アルサランの基本戦術は非常に単純だ。サーヴァント同士の戦闘を傍観し、状況を見計らって背後から闇討ちする。アサシンのマスターとしては教科書通りの戦術だと言ってもよい。だが、アルサランのアサシンの持つ宝具は、それをやる上では非常に有効だ。
 しかし、この戦術には限界もあるのだ。アサシンのクラスには、徹底的に決定的な攻撃能力が無い。
「まあ、それならそれで、戦略で補えばいい」
 噴水を背にした公園のベンチに腰掛け、アルサランは一人ごちた。耳元のMDウォークマンが音楽を奏でている。曲はDschinghis Khanの“ジンギスカン”。テンポのいいドイツ語の歌詞が、アルサランの耳に不思議と馴染む。
 アルサランの策略は今のところ順調に動いている。
 最初にセイバーに対して手を出したのは、自らの駆るアサシンの存在が大きかったため。アサシンは気配遮断スキルを保有しているため、どこにいてもおかしくない、という物騒な弱点もある。
 それは、逆にいえば“どこにいなくても恐ろしい”というアドバンテージでもあるのだ。こうやってアルサランが堂々と出歩いているというのに、アサシンによる背後からの強襲を警戒して誰も表に出てこない。もっとも、この体も、工房から遠隔操作している動死体なのだが。
 ビルの合間に作られた公園には、ここが街中だというのが信じられないほどの静寂に満ちている。それも当然、ここは元々、市内にいくつか存在する、聖杯戦争のためのバトルフィールドだ。
 内部で起きている事を外部から知覚できないようにする微弱な結界が張ってあるが、実の所、あまりあからさまに結界を張るわけにもいかなかったので、公園として快適に過ごせる程度の効力しかない。それでも菅代の風水魔術と組み合わせれば絶大な力を発揮するのだが。
「こちらの手札は暗兵と狂兵、対する敵手は剣兵、弓兵、槍兵、騎兵、術兵の五者。さて――――誰から利用させて貰おうか?」
 アルサランの口元が吊り上がり、獣じみた凶暴な笑みが浮かぶ。聖杯戦争中、もっとも危険なマスターが新たな策動を始めようとしていた。



 水佐波市近海、沿岸から視認できない程度には遠く、しかし戦闘機の速度ならいつでも辿りつけるほどには近く、巨大な影がうずくまっていた。
 原子力空母ジェラルド・R・フォード級航空母艦、三番艦アリゾナ。ここ一週間に渡って沖合に停泊し、状況を監視し続けている。
 その舷側で、当直を終えたデイビッドはポケットから取り出した煙草に火を付けた。そろそろ冬になろうというこの季節、野ざらしの甲板は冷え込む。そんな場所では、煙草の小さな火でも気分は落ち着く。
 碌に上陸もできない任務に、買い置きのマルボロもそろそろ底を尽きかけている。いい加減、どこかに停泊して欲しいものだ。
 そんな風に思いながらデイビッドは頬を撫でた生ぬるい風に、寒気を感じて頬に手をやった。その時、ふと、足元の海から波ではない奇妙な水音が立つのを聞き、デイビッドは思わず舷側の海を覗き込んだ。黒々とした海面に跳ねる影が一つ。
「……何だ、魚か」
 ほっと溜息をつくデイビッドの視線の先で、魚がニタリと歪んだ嘲笑を浮かべた。

 デイビッドが船室に戻ると、非番の仲間がポーカーに興じていた。
「ああ、デイビィか。当直終わったのか?」
「おう、ようやく終わったぜ。ってわけで、俺は寝るわ」
 からからと笑い合い、デイビッドは二段になったパイプベッドの梯子を上り、横になる。
 横になって仲間達から顔を背けたデイビッドの顔が、歪んだ嘲笑を浮かべた。


