃げられましたか…」
 下手に追跡はしない。
 セイバーを相手に工房外で戦うなど自殺行為も同然だからである。
 五度目の破壊音。
 その音を聞きながらキャスターは苦い顔で口を噤んでいた。




 


──────Lancers VS Sabers──────

 ランサー達は龍洞寺から隣町の丘のを目指していた。
 達、と言うことは当然ランサーと綾香の二人である。
 あくまで様子見の偵察だから一人で行くと言うランサーに綾香も自分も行くと言って譲らなかった。
 何か彼女なりに想うところがあるのだろうと察したランサーはそれ以上は何も言わずこの少女の同行を認めた。
 現在のランサーの愛槍は丈も本来の長さにカスタマイズし直し、呪布も付けていない。
 ここにきて彼の宝具は召還初日以来になる本来の力を発揮できる状態にあるのだ。
 綾香は偵察だけならそこまでする必要はないんじゃないかとランサーに問うたが、
 ランサーの方はもし罠だった場合に完全状態で戦えるように備えておきたい、と答えた。

「何も主殿まで拙者と一緒に危ない橋を渡る必要などござらんだろうに」
「なに言ってるのよランサー?
 マスターとサーヴァントってどのみち運命共同体じゃないの」
「いやまあそうではござるが……」
 そんなやりとりをしながら二人は丘を上り始める。
 ランサーは既に実体化している。
 いつでも反応出来るようにするためなのだろう。
「主殿令呪に反応は?」
「まだ無いわ。少なくともすぐ近くにマスターは居ないと思う。ランサーの方は?」
「拙者もサーヴァントの気配は感じないでござ……ん?あれは?」
 丘の中腹辺りで妙な物体があった。
「うわぁなにこれ!?童話のお姫様が乗ってるような馬車じゃない」
「………なんという酔狂な」
 そこには馬鹿げたほどに豪奢な馬車が停めてあった。
 持ち主らしき人物の姿は見当たらない。
 馬車内を軽く調べたが特に異常も見受けられなかった。
「ランサー、これって」
「もう少し上の方に行ってみよう」
 二人は気を引き締め直して再び坂を上りだした。

 しばらく坂を上っていると唐突にじくん。と令呪が疼いた。
「ランサー令呪が……!」
 綾香とランサーはアイコンタクトを交わし上方を睨む。
 丁度その時。坂の上から白い何かが駆け下りてくるのが見えた。
「あれは、セイバー!?」
「主殿、下がっているでござる!丁度よいここでセイバーを討ち取ってやろうぞ!」
 綾香をその場に残しランサーが一気に坂を駆け登る。
「む今度はランサーか!!?」
 眼下に体格に合わない長大過ぎる大槍を手に構えた小柄な槍兵が急接近してくるのが見えた。
 同時に地面の摩擦を使い急停止をかけマスターを降ろす。
 キャスターの時と違いあのランサーが相手ではマスターを抱えた状態いるのは致命的だ。
 腰の鞘から聖剣を抜き放つ。
 上等だ迎え撃ってやる。
 だがセイバーの身体は気持ちとは裏腹に一刻も早くこの場からの撤退を強要していた。

