積層型水上都市、水佐波市。その大動脈たる鰐橋レイラインの上にあるのが、国立鉄道水佐波駅。
 ショッピング、レストラン、オフィス、ホテルを内包する高層建造物レイタワーを中心に据え、その周囲をイベントホールや科学館、水族館などのエンターティメントスポットを擁する
複合施設である水佐波レイシティを抱え、さらにそれを中心に、商店街や繁華街が広がっている。
 その商店街を、一人の少女が歩いていた。長く伸ばした黒髪に、強い意志を秘めた翡翠の瞳。身に纏うのは母譲りの赤いロングコート。遠坂桜である。
「この辺りの地理は大体把握したし、明日当たり、陸上都市にでも行ってみようかしら?」
『それもいい、が、あまり戦場から離れるわけにもいくまい』
「それもそうね。やめておくわ」
 少女の独り言に、霊体化して姿を消した相棒が答える。
 水佐波市について一日目の桜は、ひとまず地形を把握するために、セイバーと共に街を歩いていた。そして、収穫はゼロ。辛うじて戦闘の跡らしきものは見つけたものの、サーヴァントそのものに接敵する事は無かった。
 時刻は夕方。そろそろ日が暮れて、夕日が沈んでいく時刻である。東の空は藍色に染まり、少しずつ黒く闇に沈んでいく。聖杯戦争は一般人が寝静まる夜が本番。仕事帰りの人々で賑わう商店街を歩く桜は、ふと足を止めた。
 そろそろ、腹の空いてくる時間だ。炊事のできる拠点もないし、外食にしよう。そう思って辺りを見回すと、一軒の店が目に留まった。
 赤を基調としたデザインセンスは、両親ともに赤がイメージカラーだった桜にとっては非常に親しみが持てる。
 ショーウインドウから見えるのは、ラーメンやチンジャオロース、マーボー豆腐の模型と、その隣に置かれた黒い神父服を着た男のヌイグルミだ。料理の模型が妙に赤っぽいのが気になったが、それはデザインの問題だろう。特に気にする事でもない。
「中華料理か……懐かしいわね」
 思い出すのは、幼い頃に母が作ってくれた料理。父は和食が得意だったらしいが、桜が物心つく前に死亡したため、桜にとっておふくろの味とは中華料理だ。
『マスター、あまり食べ過ぎるなよ。戦闘の時に吐いたりしたら目も当てられない』
「はいはい、分かっているわよ」
 桜はセイバーの小言に苦笑しながら答えて、店の自動ドアをくぐった。

 ドアをくぐる桜の頭上には、店の看板がある。そこには『泰山 二号店』と、店名を記したネオンサインが点滅していた。



 一口でいえば、地獄だった。いや、一口、とか、とにかく食べる事を想像させるような言葉を聞くのも、今は勘弁願いたい。
「トウガラシとかワサビとかそんなチャチなもんじゃあ断じてない……もっと恐ろしいものの片鱗を味わったわ……」
 口元を押さえながら、桜はふらふらと店を出た。また「うっかり」をやってしまった。マーボーと神父にだけは気をつけろと母も言っていたというのに……。
 ぶっちゃけ途中で逃げ出そうとしたのだが、やたらと濃いオーラを背負った不死身っぽいコックの威圧感がそれを許してくれなかった。「俺はただのコックだ」とか何とか言っていたが……絶対嘘だ。有り得ない。
 少し気を抜けば、喉を逆流した中身をぶちまけそうになってしまうが、それだけは我慢だ。それは、必死こいて胃の中に押し込んだあの激辛を、口の中に戻すという行為に他ならない。それだけは死んでも嫌だ。
『マスター、これは本気で心配して聞くのだが……大丈夫か…………?』
「ぅぐ……少し、マズイかも……」
 仕方がないので、全身に魔力を通して肉体強化する。こんな事に魔術を使っている自分が何故か情けなくなってくる。恐るべしマーボーの破壊力。
 やれやれ、と思う。こんな事で両親に追いつく事などできるのか……そんな風に思いながら桜は顔を上げ――――唐突にその顔が引きつった。
『どうした、マスター?』
「セイバー、あれ」
 桜の視線の先、ビルの谷間を吹き抜ける風にインバネスコートを翻し、獣じみた笑みを浮かべてビルの屋上に佇む一人の男。その男が闇の中に差し伸べた手に、漆黒の翼をはためかせて一羽の鴉が舞い降りる。
「闇夜の鴉――――物理的に有り得ないわね」