 水佐波市の中心、水佐波駅、及び複合施設水佐波レイシティから少し離れて、少しばかり大きな建物が存在した。
 ――――水佐波デパート。
 少しばかり捻りが足りないが、分かりやすく呼びやすい、そんなネーミングセンスである。
 陣地の構築はキャスターの使い魔達に任せ、エーベルトとキャスターの二人は街を出歩いていた。正確には、地形把握の名目でエーベルトがキャスターを連れ出した、というのが近い。
 だが、いつの間にこんな雰囲気になっているのだろうか……。
 女は苦手だ。トオサカと同じくらいに。
 洋服売場は鬼門だ、とエーベルトは確信する。今度からは寄り付かないようにしよう。
「マスター……」
 試着室のブースを隔てるカーテンが遠慮がちに開き、恥ずかしそうに顔を赤くしたキャスターがカーテンの隙間から顔を出している。
「マスター、その、私がこんな服を着るのは、少し変……」
「い、いや、変という事はないと思うが……何かあるのか? というか、この場でその呼び方は……」
 マスター=御主人様、民主主義の進んだ現代社会において、ある種の特殊な趣味の持ち主以外は使用しない言語である。
「その、マスター……」
 エーベルトの背中に、ざくざくと音を立てて嫌な視線が突き刺さってくる。軽蔑するような女性からの視線と、やっかみ混じりの男どもの視線。前者の方が多いのは、ここが婦人服売り場であるからか。
「ちょっ……ちょっと待てキャスター、頼むから……!」
 キャスターの体を試着室のカーテンの奥に押し込むようにして懇願する。
「……頼むから、この場でマスター呼ばわりはやめてくれ」
 御主人様呼ばわりさせている少女を更衣室=密室に押し込んでいる男――――今の自分が周りからどんな風に見えているのか思い至って、エーベルトの気分はさらに重くなる。
「……な、なら何て呼べばいい?」
「……エーベルトでいい」
 キャスターは小動物のように顔を真っ赤にしながら頷いた。

「マス……いや、エーベルト……その……」
 出来るだけ隣を意識しないようにしていたエーベルトは、隣を歩く少女の声に渋々そちらを向いた。
「やはり、私にはこういう服は……その、似合わないか?」
 どくん、と心臓が飛び跳ねる。そんなハイスクールのような年齢はとうに卒業したとも思っていたが、私服に着替えたキャスターの姿は、そんな事もどうでもよくなるほどの破壊力を持っていた。
「い、いや……そんなこともない。すごく似合っている。その……綺麗だ」
「え!? その……ありがとう……」
 キャスターは真っ赤になって恥ずかしげに笑顔を浮かべた。その笑顔から仕草から、エーベルトの心を動揺させる。
 元々、神話になるほどの美女、というか美少女だ。サーヴァントとマスターという関係であるからこそ割り切る事も出来たが、こうやって普通の少女の格好をされると、本当にただの女の子にしか見えない。
 まあいい、とエーベルトは思考。
 別に、この少女の事は嫌いじゃない。むしろ――――。
 そこまで考えて、エーベルトは考えるのをやめた。どうせ詮のない話だ。考えたって大して意味がある訳じゃない。
「行くぞ、キャスター。商店街にでも寄ってみるか」
「ん、分かった」
 傍らの少女の腕を取り、足を早める。傍らの少女の浮かべた笑顔を見て、二人で、少しでも長く、こんな時間が続いてくれればいいと、エーベルトは少しだけそんな風に思い、しかしすぐに頭を振ってその考えを頭から追い出した。
 どのみち、自分は魔術師、祈る神など持たないのだ。



 夕暮れ時、水佐波市の外れにある寂れた古書店“蔵馬堂”の縁側にて、一人の男が動物たちと戯れていた。庭先には無数の小鳥や犬猫、あるいは他の野生動物などが集まり、ここ数日の水佐波市からすれば有り得ないほどに、存外に平和な雰囲気を漂わせていた。
「そうか、子供が生まれたのですか。それはいい事です」
「なるほど、つがいができたのですね、おめでとうございます」
「そうですか……三丁目のポチが……」
「縄張り争いですか……? 僕は、そういうのはあまり……」
 その光景を見て、蔵馬鉄人は気まずそうに障子を閉めた。
「すまん。……邪魔したな」
「って、待ってください、これは違うんです!」
 何が違うのかは知らないが、思わずそのように叫んでしまうランサー。鉄人は渋々、閉めたばかりの障子を開けた。
「で……俺が突っ込みたいのは何なのか分かるか……?」
「久しぶりに友人たちと……」
「違う。明らかに色々と一人称がおかしいだろうがよ。まさか、影でこっそりぽえむとやらでも書いている趣味か!?」
「失礼な! というか何ですかぽえむって」
「さあな。俺も知らん」
 妹の孫が何か言っていただけであり、鉄人自身も意味が分かっているわけではない。
「……で、何なんだその口調は?」
「いろいろと事情があるんですよ……」
 ランサーは何か泣きたくなってくる気分を抑えながら溜息をついた。
「それは……大変だな」
「ええ、大変で……大変だ」
 咳払いして口調を元に戻す。無理して変えなくても、と鉄人は思うのだが。
 そんな風に思っていると、ふと、ランサーが顔を上げた。
「これは……」
「どうした?」
 不意に表情を引き締めたランサーの様子に、鉄人も少しだけ、かつてのような戦士の貌を覗かせた
「誰かが戦っているようだな。おそらくは、サーヴァント同士。そして魔術師が」
 どうやら、平和な時間は、これで終わりらしい。



