──────Sabers & Fighters Side──────

 突然その魔力が現れたことに気付いた。
 綾香は思わずそちらの方角へと首を向ける。
 なんだろう?と思う暇など無かった。
 なにせ物凄いスピードで強大な魔力が自分たちの方へと向かってくるのだ。
 接近するに従って綾香の令呪が反応を増す。
 その時点でようやく魔力の正体を悟った。この気配は間違いない。
「サーヴァント!?」
 すばやく周囲を見渡す。
 此処は深山の中心地からは外れているがそれでも居住地帯のド真ん中だ。
 あまり戦闘に適した場所とは言えない。
「アヤカ北の方だ!海があるぞ!」
 どうするべきか悩んでいるとまだ霊体状態のセイバーが最適な戦場を示してくれた。
「でかしたわセイバー!」
 お礼と共に身体に魔術を掛けて一気に走り出す。
 常人では有り得ぬ物凄い速度で疾走を始めた綾香。
 目指すは海。誰もいない戦場に適した場所へと敵を誘導する。
 走る速度をもっともっと上げる。
 脚の回転数が上がり肺から酸素が抜けていく。
 背後の気配はぐんぐん迫ってきているのが肌で判った。
 それなりの距離があった筈なのに敵はもう自分たちに追いつきそうである。

「はぁはあはぁ!いきなり当たりを引く事になるとは、思わなかったわ!」
「いいことじゃんか!」
 息を切らしながら愚痴る綾香とは対照的にセイバーはどこか嬉しそうだった。
「どこが?!」
「オレ達を追って来てるのはファイターだ。あいつ身体がデカイから遠目からでも直ぐわかるぜ」
 なるほどセイバーが喜ぶわけだ。
 今自分たちを追って来ているのがよりにもよってファイターとは。
「うわ………出来れば今のところ一番遭いたくなかった相手じゃないのよ!」
 後ろを振り返って確認していないがセイバーがそういうのだからまず間違いないだろう。
「ちなみに一番遭いたかった奴は?」
「ライダー!!」
 セイバーのつまらない問いに火を吹かんばかりの勢いで怨敵の名を上げる。
 今度遭ったら絶対にぶっ飛ばしてやるつもりだ。
「おお!さすがアヤカだ!いい気合だなっ」
 そんなマスターの様子に嬉々としているセイバー。
「そういう貴方も大丈夫なんでしょうね!?相手はファイターよ!?」
「問題無し!今夜こそはファイターをぶちのめしてやるぜ!
 何より聖剣の真髄を見せるに相応しい猛者だしな」
 セイバーはいつもの調子で自信満々の即答をする。
 この男本当に怖いものなしである。
「なら結構よ。セイバー背後の様子は!?」
「あいつら君の走るスピードに合わせてるぞ。これならこのまま海へ行ける」
 敵もこちらの誘導に乗ってくれる気なのだろうか。返事する騎士はまだ霊体のままだった。
 少しでも綾香の負担を減らす為に海へ着いてから実体化するつもりなのだろう。

「ところでアヤカ!海に着く前に先に一つ言っておくことがある」
 そろそろ息が上がり始めた頃、神妙な調子でセイバーが提言してきた。
「今度はなに!?霊体の貴方達は良いでしょうけど人間は走りながら喋るのって結構大変なのよ!」
 酸素不足で苦しいのか割と怖い顔でセイバーの方へ顔を向ける綾香。
 般若面にでも見えたのかその形相にうぉおっ!?っと大げさに仰天する騎士。
 心なしかセイバーが少し怯えている気がしないでもない。
 いや絶対気のせいだそうに決まってる。気のせいじゃないと自分が困る。
「おほん、大事なことなんだ!アヤカはファイターのマスターとは戦うな」
 咳払いして仕切り直すと断固とした口調で彼はそう言った。
「……それ、どういう意味で言ってる?」
 ランサーに続いてセイバーまで自分を邪魔者扱いするんだったらこちらにも考えがある。
 だがセイバーにはそういった思考はどうも無いようだ。
「いやあいつ多分だがアヤカよりも数倍強いぞ?戦ったら負けると思う」
「げ……、戦闘前に物凄く嫌な事聞いちゃったじゃない……なんでそう思うのよ?!」
「いや勘だ」
「勘ってアンタね……とは言ってもセイバーみたいなタイプの勘は変に当たるから迂闊に無視したら酷い目に遭いそうよね……」
 ぶつぶつと呟く綾香。
 堂々と根拠も無い勘だと断言するセイバーに呆れてはいるがそれでも全く信じていないわけでもなかった。
 客観的に分析しても己の実力など高が知れている。
 確かに一流の魔術師が相手だったらまず間違いなく彼女は負けるだろう。
 頭の良い彼女はその辺りのこともきちんと弁えていた。
「なんか良い手は無いの?セイバーは戦いのプロでしょう?」
 セイバーはランサーと違ってあまり頭の切れるタイプには見えないが一応聞くだけ聞いてみる。
 すると意外なことにセイバーからまともな返答が返ってきた。
「とりあえずオレから出来るだけ離れないようにしてくれ。
 そうしてくれればアヤカがファイターのマスターに攻撃された時にオレが守れるから!」
 とどめに今度は絶対に大丈夫だ!と念を押して宣誓までしている。
 セイバーもセイバーでアインツベルンを守り切れなかった事がよほど悔しかったのだろう。
 宣誓には誠実さすらも窺えた。
「わかったわ。じゃあセイバーのフォローを受けられる位置に常に立って敵マスターにプレッシャー掛けるのがわたしの仕事ね。
 そしてセイバーはわたしがそうやっている隙にファイターを倒してしまう。
 じゃ作戦はこれでいきましょう!」
「応!さあ海に着いたぜマスター!気合入れろよ!」
 潮の匂いがすぐそこまで来ていた。
 優しい波の音が耳を撫で。瞳には月光が仄かに照らした黒の海が映った。
 最後の30mを走り抜け段差になっている場所から走り幅跳びの様にジャンプをして浜辺に飛び降りる。
 華麗に着地そして背後へと振り返った。

「いやはや見事な走りだったよお嬢さん?」

 上質な赤いスーツを着た紳士風の男が少女に対して拍手を贈っている。
 そして流れるような自然さで挨拶をした。
 その表情も立ち振る舞いも余裕に満ちている。
「それはどうも」
 賞賛をぶきっちょに返して相手の面相を見た。
 髭がまた似合う二枚目な男だな、と綾香はふとそんな事を思った。
 荒くなった呼吸を整えながらその紳士風の魔術師をじっくりと観察する。
 これと言って隙も見当たらない。
 そして肝心の男から感じる魔力は静かながらも力強さを秘めているように思えた。
 おかげでセイバーの言うようにあの紳士風のマスターの力量は少女よりも遙かに上である可能性が高くなってしまった。
「さて、もう自己紹介も必要は無いだろう」
 そう言うや否や右手の指をパチンと鳴らす。
 微かな発光と共に獣皮の外套を纏った戦士が遠坂のすぐ背後に実体を持って出現した。
「ッ!セイバー!!」
 綾香も遠坂の行動に合わせて相棒の名を叫ぶ。
 つむじ風を纏って綾香の前に出現する純白のマントを纏った騎士。

「なに……?」
 なぜか動揺する声が遠坂の口から漏れた。
 同じくファイターの眼にも若干困惑した色が窺えた。
 そんな二人の様子に綾香たちも僅かに困惑の色を浮かべる。
 互いが互いに困惑し合うなんていう奇妙な空気になってしまった。
「戦う前に、一つ良いかねお嬢さん?」
 まず遠坂が誰よりも先に口を開く。相手を警戒した重い声音だった。
「なによ?」
 目を細め表情を険しくする綾香。
「君は……ランサーのマスターだった筈だが?」
 遠坂の冷徹な眼光が少女を射抜く。
 だが臆する事無く綾香は凛とした態度で言い返す。
「ランサーは消えたわ。わたしは元ランサーのマスターで現セイバーのマスターよ。なにか文句あって?」
「文句あるのかコノヤロー!」
 あまり気持ちの良い話題でも無いためか無愛想に返す主人の後にセイバーも続く。
「なるほどいいや十分だ。だそうだ良かったではないか、なあファイター?」
 首を竦めて相手の無礼な態度を完璧に流した遠坂は背後のファイターに同意を求める。
 ファイターは直立不動のまま目を瞑り、まるで噛み締めるように同意した。
「そうだな…。ああ、そうだとも。
 ランサーの件は非常に残念だがあの猛者の事だ。そこの少女を護って斃れた筈。
 きちんと決着を付けられなかったのは残念だが────まだセイバーが残っていてくれる」
「それは同感だ」
 壮絶な笑みを浮かべて見詰め合う二人の大英雄。
 場の空気が静電気を帯びているかのようにパチパチピリピリし始めている。
 大気中のマナがサーヴァントの放つ魔力に共鳴しているのだ。

「アヤカ、予定通りだ。後のフォローはオレがする」
「割と不安だけどとりあえず今はセイバーを信じる事にするわ。貴方の勘の通り相手の方が格上っぽいし」
 双方共に目前の敵には聞こえない音量で最後のやり取りする。
「ファイター、予め言っておくが私はこの勝負勝ちにゆくつもりだ」
「了解しているマスター。
 マスターがセイバーのマスターを仕留めてしまうまでにセイバーとの勝敗を決する。
 私の仕事はそれでよいかな?」
「いい返事だ」

 四人が四人それぞれ違った構えを取る。
 セイバーは腰に吊るした鞘から聖剣をスラリと抜き放ち、刀身は下段に。
 精神を集中させ戦闘用の自我に切り替えた。
 ファイターも鞘から名剣を抜き、片手で正眼に構える。
 体の力を高め戦闘態勢を作り上げた。
 綾香は洋服のポケットから太陽が出ている内に生成した呪術道具を人差し指と中指で挟み、魔術回路を起動させる。
 遠坂もスーツの懐から宝石を三つ取り出し右手の指の間に挟みこんだ。
 こちらの魔術師も魔術回路と遠坂家の魔道の結晶である魔術刻印を起動させる。
 戦う準備は整った。

「ファイターがマスター、そして御三家の一角、遠坂」
 遠坂が綾香を真っ直ぐに見詰め名乗りを上げる。
「………セイバーとランサーのマスター、沙条綾香」
 綾香もそれに応じてしぶしぶと言った感じは否めないがそれでもきちんと名乗り返す。
 礼儀は心得ているらしい綾香の対応に満足そうに微笑を浮かべる遠坂。
 そしてついに再戦の火蓋が切って落とされた!


