それは、冬木の地に降臨した、一つの奇跡であったと言えよう。彼ら
は、七英雄と呼ばれながらも、その全盛期は一様に異なる。生きている
時代そのものが異なる場合もあれば、めぐり合った時期が試練の途中で
あった場合もあり、その実力を存分に振るいあうことはなかった。
 しかし、時間を越え、各々、最も優れた時期のカタチを呼び出す聖杯
戦争において、そのような制約など存在しうるはずも無い。同じ戦場に
立ったもの同士がおり、血を同じくするものも居た。しかし、それらは
些かの躊躇いも生まなかった。何故なら彼らは、紛う事なき英雄であっ
たからだ。
 各々が各々の目的の為、そして守るべきマスターの為に技を振るい、
全てを出し尽くして戦い続けた。
 だが、決着が付くはずも無い。力と奇跡に溢れる神代の時代、数多の
英雄を生んだギリシャの地において、尚七英雄と呼ばれる所以は、その
類希なる能力にあるのだから。
 終わらぬ闘争。明かされていく、裏の真実。緩やかなる終わりを見せ
つつあった聖杯戦争に、しかし、黄金の王はそれを許さなかった。

「下らん―――雑種どもの茶番劇も、ここで終幕としろ。王が飽きたの
 なら、疾く去るのが役者の勤めよ!」



「―――すまぬ、助かった、キャスターよ」
 長身の、屈強な男が、頭を下げた。むき出しにされた上半身、一本の
紐が巻かれた筋肉は、歴戦の戦士のものだと見て分かる。そして、その
上半身よりも更に鍛え上げられた下半身は、彼が「騎乗者」であること
を強く物語っていた。であれば、身体に巻きつけられた紐も、騎乗の為
の手綱であろう事がわかる。
「ふふ……礼を言う必要はありませんよ、ライダー。いえ、英雄ベレロ
 フォン。……もはやクラス等関係ないでしょう。同じ地に生まれた英
 雄として、そして共に戦う仲間として、共に、名で」
 それに答えるのは、長身の青年だ。ベレロフォンと呼ばれた男よりも、
さらに頭一つ分程に大きい。ゆったりとした服装に身を包むその体は、
ベレロフォンよりも些か貧弱な印象を受けるものの、歴戦の英雄として
の風格は十分に持ちえている。
「あぁ、そうだな、オルフェウスよ。……重ねて礼を言う。お主の歌が
 なければ、我はマスターの元へは戻れなかったであろう」
 ベレロフォンが見つめる先には、布団に寝かされた男装の麗人がいる。
酷く消耗しているのか、呼吸の動きすら見られないが―――生きている
のは、間違いがないようだ。
「だったら、僕にも礼をして欲しいものだけどね」
 そんな二人に声をかけたのは、軽薄そうな美形の青年だ。顔だけを見
れば、街でホストをして居てもおかしくない、そんな印象を受ける。だ
が、その肉体を見れば、そんな印象は吹き飛んでしまうだろう。身体に
フィットした衣装から窺える筋肉は、無駄がなく、ある種の芸術品とし
て完成された物、と言っても遜色は無い。
「そうだな。我がマスターを助け出してくれのは、ペルセウス、お主だ
 った。お主にも礼を言わねばなるまい」
「ふふっ……ま、そんなに気にしなくて良い。捕らわれの美女を助け出
 すのは、この僕の持って生まれた運命みたいなものだしね」
「そういえば、貴方の生涯の妻は、貴方が助け出したお方でしたね。羨
 ましいものです。私にも、後わずかの強さがあれば……。いえ、申し
 訳ありません。暗い話は止めておきましょう。ところでペルセウス、
 貴方がここに来たということは、彼女たちは……」
「ん、あぁ、落ち着いてるよ。今は僕の玄孫とテセウスが見てる。彼女
 達も消耗が激しいしね。今はゆっくりと休んでもらっているよ。僕が
 ここに来たのは今後の事さ。あの、黄金の王の、ね」



 そこは、小さな部屋であった。いや、一般的な観点からすれば、十分
に広い。二人で暮らしても、十分にお釣りが出る。しかし、そこに座す
る1人の男が放つ威圧感が、部屋の凡そ半分を占めていた。