 闇の中で、二人の少女が対峙していた。
 遠坂桜と間桐真夜。
 真夜が従える全身が糜爛した死体じみた弓兵は、アーチャーのクラスの定石に従い、小高い丘の頂上に陣取って魔獣殺しの毒矢を放つ。
 桜の従者たるセイバーはレドームじみた盾を装備した腕で小脇にマスターの体を抱え、デスサイズにも似た月型の刃で飛来する毒矢を叩き落とすが――――
「――――防戦は苦手だ」
 舌打ちして毒を吐く。無論、どこぞの毒蛇のように嫌な液を吐いたわけではない。
 セイバーの武器はハルペーと呼ばれる特異な形状をした刀。月型に曲がった刃は盾による防御を越えて斬撃を送ることを可能にするという、攻撃に特化した武装だが、その分、防御は苦手だ。
 加えて、マスターというデッドウェイトを抱えた現状では、さすがに戦いづらい。だが、だからと言ってマスターを離すわけにもいかない。騎兵や槍兵ならともかく、敵は弓兵、マスターから離れれば、即座にマスターは毒矢の餌食だ。
 桜にしても、それは理解している。それだけに不愉快だ。
『呵々、よく避ける……獲物は生きがいいに限るのう――――』
 老人の声が浮かべる好々爺の笑みは悪意で出来た善意のイミテーション、不快極まりない。だが、次に聞こえてきた言葉は、不愉快どころの話では済まなかった。
『――――なるほど、真夜の姉というだけの事はある』
 今、この爺はなんて言った?
「従姉妹の間違いじゃないの? 長く生き過ぎて老人ボケが進んだのかしら? それとも、脳味噌まで蟲に堕ちたのかしら?」
 吐き捨てる桜、しかし、老人の声の告げる言葉は、桜の予想の最悪の斜め下を突き抜けていた。
『いいや、父親で合っておるよ。真夜の左腕、あれはお主の父親の死体から外したものだったのだがのお……腕以外は必要なかったのだが、何かの足しになるかと思って蟲蔵に放り込んでおいたら――――』
 ヤメロヤメロ、その先を言うな……!
 聞きたくないのは最低の真実。どうせ知らなくても困らないが、知ればこの上も無く不愉快な真実。
『――――こやつの母、まあ、お主にとっては叔母ということになるが、お主の父親に惚れておっていたらしくてのお……蟲蔵の死体に蟲を憑かせて動かして、こう、死体の上に乗っての、実に幸せそうな顔で腰を振っておったわい』
 呵々、と実に楽しそうな老爺の声が響く。それと対照的に、桜の脳裏が冷たく燃え上がった。全身が冷たく冴え冴えと研ぎ澄まされ、同時に劫火のようなエネルギーが駆け回る感覚。


