―――そして、彼は聖杯の要請を受け入れた。
彼は、魔王と恐れられたラクシャーサの王、ラーヴァナ。
万能の釜、聖杯を求め、互いに争う聖杯戦争。
だが、彼が求めたのは聖杯などではない。
彼が求めたのは、ヴィシュヌとの化身の戦い。そして、己を満たす最高の戦いである。

維持神ヴィシュヌ。
そのあり方はアラヤの無意識集合体である「抑止力」に酷似している。
いや、いうなればインド限定の抑止力と言っても過言ではない。
彼は世界の秩序を維持するために、インドを混乱に落とす強力な力を秘めた敵を滅ぼすために、
あるいは、人類を守護するために、己の化身を降臨させる。

アラヤの抑止力は、カウンターガーディアンであり、既に発生した事態に対してのみ発動する。
世界を滅ぼす要因が発生した瞬間に出現してこの要因を抹消する。

それと同じように、インド最大の神霊である彼の力を秘めた化身は、
対象を必ず滅ぼし、絶対に勝利できるよう独自の力を与えられる。

そんな存在が、再び現世に降り立ったこのラーヴァナを放置する訳はない。
必ず、このラーヴァナを殲滅するために何らかの化身を聖杯戦争に紛れこませるに違いない。
それを想像するだけで、彼の全身にとてつもない興奮が走った。
かつて己を打ち破り、殲滅した化身、ラーマ。
ヴィシュヌならば、間違いなく、対神性を得たこの身を殲滅するべく彼を差し向けるに違いない。

ならば!ならば!再びあの興奮が得られる、全てを得て、座においてさえ空虚なこの身においても
再び全てを満たしてくれる!

あの誇り高き光輝たる姿。
傷つき、ふるえながら己の尊厳を賭け邪悪に立ち向かおうとするその姿。
……彼は最高だ。彼との戦いこそが、ラーヴァナの最も求めるものだ。

たとえ、ラーマが召喚されずとも、何らかの化身が差し向けされるのは違いない。
他のヴィシュヌの化身との戦いは、ラーマとはまた違った甘美をこの身にもたらしてくれるに違いない。

それだけを望みにして、ラーヴァナはこの地へと降臨した。
―――そして、その望みは見事にかなうことはなかった。

この地に降臨したラーヴァナは、まずは「根源の到達」だの「神秘の隠匿」など戯言をほざく己のマスターを
プシュパカ・ヴィマナの生体部品へと取り込んだ。
こうすれば、「一応は生きている」ことになるため、現世に存在することは何ら問題ない。
そして、小うるさいマスターの関与を受けなくなったかれは行動を開始した。

だが、そこに立ちはだかったのは―――。

《敵目標発見。
敵を「悪」と認定し、完全殲滅を開始します。》

ヴィシュヌの最後の化身、カルキ。
それを見て、ラーヴァナは絶句した。

――――なんダ、コレは。

これは何だ?目の前にあるコレはなんだ?
誇りもなく、尊厳もなく、人を救う意思もなく、敢然と邪悪に立ち向かおうする気高さもない。
ただただ悪を粛清するだけの殺戮機械。
こんなものが―――こんなものがこんなものがこんなものがこんなものが!!
こんなものがヴィシュヌのアヴァターラであっていいはずがない!!

「紛い物め……紛い物め紛い物め紛い物め紛い物め!!
貴様のような存在が、貴様のような存在がヴィシュヌの化身を名乗るなぁああああああああああっ!!!」

《緊急非常事態。
敵戦力強大と判断。System K.A.L.K.I発動。白馬形態から甲冑形態へ変形します。》

即座にカルキはSystem K.A.L.K.Iの指令により、白馬形態から、馬頭の甲冑形態へと変形し、
粛清剣ヴェーンカテーシャを身構える。
まるで砲弾にようなラーヴァナの突撃による20本の腕による連続攻撃。
矛による薙ぎ払い、剣による斬撃、槌による打撃。
それらの攻撃をいかに機械であるカルキといえど、剣一本で防げるはずはない。
筋力Aから放たれる強力な攻撃は、金属装甲であろうと容易く鉄屑に変える。