 まさに、巨像。

 正座をし、背筋を伸ばしている今の状態ですら、並の男の身長を軽く
越え、その腕の筋肉は、女性のウェストよりも太い。
「―――友よ」
 巨像が、口を開いた。それだけの動作ですら、獣が逃げ出してしまい
そうな威圧感を放つ。実際、備え付けられた窓から、鳥の羽ばたく音や、
犬の泣き叫ぶ声が聞こえてきた。
「んだよ……」
 それに答えたのは、小さな男だった。巨像のような男と比較して、で
はなく、実際に小さいのだ。とはいえ、その引き締められた身体を見れ
ば、決して侮る者はいないだろう。
「感謝している。俺一人では成せぬ事。お前が居たからこそ、俺はマス
 ターを助けることが出来た」
「は! 今更言うことか? 俺がどれだけ生前お前を助けたと思ってる
 んだよ! もう日課みたいなもんだからな。……それよりお前、なん
 でそんなにデカイんだ? ありえなくないか? お前もうちょっと小
 さかっただろ!」
「うむ……大英雄として、俺は大きいイメージだったのだろう」
「じゃあ俺は小さいイメージだってのか!? もう少し俺はでかかった!
 お前と肩を並べるぐらいにはな!」
「いや、それは無いな、友よ」
「むかつくなぁ! 唯さえ強かったのに更に強くなりやがって!」
 軽口を叩き合う二人。旧知の友であり、幾多も助け合った仲である事
は、容易に容易に推察できる。
 しばらくの間、過去を懐かしむかのように、語り合っていた二人だが、
不意に言葉が途切れる。そして、同時に、前を見た。そこには、二人の
少女が横になっている。目を閉じて、柔らかなる寝息を立てる姿は、安
息に包まれたものだ。
「……オルフェウスの話じゃ、影響を完全に取り除くのは難しいんだと
 よ。もはや全身にどうしようもないほど根付いている。対処療法的な
 ことは出来るが、根本的治療は難しい、とさ」
「あぁ……こちらもだ。元々、長期運用は目的とされていない。もって
 後数年。その前に、どうしようもない不調を向かえるだろう、と」
 ミシリ、と音がする。それは、二人が拳を握り締めた音だ。
「救いたい」
「あぁ……そうだな。独りよがりかもしれない。だが、罪を償う為に。
 俺はそれでも救いたいんだ」
 二人が、立ち上がる。
「そろそろイアソンの準備も出来た頃だろう。……行くか、テセウスよ」
「あぁ。帰ってきたらメシにしようぜ、ヘラクレス。美味いんだぜ、俺
 のマスターの料理はよ」



 月明かりを受け、宙に浮くそれは、一隻の船であった。幾多の荒波を
越え、数多の怪物と対峙し、それを乗り越えてきた風格を持った船。現
在の戦艦と比べても遜色の無いほどに巨大であり、現在は、人の目に付
かぬように隠匿されているが、もし視認することが出来れば、即座に大
騒ぎとなるだろう。そんな船の甲板に、一人の青年が立っていた。背は
高いのだが、どこか気弱な印象を受ける。
「あぁ、やだなぁ……。また歪みが出てる……あるごぉ、頼むよー」
 甲板の上を歩きながら、ブツブツと呟いていた青年は、艦首、そこに
飾られている、この船に宿る精霊を偶像化した、美しい少女の顔の像へ
と語りかけた。
 すると、半透明の、元気をもてあましているような、そんな少女が飛
び出してきた。彼女こそが、この船、アルゴー船に宿る精霊だ。
『やだ!』
 開口一番、彼女が口にした言葉はそれだった。
「えぇ!? な、なんでさ……。アルゴー、分かってるの? これから
 決戦なんだよ? この船が勝利の鍵みたいなものなんだからさぁ」 
『いやなものはいやなの! だってイアソンさいきんあそんでくれなか
 ったし! あのあかいのにつきっきりでさ!』
「いや、それはしょうがないじゃないか……僕はサーヴァントで、彼女
 はマスターだったんだしね?」
『かんけいないでしょ! あたしはイアソンがあそんでくれないからい
 やなの!』
 そう言ったとたん、再び精霊は自分の像へと戻っていってしまった。
そのまま、甲板に青年―――イアソンだけを残し、静寂が訪れる。