 夕日は既に落ち、辺りは都市の光と夜の闇に包まれている。そんな状態で、夜行性でもない鳥類が活動するはずがない。
「Es ist gros, Es ist klein./軽量、重圧。vox Gott Es Atlas./戒律引用、重葬は地に還る」
 自身に認識阻害の魔術を行使し、同時に重力を操って跳躍。
「セイバー!」
『承知!』
 跳躍した桜の背後に出現したセイバーが桜の体を抱えて跳躍、大気の壁を押し破って一息に相手が待つビルの屋上へと飛び上がる。

 意外にも軽い足音を立ててセイバーはビルの屋上へと着地、桜を下ろす。
「そっちから出て来てくれるなんて、探す手間が省けて助かるわ。名前だけは聞いておいてあげようかしら」
 ポケットの中の宝石を探りながら臨戦態勢になる桜に対して、男は手を挙げて応じる。
「まあ待て、俺は別に、戦いに来たわけじゃない」
 男の言葉と同時に、男の隣に、おそらくは彼に従うサーヴァントであろう、巫女装束を纏った少女が現れる。幼さを多分に残した、清澄と可憐という言葉を具体化したような少女。
 それを目にした瞬間、ぞわり、と桜の背筋に異様な衝動が走る。その姿を見た瞬間に、そのまま少女の全てを奪い取り、蹂躙したいような、破滅めいた衝動が走り――――寸前で気がついて、魔術回路に魔力を巡らせて抵抗。
 あれはおそらく、魅了の呪いか何か。そんなものを、常時撒き散らしているような存在だ。おそらく、美貌ゆえに破滅を迎えた、何か、その手の英霊だ。
「なら、何の用でこんな所に現れたのかしら、素性も知れない魔術師さん?」
 醒めた目でそれを見ながら、桜は警戒を解く事なく、特大の魔弾を叩き込む用意。
「ああ、同盟を結びたい。アーチャーの陣営は俺の相棒とは相性が悪くてな」
 相手のサーヴァントの正体は、まったく姿が見えなかった事を考えるに、その正体はおそらくアサシン。
 だが――――桜が相棒に目を向けると、セイバーは既に気付いている、と言わんばかりに頷いてみせる。たとえ気配遮断のスキルがあろうと、桜のセイバーの宝具は、始めからその姿を捉えている。
「そう。話だけ聞かせてもらいましょうか? 昨日、ちょうどこの辺りでキャスターとアーチャーが戦っているのを見ていたんだがな、その途中で、アーチャーのマスターがバーサーカーになった」
「はぁ……何よそれ!?」
「おそらく、何かの宝具だろうな。おそらくは手にした者を操って暴れ回る魔剣の類……抜けば必ず人死にが出るとか、その類の武器だろうさ。俺のサーヴァントはアサシンでな。マスター殺しが身上だってのにそのマスターに手も足も出ない、じゃお手上げだ」
 意外な情報を聞かせてもらったが、桜のセイバーの実力を以てすればそれほどの脅威ではない。むしろ、敵の戦術の幅が狭まって戦いやすくなるくらいだ。それほどに、桜のセイバーは強い。
「せっかくのお話だけど、お断りするわ。貴方――――信用できないし。セイバー!」
 桜の命令と同時に、彼女に従う最強の相棒が前に進み出る。
 頭部を覆う飾りも何もない漆黒のヘルメットと、まるでバイザーのように両目を覆う紫のアイマスクが顔面を隠し、わずかに覗くのは口元のみ、背中を覆う緋色のマントも相まって、まるでアメリカンコミックのヒーローの姿。
 神速で踏み込んだセイバーの手には一振りの剣。鎌のように歪曲した刃がネオンサインか何か、ぎらりと夜の光を反射、その様、まるで夜空に輝く新月のよう、新月が描く刃の軌跡が咄嗟に身をかわしたアサシンに追いつき、その右腕を両断していた。
「っ、アサシン!」
 男が叫ぶと同時に、アサシンが背後に飛び退り、桜とセイバーに向けて男の体を突き飛ばした。
「なっ、嘘!?」
 思いもよらない行動に桜が動揺するよりも速くセイバーの手に握られた刃が一閃、その一閃で突き飛ばされた敵マスターの体が両断、真っ二つになって地面に転がる男の死体が、次の瞬間爆発を起こし、肉片が飛び散り、爆煙が周囲を覆い隠す。
 桜は魔術ですぐさま風を呼び、発生した爆煙を吹き飛ばすが、その時には既に、アサシンの姿はどこにもなかった。
「逃げられたわね。あの男も、多分相手のマスターが作った人形か何かでしょうね。始めからそのつもりだったのか。やられたわ……」