「では、聖杯の担い手を決する為────いざ勝負!!」


 まず遠坂が先じて手にした宝石に魔力を篭める。力が発動し光を放つ宝石。
 それと同時に遠坂の声に反応したセイバーとファイターが敵へと飛び掛かった。
 魔力によって解放される宝石魔術。
 照準は綾香。火炎放射の如き炎が一直線に彼女に飛来する。
 一番反応が遅れた綾香は迎撃どころか回避動作にすら入れていない。
 完璧な棒立ち。かわす手立ても無し。
 しかし綾香は脅えない。彼の力量を信頼しているが故に。
 旋風を巻き起こして少女と火炎の間に割り込む白い影。
「させるのもか!」
 そして大きく振るわれる一閃。
 騎士の剣により魔術師の火炎は真っ二つに切り裂かれて消滅した。
「む!?ファイター、セイバーを!」
「任された!!」
 どういうわけか無力化された己の魔術を見て警戒を強める魔術師。
 遠坂は二個目の宝石を解放してセイバーに、三個目の宝石を上空に投げ少女を狙う。
 主の魔術攻撃と連携を取るようにファイターがセイバーへ斬りかかる。
 応戦する騎士。剣と剣が鬩ぎ合う。
 二個目の宝石魔術はセイバーの強力な対魔力の前に呆気無く霧散した。
 だが三個目の宝石は綾香を頭上から狙う巨大なつららだ。
「ゲッ!ヤバい!?ファイターちょっとタイム!」
「タイムは無しだぞセイバー?」
 右手に持った聖剣でファイターの名剣を押さえ、左手に持った魔導剣でファイターの胴を薙ぐ。
 ファイターがバックステップで剣撃を避けるように誘導すると、その隙に素早く跳躍。
 少女を狙う巨大つららを魔導剣で斬りつけた。
 魔術を無力化する概念が篭った概念武装”ファレリーナの魔導剣”の力で消滅する三発目の宝石魔術。
「アヤカー!これを使えーー!!」
 遠坂の攻撃を全弾防いだのを確認するとセイバーはこう叫んで綾香の前に一振りの剣を放り落とした。
「ちょ!これ!!?」
 綾香の眼前に突き立つ不思議な光沢を放つ片手剣。
 歴史と年月を積み重ねた物だけが得る事を許される不可思議な存在感があった。
「それは君が使え!!」
 戸惑う少女に騎士は励ますように親指を立ててニッと笑った。
「セイバーの分は!?」
「そんなもの今は無用だ!」
 地面に着地すると同時にセイバーは今度は遠坂の方へと突進して行った。
「どぉおおりゃーーー!!」
「ファイター出番だぞ」
「御意!」
 迫り来る恐ろしい敵に一切怯むことなく冷静に対応をする遠坂。
 遠坂もまたファイターを信頼している。故に怯む必要が無いことを識っている
 主の命に応じてファイターがセイバーを主人の許へ到達する前に抑えてしまう。
「チッ、流石はファイターじゃないか!」
「あまり舐めて貰っては困るぞセイバー?」
 獰猛に笑い合うと再度激しく切り結ぶ二人。

 二撃、三撃、四撃、五撃────十撃……二十撃!!

 互いに全弾必殺狙いの剛剣。しかしその悉くを跳ね返し合う。
 砂浜の砂が二人が衝突の際に発生させる衝撃波で舞う。
 優しい小波の音色に激しい鋼の音色が重なる。

 遠坂はファイターが騎士を抑え込んでいる間に衝撃波に巻き込まれぬよう距離を開いた。
 遠坂の攻撃の手は止まっている。
 セイバー達の思惑通り遠坂にプレッシャーを掛ける事に成功していた。
 綾香も綾香でちゃんとセイバーから受け取った護符剣を両手で構えている。
 魔導剣の形状は幸いにして一般的なナイトソードと同じく細身の片手剣である。
 少女の貧弱な腕力でも両手で持てばなんとか振り回せる重量だ。
 赤い魔術師が牽制に一発だけ魔術を発動させた。
 宝石を媒介に使わない自力の魔術行使。
 それを多少ぎこちない動きで剣を振い応戦する綾香。
 セイバーの時と同様に切り裂かれて無力化し霧散する魔術。
 その様子を横目で確認した騎士はほくそ笑んだ。
 これでファイターのマスターに自分のマスターが瞬殺されるという心配はなくなっただろう。
 後は何回か今と同じ様に遠坂にプレッシャーを掛けてやればファイターとの勝負は自分達だけで付けられる。
 邪魔はさせたくない。正々堂々と勝敗を決してやる。
「ハァッ!!!」
「リャッ!!!」
 気合一閃。
 お互いの渾身の一刀が敵の首を獲る前に敵の剣に阻まれた。
 剣を噛み合わせた格好でぎりぎりと力比べをする二人。
 猛る英雄たちの魔力が周囲のマナを共鳴させ紫電を生じさせている。
 これで二度目。

 今次聖杯戦争における最強の二者の激突はこうして再開を果たした。

 膠着状態がしばらく続くと一旦二人は力比べを終え、後方に跳躍し仕切り直しを図った。
 足場の悪い砂浜である事など無関係とばかりの俊敏な動きだった。
 やはり英霊。人間では手も足も出ない性能を持っている。
「セイバー大丈夫?」
「イエスだ、マイマスター」
 少女の言葉に純白の外套を羽織った騎士の背中が力強く応じる。
 此処へ来る前にまだまだ余力があると言っていたセイバーの言葉に嘘はないようだ。

 一方の遠坂は黙ってセイバーを観察している。
 彼の脳裏には宝石で表現されたセイバーの能力値が映し出されている。
 やはり思った通りだと彼は表情に出さずに内心で笑った。
 セイバーの能力値がアインツベルンの時と比べて若干ながら落ちている。

 ───筋A耐B敏B魔D幸A宝A+。

 それが今のセイバーのステータスだった。
 あの少女がアインツベルンほどの力量を持っているとは流石に思えない。
 恐らく出力やスタミナでも以前のセイバーとは差があるいるに違いない。

「マスター」
 ファイターが遠坂の方へ視線を向けアイコンタクトを取る。
 内容は言わずもがな。本気で戦うという確認だ。
 きちんと意図は通じたようで遠坂は何も言わずに首肯する。
 彼のマスターは無能ではない。
 序盤ならともかくここへきて最強のクラスと謳われるセイバーを前にして出し惜しみなどする訳がない。
 様子見も前回でもう済んでいる。後は堂々と相手が隠している力ごと潰してやるだけだ。
 マスターの許可に満足そうに笑みを浮かべるとセイバーの方へと向き直った。

「もう準備運動は十分だな?では、今夜こそは本気で貴殿の相手しよう────」
「へえ?前回のは手加減してたって言うのか?冗談きついぜファイター!」

 使い手より魔力を送り込まれ唸りを上げる『尖輪猟犬』。
 力強くそして獰猛に、見る者を威嚇する怪音を掻き鳴らしながら刀身が猛回転する。
 同じくしてセイバーが構える『絶世の名剣』が月光に濡れ光る。
 申し合わせたかの様に全く同じタイミングで疾駆する二つの影。
 片や純白の外套を、片や獣皮の外套をはためかせ自らの敵の首を狙いにいく。
 先制を獲ったのはセイバーだった。
 横の一刀。動作をコンパクトに纏めた鋭い一閃がファイターの胴を襲う。
 騎士の攻撃動作に応じた戦士が尖った刀身を縦に構えて防壁と成す。
 刃は盾に阻まれ、火花と轟音を散らす二つの鉄塊。
 続けて第二撃目を連続して放とうとしていた騎士の首筋に、嫌な汗がだらりと吹き出した。