「…………なぁ、アルゴー。分かってるよ。アレはとてつもない存在だ。
 僕たち全員でかかっても、勝てる可能性は限りなく低い。でもさ、仕
 方が無いんだ。アレに勝たないと僕たちのマスター……いや、この町
 そのものが危ないんだ」
『……だから、かんけいない。あたしはイアソンがぶじならそれでいい
 の! ますたーとか、このまちとか……せっかく、またいっしょにた
 びができるようになったのに! なんでイアソンは……』
 イアソンの言葉を聴き、彼女が飛び出してくる。その言葉は、実に切
実であった。彼女の、本心からの言葉。それを受けて、しかしイアソン
は迷い無く、答えた。
「僕はね、ずっと、不思議に思ってたんだよ。ギリシャの七英雄なんて
 皆は僕のことを呼ぶけれど、それは何でだろう、って。だって、あの
 旅で活躍したのは船に乗っていた皆だからさ」
『そんなこと……ないよ! イアソンはかんちょうとしてりっぱに』
「そう。そうなんだよ、アルゴー。僕は艦長なんだ。皆を引っ張ってい
 く役割を持つんだよ。僕はね、英雄さ。英雄を纏め、同じ戦場に立た
 せる、そういう英雄なんだよ」
『そうだよ! イアソンはりっぱなえいゆうだよ! わがままで、けん
 かばっかりしてるやつらをまとめて、いっしょにたたかわせる……。
 そう、キャプテンなんだから!』
 アルゴーの言葉を聞いて、イアソンは強く頷いた。
「そう。僕はキャプテンのサーヴァント、イアソンだ。だからこそ、皆
 を率い戦う役割を背負うんだ。分かるかい、アルゴー。僕は、もはや
 皆の前で一辺たりとて引きはしない。逃げはしない。だから僕は、逝
 くんだ。この道を」
 その目には、決意があった。かつて、50人の英霊を率いたアルゴー船
の艦長としての、揺るがぬ瞳。一つの目的の為に、突き進む目だ。
『…………イアソン』
 イアソンの言葉を聞いて、アルゴーが俯いた。僅かな間の後、ぐすっ、
と、泣きじゃくる声が聞こえてきた。
「ア、アルゴー? ご、ごめんよ、変な事を言って。でも、ね? 大事
 なんだ。だからさ、ね? 船の調整を……」
 アルゴーに駆け寄り、必死でなだめるイアソンだったが、
『ばーーーーーーーーーーーーーーか!!!』
 その耳元で、アルゴーが叫んだ。そのまま、自身の像の中へと消えて
いく。それと同時に、船全体がギシ、ギシと音を立て始めた。
『あのすごいのがあいてなら、じょうぶさよりはやさのほうがいいでし
 ょ。ちゅうとはんぱじゃだめ。いっきにつっこんで、ぽこぽこやらな
 きゃ!』
 船に響くアルゴーの声の通り、船全体のフォルムが変化してゆく。よ
り鋭角に。空気を受けるマストの代わりに、側面に、空気を受け流す、
金属の翼と羽が生える。航海ではなく疾駆。長い距離ではなく、短い距
離を最速で駆け抜けるために、耐久性を度外視したカタチへと変化して
いく。
 耳を押さえていたイアソンが、船の変化を見つめながら、呟く。
「ありがとう、アルゴー」
 それに返すアルゴーの声は、彼女の心の内にだけ、響くものであった。



「船の中にまで響いてたぞ。相変わらず、女の扱いが下手な男だ」
 完全に変形し、一つの矢、弾丸へとなったアルゴー船……その艦中か
ら、先ほどのヘラクレスにも匹敵する身長をもつ男が出てきた。
「メレアグロス……手厳しいね。メディアもそうだったど、僕はそのあ
 たりの機微が分からないみたいだ」
 答えるイアソンは、船の微調整をしていた。勝率を一厘でも上げる為
に、打てる手は全て打っておかねばならなかった。
「ふ……それでも女が寄ってくるのだ。良いことではないか」
「はは……ところで、君のマスターは?」
「ん? あぁ、君のマスターと共に、アレを分割してるところだが」
「なるほど。つまり……あと少し、というわけだね?」
 イアソンの表情が、厳しくなる。あと少しで下準備が終わり、この船
と、それに乗り込む六人の英霊は、あの黄金の王へと挑むのだ。いかな
る結果に終わろうと、一つの犠牲も無しで幕が降りることは無い。
「……朝だ。ふ……戦の始まりか。あの猪よりは、手こずるだろう、な」
 月の光が?き消え、地平線の向こうから、太陽が昇る。おそらく、彼
らの英霊としての人生の中でも、最も長い一日の幕が明けた。


fate/Greek Mythology (1) 了