ウソです。(AA略)
 カインのAA。
 旧約聖書において、カインが世界で始めて嘘をついた人間であることから、カインは嘘付き、というキャラになった。
 さらに名前がFF4の竜騎士:カイン・ハイウィンドと同じであったためか、彼の「ガリで。」AAの発言部分を「ウソです。」に変えたAAが用いられた。
 また、このウソ付きキャラからファースト・ライアーというネタ鯖が生まれている。

お父様
 クリスチャン・ローゼンクロイツの通称。
 ローゼンクロイツという名前や錬金術師という伝説から、『ローゼンメイデン』の原典という扱いを受けたクリスチャン・ローゼンクロイツは、『ローゼンメイデン』におけるドールたちを作ったお父様、即ちローゼンである、というネタが生まれた。以後、ローゼンクロイツはお父様と呼ばれることとなる。
 本人の名前の長さもあり、お父様という通称でしか呼ばれていない。
 時々、桜然とも呼ばれている。
 なお、
~楼然銘伝説・皆鯖綿徒~
 お父様枠:クリスチャン・ローゼンクロイツ(名前と錬金術から)
 水銀燈枠:武蔵坊弁慶(食刀→「鉄分とってるぅ?」ネタから)
 翠星石枠:ナタ(混天綾電子レンジ風宝具案→「ゆで卵をつくるですぅ♪」ネタから)
 雪華綺晶枠:冬将軍(宝具名候補として提出された『雪花綺晶』、『雪華綺晶』から)
となっている。

熊太郎
 坂田金時の宝具:猪鼻岳大王熊の通称。
 もはや熊ではなく、熊の形をした別物。
 正式名称よりも呼びやすいため、熊太郎と呼ばれることがほとんど。むしろ正式名称で呼ぶことは皆無である。
 初期は金太郎(金時)の乗り物として扱われていたが、金太郎が野生化するネタを経て立場が逆転し、動物的な金太郎、理知的な熊太郎というイメージが作られた。
 言葉遣いは基本的にです・ます口調だが、語尾にクマをつけることや、普通の口調になることもある。
 その後、理知的なイメージはさらに加速し、現在では皆鯖でも1、2を争う頭脳キャラである。
 ある意味、皆鯖のマスコットキャラクターといえるかもしれない。

消し炭
 卑猥な発言、雑談をしたものの末路。
 プテサン・ウィが、自身に欲情し手を出そうとした男を焼き払ったことから、いやらしい発言をしたものは、プテサン・ウィの雷によって消し炭にされた、という扱いを受けることがある。
 その際、熊太郎が「また消し炭が」「大きな雷ですね」などの発言を行うことが多い。

外道王
 フィン・マックールの通称、というか蔑称。
 掛け値なしの英雄であったフィンはしかし、老いた後、自身の結婚相手となるはずであったグラーニヤと駆け落ちした『輝く貌の』ディルムッド・オディナを許すことができず、彼と運命を共にする呪いがかけられた猪をけしかけてディルムッドを謀殺する。
 フィンに、アルトリアの『騎士王』などに合わせる形で王の称号を与えようとした際、上記の外道な行動から『外道王』という称号が提示され、それが定着した。
 その外道な行動は皆鯖でも衰えるを知らず、SSでは陰謀や暗躍によって活躍するラスボスとして扱われることが多い。

蹂躙王
 チンギス・ハンの称号。
 チンギス・ハンに、アルトリアの『騎士王』などに合わせる形で王の称号を与えようとした際、その苛烈な気性と言動の逸話から提示され『蹂躙王』が提示され、定着した。
 世界で最も子孫を残したとい歴史的事実や、他の男から女性を奪うことが最も楽しいことだ、などといった発言から、『凌辱王』とも称されている。

そこまでよ!(AA略)
 プテサン・ウィのAA。
 プテサン・ウィが、自身に欲情し手を出そうとした男を焼き払ったことから、卑猥な雑談を行っている際に貼られる。
 パッチュリー・ノーレッジの「そこまでよ!」AAを改変して作られたものであるが、現在未完成。

ピザール
 ピサールの通称。
 伝承が少なく、そのためキャラがつかめないピサールのキャラ付けとして「デブ」が提示された。
 「デブ」というキャラ付け後に設定された彼の身長・体重から割り出されたBMI値は、標準の22を大きく上回る67.46である。
 なお、ピサールでググると、「もしかして : ピザーラ」と出てくる。

敏感侍
 本多忠勝の通称。
 忠勝製作中、とある住人が
「敏捷が敏感に見えたw」
と発言、それを受けて敏感:Aというネタスキルが作られた。
 また、同次鯖にスキュラという触手キャラがいたため、触手で縛られながら
「くやしい・・・でも・・・ビクビクゥ」
といったキャラ付けまでされてしまう。
 皆鯖スレにおいて、敏感=本多忠勝というのは、もはや揺るがしようの無いイメージとなっている。

未来戦士
 カルキのこと。
 原典であるヒンドゥー教の神話において、世界が荒廃する未来に現れるとされるカルキを未来の戦士として呼んだもの。
 未来っぽさの演出のために機械のイメージとなっているが、もちろん、原典にはそのような記述はない。