「────ッ!?」

 それは不吉なイメージ。
 一瞬で散らされる甘美なまでの死の香り。
 その気配を瞬時に嗅ぎ分ける野生の獣じみた第六感がセイバーの首を無意識の内に後方へ、出来るだけ後方へと後退させる。
 次の瞬間。セイバーの眼前の空気が…。
 パァンと弾けるような快音を炸裂させた。
「……あ?」
 ちょっと信じられない光景に一瞬だけ呆然とした。
 だが首を後方に反らしながらも騎士の瞳は今起きた出来事をしっかりと捉えていた。
 今のはファイターの脚だ。
 2mという巨躯を誇るファイターの長くそして大木のような太っい脚が後ろ回し蹴りを放った。
 セイバーの攻撃を自分の剣で防御し、後ろ回し蹴りに繋げて来ただけ。
 そしてその蹴りの鋭さと破壊力のあまりに空気が炸裂した。
 ……今の光景はただそれだけの話。
 だがセイバーにとってはただそれだけの話ではとてもじゃないが済まない。
 今のは運良く避けられたがもしも首を逸らしていなければ、確実に首根っこをへし折られていたのだから。
「ファイターおまえ──!!」
「ぬぇい!!」
 敵の虚を見抜いたファイターは拳を硬く握り締め、体の中心に狙いを定め。
 空気を揺るがさんばかりの物凄い気合を吐いて空手になっている左拳で正拳突きを打つ。
 どういうわけか鉄でもぶつけ合ったみたいな鋼鉄特有の甲高い音が轟き、
 ごえ!?っとセイバーの口から苦悶に満ちた呻きが漏れた。
 続いて右足による前蹴りが白い甲冑の真ん中を射抜き、即座に左脚による膝蹴りが鎧の脇腹を撃ち抜き、
 とどめに剣を使わない右肘打ちを鳩尾に命中させた。
 華麗にして強烈極まる連続攻撃をまともに受けて猛烈に吹き飛ばされる白い身体。
 セイバーは短い悲鳴を上げて砂浜を激しく転がり、最終的には地面にめり込まんばかりの勢いで叩き付けられた。
 綾香がセイバーの名を叫ぶと同時に濛々と砂埃が辺り一面に舞い上がる。
「なによ、なんなのよあいつ!?」
 少女は驚愕の表情でファイターの姿を見た。
 紳士風の赤い魔術師は当然の結果と言わんばかりの表情で優雅に腕なぞ組んでいる。
「ぐ……は…」
 ダメージが尾を引いているのか吐き出される呼吸が苦しげだ。
 恐ろしく的確で流れるような連撃がセイバーを打ちのめしていた。
 あれはバーサーカーが扱っていた格闘とは練度がまるで桁違いだった。
 言っては悪いが今のファイターの格闘に比べればバーサーカーの格闘など真似事にも等しい。
 あれは見様見真似で出来るような動きでは断じてない。
 日々弛まぬ鍛錬を繰り返し、長い年月を費やし練り上げた者だけが扱える拳技。これはそういう領域の技だった。
 おまけにファイターは攻撃力が恐ろしく高い。
 高が素手による攻撃などとは口が裂けても言えない破壊力を秘めているのだ。
 まともに急所に喰らおうものならば…十分その場で死ねる───!

 砂まみれになりながらもセイバーがゆっくりと立ち上がった。
 その表情には怒りがありありと浮かんでいる。
「お、お前……!本当に前回手加減してやがったな……っ!!?」
 好敵手に手を抜かれていたという屈辱感がローランの怒りを激しく煽り立てる。
 元々激昂しやすい激情家なこともあって早くも怒りが臨界点に達しようとしている。
「それがマスターのあの時点での指示だったからな。
 貴殿には今まで私の本来の戦闘スタイルを隠していた非礼を詫びよう」
 対してファイターは騎士の表情をなど何処吹く風、馬耳東風のへのかっぱな冷静な態度で流している。
「コノ…!」
 そんな目の前の男の態度が気に喰わないのか騎士は猛然と襲い掛かった。
「甘い!直線的すぎる!」
 お互いの手にした剣を振るい激しく切り結び合う。
 両者一歩も退かない瀑布の叩き付け合い。戦いの熱気がぐんぐん上昇していく。
 剣戟と拳撃が飛び交う決闘は留まる所を知らず、目の前の男を倒す為だけに力を奮う。

 そして闘いの勢いが増せば増すほどに思わず手と共に口が出てしまう。
「まさか格闘なんぞを使ってくるとは…それではその名剣の銘が泣こう!?貴様それでも剣を誇りとする英霊か!!」
 騎士的視点から見ると邪道も良い所な相手の戦闘方法を忌々しそうに物言うセイバー。
 そんな騎士の姿をファイターは不敵な表情で笑う。
「フッ、それは違うぞセイバー!私は貴殿たちのような純粋な剣の英霊……いや剣士ではない。
 よもや忘れたのか純白の騎士よ?私は………”闘士”なのだぞ?」
 そう言ってファイターはぐっと力を溜めて、一気に解放する。

「─────剣だけが私の武器ではない!!」

 右手の古剣を正眼に左手は拳を硬く握り、体位は斜にした構えを取る。
 右の剣でセイバーへ牽制を仕掛け、そして間髪入れずに鉄をもひん曲げる蹴足をお見舞いする。
 またしても軽快な破裂音。追加で左拳の砲弾も発射すると当然のように破裂音が轟く。
「チッ!」
 セイバーは敵の牽制攻撃をいなしながら格闘に対処する。
 悪態をつきながらの割には川の流れのような流麗な回避動作だった。
 片手バク転を繰り返して敵との距離を離すとしゃがみ込む姿勢で動きを止めた。
 ファイターとセイバーの距離は20mばかりである。
「大体私ばかりを責めるのはお門違いではないのかセイバー?」
 巨躯の英雄がゆっくりと騎士の許へ足を進める。
「なんだと?」
「そういう君こそ………前回の戦いでは本気を出していないだろう」
 ファイターはどこか責めるような、あるいは拗ねる様な口調で真意を問うた。
 彼とて前回の戦いがセイバーの本気だったとは思っていない。
「………………」
 何も答えないセイバー。まるで今の発言を肯定するかの様な無言。
 反論もない無言のセイバーにファイターが近づき。
 目を見開く二人、一瞬で動く両者の影。
 衝突。ファイターの振り下ろした剣はセイバーがしっかりと防いでいる。
 しかし剣攻撃は防げても次に襲い来る攻撃を防ぐことは叶わなかった。
 またしても左拳によるダンプカーの如き正拳突きが白き鎧を打ち抜いた。
 響く重い鉄音。宙に舞う四肢。
 セイバーは肺から空気を強制的に絞り出され、打突を喰らった勢いのまま浅い弧を描いて海に叩き込まれた。
 重いものが着水した衝撃で海が水柱を上げる。
 その光景をしかと見届けながら。
「あえてもう一度言おうか」
 威風堂々とした立ち姿のままファイターは海に沈んだセイバーへと己の剣の先端を突きつける。

「あまり私を舐めて貰っては困るぞ名高き騎士よ」

 そして揺ぎ無い闘気を溢れさせてベーオウルフが宣戦布告をした。

「セイバー!!」
 主の叫び声に反応するように再度夜の海に水柱が迸った。
「おりゃああああああああああああああぁっっ!!!」
 雄叫びと一緒に両手を天に突き上げて問題無しとばかりにセイバーが水の中から出現する。
 白騎士の身体から魔力が猛り狂っているのが遠目からでも判る。
 その発せられる魔力は度重なる侮辱、もやは神に祈っても許さんと主張しているかのようだった。
 己のサーヴァントのそんな状態に綾香は少し冷静になれと指示を出そうとしたが思わず口を噤んでしまった。
「いいだろう上等だファイター、その挑戦状しかと受け取った」
 何故ならセイバーは怒り狂ってなどいなかったのだ。
 その表情は怒りとは逆に喜ばしそうに笑みを浮かべている。

「────オレも本気でやろう」

 セイバーは右手の聖剣はだらりと下げたまま、空いている左手で濡れて張り付いた金色の髪の毛を掻き揚げながら笑う。
 フランスを代表する大英雄にとうとう火が点く。
「それはありがたい。私も本気の貴殿を討ち破らぬとマスターに顔向けできぬからな」
 セイバーと同様にファイターも指をコキコキ鳴らしながら笑っていた。
 いくら争いを好まぬ性格とはいえどベーオウルフにも純度の高い戦士の血が流れている。
 生前には好敵手と呼べる存在が居なかったこともあってか、この度の競い合いは彼にとっても胸が鳴るものがあった。
「ランサーとの尋常な勝負が流れてしまったからな。正直、本気で戦える相手が居なくて困ってた」
「その事については私も残念だ」
 二人ともランサーと刃を交えた者同士だ。
 白黒つかずに終わったという胸に積もった悔恨の念は消えていない。

「そうだ、そう言えばお嬢さんもう一つ訊ねたいのだが。君のランサーの真名は本多忠勝で当っているかね?」
 すると遠坂がそんな英雄二人の会話に割って入るように綾香にランサーについての質問をしていた。
 普通ならこんな質問など馬鹿げているのだがその当人がもういない以上は時効と言えよう。
「………ええ、そうよ。あれが日本最強とも謳われた侍の実力よ。
 その気になれば貴方のファイターだって倒せたんだから」
 表情こそ崩してはいないが少女はどことなく自慢気な口調でその質問に答えている。
「やはりそうか。なるほど、あれが蜻蛉切の能力か。
 まともに攻撃を受けてもいないのにファイターがボロボロにされる筈だ」
 綾香の硬い表情とは真逆に腑に落ちたとばかりにすっきりとした表情を見せる紳士。
「おいファイター知っているか?ランサーの奴、実はとんでもない切り札を隠し持ってやがったんだぜ?」
「だろうな。私と最初に戦った時ランサーは必殺を覚悟で何かを仕掛けようとしていた。
 速度のある奇策──飛び道具系統の業が可能性が高いと予測していたが……決着を付けられなかったのが益々惜しい」
「貴様はまだマシさ。オレなんか決闘の約束までしてたんだ」
 セイバーの口調は心底残念そうだった。
 同じようにファイターの表情も。
「……お互い、これ以上不完全燃焼の不満を溜めたくないからな」
「同感だ」
 その台詞を皮切りに今までのゆったりとした空気が一気に変化した。
 二体のサーヴァントの間に熱が生じているような錯覚さえ覚えてしまう。
「負けてお前のマスターにどやされても知らないぜ?」
「はっはっは、そうだな精々そうならないように気を付けよう」
 だがそれでも二人の表情は変わらない。
 セイバーもファイターも同格以上の相手と競い合える誉れを純粋に喜んでいるのだ。