「だが、アサシンの片腕は貰った。緒戦の成果としては十分だろう」
 セイバーの剣には再生を阻害する付与効果がある。この聖杯戦争中にアサシンが腕を再生するには、セイバーを上回る治癒宝具が無ければまず不可能だ。そんなものを、暗殺者の英霊が持っている訳もない。
「そうね。アサシン自体は大したことはなさそうだけど、あのマスター、放っておけばロクでもない事になりそうね……」
 桜は、アサシンが去った方向にわだかまる夜の闇を睨みつけた。澄んだ翡翠の瞳が、強烈な意志を宿す。桜は身を投げ出すようにビルの屋上から跳躍する。
「なに、君ほどのマスターが俺の戦力を扱うのだから、すぐに片がつく。何となれば我々は――――」
「ええ、分かっているわ。私達は――――」

「「――――最強だ」」



 菅代家の工房は、現在ではかなり歪な形をしている。アルサランの母が、ムイード家の工房をそのままギリシアから運び込んだためである。
 ギリシアといってもトルコとの国境沿いであり、中東系の文化が盛んな地からの移築だ。ムイード家もまた中東の血を強く引いているため、ムイード家の工房はややイスラム系の神秘主義者の多いモスクによく似た雰囲気を放っている。
 その工房で、アルサランは寝台から起き上がった。
「やれやれ……特別製の死体爆弾を一体使った甲斐があったな。あんな特徴的な剣を持ってる剣士なんて他にいる訳もない」
 結構念入りに準備した死体爆弾、アルサランに似た年恰好の動死体を用意して、東京まで動死体を連れて行って、暗示を掛けた整形医師にアルサランそっくりに整形させたものだ。
 魔術の隠蔽に最も力を入れており、そっくりなのは外見だけだが、顔面の変化に魔術を使っていない分、魔術師が見抜くのは難しい。
「あの場面を、ナチ娘どもも、あの組織の連中も、見ていた。これで、俺のサーヴァントが、片腕のない弱体化したアサシンであると、誰もが誤解した」
 暗い室内で唯一の灯りである麻薬混じりの香を焚き込めた蝋燭が揺れ、アルサランの彫りの深い顔立ちに陰影が揺れる。
 アルサランの背後で風が渦巻き、片腕が無いアサシンが姿を現した。その肩には一羽の鴉が止まり、その嘴に断ち落とされたアサシンの腕を咥えている。
 この鴉もまた、偵察用に加工したアルサランの屍人形だ。一応念のために連れていったものだが、セイバーに切断された腕の回収という妙なところで役に立った。
「マスター、今戻ったぞ」
 片腕を失ったにも関わらず、アサシンは平然とアルサランに声を掛けた。
「今回は苦労を掛けたな、アサシン」
「いや、どうということもない。だが、危険だったのは確かだな。ご褒美が欲しい、マスター」
 言いながら蕩けるような笑みを浮かべるアサシンの髪をそっと撫でながら、アルサランはアサシンの華奢な体を抱き寄せた。
「はぁ……マスター……んぁ…………」
 熱く濡れた吐息を洩らすアサシンの、断ち落とされた右腕の肘から先、生々しく血を滴らせる傷口にそっと舌を寄せると、アサシンは苦痛かそれとも快楽か、細く整った眉根を寄せて呻きを上げた。
「しかし大きな工房だな……んっ…………私にはバーサーカーのマスターの……はっ……知識もあるが、それでもこれほどのものは……ぁんっ……そうそうあるものではないぞ。それにこの地下にも……んぁう……何かあるな……?」
「ああ。親父が召喚したキャスターが作った大神殿だ。地脈を掌握することに長けたエジプトの大神官でな」
 それに加えて、後にムイード家の工房が増設され、今に至る。先代キャスターの大神殿を利用するにはアルサランの能力が足りず、その機能は一部しか使えないとはいえ、聖杯戦争のアドバンテージとしては十分過ぎる。
 それも含めて、今回の作戦は完璧に成功した。全てがアルサランの思惑通りに進んでいる。アルサランは腕の中で艶めかしく体をくねらせるアサシンの白い頬を撫でながら、獣の笑みを浮かべた。
「まったく、お前は最高のパートナーだよ」
「ああ、マスターも……」
 蝋燭の芯が鈍い音を立てて燃え尽き、魔術師の工房に闇が落ちる。闇の中で二人の男女は唇を重ねた。