 セイバーもランサーと同様にマスターをその場に残して前方から迫る敵へ向かって脚を踏み出す。
 二人のダッシュにより両者間の距離がみるみる縮まってゆく。
 先手はランサーによる刺突。
 レンジ4m超というとんでもなく離れた間合いから放たれた穂先がセイバーに襲い掛かる。
 セイバーは槍を打ち払うため聖剣を穂先に合わせようとして……中断した。
 強引に身体を捻じって穂先を避け、そのまま片手でバク転しながら下がる。
 息を弾ませながらランサーの槍を睨みつけた。
 あの大槍の穂先を見ていると背中がゾワゾワする。
 何故か下手に触らない方が良いような気さえしてくるのだ。
「どうかしたかセイバー?」
 口元に笑みを浮かべたランサーが頭上で大槍をグルグル回転させたあと構え直した。
「ソレは……ランサーの宝具だな?」
「左様。拙者自慢の愛槍でござる。
 あくまで用心程度のつもりで御座ったが、うむやはり備えあれば憂いなしよ」
 ランサーは愛槍が完全状態であることに感謝しながらセイバーと対峙する。
 セイバーが強力なのは百も承知。
 既に正体も知っているため余計に格上なのも判明している。
 だが蜻蛉切が完全な姿であるのならば───まだ勝負は判らないではないか。
「止まっていてはその剣が泣くでござるぞセイバー!!」
 ランサーが気合と共に再度セイバーに対して攻撃を仕掛けた。
 二人の位置関係はセイバーが上方、ランサーが下方となっている。
 通常頭上に位置する者の方が優位であると言われるが気違いじみた間合いを誇るランサーにはまるで関係無い話だ。
 闇に彩られた坂道に月明かりを反射させた白刃が何度も煌く。
 風を切り裂き刃が敵の血を求め獰猛に突き出されること既に十。
 セイバーの方も己の感覚を信じて穂先に触れない様に回避しているがかなり一杯一杯の様子である。
 何しろどんでもなく速い。そしてとんでもなく遠い。
 ただ全弾避けようとするだけでも死に物狂いになる必要があった。
 剣士が反撃に転じようと脚を踏み出すと同時に槍兵も後退する。
 瞬発的な移動速度はランサーの方が上であるためセイバーがあれこれそれと踏み込んでも全く間合いが詰められそうにない。
 おまけに大槍には触りたくないのでは敵との間合いなど詰められる筈が無かった。
 そんなやり取りを何度か繰り返したあと。
「ハッ、ふ──ダァ!!」
「───ガ、ごふ!!!?痛~~~っ!!やっぱり予感通りかぁぁぁぁぁ!!!」
 ついにランサーの刺突と薙ぎ払いを組み合わせた見事な連携攻撃がセイバーを捉えた。
 この鮮やかな連撃は回避不可能と悟ったセイバーはランサーの大槍を仕方なく迎撃しそれから血を吐いた。
 自分が大槍に感じた予感通りの結果に悪態をつきながら距離をとる。
 令呪のかかった肉体は相変わらず逃げる避けるの消極的な行動を強要し、隙があれば今すぐにでも逃げ出そうとする。
 両者の距離がまた離れた。

「どういうつもりでござるかセイバー?」
 ランサーはそんな度が過ぎて退き腰なセイバーを冷たく睨み付ける。
 今のセイバーには全く積極性が無い。