「セイバー」
「ファイター」

 二人の主達が下僕の名を呼ぶ。
 その声に応じて騎士と闘士がそれぞれ違う構えを取った。
 張り詰めてゆく場の空気。
 上がっていく緊張感のあまり吐き気すらしてきそうだ。
 大きく呼吸。そして申し合わせたように二人同時に動き出した。

「───最強と謂われるセイバーのサーヴァントを捻じ伏せて見せろファイター!!」
「───ファイターに貴方の剣の真髄を魅せつけてやって!!」

 マスターが己の剣達に号令を下す。

「了解────!!!」
「応よ────!!!」

 それぞれの命令と同時に飛び出す漢たち。
 二人のマスターの動体視力では何が起きたのか視認出来なかった。
 砂が爆散した。海水が爆裂した。そして浜が激しく振動した。
 これが二人の理解の全てだった。
 別にどうということはない。
 二人の英雄が主の命令と同時に大地を蹴り、刃を衝突させあっただけなのだから。
 海水も砂も二人が地を蹴った時に弾けたものでしかなく。
 今起きている浜での局地的地震もサーヴァントの激突で生じたものに過ぎない。

 大英雄の格まで上り詰めた英霊同士の闘いとは即ちそういう戦いなのだ───!

 短く息を吐いて手首のスナップを利かせて斬りつける。
 風切り音と犬が唸るような不気味な怪音と軽快な金属音が忙しなく飛び交う。
 攻防に巻き込まれてきりきり舞になる周辺物。
 ファイターが名剣を突き刺しに来る。
「…!?」
 マスター達にはまるで霧のようにセイバーが掻き消えた風に視えた。
 刹那ファイターの背後に姿を現わす騎士。
 ファイターの刺突を紙一重でかわし敵の横を抜け背後に回ったのだ。
「貰った!!」
 高速の攻防。
 脳天から尾骨まで真っ直ぐに聖剣を落とす。
「少々気が早いぞ!」
 あっさりと受け止められる必殺の一撃。
 ファイターはセイバーの姿をロストした瞬間に足を反転させ背後に対する行動を開始していた。
 彼はセイバーの様な生まれ付いての第六感を持ち合わせていない。
 だがその代わりに膨大な鍛錬と戦闘経験で得た戦闘論理を武器として具えている。
 一手先行く論理か、その場で浮かび上がる閃きか。
 二人の戦いはそういう戦いでもあった。
 轟々と周りの物を弾き切りながら二人は闘う。 
 足を動かし、跳び、転がり、外套を羽ばたかせて目まぐるしく移動する。
 その様はまるで台風だ。
 場所をじりじり変更しながら周囲に被害を出す。
 剣の舞が終わらない。
 休むこと無い剣舞が流れ続ける。
 剣の音が鳴り止まない。高低様々な音域が絶えず響いている。
 英雄の迸らせる気合と雄叫びと魔力が綾香達の素肌をビリビリと振るわせる。

 セイバーとファイターが仕切り直して距離を開いた。
 綾香も遠坂も手は出さない。否、手が出せない。
 下手な介入をすれば二人の強烈極まりない闘争心に中てられて敵の前で致命的な隙を曝しかねない。
 マスターの身体から抜けていく魔力も前回よりずっと激しい。
 だから二人は戦いの行方を黙して見守る。

 これが神代の決闘。
 前回の戦闘も凄まじかったにも拘らずまるで前回とは比べ物にならない迫力だった。
 まさに災害と災害の激突。
 力と魔力と技の応酬は人間の理解の範疇をゆうに超えている。

 また水柱が上がった。セイバーが跳び蹴りを喰らったのだ。
 今度は砂煙が舞い上がった。ファイターが斬撃に耐え切れずに浜に突っ込んだのだ。
「なんのまだまだーーッ!!」
 セイバーがモーセの如く海を切り裂きながら敵へと疾走する。
「やはり想像以上の手応え……それでこそセイバーだ!!」
 ファイターも砂を撒き散らして海辺へと疾駆する。
 互いの右手の愛剣が敵を斬り裂けと強く煌めく。
 隙を探し仕掛けるタイミングを計り合う。それでも申し合わせたように同時に振り上げる腕。
 大地を踏み込む。親指に収束する力、そして強く強く蹴り。
 足先に全体重を乗せて。

 最高の一太刀を繰り出す───!!

 ズンッと地が揺れる。
 身体を押すような衝撃波が荒れ狂う。
 綾香がこの揺れと衝撃波に足を取られて尻餅をついた。
 直後海水の飛沫と砂と泥が周囲に拡散する。
 散弾銃のように撒き散らされた物が綾香の身体にベチャベチャと降りかかった。
 遠坂は瞬時に障壁を張ったらしく被害は無いようだ。
 こんな時でも身なりを気にする紳士然としたこの男も中々大した玉である。
「ぺっぺっ!!ちょっとあんた達激しすぎよ!!」
 しかし決闘者達にはそんな少女の文句なぞ耳にも入っていない。

 彼らの中を占めるのは湧き上がる喜び。荒らぶる闘志。
 より激しく、もっと力強く、必殺に値する攻撃に届くまで手を動かし続ける。
 敵の攻撃を捌く。連撃も捌く。攻撃を避ける。防御する。
 両者の戦況は完全に拮抗していた。
 騎士も闘士もなかなか攻撃を喰らわない。
 敵の攻撃とは防ぐもの。己は攻撃を避けて敵には攻撃を当てる。
 これこそが戦いの基本にして奥義だ。
 しかし両者のレベルが拮抗すればするほどそう簡単にはいかなくなる。

 閃きと共にセイバーの相手の虚を突いた攻撃を繰り出す。
 見事にファイターを捉えた。
 うっ!っと短い呻きを上げて表情を曇らせる。
 浅く裂ける肉。血の飛沫が飛び散った。
 とどめに繋げる攻撃を騎士が放とうとしている。
 だが生じたその隙を庇う様に闘士は剣を振るうのは止めない。
 思わぬ体勢からの反撃にセイバーはとどめを撃つのをキャンセルして闘士の反撃をガッチリ抑え込んだ。
 瞬間、闘王が笑みを浮かべていた。
 勝利への道筋が彼の目には映っていた。
 反撃を防御した際に生じたのだろう。
 セイバーの顔の守りががら空きになっていた。
 唸りを上げる強靭な右足。天を突かんばかりのハイキックが騎士を襲う。
 セイバーの首が跳ね上がる。顎を蹴られた。
「ぐあ!しまっ────!!?」
 脳味噌がシェイクされ肉体の命令系統が混乱する。
 体の力が抜けて一瞬だけ膝が落ちる。
 焦る心と共に敵の姿を確認してぎょっとするセイバー。
 ファイターが武器を左手に持ち替えて右拳を握っていた。
 左でも強烈極まりない正拳突きなのに利き手の大砲を喰らおうものなら負傷は間逃れない。
 だが攻撃を避けられもしない。

「この状況で貴殿がどうするか、魅せて貰うぞセイバーーーーーッッ!!!!」

 全体重を乗せ真っ直ぐ放たれる右の大砲。ご丁寧に体や腕の捻りまで加えている。
 拳法家が観たら溜息を洩らすであろう美しい正拳突きだった。

「こうするに、決まってるだろうーーー!!」

 セイバーはファイターの拳が自分の間合い内に侵入してくるまで微動にしない。
 そして間合いに入ると同時に正拳には目もくれず逆に攻撃に転じた。
 聖剣が斜めに斬り降ろされる。
 騎士の狙いは相撃ち狙いのカウンター。
 回避出来ないのなら五分の状況に持ち込むまでだ!
 交差する剣と拳。
 歪な音と凹む白銀の甲冑。
 風切り音と斑な赤色に染まる獣皮の外套。
 セイバーのカウンターは成功した。
 内臓を潰しかねない尋常ではない衝撃が鎧を貫き騎士の腹部から背中を通り抜けていく。
 口内から血液を吐いて空中に放り出される白の鎧姿。
 傷口を押さえて思わず膝を屈する外套姿。
 かつて受けた事が無い位の見事な切れ味を誇る刀傷が闘士の厚く硬い腹部に作られていた。

 傷の痛みに顔を顰めながら、それでも二人は内心で口元を歪ませていた。
 かつてこれほどの敵に出会ったことが無い。
 己には親友はいたが流石に敵としてここまで殺し合った事などない!
 己には好敵手はいなかったが自分とここまで戦える者など見たことがない!
 これほどの胆力を誇る勇者を知らない。
 これほどの技を誇る勇者を知らない。
 あの魔法庭園で、あの魔窟で、死闘の末に倒したあの竜種とは違う、別種の強さ。

 ──────もはや間違いない。

 奴が。
       奴こそが。

 我が最強の敵だ───────!!!