 水佐波市の陸上都市部分、山間の自然公園の奥には、念入りに認識阻害の魔術を施され、強力な結界で防護された一角がある。しかし、結界を抜けた先には、その場所には管理用の小屋があるだけで、ただの何の変哲もない森が広がっている――――ように見える。
 しかし、その手の感覚に秀でた者なら、その森の中に漂う霊妙な気配を感じる事が出来るだろう。あるいは、少し観察力が高ければ、周囲の松林とは植生が全く異なっている事に気付いただろう。
 その森の中心に、見上げるほどに巨大な柏の樹があった。その木の下に佇む少女には、二十年を掛けてそこに蓄積された膨大な魔力の気配が感じ取れた。少女はこの場所の管理人だった。少女は、他とは違う霊気に満ちたこの場所が好きだった。
 かつて、この場所で戦いがあった。二十年前の聖杯戦争において行われた戦闘の一つ、そして、一人の少女が死んだ戦い。
 重傷を負った恋人の快復を聖杯に願おうとした少女は、その恋人を人質に取られてこの場所までおびき出され、彼女が従えた槍兵と共に、無数の亡者を従えた騎乗兵の数の暴力によって敗北し、死んだ。ここに広がる森は、その墓標のようなものだ。
「それと同じ戦いが、また始まろうとしている……」
「感傷か、フィーア?」
 大樹を見上げていた少女が振り向くと、そこには彼女と寸分違わぬ顔をした、一人の女性が立っていた。
「ヒルダ大尉……こんな所まで、なぜ?」
 軍服を纏ったその女性を、少女は美しいと感じた。自分の事を綺麗だなどと思うような趣味は無いが、自分と同じ顔をしたその女は、同じ女性として、素直に美しいと感じた。
 目の前の女性の纏う覇気は、芸術品や武器、動物などに例えるのが無礼であると思えるほどに強い生気に満ち溢れ、一人の人間として、強い個性を放っている。
「切り札の一枚を確認に来たのだ。私のセイバーを動かすのなら、ここにあるものもセイバーにとっては強力な武具だからな」
 フィーアとヒルダは、友人に近い関係だった。二十年前の戦争を共に切り抜け、生き残れば、嫌でもそうなる。
 だから、フィーアもヒルダも、ここで散った少女の事を覚えている。特にヒルダは、今はもういない少女に対して強い印象を持っている。何となれば、愛する人を想う少女の姿は、ヒルダにとってとても共感できるものだったから。
「あの戦いも今では過去のもの、そして、あの戦いを知るノイエスフィールも、もはや私とお前の二人だけ、か……」
 あの戦争で、敵も味方も一人死に、二人死に、いつの間にかあの時の事を知っている仲間はヒルダとフィーアだけになっていた。だが、死んだ者を忘れる事もない。助けるのが間に合わなかった相手ともなればなおさらだ。
 あの戦争において、ヒルダの従えるセイバーですら、あの化け物じみたライダーを単独で斃すのは難しかった。
 だからこそランサーを従える少女に同盟を持ちかけたのだが、結果はこの通りだ。少女の恋人を人質に取ったライダーによってランサーは各個撃破され、泥沼のまま戦争は終わらなかった。

 二人が過去を思い出そうとしたその時、ヒルダの持つ通信機が着信の音を奏でた。
「っ、すまんフィーア……私だ。どうした?」
 軍用コートのポケットから通信機を取り出して耳に当てると、そこから聞こえてきた報せは彼女にとってあまり愉快なものではなかった。
「菅代とムイードの二代目、あのアサシンのマスターが……姿を消した、だと?」
 最悪だ。あの男がアサシンのマスターであるからこそ、ヒルダは暗殺者の英霊に対する警戒を解いたのだ。
 工房という拠点を持つ土着の魔術師が、そう簡単に自らのアドバンテージを捨てられるはずがない。
 魔術師の工房は防御ではなく攻撃のための、外敵を確実に処刑するための代物だが、それでもどんな工房であろうと、彼女と相棒なら簡単に叩き潰せると、そう考えていたから捨て置く事にしたのだ。
 だが、アサシンのマスターの行動は、ヒルダの想像のさらに斜め上を行っていたらしい。何故なら――――。
「――――菅代の屋敷に、工房自体存在していなかった、だと?」
 有り得ない。菅代の工房の存在は、この地で最初の聖杯戦争が始まるさらに前に、彼女の上司であった男が確認している。その上で、これだ。