 そう、これは魔術回路の起動だ。手元から特大のルビーが飛び、空中で砕け散った破片が月光を反射して煌めいた。
「――――こ、の、爺ぃ!! Das Schliesen ! /準備! Von einem bis sechs, Der Riese und brennt das ein Ende ! /一番より六番、終局、炎の剣、相乗!! 停止解凍、全投影連続層写/Freeze out ! Sword Barrel Full open ―――― !!」
 空中に投影した黒鍵が劫火を纏って夜の大気を灼き、飛翔する。聖堂教会の礼装はそれだけで退魔の力を持ち、それが“浄化”“破壊”の概念を孕んだ火焔との相乗効果で破壊力を増大させる。
 父から受け継いだ投影魔術の中で桜が特に力を入れたのが憑依経験の再現だ。宝具なんぞを投影しようとするのは相当に手間がかかって戦闘中に使うには足りないが、別に投影するのが宝具である必要はない。
 そうやって再現した憑依経験によって放たれる鉄甲作用、一抱えもある巨大な甲虫の防護をブチ抜き、内側から業火が炸裂して爆散、そのまま真夜を囲うようにして地面に突き立った黒鍵の刀身から、赫々と燃える炎の壁が噴き上がる。
「Sieben,Acht,Die Hitze wird das Gefngnis !! /七番、八番、包囲、灼熱城壁!! Ein KOrper ist ein Korper !! /灰は灰に、塵は塵に―――――!!」
 もう一個、特大のガーネットを放り投げて炎の結界の中に特大の魔弾を叩き込む。火炎の魔弾が火焔の結界と反応し、燃料気化爆弾にも匹敵する熱量が炸裂。必ず殺す、故の必殺――――だが、魔術師だけならともかく、最大の敵はサーヴァント、これで死んだとも思えない。
「Es erzahlt――――Mein Schatten nimmt Sie./声は遠くに、私の足は緑を覆う」
 炎の中から、ガラス玉のように透き通った声が響く。
「Es befiehlt――――Meine Augen wollen alles./声は深くに、私の眼は世界を徹す」
 炎を切り裂いて伸び上がるのは、薄っぺらな影の刃。全長三十メートルはあるそれが、まるで解剖刀か何かのように、すっぱりと炎の結界を両断する。
 その内側から、耳障りな羽音を立てて飛翔してくる何か。
『ほお……血の繋がった実の妹相手に、躊躇いもせずに魔術を放つか。なるほど、さすがは遠坂、優れた魔術師の血が流れているようじゃ。どうじゃ、お主も間桐の家で胎盤になってみてはどうじゃ、きっと優秀な仔が生れてくるじゃろうて』
「誰がなるか、この変態ジジイが……!」
 黒鍵を織り交ぜて牽制のガンドを放ちながら吐き捨てた口に血の味が混じる。
 いつの間にか、唇の肉を噛み破っていたらしく、そんな事にも気付いていなかった事に舌打ち一つ、気付かれぬように呼吸を整えて冷静さを取り戻す。
 別に、桜とて好き好んで真夜を叩き潰したいわけではない。出来れば、助けてやりたいとも思う。
 だが、自分は魔術師で、今は聖杯戦争の真っ最中、聖杯を手にするのは遠坂の魔術師として当然の義務のようなもの、そして自分はセイギノミカタではなく遠坂の魔術師だ。
 だから――――そんな風に、言い訳じみた思考を繰り返す。
 嗚呼、本当に――――。


『お取り込み中のところ大変申し訳ありませんが……戦争とはこのように運用するものですよ、お嬢さん方』
 空中から放たれた無数の爆炎が夜空を業火の輝きで彩った。

 夜空を飛翔するのはF-117ナイトホーク、形状から装甲素材に至るまでのことごとくをステルス能力に特化し、赤外線探知やレーダー波を探知する事によるレーダー警戒などに対して戦闘機として不可欠なアフターバーナーやレーダーすら放棄した機体。
 ライダーの宝具によって魔獣と化すことによって、漆黒の夜間迷彩を夜の闇に溶け込ませる“混濁”の概念により魔術的にもほぼ完璧なステルス能力を手に入れ、
近代兵器に特有の長射程でもってアウトレンジの空に潜む事で、セイバーやアーチャーの気配察知をも無効化していた。
 そのコクピットは無人。無数の機体を統括する空母そのものを魔獣と化すことにより、無数の機体を丸ごと魔獣に変えて操るのは、ライダーの宝具の能力あってのこと。
 ライダーとそのマスターたるファルデウスが座するのは戦場を睥睨する鋼鉄の塊――――AH64-Dアパッチ・ロングボウ。
 頭上に突き出した四枚のローターブレードが凶暴な轟きを上げて回転し、あまりの重装甲・重武装に空飛ぶ戦車とすら呼ばれる武骨な鉄塊が闇夜の空に舞い上がる。
 その姿は鳥というよりは分厚い甲殻を背負って飛翔する魔蟲、唸りを上げて弾丸を吐き出す機首の30mm機関砲はまさに肉食蟲の牙。
 放たれる対戦車ミサイルAGM114Lロングボウ・ヘルファイアが轟音を上げて大地に炎の華を咲かせ、その後を追って飛来した四機の戦闘機が放つミサイルが周囲を薙ぎ払う。
『ぬぅ……これは…………どこぞの軍隊でも乗っ取ったか……』
 老爺の声が呆れたような声を洩らす。超音速飛行によるレンジ外からの強襲と、大火力によるヒットアンドアウェイ。爆風に一掃された大地には残炎が燻り、木立から何から全てが薙ぎ払われている。
 そして、その逃げ場のない広場の中に佇むのは、ライダーの乗騎たるアパッチ・ロングボウ。機関砲とミサイルによる大火力、軍用ヘリの機動性による回避性能により、攻防共に一切の隙が存在しない。背中を見せれば瞬く間に肉片以下のものに変えられるだろう。
 戦場に、ライダーの圧倒的優位による膠着状態が落ちる。
 その刹那。