 セイバーがむくりと立ち上がる。それから口から微かに零れている血を親指で拭う。
「無論、まだまだいけるのであろうな?」
 応じるように膝を立たすファイター。手に付いた血痕を服の裾で拭う。
「当然。そういう貴殿こそどうなのだ?」

 言葉など必要ないと。
 剣を構えてそれに応える騎士。
 緊迫した空気に息を呑むマスター。
 またしても掻き消える二人。風の様に地を駆ける。
 六閃すると共に俊敏に足場を変更して相手の背後へと廻り込もうとする。
 だが双方相手の思惑を予測し、決して背後に廻り込ませない。
 ステップインしない牽制の乱れ突き。まるで矢の如き点の攻撃。
 しかしそんな攻撃ではどちらも意にも介さず簡単にあしらってしまう。
 時には勘で行動し、戦局を有利に変えようと努力する。
 激突はなお加速していく。
 突き出されるそれは獲物に飛び掛る肉食獣の牙。
 緩急をつけたファイターの躍動感溢れる剣と拳を自在に駆使した連続攻撃。
 猛回転する尖った剣に貫かれて白銀の鎧の一部が欠け落ちる。
 お返しにとセイバーが雷光の速さで三連突きを穿つ。
 世界に名を轟かす切れ味を誇る聖なる名剣が非常に丈夫な筈の獣皮外套を容易く切り裂いていく。
 距離を開け。また詰め刃を叩き込み、そしてまた距離を開ける。
 着地と同時に踏み足に全力で力を込めた。
 水飛沫だけがその場に残り再び二人の姿が消失する。
 あまりにも動きが速く遠坂達の眼では追いつけない。
 今度は地ではなく空高くに飛び上がっていた。
 宙で躍り掛かりながら相手の急所目掛けて剣を突き刺す。
 一瞬で終わる剣刃の攻防。だが交換した攻撃は五を超える。
 視線を交差し、真横をすり抜けていく体。
 そして互いに背を向けた格好で地に降り立った。
 両者共に無事。損傷は無し。

「貴様のような強者とあいまみえる事が出来るとは、騎士として喜ばしい限りだぞ」
「私も貴殿のような強者と競い合う機会がまさかあるとはな。久しぶりに胸が高鳴っているよ」
 相手を讃えながらくるりと反転する。
 正面から向き合う両者。互いの雄姿を視界に納める。
 純白の外套が砂埃で薄汚れ欠け砕けた白き鎧と、切り破れて襤褸布になりかけている獣皮の外套と衣装。
 打撲痕や出血も所々に見受けられる。
 二人は少しずづ少しずつだが確実に損耗と消耗を重ねていた。
 しかし二人はそのことをまるで気にした様子が無い。
 むしろまるで全然消耗していないと言い出さんばかりの元気さである。

 二者の距離は10m前後。
「ではこういうのはどうかな?」
 ファイターがフェンシングのような構えを取った。
 尖った名剣の刀身は相変わらずぎゅるぎゅると激しく回り続けている。
「また得意の格闘か?」
 軽口を叩きながらセイバーも突き主体の剣の構えを取る。
 騎士と闘士は摺り足でじりじりと間合いを詰めていく。
 徐々に狭まってゆく距離。近づくにつれて集中力が増していく。

「───覇ッ!!」

 小さく息を吐いてファイターが先制で仕掛けた。
 全身の筋力を一点に集中し一気に爆発させた踏み込み。
 ファイターの後追うように残像が出現する程のハイスピード。
 その速度にさらに腕の力を加えた突きを上乗せする。
 空気を捻じり巻き込みながらおぞましい速度を以って尖剣が敵の胸元へと吸い込まれていく。
「ヤアッ!!」
 後の先を取るセイバーの迎撃。敵の狙いは自分の心臓だ。
 同じ様にこちらも敵の心臓を抉りに聖剣を突き出す。
 攻撃の型は同じくして刺突。反応に速度はほぼ同じ。

 剣と剣が交差するその瞬間───。


 尖輪猟犬
「ネイリング──────!!!!!」


 ベーオウルフは己の名剣の真名を解き放った!

 宝具の力で彼の肉体が騎士の眼前から完全に消滅する。
「な……にぃ!?」
 突然の敵の消失に驚愕する。
 そして標的を見失ったセイバーの刃が虚しく空を切った。
 ついた勢いに流され足も前方に流れていく。
 流されながらも即座にセイバーは首を巡らせ周囲を確認する。
 騎士の視界の端に映る立派な体躯。
 ファイターはセイバーの左後方に姿を出現させていた。 
 しかしそれ以上に奇妙な違和感がセイバーを襲った。

 ”さっきと何かが違う……?”

 そんな疑問を抱いたと同時に違和感の正体に気が付いた。
 ファイターの装備する武器が変わっている。
 それは柄の長い真っ赤な長剣。
 それを奴は両の手で構えていた。
 足に付いた勢いを何とか殺してファイターの方へと振り返るセイバー。

「……巨人の大刀剣」

 ファイターがボソリと呟く。
 一気に騎士の目前にまで詰め寄り。そしてセイバーの頭上に跳躍した。
「跳躍斬りか!?」
 相手が出そうとしている技の種類を即座に見破る。
 セイバーは応戦するために剣を振ろうとして。

「………あ、れ…?」

 何故か地面が引っ繰り返って見えた。
 心なしか足元の感触も無い。あれれ?地面はいずこに?そしてなぜ月が見えるのだろう?
「ギャァァアア!嘘!!?アンタなんでそこで足滑らすわけーーー!!!?」
 綾香の悲痛な絶叫が辺りに響き渡る。

「その隙貰った───!!!」

 魔剣は天高く構え、体は海老のように反らせた姿勢。 
 握力、手首、上腕、肩、背筋、腰、それら全ての筋肉を弓の弦の如く極限まで引き絞る。
 引き伸ばされた力は解放の瞬間を今か今かと待ちわびている。
 弦からついに指が放された。
 驚異的な瞬発性で振り下ろされる一撃。
 重力に乗って体重に乗って力に乗って。
 
 それは加速し魔風と化して音を超える!

 まさに神速のギロチンの如し。

 全てを断ち切るファイターの剛剣。

 その全てを篭めて放たれる全身全霊の会心の一刀がセイバーを襲う───!!

「ぬうおわおおおおおおお!!」
 だがセイバーとてやすやす死ぬわけにはいかない。
 右手に握った聖剣に己の命運を託す。
 すっ転びながらも雄叫び上げて敵の一刀が振り下ろされるより速く大地を片手剣で激しく叩いた。
 推進力を得た体はその場から僅かとは言え離れていく。
 その後強引に体を捻じり地面に腕が着いた瞬間さらにゴロゴロと転がり出来るだけ遠くに逃げる。
 セイバーの視覚では何が起きたのか確認出来なかったが、彼の耳朶には物凄い轟音が大地越しに直撃していた。
 ファイターが何かをしたのは確実だった。

 セイバーは一通りの距離が開いたのを体感で確認すると素早く立ち上がった。
「うぇ………?!」
 そしてその風景に呆然とした。
 無様に地面を転げ回るセイバーに何故か追い討ちが無かったのは、それはファイターが今もまだ残心しているからだ。
 それはいい。
 だが問題はそのファイターの目の前にあるものだ。
 地面がパックリと大きく切り裂かれている。おまけに穴が深い。
 まるで巨人が巨大な大剣で地面を斬り付けでもしたかのような巨大な痕跡だった。
 それ位の破壊力がないと地面はああはならないだろう。
 今のファイターの攻撃をまともに応戦していたらどうなっていたことか。
 セイバーの背中を冷たい汗が流れる。
「これが……ファイターの必殺技か……っ!」
 プルプルと身体を奮わせ戦慄と羨望を篭めた瞳でファイターを見詰めた。

 ”ランサーに続いて奴までもが必殺技の使い手だというのか!?”

