某月某日のある夜、
 レッドの恒星、グリーンとブルーの綺羅星――それらは僅かながらも夜空を彩る。
 レッドの街灯、グリーンとブルーの電球灯――それらは地上を瀑布的に眩しく彩る。

 とある商店街――人々のざわめきが一体となり活気を作っている。文明の光は人の顔を様々な色に映している。
そのような極普通の商店街に一組の男女が闊歩していた。
 その男女がいる空間だけ“十戒”のように人が避けていた。
 オーバーオールでニット帽を被った金髪の女性とTシャツ&ハーフパンツで茶の蓬髪の男性である。しかし、闊歩と言うには少しばかり語弊がある。
女性は、巨人の如く大きい腕に腰掛けていて、実質闊歩しているのは男性で女性は足を動かしていない。
 イメージとしては某同人正義の腕に腰掛ける某同人太陽であろうか。

 パクッ……モグモグモグモグ……ゴックン。女性は見頃を迎えた花弁の如き桜色の唇を大きく開け鯛焼きを頬張っている。「~~♪」かなりご満悦のようである。
 いつも蕩けた笑顔を造っている顔がいつも以上に蕩けていた。マリンブルーの瞳も同様である。
 その様子を見て人々は顔を和ませ、次に豊満過ぎる胸元や腰回りを見て顔を赤くし、最後に巨漢の顔を見て戦々恐々した。
 食べ終わり膝に乗せた紙袋から二個目を取り出し、男の口に持ってきた。
「あ~~ん」馬鹿ップルのように“あ~~ん”をした。人目も憚らずに。しかしその様なことに羞恥が働くほど彼女らの面の皮は薄くない。
 男はチラリと前髪に隠れた赤褐色の瞳を鯛焼きに向け、巌の顎を開いた。女性は白い手に持った鯛焼きを丸ごと男性の口の中に入れた。
男性の口は鯛焼きを十個纏めてほおばれるほど大きいので丸ごと入れても問題はない。
 モグモグモグモグ……ゴクン。よく噛んで味わっていたが、その無骨な褐色の岩石のような顔は無表情であった。他人には『不味い』と言ってそうな顔も、
男性の祖母である女性から見れば『甘くて美味い』と言っているのが彼女にだけは理解できた。
 それは本当に微かな表情の変化。おそらくその女性くらいにしか分からない顔のほころび。
 女性はにっこりと微笑み、「よかったね~アーちゃん。現代(いま)は美味しい物がたくさんあってねー」
 祖母である美女と言うより美少女と言った方がしっくり来る二十歳くらいの女性は、血の繋がらない孫である十代後半の男性の口元をハンカチで拭いながら言った。
そこには自分の家族に向ける愛情が溢れていた。
 女性は百六十一センチの中背で豊穣神の如き豊満さと美貌を持っていた。男性は二百十センチの巨躯に二百キロオーバーの超重量の分厚い体躯であった。
 どちらも特徴的であった。そもそも彼女らは“元”人間であり、“現”サーヴァント(英霊)という存在であった。
 彼女の名はエウロペ。彼の名はアステリオス。どちらもギリシャ神話を起源とする英霊である。
 しかし、どちらも正規の英霊ではない。エウロペは王の母で主神の妾であるし、アステリオスに至っては英雄に退治されるべき怪物である。
 だが、正規の英霊でもアホがいたり、方向音痴がいたり、外道や少女愛好主義者がいたりとかなりアレで、英雄って何だろう?と某赤毛は思っていた。
 さらに、中学生くらいの少女と二重唱で“魔弾の射手”を唄うのっぽがいたり、体型のまったく違う四つ子の娘を怒鳴る頭の薄い父親がいたり、日本史の教科書に載ってる顔をした土佐弁男がいたり、
獣がいたりと異様に濃い連中がいるのでエウロペとアステリオスのコンビはあまり目立つ方ではなかった。



