閃光と共に洗われた彼女は人間ではないのは網膜に写すまでもなく、声を聞くまでもなく、臭いを嗅ぐまでもなく理解できた。

 半人前魔術師として生活をしていた俺は突然異形の者の戦いに巻き込まれた。
そして遂、30秒前まで生き物のようにのたうち、炎の様に熱い吐息を撒き散らす槍を持った凛々しい男に心臓を貫かれようとしていた。
それを防いだのは”悪性のモノ”を素材にして作られた異形の錫杖。頭部には金の杯が備え付けられている。
緋と紫の衣を着て、黄金と宝石と真珠で体を飾り、妖艶さを超えた凄艶さを備えた白皙の肌の肢体。その姿は神の手を持つ彫刻家でも再現は不可能だろう。
鮮血を引いた口唇は吊り上がり、美食を前にしたグルメのように嬉しさを表していた。
髪は漆黒。悪魔のように黒い。無造作に後ろに流している。
瞳は……その瞳は! ”死”だ。”汚れ”だ。”凶”だ。生物が宿す光ではない。
機械的とも動物的とも違う。例えようのない絶対的な汚濁の光を宿している。
その顔もスタイルも美女という概念を超過し、これまでの生涯において培った美貌という言葉を一笑するものだが、それを見て受ける感想は恐怖そのもの。
背筋の凍る美女という話どころではない。観ただけで存在そのものを崩壊させられそうな美女だ。

 はあ――ハア――はあ――。呼吸が荒い。吸っても吸ってもちっとも楽にならない。視界が赤い。
長身の男も立ちつくしていた。槍も脅えているようだ。百戦錬磨の武人の顔が硬直していた。

 そして――無造作に豪奢なサンダルを一歩踏み出し、俺の顔を掴んだ。
「い!?」そしてその紅い瞳で俺の瞳を見つめだした。
今まで生きていてこんなにも女性と接近した事はない。藤ねえは除外だ。桜ともない。
「嗚呼。良い瞳(め)。良い心。良い表情。こんなにも良いモノはついぞ視たことがない」
官能的な声と吐息で俺の顔をしげしげとなめ回すように見つめた。俺は石になったまま動けない。
「貴方! 女と言えども敵から目を離し、しゃべり込むとは何事ですか!」
嫌に丁寧な口調。しかし、その声色は戦いの場を侮辱された戦士のモノ。
それに彼女は掴んでいた手を名残惜しそうに離した。そしてぽつりと言った。
「五月蠅い」
それだけで槍の男は一瞬で土壁付近まで後退していた。息遣いが此処まで届くぐらい荒かった。
土蔵の入り口を通り、薄絹の緋と紫を扇情的に揺らし、掌に杯の錫杖を顕現させた。
「五月蠅い。妾と主人(マスター)の逢瀬を邪魔する走狗め。暴れたいなら好きなだけ妾が暴れさせてやろうぞ」
そう言い、杯を有名な女神像のように高く掲げてその中身を浴びた。
ばちゃ。ばちゃちゃ。ざばああああああああああああああああああ!
シャワーのように溢れ出る”赤い水”。それを浴び続ける俺をマスターと呼んだ美女。警戒する男。
白皙の肌に張り付く絹が豊満な胸元と臀部を扇情的に見せ、咽せ変えるような臭いが立ちこめる。
「マスター対象を選択することはできるが、出来る限り息は止めておいた方が良い」
敵の方を向いたまま、そう言い放つ女。とりあえず息を止めておく。先ほどまで荒かった呼吸は楽になっていた。
「これはワインですか? 酒など浴びて何を!?」
びくびくとはねる槍を構えたまま、男が問う。
「跳ね回れ走狗。人間の本能を剥き出しにして精液飛ばしながら狂い悶えろ。戦士の誇りなど汚れた霊の巣窟に捨て去るように。カカカカカカカカ!」
痙攣しながら、ぞっとする笑い声を上げながら、槍男を見つめる女。
頭がどうにかしてしまいそうだ。極度の緊張でへたり込んだ俺はぼうっとした目で二人を見つめていた。