 大体、菅代の屋敷は霊脈のちょうど真上に位置する。真っ当な魔術師であれば、そこから工房を動かそうなどと考える訳もない。そう、霊脈自体が動かない限り――――。
 そこまで考えて、ヒルダは舌打ちした。
「……やられたな。二十年前の菅代のサーヴァントは――――」
 ――――キャスター、魔術師のサーヴァントだ。どんな仕掛けか分からないが、霊脈そのものの流れを捻じ曲げること自体、不可能ではなかったのかもしれない。
 ヒルダは、通信機の向こうに向かって怒鳴るように命令を下す。
「大至急、菅代の二代目の所在を探れ! ヤツの存在の片鱗たりとも見逃すな。加えて、キャスターのマスターにも連絡を取れ。同盟を結ぶなり何なりして、捜索を手伝わせる!」
 通信を切ると、ヒルダは慌ただしくフィーアに向き直った。
「すまないフィーア。おそらく、また来ることになる」
「ええ。ヒルダ大尉……気を付けて」
 コートの裾を翻してその場を立ち去るヒルダに、フィーアはそれ以外にかける言葉を思いつけなかった。



 星一つない曇天の空も、上空を覆う雲を突き抜けてしまえば、星を見る事を阻むものはない。その通り、雲海にあって頭上を見上げれば、そこには雲一つない澄んだ星空が広がっている。
 水佐波市上空、高度一万メートル超過。
 一羽の鳥がその空を舞っていた。
 否。
 鳥ではない。
 飛びゆく菱形の翼は月光を反射する事もない艶消しの漆黒、その飛翔によって生まれる衝撃波は広がる雲海を切り裂いて翼の通り抜けた空間に千切れた雲の破片を散らす。
 幻想種でもない限り二十メートル近い体躯を持つ巨鳥など存在しないし、ましてや音速を超える速度で飛翔する鳥など有り得ない。
 SR-91オーロラ。
 かつて、五十年以上前に開発された機体でありながら、その速度は今もって他の何物にも追随できないほどの能力を持ちながら、その用途が偵察であったが故に、
人工衛星の発達によって駆逐されたSR-71ブラックバードの後継機として生まれ、もはや何者の追随をも許さないマッハ5超過という超高速域での飛翔を可能とする。
 自然界では有り得ぬ人造の翼は、自然の鳥にすら為し得なかった超音速・高高度の飛翔を可能とする。しかし、その鋼の巨鳥を駆る騎手は、人では有り得なかった。
 英霊。
 あらゆる乗騎を従える、騎乗兵の位を持つ者。
 外見としてはむしろ弱々しくすら見える。足はろくに動かず、目は見えず――――しかし、操縦桿を自在に操るその姿は、歴戦の英雄として、いかなる大英雄にすら引けを取らない風格があった。
 ――――御者の英雄。
 騎乗兵、ライダーというクラスに置いて、彼以上にその座に相応しい英雄などいないだろう。何となれば、彼はその乗騎を乗りこなすというその一点で剣や弓、槍などの武功と伍するほどの存在。
 僅かに操縦桿を傾ければ鋼の巨鳥はさらに推力を増して漆黒の天蓋を突き破り、さらに上へ上へと突き進む。それだけで、乗騎を駆るライダーの全身が湧き上がる感動に震え上がる。
 かつて彼が跨っていた天馬ですら追随できないほどの圧倒的な速度と高度。惜しむらくはその速度を風として肌で感じ取れない事だろうか。
 思えば、かつて自分が天馬を駆って天に昇ろうとした時もそうであった。他の何もかもがどうでもいい。何も持たずに空を駆けて世界の涯へ。そして果てまで辿り着いたら、それはきっと、どんな神々にも嘲笑う事などできない、最高の偉業になるはずだ。
 結果としてその行為は神の怒りを買って自分は地へと堕とされたが――――もはや後悔などない。何物にも阻まれずに空を駆ける、その願いは今、果たされたのだから。
「幻想種すら廃れ、神々すらも去ったこの世界において、まさかこのような素晴らしい空に出会えるとは……。マスターには感謝しなければな」
 鋼の鳥を駆って空を征くライダーの頬に、僅かに輝くものがあった。涙。
 この空に出会えた以上、もはやこれ以上のものは不要。後は、この空を与えてくれた主に、全ての恩を返すのみ。その為にも我が主に――――
「――――聖杯を」
 契約しよう。この身はライダー、いかなる障害をも貴公を運び、あらゆる妨害を打ち払う無双の馬蹄として、全ての茨を轢き潰し、貴方の道を切り拓こう。




――――おさえて、破底魔先生!