「いや、そんな上等なものではない」
 しかしファイターは謙遜なのか事実なのかセイバーの言葉を否定してゆっくりと立ち上がった。
「嘘付け!そんな破壊力のある通常攻撃なんかあってたまるか!」
 がびーん!という効果音がすこぶる似合いそうな顔でセイバーが噛み付く。
 対照的にファイターは酷く落ち着いた表情をしている。
「別に嘘ではない。ただ私の全力全開の一発を見舞っただけだ。
 むしろセイバー、私は君の運の良さに驚くぞ?
 よく今のを避けようとしたものだ。
 あのまま応戦してくれていればそのまま剛力で圧し潰せていたというのに」

「ちょっとセイバー!ファイターの攻撃力はA+ランクなんだから気をつけてよ!」
 内心冷や冷やの綾香がファイターから得た情報を元に助言を飛ばしてくる。
「もしかして……いまのは想像以上にヤバかった…?」
 少々引き攣った表情をした騎士がそのヤバくしてくれた当人に訊く。
「さあ?君がそう思うのならそうなのだろうな」
 ファイターは問いに対して不敵な笑みを口元に浮かべて応えた。
「フッ…………見たか!これぞ大天使様の御加護の力だっ!!」
「嘘付け!!アンタ突然スッ転んだだけじゃない!」
 十字を切って祈るセイバーに瞬時に突っ込みを入れる綾香。
 だがそんなご尤もな突っ込みにもローランはたじろかない。
「そう、それこそが天の御意思。オレを何があっても回避させる為にしたことに違いない!」
「もう好きにしなさい……」
 これぞ『天使の加護』の力だと高らかに笑うローラン。
 逆に頭を抱えている綾香。
 しかし真偽はともかくとしてファイターの様子ではその幸運のおかげで彼が助かったのは真実のようだ。


 気を取り直して聖剣を上段に構え直す。
「…………」
 ”でもまあ何にせよ今のはなるたけ出させない方がいいな”
 表情を引き締めてファイターと向かい合う。
 冬の冷たい潮風が吹いていた。
 ファイターも赤い魔剣を両手で中段に構える。

 綾香はハラハラとセイバーを見守っている。
 セイバーの表情にどうしても一抹の不安を覚えてしまう。
 何故か嫌な予感がしてしまうのだ。
 しかし少女のそんな胸騒ぎの正体を見極める暇など与えられず事態は進行する。

「……いざ!くらえぇぇえファイターー!!」
 怒号を上げて突撃するセイバー。
 まるで愚直な突進。フェイントも無ければ、緩急をつけるというテクニックもない。
 形容するならまさに敵に向かって突っ込むだけというのがピッタリくる。
 そして無様な突進をしたかと思えば今度はなんといきなりバレリーナの様にクルクルと回転し始めた。
「は……?」
 目の前の謎の展開に綾香の開いた口が塞がらない。
 異様な状況に遠坂どころか相対するファイターさえも目を丸くしていた。

「超ぉぉぉ必っっ殺ぅ!!!セイバァアァァァァーエクストリームハリケーーーンッ!!!」

 キュピーン!なんて効果音と共に高らかに必殺技名を宣言した。

「お願いだからちょっとは空気読めーーー!!」
 嫌な予感大的中。しかし想像以上の内容に頭抱えて悲鳴を上げる少女。
 仕舞いにはうえーんと泣き出さんばかりの勢いである。
 そんな少女の嘆きを無視してそれでも騎士は我が道をゆく。
 ああ素晴らしきかな漢の道。ついてこれるものならついて来い。

 しかしハリケーンとはよく言ったもので猛回転しながらも手にした刃の切っ先はしっかり外側を向いていた。
 ──回転剣舞。
 といえば聞こえは段違いに良くなるが、実際の見た目はそんな格好良いものでは全然ない。
 どちらかといえばこれは電動丸鋸やチェーンソーの類である。
 ブオオオオっと風を巻き上げ剣の竜巻に飛び込む石や木や葉をバラバラに切り刻んでいる。
「ハハッ!私の尖剣に対する意趣返しか!面白い受けて立つぞセイバー!!」
 竜巻剣の標的となってるファイターは怯むどころか突然珍妙な行動を取った敵を愉快そうに笑った。
 そして一旦構えていた魔剣を名剣に装備し直しこちらも刀身を大回転させる。
 目には目を。竜巻剣にはドリル剣を。
 ファイターは身動きせずじっと竜巻モドキの到達を待ち受けている。
「いや面白くは無いだろう!カッコイイと言えよっっ!」
「全然良くないわよ馬鹿っ!!鏡見なさいよ鏡!!」
 なじる相手がそれぞれ違うという奇妙な文句の言い合いが飛び交う中。

 二つの回転剣がついに接触した。

 瞬時に爆竹のような激しい火花が散る。
「ぬ?!」
「くぉ!?」
 二人の表情に僅かな緊張が走る。
 意外にもセイバーのソレは見た目のマヌケさの割には威力が高いらしい。
 そしてお互いの前進が止まった。
 だが二振りの名剣の回転はまだまだ止まらない。
 バチバチと火花を散らし続ける。しかしそれ以上に音が凄まじい。
 暴力じみた鋼の騒音が静かな夜の浜辺を侵食している。
 耳を塞ぎたくなる音の乱打。時間と共に失速する騎士の回転。
 するとセイバーはあえて自ら回転を止めるつもりで大地を強く踏み締め、最後の一回転を渾身の力で叩き込む。
 遠心力で猛烈な勢いを伴った強打にセイバーとファイター剣先が明後日の方角へ逸れる。
「ふん!」
 互いに生じたその隙にセイバーが高くジャンプした。
 二瞬遅れでファイターの剣が何もいなくなった空間を薙いだ。
 闘士の標的は既に宙高くに舞っている。
 そしてセイバーは前宙するように今度は縦の回転を始めた。
「続いて必殺第二弾だ!」
 またまた必殺技宣言をし、さらにまたもや猛回転を始めた騎士。
 まさしく紛うことなき人間電動鋸。
 この超回転でついた勢いを上乗せして会心の唐竹割りを放てばきっと凄まじい破壊力が望めるだろう。
「獲ったりファイターの首級~!」

「ほう、しかしセイバー、それには一つ大きな問題点が有るぞ?」

 頭上を見上げながらのほほんと勇士は言う。
 それもそのはずなにせ彼の心眼は既にこの手の攻撃の対処法を知っているのだ。
 だが騎士の耳には届いていないようで、そのままファイターの頭上に落ちていく。
 いつの間に持ち替えたのか闘士は名剣ではなく魔剣を両手持ちしていた。
 それはさながらバットを構えるスラッガーのようだ。
 あまつさえ足まで振り子している。
 これぞ彼の有名なスポーツの英雄が使ったとされる振り子打法なり。

「セイバァァァァーダイナミッ───おうふ!?!」

 カキーンと特大ホームランされるアホの子。
 うわああああああ~~~っ!と遠ざかりながらエコーするマヌケな絶叫。
 特大アーチを描いて沖まで飛んでいき、そしてドボンとこれまた見事な水柱を上げて海中に沈んだ。
 ファイターはそのマヌケな風景を最後まで見届けて。
「その攻撃は側面の攻撃に対する防御が薄い。今みたいな事になるから多用は注意すべきだぞ?」
 などと人差し指を立ててデッドエンドを迎えた者を正しい道へと指南する猫や虎の某先生たちのような物言いでアドバイスした。
 まあ今のは魔剣の腹の部分で打ったのでダメージは大してあるまい。
 おまけにちゃんと加減もしてあるからお馬鹿さぁんがマヌケな死に方をする心配もせずに済む。
 なぜそんな面倒な事をするのか。それにはちゃんとした理由がある。
 あくまでファイターにはれっきとした狙いが別にあるのだ。
 さてセイバーを追うかと行動しようとした時。

「ファイターチャンスだ!陸に上がる前にセイバーを水中戦で仕留めろ!」

 海中に落ちたセイバーを見て遠坂が即座に指示を出す。
 理由は簡単だ。水中戦ならばまずベーオウルフの独壇場である。
 彼が生前打倒した怪物の中に沼の中に棲む水魔やその眷属というのが存在した。
 勇者は彼女たちと水中戦を行ない、そして最終的にこれを仕留める事に成功した。
 その特性はサーヴァントになってからも活きている。
 それほどに遠坂が召還したサーヴァントは水中での戦闘を得意としているのだ。
 当然ファイターのマスターである遠坂もそのことを十二分に承知している。
 だからこそこれほど素早く的確な指示が出せるのだ。
 まさに司令塔の役割に相応しい良い仕事である。
「了解。今のはそのつもりで喰らわせた一発だ」
 反応の早いマスターの命令にニヤリと答えてファイターは霊体化した。
 霊体化すると物質界からの干渉を殆ど受けない分、移動速度が上がる。
 一気にセイバーが沈んだ辺りまで飛ぶ。そしてその直上で実体化し自分も海中へと潜っていった。 




───────Interlude  Masters Side───────

 サーヴァント達が居なくなった浜辺にはマスターのみが残された。
「……ハァ、あんの馬鹿ちん……なんでアイツは昔っからああのよ……。
 ランサー貴方ちょっとだけバトンを渡す相手の選択肢間違えたかもしんないわよ…」
 なんともやり切れない虚脱感というか悲哀感にさえなまれながらもそれでも綾香は気丈に踏ん張っていた。
 色んな意味でちょっとだけ泣きそうだけどでも頑張る。
 彼女の目の前にはまだ遠坂が残っている。
 隙を見せるわけにはいかない相手なのだ。
 セイバーから預かった魔導剣をしっかりと両手で握る。
 この概念武装のおかげで圧倒的な戦力差にも関わらず守りだけなら何とか対抗出来る力を得ている。
 それから令呪にも一応意識を集中させておく。もしもの場合は即座に使わなければならない。
 そのため予め心の準備をしておく必要がある。気付かれないようにそっと深呼吸をした。
 一方の遠坂は無言で沙条綾香の様子を観察している。
 暫らく相手の出方を観察し相手からは攻めて来ないと判断するとそっと内ポケットに手を差し込んだ。
 そして優雅な動作でスーツのポケットから小さな立方体の小箱を取り出す。
 小箱の中に入っていたのは美しい翠色をした大粒の宝石が填め込まれた綺麗な指輪だった。

