黄金の王―――すなわち英雄王ギルガメッシュは、彼にしては異例とも言える忍耐力をもって、
大橋―――冬木大橋に佇んでいた。王である彼を待たせるなど……本来ならば、冷笑一つ浮かべ
ずに、その不逞者を滅ぼしに行くだろう。
 だが、彼は目を閉じ、ただ静かにそこに居た。
 理由は、多々ある。
 いざ七騎の英霊を殲滅せんと、己の倉より武具を呼び寄せた時に、一人の男が放った流体金属
に捕らわれた事がまず一つ。
 彼の持つ宝物と比べれば、塵芥と呼べるものであり、実際彼は瞬きを一度する間にそれを打ち
破ったのだが―――。
 余りにも鮮やかな逃走により、七騎の姿を見失ったことも一つ。
 今思えば、その気配はまだ周囲にあった。だが、相手はこちらの死角を巧みに移動していたのだ。
 もっとも、彼はそれをどうとも思わない。慢心こそ彼の王たる証である。
 ……最後に、僅かであるが―――愉悦を得たこと。
 かつて、彼が聖杯戦争を戦った時。
 その時は、強大なる個、それら一騎ずつとの戦いであった。しかし、今はどうだろうか。
 七騎全てのサーヴァントが結託し、己に牙を剥く。
 しかも、その何れもがかつての聖杯戦争の参加者と同じほどの実力を持っている。
 かつての友には及ぶべくもないが、しかし長き倦怠に対する僅かな刺激となるだろうと、彼は考え
た。そうして、僅か半日ではあるが、彼らに猶予を与えたのだ。
 その半日の猶予も、後僅かである。
 ゆっくりと上る日が、彼の影を短くしていき、
「―――来たか」
 元の長さ、その半ばとなった所で、彼は呟いた。



 同時に、
  ポリュ    エイドス
「『黄金の―――手綱』!」
 叫びと、爆音。

 水柱を上げながら、水中より一つのモノが飛び出す。
 全体的な見た目は、ムカデに近い。黒く細く長い胴部が節によって繋がれ、その胴部からはこれ
もまた細く長い数十の歩肢が飛び出している。一見すれば、不釣合いなバランスのソレは、しかし
長大であった。一つの胴部が、家一軒の高さよりも長い。歩肢もまた、同じほどに長く……そして
なによりも、その全長は―――。
「―――700ケイ……というやつらしい。この国を縦横無尽に走る、速き騎乗物だ。
 さて、英雄王……待たせて悪かったな。醜きバケモノ相手ではあるが―――。
 存分に楽しまれよ!」
 凡そにして、400m。日本の作り上げた、移動手段の一つ『新幹線』であった。
 『新幹線』……否、もはや獣の頭頂部に立つ彼、ベレロフォンは、ありとあらゆる騎乗物を
『魔獣』として使役する宝具を持っており、それを用いて『新幹線』を全長400mの『魔獣』へと変
えたのである。
 質量と速さ……両方を兼ね備え、容易に手に入る騎乗物は、ベレロフォンに取って最強の相棒とな
るのだ。
「なるほど……確かに前座としては、悪くない。どれ、あがいて魅せよ」
 ギルガメッシュが、その『魔獣』へ向けて、指を向ける。
「行け」
 瞬間、放たれるのは数にして十六の武具。
 剣が八。槍が二。槌が三。斧が二。球が一。
 螺旋を描きながら、ベレロフォンと、『魔獣』へと突き進む。
 一つでもあたれば、即座に死を齎すに等しい一撃だ。
 だが、ベレロフォンは冷静である。
 静かに、手綱を動かし、一気に『魔獣』を加速させる。
 次の瞬間……水面から塔の如く聳えていた『魔獣』の姿は掻き消え、武具は空を切った。
「ほう……中々素早いではないか」
 ギルガメッシュが、顔を上げる。
 『魔獣』は、その巨体を一瞬にして空へと浮かせていた。
 ベレロフォンの宝具は、地とレールを走るだけのモノを、空を自由に飛びまわらせる領域にまで持ち
上げたのだ。
「行くぞ英雄王! 我の鉄槌、受けてみよ!」
 かつてのように、天に昇るベレロフォン……だが、今から地に落ちるのは自身に対する裁きによって
ではなく、明日を掴む為のものだ。
 手綱に魔力を込め、一瞬にして最高速度へ。音を置き去りにしながら、全長400mの『魔獣』はギルガ
メッシュへと向かう。
「ふん……我の上に立つとは、不敬であろう」
 しかし、天が堕ちる勢いで迫る『魔獣』を見ながら、ギルガメッシュはただ冷淡に、一つ指を鳴らす
だけであった。
「ぬっ―――させん!」
 さらなる攻撃の動きと見たベレロフォンは、宝具である手綱を翻し、『魔獣』を制御する。
 螺旋の動き。質量、速度を備えたそれは、並大抵の攻撃を跳ね返し、一撃でギルガメッシュを叩き潰
すはずであった。
 激突の、轟音。
 しかし、ベレロフォンは攻撃の失敗を悟る。
 激突の音はした。だが、橋が壊れる音も、水が爆ぜる音も聞こえなかった。
 そう……『魔獣』の全てを賭した破壊槌は、容易に受け止められていたのだ。
 中空に生えた、巨大な黄金の手の平によって―――。