 血と埃と硝煙の薫る戦場に、そこだけ切り取ったかのように一人の少女が佇んでいた。それを場違いだというのなら、戦場の方こそ少女にとって場違いだった。
 輝く月光をスポットライトに、銀糸の髪と血色のガーネットの瞳を煌めかせ、スカートを摘まみ上げて部隊の主演女優のように一礼。
「初めまして、私はウィクトリアスフィール・フォン・アインツベルン。アインツベルン二百年の歴史を閉じる者」
 スポットライトを浴びてオペラの舞台に立つプリマドンナのように腕を振って指し示した先に立つ一人の男。ファルデウスはその男を識っている。
 武器の一つすら持ち合わせず、纏うはあまりにも質素な貫頭衣のみ。
 男とも女とも取れる端麗な顔立ちには、どこかマネキンや人形を思わせる作り物めいた雰囲気が宿っている。
 携えた槍は柄から穂先までが水晶のように透き通った素材で作られた一体成型であり、あらゆる生命の源たる原初の海それ自体が構成素材。
 その特徴のどれもが、ファルデウスの知っているその存在そのもの――――。
「そして私の最強のサーヴァント、ランサー。その力を以って今、この戦闘に幕を引かせて頂きます」
 獣人。神造人間。英雄王の片翼。天の雄牛を討った罪人の片割れ。
 ――――英霊、エルキドゥ。
「ライダーぁあああああああ! アイツを殺せ、今すぐ殺せ! 核を使っても構わん、あらゆる手段を用いてこの場から消滅させろ!」
 その瞬間、ファルデウスの掌に刻まれていた、車輪と駿馬を組み合わせたデザインの令呪の一画が弾けて消えた。
 主の命令であれば否やはない。ライダーは頷いて、令呪のバックアップを以て自らの保有する最大戦力を駆動させる。
 F‐22Aラプターが機銃とミサイルを投射し、YF-23Aブラック・ウィドウが衝撃波の刃を叩きつけ、アパッチ・ロングボウが銃火を降り注がせる。
 それはまさに圧倒的多数による圧倒的火力、その劫火と爆風の渦の前には、徒手の人間など生き残る方法は皆無――――人間であれば。しかし、数と力の暴力を、ただ一人の力によって覆す、その程度が出来ない者など、英雄の中には一人もいない。
 ましてやその男、かつて最強にして頂点たる金色の英雄王の隣に唯一立つ事を許されたほどの男――――。
「『天の創造(ガイア・オブ・アルル)』――――巖嶺態(ウルリクムミ)」
 無数の砲弾が到達する前にランサーの全身から噴き出した泥がランサーの肉体を包み込み、巨大な岩の塊へと変容させる。単なる岩石に非ず、あらゆる攻撃に対して、単純な防御力を上昇させる。
 何となれば『天の創造(ガイア・オブ・アルル)』、創造の女神アルルの手によって作られたエルキドゥの肉体そのものこそ、ランサーの持つ第一の宝具。彼自身が一つの対神兵器としての性質を持ち、肉体を任意の対神兵装に変えることが可能。
 そしてライダーの宝具『黄金の手綱(ポリュエイドス)』は元は女神アテナに授かった天馬の手綱、神々の武具である。対神兵装に対しては少しばかり分が悪い。
「『天の創造(ガイア・オブ・アルル)』――――嵐鷲態(ウム・ダブルチュ)」
 魂を揺るがすような咆哮と共にランサーの肉体がさらに変容していく。獅子の体躯、翼と頭は鷲、その形態は端的に言ってしまえばグリフォン。かつて女神ティアマトが夫を殺した神々を滅ぼし尽くすために生み出した十一頭の怪物の一柱。
 巨大な翼が大気を撃ち、神殺の神獣は病毒を孕んだ風を撒き散らしながら、空を埋め尽くす鋼の魔獣のどれよりも華麗に天を舞う。
 その状態でも十全に槍を振るう事が出来るのは、ランサーの保有する創世の槍、元より母なる海の具現たる不定形の竜頭槍、形を持たないが故にその技量を発揮するための肉体の形状に縛られない。
 自在に形状を変える不定の槍は、その先端を七つに分岐させ、自在に蠢いて魔獣の群れを貫いていく。
 『黄金の手綱(ポリュエイドス)』によって魔獣の特性を得てしまった兵器たちは、生物であるが故にそのまま鷲獅子が撒き散らす病害に冒され、あるいはランサーの振るう不定形の槍に貫かれ、失速し、墜落していく。
「っ、ライダー!! 何を躊躇っている!? 今すぐ核を使え! 確かにこの都市は壊滅するだろうが、ヤツがもたらす被害よりはマシだ!! スノーフィールドの惨劇を再現させてはならん! 今すぐにだぁあああああああああああ!!」
 ファルデウスによる再びの令呪使用。ランサーが新たな対神兵装を顕現させるより早く、ライダーはその致命の引鉄を引こうとして――――