 これが俺の日常との別離の日であった。


 月の銀光が降り注ぐ武家屋敷の庭に二人分の人影があった。銀光は強く、明瞭に二人の姿を浮かび上がらせている。

 警戒するようにぐるぐると俊敏に回り続ける精悍な男。生き物の体温を持つ槍の黒い切っ先を常に中心に向けている。
その肉体は百八十三センチの長身に体のラインを浮かばせる黒い衣服を纏って、強靱でしなやかな竹のような筋肉を持っていた。まさに歴戦の勇者の肉体であった。
その中心には濡れ鼠の長身の美女。白皙の肌で緋と紫の薄絹の衣を纏っていて、手には黄金の杯杖(はいじょう)。
女性としてはやや長身の百六十七センチの体躯。濡れた布地が張り付きその尖端を浮かび上がらせている巨大な乳房は、女が体を動かす度誘うように震えている。
杯からは許容量を遙かに超える赤い水――ワインが流れ続けていた。流れ出たワインは芳醇な香りを漂わせ、女を中心に半径十メートルほどの赤い水溜まりを水の地面に作っていた。
そしてぴたりと流出が停まった。精悍な男――槍兵(ランサー)はそれにさらに顔を引き締め、さらに加速して回り続ける。
赤い水溜まりの縁をなぞるように。メリーゴーラウンドのように。
「そのまま回り続けてたらバターになってしまいそうね。走狗はやはり犬ね。ぐるぐる回るのが大好き♪ いつになったら熱い切っ先を己(わたし)にぶつけてくれるのかしら」
ランサーの持つ槍を怯えさせた憤怒の声色はどこにもなかった。
ただただ蕩けるように笑い、言う。その間にした仕草の一つをとっても扇情的で男を惑わすモノだ。その美貌と相乗してどんな状況でも、性的情動を想起させる。
そして気怠げだ。戦闘への意欲も熱意も警戒心もなく怠惰な空気を出している。
「ほざきなさい! 貴方のような毒婦に惑わされるほど私は軟弱ではない」
怒鳴りながら、さらに回り続ける。時に離れたり、近づいたりしているが一向に攻撃に向かわない。下半身はランサーらしい俊敏な足捌きであるが、上半身――頭――戦士として経験が詰まっている脳は警告を出しっぱなしだった。
あの女はとてつもなくヤバイ! 今まで視たことがない美女だ。それも問題だが、それ以上にあの女の発する“瘴気”ともいうべき雰囲気がヤバイのだ。
魅了される。蠱惑の赤目でこの鍛えられた精神が崩れそうになる。
怯えている――我が愛槍が、童のように。狂ったように悶えて勇猛な戦士の血肉をも食らいつくし、暴れ回ってきた槍が、だ。
あの女が召喚された途端に怯えだした。今でも怯えている。こんな事は初めてであった。
(…………このままではラチがあかない。攻(い)くかっ)
そう思考したとき、それは来た。
赤い水の塊。柄杓で撒かれた水のような軌跡を描き、ランサーに向かってきた。
「チィ!」ランサーの速度に比べれば蝸牛にも劣るそれを俊敏に回避した。
兎に角触れたくない。触れたら何かが終ってしまう。そんな感想を一人と一槍は持っていた。
ワインはばしゃりと水音を立て、水溜まりを作っていった。
「おっ! お上手お上手♪ これならどお?」
大人の口調から打って変わって、童女のような口調で、今度は杯杖を振り回し、スプリンクラーのように撒き散らした。
完全に槍兵を舐めている。自分の方が強い。立場が上だ。お前は下だ。傲慢であった。


「無駄です!」
舞い散る霧雨の一つ一つを視認し回避できる身体能力を持って、あっさりと回避する。槍に中りそうなのも、槍自体が身をくねらせて回避した。
「うまいうまい♪」キャッキャッと笑い。さらに振り回す。さらに回避。さらに水溜まり作成。
遊んでいる。完全に。その態度に遂にキレた。否、勇猛な者がよく此処まで我慢したと視るべきか。
「おおおおおっ!!」
土煙を上げて立ち止まり、槍を濡れていない地面に突き立て、さらにずぶずぶと右腕を埋め込んだ。
そして――、
「があああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
そのまま土を掘り起こした。逆しまの土砂崩れ。柔らかな土塊は砕けながら真っ直ぐに刺青の美女に向かっていった。そして残りの土はワインを埋め立て女までの“道”を造った。
女は一歩も動かず杯杖から出したワインで土塊を押し返した。
「覚悟――――――――!」
自らのワインによって視界を塞がれた女にはその黒い閃光と化した姿は視認できない。十メートルの距離など刹那の時間で突破する。
主人の勇猛な雄叫びに呼応するかのように槍も又、固くその身を尖らせていた。ランサーには相棒が『食らいつくしてやらあっ――!』といっているのが分かった。