「こ、これは―――!!」
 ギシ、ギシ、と『魔獣』の突撃を受けた手の平が軋む。だが、それだけだ。ベレロフォンが手綱を
振るい、重圧をかけても、ピクリとも動かない。
「ぬうっ!」
 ただ突撃を受け止めていただけの黄金の手の平が動く。
 その五指が、魔獣の頭を掴んだのだ。その指先が、頭部に乗っていたベレロフォンを掠める。
「―――ちいッ!」
 たまらず、ベレロフォンは跳躍する。着地する場所は、頭部と繋がっている胴部だ。
 再び手綱を振るい、全力で『魔獣』を引き戻す。
 ブチブチと、嫌な音と血の臭いを撒き散らしながら、黄金の手の平につかまれた頭部が引きちぎられる。
『魔獣』となった『新幹線』にとって、頭部はあまり関係がない。なぜなら、胴部の任意の部分を頭部へ
と転ずることが出来るからである。
「なんだ、コレは―――!」
 新たな頭部に騎乗し、あの手の平の正体を見極めようとした時……ベレロフォンは眼前の光景に戦慄した。

 黄金。

 それは、黄金の鎧であった。あらゆる鎧に似、しかしどんな鎧でもない。
 あらゆる鎧の原典、と呼べるであろうソレには、豪華絢爛なる宝石と、緻密にして美を凝縮した彫刻がな
されている。兜は獅子をモチーフとしているのか、金の糸が鬣として備わっている。
 その兜を被るのは、金剛石の瞳を持つ、黄金で出来た顔の像だ。良く見れば、ギルガメッシュに似ている
のが分かる(もっとも、実物の美しさには敵うべくもないが)。
 そして、何より、巨大である。
 ベレロフォンが今乗っているのも、相当に大きい。頭部を失ったが、今だ350m以上の全長を持つだろう。
ただし、それは細長いが故、だ。
 だがその黄金は、人のカタチをしながら、20……否、25m近い大きさを持っているのである。
「―――かつて、我の民が余興で作った我の像だ。
 自立して動くのだが……我より弱いのでは意味がない。
 ほとんど使うこともなく、倉の番人として埃をかぶらせておいたのだが……。
 手加減をするには役に立つものだな」
 そう。コレは、ギルガメッシュの持つ『守護像の原典』である。
 故に、ベレロフォンの『魔獣』の突撃を容易く受け止める程度の力は当然持っており……。
 そして、その本懐を果たす為に……守護像の両目に供えられた金剛石が金色に光りだす。



「コレで手加減とは……全く底知れぬ……!
     ポリュエイドス
 ―――『黄金の手綱』!!」
 ベレロフォンが、手綱に魔力を流し込む。『魔獣』の持つ、全ての力を引き出す為だ。
 何が来るかは分からないが、出し惜しみをすれば死に繋がるということだけは確かである。
 敵の攻撃、そのタイミングを知る事に全力を尽くす。
 この『魔獣』の元である『新幹線』は、最高で時速340km程であるが、今は実に4倍近い速度を出すこと
が出来る。その巨大さを差し引いても、回避には十分すぎるほどであると、ベレロフォンは思っていた。
 そして、一度攻撃を回避すれば、あの巨像が守るべき主は隙だらけとなる。
 その瞬間を捕らえんと、一瞬の膠着状態が生まれる。
 それを打ち破ったのは、眩い輝きであった。
 巨像の全身に備わった宝石が、それぞれ様々な輝きを放つ。
 全身に刻まれた彫刻に、光が走る。
 巨大な獣が唸るかのような重低音が、大気を振るわせる。
 ベレロフォンの手綱を握る腕に、力が篭る。
 そして、巨像の輝きが最高潮に達したとき―――。
「どれ―――死ぬなよ?」
 ―――先ほどこの巨像を呼び出したときのように、ギルガメッシュが指を鳴らし。

 光が、爆発した。

 それは、流星であった。

 黄金の巨像の全身に供えられた宝石から、まさに瀑布となって光弾が放たれたのだ。
 その光弾は、自由自在に軌道を変えながら、ベレロフォンの操る『魔獣』へと向かっていく。
「うおぉぉッッ!」
 ベレロフォンも、必死で『魔獣』を動かす。音速を越え、衝撃波を伴いながらその巨体が動くが、巨像
から放たれた光弾に比べればあまりに遅い。瞬く間に全身を食い荒らされ、血と肉の雨を降らしながら、
その速度に耐え切れずに自壊していく。幾つもの胴部を連結することによって生まれる、生命力の強さ。
それこそがこの『魔獣』の強さの一つであったが、それすらも塗りつぶしながら、光弾が次第に頭部へと
向かっていき。
「く―――すまぬ。ここまでか!」
 ベレロフォンの姿もまた、眩い光の中へと掻き消えていった。




 黄金の巨像が、ギルガメッシュに覆いかぶさるように身を屈める。
 討ち滅ぼした『魔獣』の血肉の雨から、その身を守る為である。
「ち―――無粋な獣の臭いしかせぬな。
 まぁ、短いが充実してはいた。流石は神の血を引く英雄の一人。
 さて、次は如何なる手で攻め込まれるのか……」
 ククク、と黄金の王が笑う。
 今の『魔獣』を繰る男は囮だ。と、ギルガメッシュは考える
 巨体によって目晦ましとし、真の狙いへと気付かせない為の。
 だが、その狙いまでは思考しない。
 何故なら、そのような事をすれば楽しみが一つ減るからだ。
「慢心せずして何が王であるものか。
 ―――存分に楽しむとしよう!」



fate/Greek Mythology (2) 了