黒鍵が奔る。六つの閃光が綺麗な放物線を描きながらキャスター目がけて襲いかかった。
「うふふ」
 だが、キャスターの笑いともに、金属の甲高い悲鳴が響きわたる。
キャスターの周りにひしゃげた黒鍵の残骸が飛び散る。
キャスターの手には、赤く染まった巨大な槍が握れていた。
残骸の雨の中、綺礼はすばやくキャスターの懐に入り込み、キャスターの顎を吹き飛ばすかのように綺礼の拳を舞い上がった。
 八大招式・立地通天炮
八極拳絶技が今度こそキャスターを倒すべく名乗りを上げた。
「ふふ、うふふふ」
それをキャスターは凄絶な笑みを浮かべながらそれを迎えた。

「――――っ、言峰が言っていた筆ってコレのことか」
 士郎は教会の扉を乱暴に開け、転びそうになりながらも、問題の部屋に到達した。
その手には先ほど見つけた筆が握られていた。
一見なんの変哲のない筆だが、濃密な魔力が感じられる。
絨毯を捲り上げ、床に筆を付けた。
すると筆がだんだん湿りだし、魔力の帯びた赤い液体がトクトクと流れ出で来た。
言峰に言われてようにほぼ走り書きで書いていく。
こんな適当でホントに成功すんのかよと思いつつも、これぐらいのスピードで書かないと間に合わない。
慎重に書いて時間切れで、キャスターに殺されるぐらいなら言峰の言を信じるしかなかった。
「よし」
一応、拙いながらも召喚陣としての体裁を取っている陣をみて深呼吸する。
ここから本番だ。
 イメージする。それはかつてこの世界に溢れ、今では空想と貶められた奇跡の再現――魔術。
それを行使するためには本来ありもしない神経を生み出す必要がある。
頭に浮かぶ神経一本一本を裏返して、それぞれが幻想を纏うようにしていく。そのイメージが頭から順に降りていく。
「そ、素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖には我が大師シュバインオーグ」
 その呪文を唱えた時、体中の魔術回路が一気に励起する。
あり得ないものをあり得るものすることを驕傲と歌うのか体の節々から痛みがこみ上げてきた
「降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
痛みが増し、思わず先ほど覚えた呪文も忘れそうになる。
「閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。
繰り返すつどに五度。
ただ、満たされる刻を破却する」
 召喚陣に赤い燐光をあげる。密閉した空間に風が吹き付ける
「告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るベに従い、この意、この理に従うならば応えよ。
誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。
汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!!」
 痛みが閃光は最高潮に達し、爆発した。ドッサっと士郎は尻餅をつく。急激な虚脱感が体に襲いかかった。



「っ」
 片手に焼けるような痛みが走る。見れば、三画で描かれた奇妙な文様が刻まれていた。
召喚陣の中心には、一人の女性がスカートの端をつかみ、恭しく礼をしていた。
「今宵、聖杯の招きに応じ、現界しました。我が名はアーチャー。――弓を射る者です」
 アーチャーと名乗る女性が顔を上げた瞬間、士郎は思わず息を飲んでしまった。
言峰がキャスターと呼んだ女も凄絶な美女だったが、それに比肩するほどの美しさだった。
しかも間近で見る分、思わず士郎は見とれてしまった。目の前にいるのが彫刻と錯覚する整った顔立ち。
艶のある金の長い髪は揺れるたびに砂金が零れているように輝いてみえた。
「問おう。あなたが私のマスターか」
「え? あ、ああ。召喚したの――――」
士郎の話を遮ったのは、微弱な揺れと大きな音だった。士郎は現実へと引き戻された。
「悪い。説明あとでするからちょっと来てくれ」
「はい? え、ちょっと」
 急な発言に戸惑いを隠せないアーチャーを尻目に士郎は駆け早に聖堂へと向かった。