破底魔:「まだ二回目ですが、皆さん、お元気でしたか? みんな大好き、『おさえて、破底魔先生!』の時間です。さて突然ですが、今回は皆さんに悲しいお知らせがあります」
犬只野:「ワンワン」
破底魔:「実は当初の予定では先代セイバーことヒルデガルドさんのサーヴァントはシグルドだったはずなのですが……」
犬只野:「ワンワン」
破底魔:「作者がwikiを見ていて一つ新しいネタを思いついたとかで、急遽予定を変更、別のサーヴァントが登場ということに相成りました」
犬只野:「ワンワン」
死狂人:「と、いうわけで、戦死者その二扱いになったシグルドだ。せっかくだから解説役を引き受けてやるぞ」
犬只野:「ワンワン」
死狂人:「くっ、纏わりつくな犬、いくらやられ役だとしても、マトモに出番をもらえた貴様には俺の気持ちなど分かるまい!」
犬只野:「クゥーン」
死狂人:「ええい、つぶらな瞳でこっちを見るな! 中年男の胴体とのギャップが激し過ぎて気色悪いぞ」
犬只野:「キャンキャン」
破底魔:「さて、無視して進めますが、今回のシグルドさんの死因は、本当に運要素以外の何物でもありませんね。御愁傷様です」
犬只野:「ワンワン」
破底魔:「というか、他のSSでヒルデガルドさんのサーヴァントはシグルドさんが鉄板になっていて、第一次皆聖のSSが出たら必ずと言っていいほど登場できるんですから、存在自体黒歴史にされて出番が無い人たちと比べたら遥かにマシでしょうが」
死狂人:「ぐっ……しかし、あんな黒歴史野郎に出番を奪われるというのは……」
破底魔:「あまりにも黒歴史過ぎて宝具名すらマトモに決めてもらえないほどですからね……。ですけど、チート具合でいけば貴方も似たり寄ったりでしょう」
犬只野:「ワンワン」
死狂人:「くっ、だが厨二度ではあっちの方が上だ! というか犬、その体で抱きつくな体を擦り寄せるな! 気色悪いと言ってるだろうが!」
犬只野:「クゥーン」
破底魔:「最初は鉄板通りヒルダさんのサーヴァントはシグルドさんという事になっていたので、本当はあれを出すならマスターは桜さんという事になっていたのですが、
いくら何でも悪質過ぎるという事で、ギルガメッシュ&言峰ポジションのヒルダさんのサーヴァントになったんですよね」
死狂人:「本当なら俺が……俺が…………」
破底魔:「はいはい、ぶっちゃけ邪魔なので教室の隅で膝を抱えてないでくださいな」
犬只野:「ワンワン」
死狂人:「ええい糞、抱きつくなと言っているだろうが。消し飛ばすぞ犬!」
破底魔:「それでは、シグルドさんはコントで忙しいようなので、いい加減解説を始めさせてもらいますね。さて、今回はセイバー対アサシンの巻でした。セイバーサイド、桜さんはすっかり誤解しているようですね」
死狂人:「まあ、あれは相手が悪いとしか言いようがないな。確かに、現在のアサシンの能力はバーサーカーを吸収しているとはいえ、その基本ステータスは全バーサーカー中で最弱、勝てる相手はせいぜいメリーさんくらいの茨木童子だ。
宝具を解放すれば大英雄クラスとも互角に殴り合えるとはいえ、誤解するのも無理はない。って、隙に乗じて近寄るな犬」
犬只野:「キャンキャン」
破底魔:「相手の油断を誘い、誤情報を流す。我が息子ながら、中々の作戦です。というか、名前すら名乗っていないのが驚きです」
死狂人:「まあ、ジェヴォーダンの獣はマスターの立てる策略が重要になってくるタイプだからな。それにあのセイバーは実際、気配遮断が最大の武器であるアサシンクラスには最悪の相手だ。策も無しに勝てる相手ではなかろうよ」
犬只野:「ワンワン」
破底魔:「それでは、そろそろ時間ですので、今日の授業はここまで。それでは、次回も『おさえて、破底魔先生!』をお楽しみに!」
死狂人:「また……って、こんな時にまで縋り付くな! くっ、寄るな犬!」
犬只野:「クゥーン」