「どういうつもりって、なにがだ?」
「……………」
 自分より格上の筈の名高い武人が全然本気でぶつかって来ない。
 それはランサーにとって舐められているも同然の侮辱と感じた。
「……そうか、ならばもういい。
 セイバー、拙者如きには本気を出すまでも無いと申すのでござれば…。
 御主がそういうつもりであるのなら─────拙者の方が本気でゆくまでのこと」
「ランサーお前なに……を?」
 その言葉きっかけにランサーの雰囲気が一変した。
 水が漏れるように殺気がじわりと浸透してゆく。
 ランサーの肉体の中身の意味が切り替わり、より戦うに適した機能に変性する。
 本物の侍たちに備わる独自の肉体の運用法が起動を開始したのだ。
 咄嗟に身構えるセイバー。
 それからアインツベルンのある程度近くにまで後退する。
 これはかなりヤバい。
 ランサーの奴本気の本気で来るつもりだ!!
 ランサーとセイバーの距離約70m。
 こんなに間合いが離れていては弓の領分だ。 
 だが侍からは明確な攻撃意志が感じ取れる。
 ランサーが一度だけくるっと大槍を回し構え直した。
 大槍の向きは地面と水平に、握るのは右手。
 握った柄の位置は何故か穂先に多少近い場所。
 しかもより奇妙なのは大槍を逆手に握っていることだった。

「蜻蛉切平八郎───最奥の槍─────隠槍……」

 囁きと同時に滲んでいた殺気が止まった。
 刹那、ランサーが槍を逆手に握り構えたまま弾丸の様に疾走を開始した。
 一瞬にして両者間の距離は残り20m。
 ランサーは50mの距離を瞬きの間に零にして、逆手に持った槍を走り様に投げた───!!
 槍兵の助走で十分な加速をつけられた大槍が音よりも速く飛ぶ。
 狙いはセイバーの心臓。
 完全には避け切れない速度で迫る刃。
 迎撃せねば4mの大槍に串刺しにされ絶命する必殺の一撃!
「オ、アああああああ!!」
 死を拒絶する本能と強者と出逢えた喜びに震える魂が雄叫びを上げその必殺の槍に対抗する。
 セイバーから飛び散る鮮血。
 殺人的な速度で飛来する蜻蛉切を迎撃した代償を強制的に支払わされる。
 だがその損傷を代価に大槍はセイバーの後方上空へ弾き飛ばされていた。
 これでランサーは無手。絶対なる隙。
 その勝機を掴むため受けた傷も無視して前へと足を踏み込む。
「ラン、サーーー!!ぇ───な!!!?」
 セイバーはランサーのいる前方へと目を向けるが───どこにも居ない!!?
 感じた事の無い殺気がセイバーの背後から放たれる。
 反射的に首を捻じって後方を振り向くと奴は………そこにいた。
 上空に弾き飛ばされた自慢の愛槍をランサーは今まさに掴んでいる瞬間だった。
 引き伸ばされた刹那の中、セイバーとランサーの視線が交差する。
 その侍の貌は。笑っていた。
 歯を噛み締める騎士。
 失敗した。とセイバーは心底痛感した。
 俊敏性にモノを言わせた助走で十分な加速を付けた大槍を敵に投擲する。
 ランサーの切り札は断じてその程度ではなかった。
 投擲された槍を敵が迎撃する事までしっかりと計算内に入れられたソレは───。