「っ――――セイバー、止めなさい!」
 桜が自らの従者に命を下す。こんなところで、核など使わせるわけにはいかない。桜の手に刻まれていた令呪の一角も、後を追うように弾けて消える。
 地面を駆けるかのように大気を踏んで空を駆けるセイバーの踵から、黄金に輝く光の翼が広がった。『天駆ける白鷲(タラリア)』、大気を足場として風に乗る、伝令神ヘルメスのサンダルである。
「邪魔をするな、セイバー! ――――『屠獣熔鉛(カウンター・キマイラ)』!!」
 ライダーの手から放たれた金属球が瞬時に液状に融け、投網のように広がってセイバーの体を包み込む。その姿はさながら渦巻く重金属の繭。
 かつて火山の魔獣キマイラを討つ時に、キマイラに対して投擲した鉛の塊、それがベレロフォンの第二の宝具『屠獣熔鉛(カウンター・キマイラ)』。
 対象を包み込んで動きを封じ、内部から放たれた攻撃を再び内部に弾き返す捕縛結界。しかし、それこそセイバーに対しては最悪の一手。
「――――『翻転響界(キビシス)』」
 セイバーの顔を覆う覆面、ゴルゴンの魔眼を封じるための迎撃礼装が裏返しになってセイバーを包み込む。
 その実体は冥王ハーデスより授かった女怪殺しの革袋、結界に取り込まれると発動できる迎撃礼装。
 裏返しでセイバーを包み込み、その結界の『内』と『外』の概念を反転させることで『翻転響界』の内部は『外』となり、裏返された力は結界の『内』に取り残された者、すなわち術者自身へと反射される。
 流体金属の繭が内側から弾け飛び、アパッチ・ロングボウを駆るライダーの全身へと絡みつき、その繭を切り裂いて翻ったセイバーの偃月刀が、ライダーの心臓に突き刺さった。


 まさにその時。
 “核”という言葉の前に、その場にいたあらゆる者の注意がライダーに向けられていた。何となれば、それはこの世界における最強にして最悪の兵器――――。
 周囲を包囲した米兵たちも唖然としてライダーを見つめていた。
 何となれば、この国は同盟国だ。加えて確かに無数の最新鋭兵器を次々と撃墜してのけたランサーの能力は凄まじいが、核を落とすとなると話は違ってくる。何となれば、間違いなく自分自身をも巻き添えにする行為。
 その兵士たちの中で、歪んだ嘲笑を浮かべる男が一人。気配遮断を用いてサーヴァントとしての気配のみを消し、デイビッドに変化して身を潜めていたアサシンである。
 『畏怖されし魔獣(ラ・ベート・デュ・ジェヴォーダン)』――――アサシンの保有する唯一の宝具。
 それは、視線を合わせた、あるいは接触した時にジェヴォーダンの獣が対象の脳内に転移し、内側から食い破る事が出来るが、自身及び対象が第三者に知覚されていてはならないという厄介な制限を持ち合わせている。
 だが、この戦場においてファルデウスが全ての注意を集めた刹那――――ライダー以外の誰もが、誰にも知覚されていないという稀有な一瞬を見逃さず、アサシンはすぐさま宝具を発動、ファルデウスの頭部が、血と脳漿を飛び散らせて弾け飛んだ。
 その中から現れるのは、紅白の巫女装束を纏った一人の少女。その姿、舞い散る血煙を浴びてなお妖艶。
 ファルデウスの頭蓋を喰い破り、ライダーの頭上を飛び越えたアサシンは、ライダーに剣を突き立てていて身動きの取れないセイバーの頭蓋を一息に噛み砕いた。
 呆然と一連の展開を見守っていた人々の前で、アサシンは残されたライダーの首を無造作に捩じり切ると、その頭蓋を噛み潰して止めを刺した。
 アサシンが咆哮を上げると、その咆哮に呼ばれるように突風が発生し、アサシンはその風に乗って跳躍する。
「っ、いけない、ランサー……」
 ウィクトリアは傍らの槍兵に逃走に入ったアサシンを追撃するように指示しようとして、悔しげにその指示を撤回する。
 あの速度での飛翔には、肉体的にはただのホムンクルスに過ぎないウィクトリアでは耐え切れないので、ランサーが飛んでアサシンを追うには、ウィクトリアをこの場に置いていかねばならない。
 一方でアーチャーは、こちらがアサシンに気を取られている内に、既に姿を消してしまっている。しかし、消えているとは言っても、長射程攻撃を持つアーチャーである以上、どこからこちらを狙っているか分からない。結果として、この状況下でランサーを外す訳にはいかない。
「一本取られたわね……撤退するわ、ランサー!」
 悔しげなウィクトリアの指示と共に、ランサーは翼を広げ、空へと舞い上がった。