聖堂の扉には大きな風穴が空き、砕けた木片がそこら中に飛散している。言峰は祭壇にもたれ掛かる形で倒れていた。
「言峰!」
 最悪の状況が脳裏を掠め、士郎は急いで駆け寄った。
「令呪。フン、どうやら召喚には成功したようだな。
いま貴様がマスターとなった時点で、ここからは参加者の問題だ。私はもう干渉せん」
少し弱っているものの、その言葉は淀みなく紡がれたので士郎はほっと胸を撫で下ろした。その彼の前に影がすうと伸びてきた。
「御免、ごめん。つよく投げ飛ばしすぎちゃった。お姉さん、反省ですう」
 木片を踏み潰しながら、キャスターは一歩ずつ迫ってくる。キャスターは目を細めながら呟いた。
「へー、やるじゃなぁい、僕。サーヴァントを召喚したんだ。
本当はあとでじっくり教えてあげようと思ったのにぃ、こいつが邪魔するから」
キャスターは軽口を叩きながらも、右手の槍を握り替えしていた。
表面的には余裕を装っているものの、こちら側のサーヴァントを警戒しているようだ。
「成る程、こういう事だったのですね」
 突然、誰もいない所から声がすると思うと同時にその空間が揺らぎ、アーチャーが実体化した。
「あら、あらあら。随分と可愛らしいわねぇ。お嬢さん。
見たところキャスターみたいだけど、キャスターは私だから、一体なんのサーヴァントかな?」
 キャスターの声色からやや警戒心が薄れたのを感じた。士郎は自分の不安が的中したと確信した。
このアーチャーは確かに並はずれた魔力があり、キャスターと同規格だとわかったが
 衛宮士郎という存在なら思い一つで殺せるような圧倒的な力が感じられないのだ。
魔力という点を抜けばアーチャーは自分と殆ど大差がなかった。
 こちらの心配をよそにアーチャーは前に歩み出ながら、士郎に視線を送った。
“マスター、命令を”という視線を。


士郎は知らず知らずの内に頷いてしまった。なぜならアーチャーには得にも言わせぬ雰囲気があったからだ。
「セイバーというカンジではなさそうねぇ。あ、もしかしてライ――――」
「―――吹き飛べ」

キャスターは消えた。

いや正確には吹き飛ばされた。向こう側でキャスターが転がっていた。
「では、マスター後ほど」
目を見開いている士郎に微笑を浮かべながらアーチャーはしっかりとした足取りで、教会をあとにした。



 しくじった。先ほどの衝撃を殺し損ない転がるキャスターは自分の過ちを恥じた。
 あの手のサーヴァントが最も危険なのだ。低いステータスでありながらも強力な一手を持った、いわゆる宝具に特化したサーヴァント。
 確かにステータスで優秀あるほうが良い。それで戦闘を有利に進めることができるだろう。
 しかし劣勢も跳ね返し番狂わせをもたらす切り札というものが別に存在する。それが宝具なのである。
 先ほど、キャスターを吹き飛ばした壁も宝具だと考えてよいだろう。
「ぷはぁ。私が知っている奴は厳つい奴多かったもんなぁ。
うーん、三十六変とか七十二変とかやっている奴いたから見た目は重視してないつもりだったけどなぁ。うーん反省」
 キャスターが飛ぶようにして立ち上がる。壊れた教会の扉の前で、先ほどのサーヴァントが片手を腰にあて立っていた。
 キャスターは凝視する。
白を基調とした豪奢なドレス。明らかに戦場とはほど遠い出で立ちで武人から感じられる殺気というものが一切なかった。
戦場に迷い込んだお姫様という感じである。
「えっと、キャスターですね。いきなり攻撃してなんですが、この場は立ち去ってくれませんか。
 マスターとの契約の問答をまだ終えていませんので」
 キャスターは思考する。
 先ほどの宝具があるために接近戦は芳しくない。なら狙うなら遠距離であろう。
「もう、しかたないわねぇ。お姉さん優しいからこれで許してあげる」
 キャスターが指を鳴らし、それに呼応するかのように教会一帯に青い光を灯した特殊な文様が浮き出てきた。
 周囲の状況の変化にアーチャーは目を見張った。
「! まさか、それは」




アーチャーの声が震える。先ほどまで月が出ていた夜空が曇り、雨が降っているのだから。
 魔術を少しでもかじったモノであるならば絶句していただろう。それは雨乞いのようなものではなくもっと高度な魔術。
「――――天候操作ですか!」
 地面に描かれた魔法陣から膨大なマナがくみ上げられキャスターを介して空へと上っていく。
 今、雹を降らし、竜巻を起こし、地震をも起こすのもキャスターの思い一つで決まってしまう。
 それこそが天候操作。常人でははかり知ることができない領域が目の前にあった。
「まあ、限定的なモノだけど。それより、アーチャー貴方ちょっと病的に白いわ。もうちょっと焼いた方が健康的でいいわよぉー」
 極上な笑みを浮かべながら、右手を振り下ろす。
そして世界は光に包まれた。そのあとを追うかのように轟音が響き渡った。