「蜻蛉墜し─────ッ!!!」

 裂帛の気合と共に───本命の、そしてとどめの一撃が、ついにセイバーに牙を剥いた!!!
 落雷のような二発目の投擲が堕ちて来る。
 避けられない。
 身体の中心目掛けて飛翔する死の槍をどうやっても回避出来ない。
 本命の一撃を出すまでに二重三重と張った伏線がセイバーの避けるという選択肢を封殺している。
 セイバーは獣の雄叫びにも似た気合を吐き出して、身体を反転させながら聖剣を振るう。
 真っ白に白熱した思考は何も考えていない。
 ただ肉体自身が命じる最良の行動を半ば自動的に実行する。
 いまから何をする気なのか自分でも理解していない。
 その行動の結果さえもわからない。
 ただ。ただ勝つ為にセイバーは覇者の剣を振り下ろす!
「間、に合えぇぇええ───!!!」
 ジッ!っと一瞬だけ鉄が噛み合う音がした。
 斜めに振り下ろされた剣が大槍の穂先を捉えその軌道を強引に変更させた。 
 バギ!ぐちゅっ!と鋼鉄が破壊され水気を含む肉が貫かれる音がした。
 着弾した箇所は脚。
 蜻蛉切はセイバーの鎧を貫通し左腿に突き刺さっていた。
「ぐ───ぎ!!ガ………ハッ!」
 槍の軌道を強引に捻じ曲げるので一回分の損傷。
 左脚に突き刺さった分で一回分の損傷。
 左脚に突き刺さった分の判定でさらにもう一回分の損傷。
 セイバーはたったの一撃にして三回分のダメージを喰らった事になる。
 これで騎士は侍からトータルして計四回分の強烈極まりない損害を被った。 
「セイバー!」
 彼の主が何か叫んでいた。
 何を言ったのか判らなかったが身体がまた意志に反して勝手に動いた。
 腿に刺さった槍を強引に引き抜いて放り捨てる。
 それから地面に落下するランサーよりも早くマスターの腰を引っ掴んで全速力で坂を駆け降り始めた。
「待つでござるセイバー!!」
 逃走を図るセイバーへ着地したランサーが追走しようとしていた。
「ウワァアアア!!チクショオオオオオ!!!!」
 逃げたくない!最後までランサーと戦いたい!
 だが令呪で撤退を厳命された身体がこの隙を断じて逃すまいと逃走に全力を傾ける。
 このランサーは凄い。
 いまの本命の一撃ですら外した場合の事をきっと考えていたに違いない。
 蜻蛉墜しは初撃と本命の投擲で必殺なんじゃない。
 投擲で与えた強烈なダメージを足掛かりにして敵を必倒するための秘奥義なのだ。
 だからランサーはあの本命の一撃が外された後も手痛い傷を負ったセイバーに対して
 猛烈な勢いで攻勢に転じ一気に畳みかけ最終的に勝利を掴んだ筈だ。
 その証拠にアイツは自分の切り札を外されても全然闘志が萎えていなかった。
 ギリギリと歯を鳴らす。
 そんな強者から背を向け必死に逃げる今の自分が情けなくて悔しかった。
 セイバーは物凄い速さで坂を駆け降りてゆく。
 槍を拾うタイムラグのおかげでランサーとの距離は極僅かにだが余裕がある。
 目先にはランサーのマスターらしき少女が居た。
「逃がすか!!」
 綾香は轢かれないよう横に飛び退きながらセイバーの腕に抱かかえられたアインツベルンへとガンドを撃った。
 ついでにウィッチクラフトで錬成した呪法弾丸もおまけとばかりにお見舞いする。
 大した威力ではないため高い対魔力を持つセイバーには無意味だと理解している。
 故にボケッとしているマスターの方を狙う!
 だが綾香の魔術はアインツベルンに着弾したと同時に霧散した。
「はぁ!!??なんつー抗魔力してんのよあの女!!本当に人間なの!?」
 ホムンクルスであるアインツベルンは設計段階から魔術の適性力が人間の比ではない。
 回路も素質も全てにおいて人間とは比べ物にならないのだ。
 そのため綾香程度の魔術では彼女たちにはなんら効果は望めない。
「セイバー!!高名な騎士ともあろう者が全力も出さずに逃げるとは、見損なったでござるぞ!」
 セイバーの背後からランサーの悲痛な声がする。
 落胆さえ混じったその叫びはセイバーの胸をより締め付けた。
「畜生!オレだって最後まで戦いたいさ!
 だけど令呪のせいで身体が勝手に動くのをどうしろって言うんだよクソ!!」
 セイバーも天へ向かって自棄糞じみた怒声を上げる。
 怒声は無論ランサーに対してではない。
 令呪を使ったマスターに対してでもない。
 令呪程度の縛りを何とか出来ない自分が無性に腹立たしかった。
 そしてそんな事を叫びながらも手早く馬車と馬を切り離してせこせこと逃げる手筈を整えている自分の身体が余計に口惜しい。
「令呪?令呪の縛りがあるのでござるかセイバー!?
 つまり今宵の逃げ腰な戦いは御主の本意では無いと!!?」
 走り寄りながらランサーがセイバーの真意を問い質す。
 セイバーはもう白馬に跨っていた。
「当たり前だろ!オレだってあんな凄いモン見せられたらこっちもとっておきを出したさ!
 でも出せないんだよ!逃げたくなくても身体が勝手に逃げるんだ!」
 叫んでいても手は手綱を華麗に操り白馬を走り出させる。
 ランサーは追う足を既に止めていた。
 遠くなってゆくランサーとそのマスター。
「ちくしょう……」
 悔恨と共に呟かれた悔しさは。
「ではセイバー!拙者と約束するで御座る!!
 次こそは、次こそは拙者と全力で果たし合え!!!
 それがもし誓えるのなら今宵は逃げたのではく御預けと言う事にするでござる!!!」
 ランサーの大声によってかき消された。
 背後を振り向く。
 侍が長大な大槍を肩にかけてセイバーの瞳を見詰めていた。
「いいだろう!オレは騎士の名に誓って、ランサー!必ずお前と全力で決闘すると約束する!!」
 セイバーは聖剣を抜き切っ先をランサーへ向けて声高に宣誓した。