真面目で契約を律儀に守った主人と違い、封印を施さなければ主人にも食らいつく凶暴で乱暴な槍。しかし彼らは一心同体の相棒(パートナー)である。
生涯を共にした人間と槍の突撃(チャージ)。
――これは最高の一撃である。防ぐことなど誰にもできない。
しかし、それは赤い壁に阻まれた。
「!」目を見開くランサー。
赤い壁はワインである。土に染み込まず、水溜まりを作っていたワインが意志を持ったかのように持ち上がり、繭状の壁となっていた。
(お お お お おお!)絶対に触れたくないという意志が緊急停止を可能とした。
しかしこれで渾身の一突きは無意になった。
「良い殺意。悪意。敵意。害意。戦意。とても良かったわ。とても感じたわ。“覆水盆に返らず”の細かいところを知っていればもうちょっと警戒していたでしょうに」
淫欲に濡れた声で女は言った。股間がワイン以外のモノで濡れ、乳房の尖端も勃起していた。
“覆水盆に返らず”――周の時代の諺。盆から零れて土に染み込んでしまった水はどうやっても元には戻らない。一度別れた者はもう元に戻らないという故事である。
注目すべき点は故事ではない。水は土に染み込むと言うことである。
雨は何故水溜まりを作るのか。大量に降るからだ。土の貯水限界量を超える量が降り、ホースで水を撒くのと違い左右にも下にも水の逃げ場がなくなったとき、地表に出てくるのが水溜まりだ。
土質にもよる。昨日の天気にもよる。土の乾燥具合にもよる。しかしそんなことで水溜まりは半径十メートルの真円を描かない。
子供のシャワー遊びのように振りまかれたのだからなおさらだ。


 明らかにワインが染み込まないように操作されている証拠だ。そして染み込まないようにできるなら、それを手綱を操るようにワインを動かすことも可能だ。
柄杓で撒くようにワインを飛ばしたのはブラフだ。そんなことをしなくても圧縮された空間から解放される作用でいきよいよくウォーターカッターのように飛んでいっただろう。
飲まれた。魅了されていた。舞台の女優だけを視ていた。
男を騙す魔性の女。体を濡らしたのも。巨大な乳房も瑞々しい臀部も、みだらに濡れそぼった陰部も全てはランサーを騙す為の布石だった。

そしてランサーは、
「おおおおおおっ『蝕む黒水(ドレイクー)』!」
サーヴァントの正体をばらす要因ともなる宝具の真名開放を行った。そうしなければ全身に得体の知れないワインを被り、何かがどうかなると思った。
女は知らなかったが、彼は毒で死んだ英雄である。そして、いかにも何かが入ってそうなワインを必要以上に警戒し、それ以上に持ち主を警戒したのだった。

 黒い穂先から殻を剥くように、蝋が融けるように剥がれ落ちた。そして周囲に飛び散り、ワインを腐食させた。ワインは青菜に塩のように力尽きたが、表面だけである。
すぐさま、ワインが追撃してくる前にワインのヴェールがなくなった上空から離脱を謀った。
彼には前方のとても厚いワインの層を神風特攻する気にはなれなかった。毒で死んだ故の異常な警戒感であった。

 天高く跳び上がったランサーは、女の姿を見た。サーヴァントの目。騎士の目ではっきりと見て取れた。
笑っている。淫蕩に耽る王がまだ足りないと貪欲に女を求める笑みだ。まだ、犯したりないと、ベットの上で暴れ回るサディストの笑みだ。
つい――と白いたおやかな指を“来い来い”と曲げた。
それが来た。水溜まりを作った後に飛ばしたアレが獣のように襲い掛かってきた。
「く、おぉぉ…」ランサーは首を捻り背後から迫るそれを視認した。そして空中では避けられないという言葉が頭を占めていた。
だが、そこで手を拱いて身を晒す男ではない。腕で撃墜するか、体を丸めて、被弾面を最小限にするか、と思考したとき右腕がぐんと引っ張られた。
引っ張ったのは槍だ。体温を持つ槍が主人を庇うかのように身を差し出した。
『なにやってんだコンチキショー! さっさと俺を使えや! ボゲッェ!』と怒鳴っているのがランサーに感じ取れた。
(何をやっているんだ君は。宝具と言えども生き物に近い君が、こんな得体の知れないモノに触れたりしたらどうなるか分からないんだぞ!)
その言葉に槍はキレた。
『大ボケ野郎ッ! 忘れたのか俺はあの黒犬公の毒を浴びてんだぞ。今更、得体の知れないモンの一つや二つや十や百、おめーの代りに引き受けられんだよ! それに武器を庇う騎士がどこにいるッてんだ。大馬鹿ヤロ―!!』
機関銃のように捲し立て、ランサーの腕を無理矢理動かし、次々と迎撃する。
「オイッ!」全て迎撃し終わり、着地したランサーの目にはワインを浴びて苦しそうに悶える相棒の姿が写っていた。
俊敏に女から離れながら、心配そうに見つめる。槍は苦しげに悶えたまま何も応答しない。
そして発情したかのようなランサーにだけ聞こえる狂った雄叫びを上げて、火を噴く始めた。