――――死狂人先生のドキドキ ☆ 放課後個人授業 !!

死狂人:「さて、新番組『死狂人先生のドキドキ☆放課後個人授業』の時間の訳だが……」
ペル:「……喰われました、巫女さんに」
ベレ:「……喰われました、ワンちゃんに」
死狂人:「と、いう訳で、タダーノ以来の記念すべき初の戦死者が出たわけだが……」
ペル:「……喰われました、巫女さんに」
ベレ:「……喰われました、ワンちゃんに」
死狂人:「出たわけだが……」
ペル:「……喰われました、巫女さんに」
ベレ:「……喰われました、ワンちゃんに」
死狂人:「いいから、お前ら話を聞け……」
ペル:「……喰われました、巫女さんに」
ベレ:「……喰われました、ワンちゃんに」
死狂人:「……『運命られし破滅の剣(グラム)』」

――――しばらくお待ちください。

破底魔:「あれ、何か妙な音が聞こえましたが……」
死狂人:「っ、いかん、ヤツがくる! せっかく今日は乗っ取れると思ったのに……!」
破底魔:「って、何ですかこの惨状は!?」
死狂人:「くそ、来たかファーティマ、ここで会ったが百年目! 我が宝具の威力をたっぷりと味わって……」
破底魔:「とりあえず、諸悪の根源は遠野さんのお宅からレンタルしたクルートー君を組み込んでパワーアップした新生タダーノさんが相手をします」
犬只野:「その肉塊、悉く食い砕こう――――!」
死狂人:「な、何か喋ってる、というか武装999――――!?」
破底魔:「さて、駄い英霊は放っておいて、ちゃんとした授業時間を始めましょうか。それでは皆さんご一緒に――――」

――――おさえて、破底魔先生!

破底魔:「と、いう訳で皆さん、皆さんの今回の死因は何か分かりますか? はい、ファルデウスさん」
ファルデウス:「ぶっちゃけた話、相手が悪かったですね。アサシンクラスは直接的な戦闘能力が低い分、防戦には極端に脆いですが、
気配遮断スキルがある分、自分から仕掛ける戦い、特に遠坂嬢や間桐家の人々のように、自分から出歩いて敵を探すようなタイプのマスターには最悪の敵になります」
ファルデウス:「まあ、私自身は遮蔽物のない場所でライダーのアパッチに同乗して飛行する事で、気配遮断スキルを持つ相手の接近も察知しやすいように配慮してきたのですが、まさか敵が脳味噌の中に直にテレポートしてくるというのは予想外でした」
破底魔:「はい、正解です。では、次はライダーさん」
ベレ:「いや、今回はそれこそ純粋に相性が悪かったな。私の宝具は『黄金の手綱(ポリュエイドス)』ばかりがクローズアップされるが、『屠獣熔鉛(カウンター・キマイラ)』とて決して捨てたものではないのだが……」
破底魔:「対結界宝具が相手では、さすがにどうしようもありませんでしたね」
ペル:「はーい先生、質問です」
破底魔:「はい、セイバーさん、どうぞ」
ペル:「それでわ。ええと、ライダーの宝具『屠獣熔鉛(カウンター・キマイラ)』だが、実際の所、この宝具って強いのか?」
ベレ:「貴様、私以上にロクな見せ場も無くサックリ殺られた癖に、この私を愚弄するか!?」
ペル:「っ、お前こそ『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』並みの素敵兵器まで持ち出して暴れた癖に一度も勝った事なんてないだろうが!」
破底魔:「そこ、教室で喧嘩はやめなさい! タダーノさん」
犬只野:「契約しよう。おまえは生きたまま、少しずつ、高熱で熔かすように咀嚼すると」

