「取り敢えず、今回の騒動の後始末が一段落済むまで聖杯戦争自体を休戦したいのだけど、どうかしら?」
一時の共闘を終えた英霊達に遠坂が提案した言葉は、案外あっさりと受け入れられた。
しかし、

「お兄ちゃーん、お腹空いたー!」
「エミヤくーん、お腹空いたー!」
新たに銀の少女という珍客が衛宮家に住まうこととなる。
「なんでさ?」
「だって、私の拠点だったお城はライダーの襲撃のせいで大変なことになってて、……それに今はお互いに休戦してるんだから、いいでしょう?」
こうして新たに始まった仮初の日常は慌しく回っていく。

「確かにエミヤくんは無謀だよねぇ」
「ホント、衛宮君てばなんで自分からサーヴァントの前に立ちに行くのか…」
「でもそれが放っておけない?」
「そうそう」
「む、だって仕方ないじゃないか」
「「「仕方なくなんかありません!」」」

「エミヤくーん、これ、何処に置いておけばいいかなぁ?」
「うわぁっ!? 藤ねぇが来なくなってガラクタが増えなくなると思ってたら何してるんだアーチャー!?」

「さて、ちょっと買い物に…」
「あ、お兄ちゃん! 私も一緒に行くー!」

「じゃあ衛宮君、そろそろ今日の魔術訓練を始めましょうか?」
「ちょっ、遠坂なんか怒ってる…!?」
「怒ってません!!」

「私はね、道具の手入れをしている時のエミヤくんの横顔、ちょっぴり好きかな……」
「え…………」
育まれていく人々の絆。衛宮士郎は今度こそこの平和を守りたいと願う。

―――――しかし、平和の裏では密かに一つの陰謀が動き出していた―――――


「―――――何を、今、何を言ったマスター!」
「ふむ、ではもう一度言おうか、セイバー。今日からこの少年がお前のマスターだ」
神父は慇懃な笑みを浮かべたまま、己の傍らに立つ矮小な少年を指し示してそう告げる。

深夜の衛宮邸。突然の強襲者は休戦を約束した筈の騎士。
「っ! セイバー!? 何でアンタが!!」
「―――――済まない。マスターの意思なんだ」
「そうだ衛宮! よくも僕を虚仮にしてくれたな! その分たっぷり思い知らせてやるよ! セイバー!」
「――――――し、慎二!?」

気高き騎士の傍らに立つ親友の姿に動揺を隠せない衛宮士郎は油断から、致命的な傷を負ってしまう。
「し、シロウッ!」
「は、ハハは! 僕から、僕から大切な主を奪っていったその罪だよ、衛宮!!」
絶対の窮地。瀕死の少年と無力な銀の少女、そして決してセイバーには敵わぬ三騎のサーヴァント。
彼らをかばうように―――

「遠坂さん、イリヤちゃん。エミヤくんを連れて逃げて頂戴」
「ば、ばか、何言ってるんだ、アーチャー……!?」
「………バイバイ、シロウくん」
朦朧とする意識の中で衛宮士郎が最後に見たのは、寂しそうに、それでも気丈に微笑む女の姿だった。


意識を取り戻した衛宮士郎が最初に見たのは、かつて山門で老サーヴァントと共に現れた少女の姿だった。
「君は、アサシンのマスターの……?」
「違います。……いえ、マスターなのはそうなんですけど、私もサーヴァントなんです」
「………は?」

「まさか、葛木先生がマスターだったなんて……」
「気に病むことはない遠坂。私とてこのような立場になったのはここ数日以内の出来事なのだ」
「だとしても、間近にマスターが一人居たのに気付けなかったリンってば情け無いの」
「なっ!? い、イリヤーーーー!!」
「キャー! リンが怒ったー!」
新たに成立したのは仮初の同盟。しかし心強い者達との同盟。

「―――アーチャーは、未だ生きている」
契約の証である礼呪が消えていないことが何よりの証明だった。――しかし、礼呪の力で呼び寄せようとしても呼び寄せることは叶わなかった。


「つまり、相手は礼呪の強制力を封殺出切るだけの力を持った相手だということです」
「………そんな芸当が出来そうな奴なんて、この街には二人しか居ないわよ」
「間桐の爺さまが自分のところのライダーと仕留める為に自分のセイバーを使う筈無いし、そう考えるとやっぱり消去法でコイツよね」
「そうだよねー。ゾォルケンがあんなに凄い手札を二枚も持ってたらどちらか一枚は最後まで隠しておく筈だし」
「張さん………、いえ、アサシンさんも多分神父さんの方が怪しいと言ってました」
――敵は言峰綺礼。

「俺はアーチャーを救いたい。それは罠だって判っているんだ……。けど、」
「理性で歯止めが利かぬから若気の至りというのじゃよ、若いの」
苦悩を抱えた衛宮士郎に語りかける山門の老翁の言葉は、ありきたりだけれどとても重く彼の胸に響く。

「私は一度しか会っていませんけど、あの人はとても綺麗で、とても暖かい女性(ひと)だと思いました。
恥ずかしそうに語る、英霊と呼ぶにはあまりにも幼い少女の言葉は、だからそれだけ純粋に響く。

「私はお兄ちゃんに協力するよ。――それに、コトミネには私も借りがあるし、ね」
漆黒の騎士を従えた銀の少女の言葉は誰よりも心強いと感じられた。

「衛宮君、判っているわね? これは罠よ」
「判ってる。……だとしても、それでも、俺はアーチャーを救いたいんだ」
「――――――その浅はかな考え方が、ここに居る全員を破滅させると判っているのに、か。愚かな」
教会へと行こうとする衛宮士郎とイリヤスフィールの前に立ち塞がったのは、仲間であった筈の赤い少女とその従者。

「イリヤ、手出しはしないでくれ。これは俺の問題だ」
「マスター、手出しは無用だ。――なに、殺しはしない。己の独断がどれほど愚かか教育するだけだ」
そして始まった、投影の魔術師と剣使いの槍兵との一騎打ち。


「敵は間違い無く最強のサーヴァント、セイバーだ。俺程度の槍兵さえ打倒出来ない男が身勝手なことを吼えるな!」
「がっ、ぐっ、あぁっ………ッ!!?」
かつて祖国を護り切れなかった槍兵が放つ一撃一撃が、重く衛宮士郎を打ちのめす。

「でも、だとしても、俺は―――!」
「アーチャーを救いたい、か。……笑止な。たかが弓兵風情、捨ててしまえ」
「てめええええええええッ!!!」
「ここに居る全員と! たった一人の女! 同じ天秤に載せればどちらが重いかなど、一目瞭然だろう!!!」

「―――だけど、俺は………ッ!」
「―――――――折れぬ心、か。………かつての奴も、お前のような強い執念を持っていたな」
「え………?」
「――好きにしろ衛宮士郎。貴様が貴様の犯した罪の重さ、後になって後悔しても俺は知らん」
「ちょっ、ランサー!?」
「止めても無駄だ、マスター。この小僧を止めたければ後は命を奪う他に無い」
「―――――――――」
「行け、小僧。そして自分の失態の重さに押し潰されて死んでしまえ」
痛烈な言葉と共に、誰よりも高潔な魂を持つ槍兵は道を開ける。

「生徒を見守るのが教師である者の責任だろう」
「私は、この平穏を与えてくれたマスターのただ一度の望みであれば、叶えてあげたいと思っていますから」
「お兄ちゃんってば、本当に放っておけないの。ね、バーサーカー」
「――――――」
己の愚断に従ってくれた二人と二騎に、決して負けられないと衛宮士郎は決意を固めた。