             クリムゾンダンサー
「紹介しよう。これが私の礼装『灼光炎舞』だ」

 右手の中指に礼装と名乗る指輪を装着しながら少女に見せ付けるように手をかざす。
 物凄く綺麗な指輪だった。
 女性なら誰しも溜息をつき、喉から手が出るほどに欲しいと思う一品ではないだろうか?
 そういう綾香も例に漏れずついごくりと喉を鳴らす。
 そして自身から出てきた欲望の音にハッと意識を引き戻された。
「……って違うぞわたし!宝石に見惚れてる場合じゃないわ」
 頭を振って邪な念を脳内から追い払う。煩悩退散煩悩退散。
「残念だがこれはあげられないのだがね」
 そんな少女の姿に皮肉な面持ちで笑みを浮かべる紳士。
「別にいらないわよっ!」
 くわっと眼力と一緒に全力でNOと言ってやる。
 明らかに自分を馬鹿にしてるのがわかる。
「おやそうかね?もし私に勝てれば好きに持って行くといいと言おうとしたのだが」
 だが遠坂は少しだけ意外そうな顔をしてそんな言葉を口にした。
 恐らくこれは冗談でもなんでもない、本気でそんなことを思っている口振りだ。
 まあ尤も、自分が負ける訳がないという自信もあるのだろうが、
 それ以上に遠坂は貴重品を身に着けた者が死ぬとどうなるかということをちゃんと理解しているからこそなのだろう。
「余計にいらないわ。人様の遺品を掻っ攫うほど落ちぶれちゃいないつもりだもの」
 だからこそ綾香もきっぱりと否定する。
 彼の物は彼の家族が引き取るべき遺品だからだ。断じて他者が勝手に手を付けていい物ではない。
 この戦いで己も祖父を失ったからこそ尚更そう思う。
 もしお爺様の遺品をどこの馬とも知れない人間が持っていくとしたら、それは断じて許せる所行ではない。
 きっと彼の家族もそう思うはずだ。
「なるほど。良く躾が行き届いている。君を教育した者の度量が窺えるな」
 遠坂は少女の凛とした態度に少しだけ表情を緩ませた。
 芯も強い。躾もちゃんと行き届いている。相手にとって不足はないと赤い魔術師は思った。
「おだてても手は抜かないわよ?」
 勝ち気に宣言して両足を肩幅に開いて魔導剣を構える。
 遠坂が仕掛けてこようとする気配を感じ取ったのだ。

「ではそろそろ始めようかお嬢さん………Anfang」

 中指だけを伸ばした右手で綾香を指差して、ドイツ語で呪文を詠唱した。
 魔術回路が活動を始める。
 緑石の指輪から三つの拳大の大きさの火の玉が出現した。
 くるくると指輪の上で円を描き浮遊するようにゆっくりと回る炎。

「一曲目、闘争のワルツ!!」

 ドイツ語で唱えられた呪文と一緒に魔力を礼装に叩き込んで魔術を発射する。
 直進する軌道の玉が一つ。弧を描く軌道の玉が二つ。
 綾香の正面、頭上、そして左翼から火球が襲い掛かってくる。
 一番最初に自分の許に到達した火炎球を手にした剣で切り伏せる。
 そして左翼から飛来する火球へあえて自分から突っ込み一閃。
 二つの火炎を立て続けに消滅させた。
 同時に頭上から最後の火球が落ちてくる。
 所詮付け焼刃にすぎない綾香の剣術の腕前では迎撃は間に合わない。
 だから綾香は無理に迎撃はせずに頭から砂浜に飛び込んで回避する選択肢を選ぶ。
「くぅ!!」
 波でやや湿った砂で折角の洋服が汚れるのを内心舌打ちしながら最後の火の玉をやり過ごした。
「第二曲、絶望のタンゴ」
 だが遠坂が間髪入れずに第二射を放ってきた。しかも今度は火球の数が五つだ。
 たった一つの火の玉でも十二分に人間を焼殺して余りあるだけの威力を誇る業火。
 そんなものが三つから一気に五つとは……あの礼装は火弾の数を自在に操れるのだろうか。
 五つの火炎が螺旋を描いて綾香の許へと殺到する。
 必死に応戦する少女。だが遠坂は手を休めない。
「第三曲、憎悪のフラメンコ!!」
 次はジグザグの軌道を描いて七つの炎が綾香を攻め立てる。
 ダンスの名に冠しているだけあってか攻撃軌道がそれに関連した動きになっていた。
 ぶんぶんと魔術を無力化する剣を振るう。
 消される炎。迎撃が間に合わない場合は足を使って回避する。
 何度か無様に浜を転げまわったせいで綾香の体は砂まみれの泥まみれだ。
 勿論綾香の方も何も攻撃しなかったわけではない。
 既に何発か呪詛を篭めた使い捨ての魔術道具を使いはした。
 だが遠坂には何の効果も与えはしなかった。
 魔術師としてのレベルに差が有りすぎて相手にならないのだ。
 あまつさえ。
「ウィッチクラフトにしては随分微妙な効力だな。もう少し勉強したまえ?」
 などと相手に術の出来栄えを鼻で哂われる始末だ。

「第八曲目───死のベリーダンス!!」
 そうして次は波打つ業火の波が押し寄せてくる。
 死に物狂いでこれもなんとか捌く。
 しかし綾香はもう肩で息をしている状態だった。気力・体力・魔力の消耗が激しい。
 彼女は上等な概念武装を装備しているからこそ格上の魔術師を相手にまだもっているようなものでそれにも限界はある。
 防御が相手の手数に次第に追いつかなくなって来ているのだ。
 マズイ拙い不味いマズいまずい!!!
 このままではじわじわと嬲り殺しにされてしまう。
 綾香の中で次第に焦燥感が募っていく。
 令呪を使うべきか否か。
 決断を迫る時が来たのかもしれない。

「さてと、私はどうしたものかな」
 遠坂はそんな綾香の胸中などまるでお構いなしに顎に手を当て考え込んでいる。
 そうして所々服が焦げて砂だらけ塵まみれというかなり酷い身形になった少女を改めて見遣った。
 彼女の攻撃の手はいつの間にか止まっており、今は肩で息をしている状態である。
 このまま力押しで攻めればあの少女は倒せるだろう。
 元々地力に差がある者同士だ。
 セイバーが持っていた概念武装の恩恵で己の業に対抗していたがそれももう限界が来ている。
 概念武装の力に少女が追いついていない。
 サーヴァントへの魔力供給が原因で全力の魔術攻撃が出せない状態とは言え、
 現状の威力でもあと二三発ほど『灼光炎舞』で突いてやれば張りぼての城塞は呆気なく倒壊することになるだろう。
 だからこそ男は考える。このまま少女を仕留めていいものかどうかを。
 沖の方ではセイバーとファイターが闘っている音が聞こえてくる。
 暗い夜間の上に距離が離れている為現在どちらが有利かまでは確認出来ないが十中八九ファイターが有利だろう。
 ファイターに任せるか、自分で敵マスターを仕留めるか。
 ファイターのことを考えるなら任せるべきだろう。
 だが遠坂はファイターの為に戦っているのではない。
 あくまで遠坂家の悲願成就の為にこの聖杯戦争を闘っているのだ。
 その事実を再度確認するとやはり自分の手で勝利を取るべきだなと判断して……少女の表情を見て再考し直した。
 このまま押せば確実に勝てはするだろう。
 だが下手に追い詰めると令呪を使われる可能性が否定できない。
 いやむしろマスターならば追い詰めれば追い詰めるほど令呪を使う可能性が遙かに高まるのが道理だ。
 そうなると自分までもファイターを令呪でここに呼ぶ必要性が生じてしまう。

 ”勝利は大事だがそれは旨くないな……”

 戦術的勝利は欲しいが戦略的勝利に比べれば圧倒的に価値が下がる。
 自分は聖杯戦争を勝ち抜いて悲願に至るという戦略的勝利が欲しいのであって、
 一人二人のサーヴァントやマスターに勝つという戦術的勝利が欲しいわけではない。
 水中戦で勝率の高いファイターに暫らく任せて後からマスターを倒す方が賢明かもしれない。
 とりあえずもうしばし様子を見るのがいい。
 遠坂は最終的にそう判断すると、
「少しだけ時間をやろうファイター。
 自らの手だけでセイバーと決着を付けられるか付けられないかは君次第だ」
 小さく呟きながらファイターへ念話を送ると戦闘の構えを解いた。
 お互いもう少し成り行きを見守ろうではないか。
 敵の突然の謎な行動に不審そうにこちらの様子を窺ってくるセイバーのマスター。
 そんな少女の顔を遠坂はさも可笑しそうに胸中で笑った。


───────Interlude  Masters Side out───────




──────V&F Side──────

助けろ!ウェイバー教授!第十六回

V「尺足りない事がこんなにも恐ろしいことだったとは…」
F「一度ならず二度までも尺が足りなくなるなんて…!」
槍「天狗じゃ天狗の仕業でござる!」
F「前回のどうなってしまうのか!?がまさかこうなってしまうなんて…予定外にも限度がありますよ先生ぃ」
V「ファイターのパンチが火を噴いたではないか」
F「それは予定内じゃないですか」
V「ならばセイバーエクストリームハリケーンは?」
F「すみませんそれは予定外です!」