 獲物を取り逃がした戦いと。
 死力の末に先送りになった約束の決闘と。
 その二つの戦いが終結した聖杯戦争五日目の夜だった───。







──────V&F Side──────

助けろ!ウェイバー教授!第十一回

V「雨生組山中へ逃亡、遠坂が吃驚仰天ランサーの正体看破、綾香がセイバーの正体看破。
  牧師の私兵はほぼ全滅、爆笑するファラオ」
F「安陽王さんの過去に間桐さんが御祖父ちゃんマジックでパワーアップ」
V「それからソフィアリが策を巡らせ大半空振りに終わり、
  まんまと引っ掛かったセイバーたちがキャスターの陣地で地雷を踏みバッコバコで、
  さらに続けてランサーと戦ってさらにボッコボコと」
V「たった一日分でなんという目まぐるしさだろうか……」
F「しかしラメセスさんは鬼ですね……凹んでるゲドゥさんを指差して哂うなんて…ファラオ恐ろしい人!」
V「あの男は基本的にファラオ万歳!妻超ラブリー!愚民ファッキュー!だからな。一応暴君ではなく善君な人だが」
F「かの某金ピカ暴君よりは一応善君な分ほんの少しだけマシですか?」
V「現状だと間桐が強化されてる分アーチャー組の得点が高いな。あと工房が起動しているキャスター組。
  セイバー組は魔導剣なんてものが出てきたが相手の方が数段上手だったせいであまり役に立ってなかったな」
F「先生!というかローゼンさん強すぎますって!賢すぎますって!
  忠勝さんもカッコ良すぎ強すぎますって!ベーオウルフさん落ち着いてますって!
  そんでローランさんも滅茶苦茶ですって!ファラオ様の戦争論が凄い事になってますって!
  そして安陽王さんは過去の方がカッコイイってどういうことでしょうか!?
  で、ヘイドレクさんの出番は??」
V「わかったわかった。君は少しは落ち着いたらどうかねフラット?
  キャスタークラスは特性上防衛戦なら最高のアドバンテージを持てる可能性のあるクラスだから確かに工房戦では強かったな」
F「キャスタークラスの株が見る見る急上昇な予感が!?」
V「そして今回さり気なくデッド選択肢を回避したアインツベルンを誉めるべきだ。
  もし令呪を使ってなかったらアインツベルンは死んでいた。しかも彼女だけ」
F「なんか令呪の使用直前に選択肢風味な文章がありましたけどあれですか?」
V「そうだ。あそこでセイバーを信じるを選ぶとウェルカム!マ~イホームルーム!になっていた」
F「それってローランさんを信じちゃいけないと?」
V「結果だけ聞くか?笑える話だがあそこで信じてやるとセイバーはキャスターを見事倒していた」
F「え?……倒、してた?」
V「なんだかんだでローラン伯は強いからな。
  最終的には見事にキャスターを倒すんだが、アインツベルンがキャスターの魔術の巻き添えで死ぬんだ。
  そしてマスターを失ったセイバーも魔力が切れでじきに消滅すると。
  流石はローランクオリティだ最高戦力の癖してどこで死ぬか予想がつかんとは」
F「ぁ~……駄目じゃないですかそれ!」
V「だから私は一番最初の皆鯖一次の講義でお前にベーオウルフを勧めたんだろう。彼なら君でも使えると」
F「ええまあそれは確かに!」
V「命拾いと言えば雨生もまた命拾いしているな。
  もしソフィアリが召還初日に令呪を使っていなければフラグ判定で今頃は……」
F「ゲームでもないのにしばらくしてから現れる選択肢ミスによるデッドが!!?
  でもあれって遠坂凛さんとの対比で完璧に無駄打ちさせるつもりで使ったんだったんですけどね?」
V「そうなんだな。作者すらも予想していない方向で役にたってしまっていた……わからんものだな」
F「そう言えばもう一人神のご加護でデッドエンドをかわした人が居ましたね安陽王さんが!」
V「そうだそうだ。宝具名をコロア・キムクイに変更したのはキムクイの名を単体で使いたかったからだしな」
V「………だが神託ってああいう感じのスキルじゃない気がするんだが……?」
F「シャラップ先生!せめてあのくらいは出来るスキルじゃないととてもじゃないけど作中で使えませんよ!!」
V「まあそうだな。人生の転機などそう訪れるものではないしな。
  死ってある意味人生の転機などと強引に押し切ってみよう」
F「ところで工房ってあんなんでいいんでしょうかね?」
V「さあ?なにせ本家の魔術工房って全く無かったからなぁあんな感じ?とか適当に言ってみようと思う」
F「メディアさんの神殿は魔力を莫大に溜め込んで、山門に超結界張って、小次郎さんを配置してただけでしたしね。
  というより場所が場所だったからわざわざ内部に手を加える必要性が無かったともいいますが。
  あとは危なくなったらなんか陣地ごと自爆くらいは出来るらしいですけど物騒な…」
V「まああの超山門は下手すると宝具の威力すらも殺ぐような馬鹿げた性能であるからして。
  対魔力を殺ぐ程度じゃ全然可愛いもんなのかもしれない。全く神代の稀代の魔女は凄いな」
F「工房と言えばふふん!調子に乗る。そして馬鹿な……!?な流れはローランの絵があったからこそ出来たイベントですね!」
V「プロット段階でキャスターの工房最強はやる予定だったが挑む奴は決まってなかったからな。
  あの絵のおかげでセイバーとキャスターの両名を立てられた良い感じの戦いが書けた」
F「あれを書いてくれた絵師さんに感謝ですよね!」
F「ところで先生それよりも問題はこっちの方だと俺は思うんですよ、蜻蛉墜し。
  ファイターさんに使おうとしてた芸を凝らすってあれだったんですね。
  ねえ先生?あれはちょっと弁解の余地が無い位に完全オリジナルですよ?
  というかあの技なら蜻蛉どころか大鷲だって墜ちかねませんよ」
V「いや待てフラット。だからこそ私は思うのだ。君はそうは思わないのかねフラット?
  利器型の宝具持ってる英雄は絶対エミヤやディルムッドのような宝具の特性を生かした必殺技を持っていると!
  宝具の解放による爆発力が無い分いぶし銀な必殺技が火を噴くのだと!!」
F「………。ですよね?そうですよね!やっぱり英雄なら必殺技があった方が絶対格好良いですもんね!」
V「そうだ利器型宝具持ちのサーヴァントには絶対決め技みたいなものがあるに決まってる!」
V&F『我々は偉大な中二魂を信じてるぞー!』
V「では皆鯖のマスター諸君次回だ」
F「信じてますよー!」