だが、今の変形したカルキは耐久がAランクに向上しており、ラーヴァナの攻撃であろうが弾き返す。

《敵攻撃力強大。最大攻撃にて殲滅するのが有効と判断します。
……宝具『掃星の夜明け(クリタ・ユガ)』発動。悪に天の裁きを。》

粛清剣ヴェーンカテーシャから放たれる裁きの光。
天に昇った光は、彗星の如く対象の真上より降り注ぐ。
光を浴びた対象は輝きで浮かび上がった罪に内側から切り刻まれ、
今までに自分の罪により他人に与えた全ての肉体的ダメージに等しいダメージを受ける。

次の瞬間、ラーヴァナの肉体は内部から弾けた。
上半身は完全に吹き飛び、足が半分ほど残っているだけの肉塊にすぎない。
もはや、勝負は完全についた―――と誰もが思った。

『やはり……やはりダメだ。もはやダメだ。お前に私は倒せない。』

ラーヴァナの宝具『羅刹王(ラクサーシャラージャ)』
それは、人から外れたものの攻撃に対して、驚異的な再生能力を与える。
完全な神霊相手であれば首を切られても瞬時に全快するその力は、
神性:A+を持っているカルキからの攻撃を瞬時に全て再生させる。
例え首を刎ねられようが、肉体をほとんど吹き飛ばされようが、完全に再生してしまうだろう。
……つまりは、ラーヴァナこそが、カルキの絶対的な天敵なのだ。
さらに、粛清剣ヴェーンカテーシャによって、三本の首を刎ね飛ばされながら、彼は叫ぶ。

「化け物を倒すのは、いつだって人間だ。
人間でなければならないのだ!!貴様のような殺戮機械では、余を殺せぬわ!!
プシュパカ・ヴィマナ、支援砲撃要請!撃て!!」

そのラーヴァナの思念と共に、空中要塞であるプシュパカ・ヴィマナの無数の砲台がカルキに向けられる。
砲台から迸る魔力レーザーに魔力弾は、砲撃の雨と化して、凄まじい勢いでカルキごと周囲の地形一面を殲滅する。
いかに堅固な装甲を持つカルキでも、空中要塞の無数の砲撃を受けてはたまらない。
強力な魔力弾が、カルキの肩装甲を中破させ、魔力レーザーが装甲を焼き焦がし、歪ませる。

《状況、レッド。装甲破損。ダメージ蓄積。
敵本体であるラーヴァナに攻撃を集中させる。》

砲撃による土煙によって、視界は完全に遮られているが、
それでもなお、カルキは的確にラーヴァナを見つけ出すと、彼に対して粛清剣ヴェーンカテーシャを振るう。

だが、それは幻。
すう、と幻がかき消える中、ラーヴァナはカルキの側面へと出現する。

ラーヴァナは20本の腕全てに転送の魔術によって大小様々の戦棍(メイス)を召喚する。
キャスターである彼はこの程度なら容易くこなすことができる。
金属製の柄頭を持つメイスの打撃は強固な金属鎧に対し刃類よりも有効で、
出縁やスパイク、突起により衝撃点を集中し厚い甲冑をへこませたり貫通したりすることができるのである。

「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

横殴りの全力の一撃は、カルキの馬頭を大きく歪ませる。
打撃打撃打撃打撃打撃。
砲撃により傷ついたカルキの装甲は、ラーヴァナの20本のメイスの強力な打撃により少しづつ破損していく。

《危険、危険、危険、危険
宝具『掃星の夜明け(クリタ・ユガ)』発動。殲滅せよ。》

再び、ラーヴァナの肉体は粉微塵にはじけ飛ぶが、先ほどの再現にしかならない。
神性A+をもつカルキの攻撃は、彼には通用しないのだ。

「無駄だ!殺戮人形め!愚かな操り人形め!
壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろおおおおおおおおおお!!!」

そして、彼は5mもの超々大型の戦棍を転送し、その超大型の戦棍を振りかざし、渾身の力で振り下ろす。
メイスは馬頭を完全に叩き潰し、上半身の半ばまでめりこんで完全に大破させる。

《状況……レッド……レッド……粛清……粛清……カリ・ユガの粛清……》

その言葉とどもに、カルキは完全に機能停止した。
それとともに、ラーヴァナは、手で顔を覆いながら空に向かって絶叫する。

「お……おおおおおおおおおおおお!
誰か!誰でもいい!余を満たせ!余を救ってくれ!余を救ってくれぇええええ!!」

―――その叫びに答える者は誰もいなかった。