V「さて、本気のセイバーとファイターの戦いを見た感想はどうだランサー?」
槍「拙者は本当にこんな連中と刃を交えていたんで御座るか……?」
F「そっくりさんと言うことは無いと思いますよ?」
V「勝てそうか?」
槍「や、ぶっちゃけ無理で御座るなぁ」
F「うわ!?即答しましたよこの人」
V「珍しくやけに弱気だな?」
槍「あくまで真っ向勝負でなら、という条件の話でござるよ。
  仮に戦えばあっちは拙者の足をまず殺しに来るのでござろうから。
  見切りと直感を最大限に活用してもこっちは連中に一撃でも喰らってしまえば足が止まってしまう」
F「忠勝さんってヒョロいですもんね!」
槍「人を捕まえてもやしっ子みたいに言うなで御座るよ!」
V「まあランサーはある種耐久性の代わりに俊敏性を得ている部分があるからな。
  連中のプレッシャーを受けながら全ての攻撃を回避し続けるのはさぞ難易度が高い事だろう」
槍「ふん、拙者は頭を使って戦いそして勝つからいいんでござる」
F「あ、先生忠勝さんがいじけましたよ?」
槍「いじけてなどない!」

V「さてとでは今回は一つ真面目な解説でもしてみようか」
F「わーわーわー!パチパチパチ」
槍「また珍しい……」
V「まずファイタークラスの解説だ。
  このクラスはASのエクストラクラスとして登場したクラスで戦士系のクラスな訳だが。
  ファイターが言うように剣だけが武器ではない。というよりも剣士や槍兵のように武装の決まりが特に無い。
  戦斧でも鉄鎚でも曲刀でも鞭でもブーメランでも石ころでも武器なら何でも扱う。
  そしてそれ以上に何らかの強力な格闘の技能を有しているのが特徴でもあり、同時に該当条件でもある」
F「武器が無くなってもまだ十分戦えるクラスという訳ですね!うおおお!武器などいらん俺が武器だー!!」
V「煩いぞフラット。ちなみにASのファイタークラスにはクラススキルはない」
槍「対魔力なども保有してないのでござるか?」
V「無いな」
F「なんでまた…?」
V「同じくエクストラクラスであるアヴァンジャーがどうもこれといったスキルを持ってないようだからだ。
  もしかしたらエクストラクラスは通常ではない特別クラス故にクラススキルは無い可能性が否定できなかった…」
F「くっ、イスカンダルさnがエクストラクラスとして出てさえいれば…!」
V「しかしまあもし仮にクラススキルをつけるとしたらアサシンの気配遮断の様に該当条件である格闘スキルだろうな」

V「次は概念武装の解説をしようか」
F「今回二つほど出ましたね、遠坂さんの魔術礼装とローランさんの魔導剣」
V「正直ファレリーナの魔導剣がここまで物語上の役に立つとは思ってもいなかった……どう転ぶかわからんものだな」
槍「初めはキャスターの防戦最強の為だけのアイテムだった筈でござるのになぁ」
V「まさかルーキー魔術師の綾香がベテラン魔術師の遠坂とまともに魔術戦を繰り広げる日が来ようとは。
  ………プロット段階ではこんな展開なかったんだぞ?」
F「意外なものが意外な形で役に立つ。そんな話の典型ですよね!」
V「ファレリーナの魔導剣は宝具で言うところの利器型の概念武装だ。
  宝石のように力を発動させる度に魔力を込める必要もなければ、特定の呪文や詠唱も必要ない」
槍「かなり便利な魔道具でござるな」
V「それはそうだ。なんと言っても中世の”元魔法使い”が作った”元魔法”の剣たる概念武装なんだぞ?
  我々現代の魔術師が作り出す概念武装よりも遙かに優れているのは当然の話だ」
F「先生!ちなみにこの概念武装の正確な効果の方はどんな感じになってるんですか?」
V「この魔導剣は刀身で魔術の効力を中和してから切り裂いて無効化している。というのが正確な働きだ」
槍「つまり斬りつけないと魔術は無効化できない、と?」
V「そういうことだな。
  一応刀身に触れた時点で中和はしているから魔術の力自体は落ちてはいるがそれでも切り裂いた方がいいだろう」
F「それだと子供や女の子じゃ扱うのが結構大変そうですねぇ、片手剣とは言えどそれでも鉄の塊ですし」
V「まあその辺りは腕力に相談するしかなかろうな」

V「次は遠坂の魔術礼装である灼光炎舞だ、ルビはクリムゾンダンサー」
F「赤い踊り子ですか。ところで先生、灼光炎舞って社交円舞の駄洒落ですよね?」
V「さてなんのことやら?」
F「駄洒落ですよね!?ルビもダンサーですし!技の名称も社交ダンスですし!」
V「さてなんのことやら?私には君が何を言ってるのかさっぱり理解できないな」
槍「………」
V「この礼装の能力は指輪より火珠を作り出し自在に操るというものだ。
  当然使用する魔力量次第で火球の大きさも変動するぞ」
F「……あのぅそれだけですか?」
V「ああそうだ、この礼装の基本能力はそれだけだ。
  遠坂はこれに呪文詠唱を加える事で本本中に見せた複数の攻撃パターンを編み出した。
  ちなみに火炎弾の操作方法には術者によるマニュアルと設定した動作を自動で行なうオートの二種類があったりする」
F「あれなんか俺途端にこの礼装が凄く聞こえてきましたよ?」
槍「なあ教授殿?……なんか聞いた感じでは実は結構高性能なのでは御座らんか?」
V「実はも何も最初から結構高性能なのだが?この手の礼装は性能がシンプル故に術者次第で如何様にも強くなるんだ」
F「その言い方だとまるで遠坂さんが優秀で有能で強いみたいじゃないですか!」
V「まるでもなにも普通に優秀で強いんだ!才能なら遠坂家歴代当主の設定の都合で時臣より上なんだぞ!?」
F「えー?」
V「え-?じゃない!前に言ったことあっただろう!」
F「もう皆覚えてませんよそんな大昔の話なんて」
V「くっ!あまりに事実過ぎて何も言い返せない……」

F「じゃあ次はローランさんの必殺技ですね!」
V「……あれもやるのか?」
槍「……あれもやらないといかんでござるか?」
F「差別反対!あれも立派な必殺技じゃないですか!セイバーエクストリームハリケーンって名前もあるじゃないですか!」
V「名称なんぞどうでもいいわ!あんなものセイバーが即席で考えて即席で付けた名前もいい所だろう!
  あんなものを必殺技扱いしなきゃならない自分が酷く情けないぞ」
槍「………セイバーのやつ、ファイターとの決戦の最中にふざけているのでござろうか…?」
V「いや当人は物っっ凄~く真面目にやってるようだぞ。表情を見れば判る。だからこそ余計に違和感があるのだが」
槍「あれで……真剣…?」
V「そういう奴なんだ。そもそもお前らが蜻蛉墜しや巨人の大刀剣なんてものを魅せるからあのバカが感化されたんだろう。
  元を正せばランサー、君の責任ではないのか?決闘したよしみだろう止めてきたまえよ」
槍「む、無理でござるよ。正直セイバーになんと申せば良いのやら」
F「でもなんか結構強そうでしたよ?」
槍「それは……確かに」
V「腹立たしい事だが攻撃力自体は生意気にも割と優れているな。
  あと何気に一応攻防一体になっている部分も私の神経を逆撫でする」
槍「すさまじい物言いでござるな教授殿」
V「私はあんなものは必殺技とは認めん!」
F「そんなぁ!」

槍「教授殿最後にファイターのアレが残っているでござるぞ」
F「ベーオウルフさんの巨人の大刀剣ですね!
  忠勝さんに次ぐちゃんとした必殺技ですよ必殺技!カックイー!!」
槍「ぬぅぅ!宝具の真名の解放も出来るというのに贅沢な!」
V「いや盛り上がっているところ悪いんだがファイターの巨人の大刀剣は技名が付いてる割には通常攻撃だぞ?」
F「……へ?」
槍「済まぬで御座るがもう一度言ってくれぬか?」
V「だからあれはファイターが言っている通りあくまで通常攻撃だ」
F「嘘だっ!!!」
槍「あんな威力の高い通常攻撃があってたまるかでござる!!サーヴァント舐めるなー!」
V「……ローランと全く同じ反応だな君たち。まあいいとにかくあれはスキルではない通常攻撃扱いだ」
F「ならどうしてあんなに威力が高いんですか!?」
V「それはベーオウルフの筋力がA+だからだ。+属性は瞬間的に数値を倍加する。
  ステータスに付加している+属性の詳細が判らないから仕方なく本来の意味で使用する事にした」
槍「つまり、ベーオウルフは一瞬だけ攻撃力が二倍になる?」
V「そういうことだ。そしてその二倍時の攻撃が巨人の大刀剣というわけだ。
  つまりアレも一応通常攻撃の類になってしまうわけだ」
F「ちなみに元ネタはなんなんですか?」
V「ベーオウルフが水魔戦で使用した巨人族が作った大剣だ。
  そしてその宝具の破壊力を模して編み出された攻撃方法がこの巨人の大刀剣。
  そうだな、ヘラクレスのナインライブズ系統の剣技だと思えばいい。
  まああちらはれっきとした宝具、こっちは通常攻撃だという違いはあるが」
F「にしてもベーオウルフさんって引き出し多いですねぇ」
V「単独という事情もあって幻想種殺しの大英雄の癖に努力家な男だからな。
  才能ではなく努力で上り詰めたエミヤと同属性の英雄だよ彼は」
槍「うむ努力、良い志だ。拙者も見習わなければ!」
V「では今回はここまで、次回だ」
F「闘士VS剣士の後半戦!決闘の行方は?!」