――――しばらくお待ちください。

破底魔:「と、いうわけで授業に戻ります。さて、ライダーさんの宝具『屠獣熔鉛(カウンター・キマイラ)』ですが、実際にはかなりの地味チートになります」
ベレ:「ほらみろ、強いと言っているだろうが」
破底魔:「エクスカリバーやゲートオブバビロンのような派手さには欠けますが、その能力は聖杯戦争においてかなり致命的な効果を発揮します。セイバーさん、アサシンクラスが聖杯戦争において弱いとされている理由を言ってみてください」
ペル:「マスターの殺害はサーヴァントの突破が絶対条件、だったか?」
破底魔:「はい、その通りです。しかし、実際の所、いくらマスター殺害に特化しているからと言って、対サーヴァント戦能力が無ければ、
マスターを殺す前にそのマスターを守るサーヴァントに殺られます。逆に言えば、サーヴァントさえいなければ、マスターを殺害するのは別にアサシンクラスである必要はありません」
ペル:「なるほど、『屠獣熔鉛(カウンター・キマイラ)』であれば一撃でマスターとサーヴァントを分断できる。それさえクリアしてしまえば、絨毯レベルの乗り物であっても悠々とマスターを轢き殺せるという訳だな」
破底魔:「はい、よくできました。Cランクとはいえ宝具ですから、A+の筋力を持つ大英雄か征服王でも持ち出さなければ、『屠獣熔鉛(カウンター・キマイラ)』の捕縛を力技で振りほどくのは不可能です」
ベレ:「難点を言うならば、ビームのような直接威力系の宝具を持っているサーヴァントが相手では案外あっさりと破られてしまうという訳だな」
ペル:「それって原作鯖のほとんどが該当するんじゃないか?」
ベレ:「……」
破底魔:「そんな事はありませんよ。その手の宝具を持っているのは原作本編のセイバー・アーチャー・ランサー・ライダーの四騎に、Zeroの騎士王・英雄王・征服王の計六騎だけですし。
残りのマスターは容赦なく絨毯の餌食に出来ますから、結構いい所まで行けると思いますよ。最終的には負けるでしょうが」
ベレ:「……」
破底魔:「というわけで、相性次第では実際には結構有用なのです」

死狂人:「しかし、まさかこれまで聖杯戦争中に撃破されたサーヴァント三騎中、三騎全てがアサシンによる殺害だとはな……」
ペル:「少なくともライダーを倒したのは俺のはずなんだが……見事なまでに見せ場を持っていかれたな……」
破底魔:「しかも、一度として正面から殴り合っていませんね。現状、あのサーヴァントは正面から殴り合っても相当に強いはずなのですが……」
死狂人:「本当に性質が悪いな、あのサーヴァントは。早いところ本拠地を割り出さなければ本当にまずい事になるぞ」
ファルデウス:「現状でも十分に手がつけられませんが。居場所が割れてないアサシンは凶悪過ぎますからね。その上で正面から戦っても強いとなると、正直、私の場合だと、本拠地が見つけ出せなければ水佐波市全域を空爆するくらいしか思いつきません」
ペル:「……過激だな」
ファルデウス:「ですが、それだけの価値はあります。FateASではアサシンクラスの代わりにファイターが召喚された事に遠坂家のマスターが胸を撫で下ろしているように、アサシンクラスはその能力の低さに比べて、充分に警戒する価値のある存在なのです」
死狂人:「しかも、ヤツらが先代ライダーを隠し持っている可能性は充分にあるからな。警戒しておく価値は充分にある」

破底魔:「ところで話題は変わりますが、RWの前話に出てきた『泰山・二号店』のセガ○ル似のコックですが、実際、彼がまとめWikiの住民リストに登録されていると気がついている読者はどれだけいるのでしょうね」
死狂人:「ヤツがキャスターのマスターにならなかった事は、マスターとサーヴァント達にとっては僥倖だったな。まあ、ここで授業を受けているヤツらにはあまり関係のないことではあるが、な」
破底魔:「と、いうわけで、今回の『おさえて、破底魔先生!』はここまでです。それでは皆さん、次回も『おさえて、破底魔先生!』をお楽しみに」
死狂人:「それでは、また会おう。元気でな」