『あば…あばがああああああああああああああ。こっここここっこれっれれれれはあっはっははあはいったいいいいいいい!!』
火を噴きながら手の中で狂い悶える槍を押さえ込もうと必死になる。そんな一人と一槍に女は声をかけた。
「動いていたから生きているかと思ったけど、やっぱり生きていたのね。ご主人を庇って毒を代りに浴びるなんて、何て忠犬…いいえ、忠槍かしら。とても面白いわね」
蕩けるような笑みで近づき、杯杖を突きつける。

 ランサーは冷や汗を流しながら、思考を巡らせる。槍は使い物にならない。今もこうして暴れ回り火を四方八方に噴き出している。
『ごごごここころろろろろろろろおろろろろおおおろろろろおおっすううすすすすすう!!!』
会話もできない。手から離れないようにするので精一杯。手を離して、狂戦士状態になった槍が運良く彼奴を倒すのを祈る。駄目だ。運の悪さは槍兵の専売特許だ。
さらに塀の外にサーヴァントの気配がする。このような状態ではまず間違いなく負ける。
然らば――、
「さらばっ!」そう言い、今だ、暴れ続ける槍を無理矢理消し、塀を跳び越え逃げ出した。
女はその姿を見つめ、追撃する事もなかった。

 杯杖をバトンのように一降りすると、ビデオの巻き戻しのようにワインが杯に戻ってきた。しかし、一部が残っている。『蝕む黒水(ドレイクー)』に犯された部分である。さすがに他人の毒で犯された部分を元に戻すことはできない。
ミックスジュースはどうしようもないのだ。そこで、とりあえず毒ごと球状に集め、さらに固体化したワインでコーティングして圧縮し、ルビーのようにしてから杯の中に戻した。
毒から何か敵の正体が分かるかも知れないからだ。真名はよく聞いてなかった。
すたすたと土蔵まで歩き、赤毛のマスターと二度目の対面を果たす。
赤毛のマスターは彼女の姿を視界に入れると同時に亜音速の速さで目をそらした。
彼女の緋と紫の衣は濡れたTシャツ状態であった。さらに乳房の尖端や股間が変に濡れてる。はっきり言って思春期の少年には刺激が強すぎた。
その事に気付いたのは、目をそらしたマスターの顔を掴み、無理矢理正面を向かせて、赤信号のように赤く染まった顔で「なんでさー!」と叫びながら鼻血を吹き出した後だった。

 鼻血の処置をし、濡れた衣に染み込んだワインを杯杖に吸わせて、遅くなった定型文句を言う。

「我はライダーのサーヴァント、召喚に従い参上した。マスター貴方の名を教えて欲しいわ」
ごくりと喉を鳴らし少年は言う。
「俺は衛宮士郎だ。あんた一体何なんだ? さっきのも、それにあのワインは一体…?」
その言葉に答える前に女性――ライダーは言った。
「お客のようね」
そう言った彼女の視線の先には二人の人間が立っていた。

 ここから、衛宮士郎の非日常は始まり、“黙示録”に挑んだ男の伝説が始まった。

 FIN


あとがき
こんにちは、昨日SSを書いた者です。本来ならSSスレに投稿すべきなのですが、バビロンさんの話し合いをしている最中なので此処にしました。
いやーキャラの口調とか考えるのむずいですねー。

 キャラ解説
バビロンさん身長167㎝体重53㎏ スリーサイズB102W58H88。髪は野放図に伸ばした黒髪。瞳は血のような紅。
性格としては怠惰で傲慢で大食で我儘で強欲でちょっぴり嫉妬深く淫乱でキレやすいです。
口調もころころ変ります。
魅了:A 取り合えずスキル案
魔性の美貌により異性・同性どころか生物種を問わず惹きつける。
その魅力はほとんど恐怖や畏怖に近いものであり、対象の意思を無視して精神を支配する。
対魔力で抵抗可能。 自分の意志でランクをコントロールできる。

ケルトハル身長183㎝体重78㎏ 髪は短めの黒。瞳は紫。
性格は真面目で勇敢な者です。それ故落とし穴に填ったりします。
相棒のルーンはまあ、なんちゅーかケルトハルと正反対です。男気はあります。でも、血の臭いを嗅いだり手を離すと途端に
狂戦士化します。やっかいです。

話は変りますが、ここでEとAとVの闘争の作者として後書きで書き忘れたことを書きます。
エウロペのスリーサイズは同身長のキャラを参考に作りました。特にヒップはでかいアステリオスが触っても大丈夫なレベルにしました。
ブラドはもうちょっと練り込みたかったです。


さらに追記というか書き忘れ。
バビロンさんの肌ですが、解説を見たら神を汚す言葉が体に書かれているのは獣の方でした。
よって白皙の肌に変えました。