「~~♪ ~~♪」エウロペはロボアニメソングを鼻歌で歌いながら辺りを物色している。アステリオスが歩く度に左右で括った髪が揺れ、ニット帽についている耳も揺れている。
 アステリオスはエウロペを乗せたまま辺りを物色するでもなく、牛の歩みのように歩いている。
 アステリオスはエウロペといつも行動を共にしていた。人混みを歩く際は腕に乗せ、それ以外ではアステリオスは家鴨の子のようにエウロペの後を着いていくのであった。
 端から見れば恋人か仲の良い姉弟に見える事だろう。余談だが戸籍上は姉弟で通している。住所も協会が用意した規格外の体格を持つ英霊専用マンションに同居していた。
 なおその部屋は、ロスタムが足を伸ばせて眠れる。
アステリオスは急に立ち止まった。立ち止まらず得なかった。エウロペが急に体を反転させて立ち上がり、頭越しに背後を見たのだから。
「……」密着したエウロペの胸によりアステリオスの視界は完全に塞がれていた。アステリオスは息苦しさを感じ「アーちゃんアーちゃん。あれ見てあれー」という言葉をどこか俯瞰しながら聞いた。
 “見て”というのに視界を塞いでるうっかり者であった。死なないでと言いながら首を絞めるキャラに類似している。
ごわごわした布地とグニグニした肉鞠の感触から離れるべく、うっかり者の柳腰を摘んで引きはがした。そして“あれ”を見た。
 そこにはちょうど雑貨屋から出て行く、三十代前半と思しき直線的なスーツを着た男の姿があった。その男は背中まである整えられた黒の長髪をしていた。
 その紅の三白眼は血色の瘴気を固めたかのように無機質さと剣呑さを宿し。
 毛先までスキなく整えられた口髭と厳格を体現し、凄艶さを持った美顔。
 百八十五センチの長身には厳格に鍛えられ、布地を押し上げる筋肉の隆起が見て取れる。
そしてその体躯にはジャーマン・コンチネンタルの紳士服――『服の方に体を合わせろ!』と言う、ドイツ主義の真骨頂が窺えるそれをここまで着こなせる人物はそうはいまい。
 某赤毛あたりに着せたら間違いなく服に乗っ取られることだろう。

「ん~~、何のようだったのかなー。ブラドくんがこんな所にぃ~」
 アステリオスはこくりと首肯した。
ブラドが出て来たのは雑貨屋――それも女性客を中心に扱っている店だった。内装はやたらと可愛らしい。そんな女の園っぽい店に何用があったのか――その事実にエウロペの好奇心は鎌首を擡げた。
可愛い物好きなのかなー、という考えも擡げた。
 エウロペは大声で呼ぼうかと思ったが、人混みでの迷惑を考えそれをやめにした。そうこうしているうちにブラドは周囲の闇と光と人の間に融け込んで行った。
 歩く仕草一つ一つ見ても背骨に鉄芯が入ってるかのように真っ直ぐで、周囲の人と肩が当たることもない。
「あ。追いかけよー、何してたのか聞いてみよー」そう言い放ち、鯛焼きの残りを懐に仕舞い込み、アステリオスの腕から飛び降り、黒スーツの後ろ姿を追いかけていった。
 その走りは周りの者が驚くほど俊敏で、人と人の隙間を巧みに避けていった。しかし、時折ドジこいて、ぶつかったりよろけたりしていた。 
好奇心の強い(うっかり)娘だったエウロペはその好奇心の所為で、子を三人産むことになったのだが、その当時の心はまだまだ健在であったらしい。
「…………」アステリオスとしては、面倒ごとは避けたかったが追いかけていったエウロペを放っておくわけにもいかないので、巨躯を揺らし、人を弾き飛ばさないよう注意しながらエウロペを追いかけた。



結論から言えば、気配も消さず、大幅に胸とか尻とか頭とかはみ出して尾行している、アホの二人組を撒くのは、生粋の戦闘者であるブラドにとって、卵かけご飯を作るよりも容易いが、あえてそうしなかった。

「ん~ん~。消えちゃたねぇ……」「…………」キョロキョロ。うろちょろ。
 ブラドは二人を人気もなく、周りに民家もほとんどない暗い川岸に誘い込み、闇に同化するように気配を殺し、二人の認識の外に身を置いた。
それは一流の暗殺者のようであり、闇と同化するとある化物のようであった。
そしてエウロペの無防備な頬を舐めた。
――レロレロレロ~べろぉりぃ。
 その舌は赤い唇よりもさらに紅かった。
 エウロペとアステリオスは心に雷が落ちたかのような衝撃を受けた。
 エウロペは猫のように「わきゃあ!?」と跳び上がり、ばたばたとアステリオスの背後に隠れ逞しい腕にギュッとしがみついた。
「うむ、舌触りから判断するによく熟れた肉質を持っているな。まるで、ウォーターベッドとビールによって育てられた最上の霜降り肉のような、見るだけで涎が湧く肉だ。
さらに肌に化粧臭さもなく自然なままのもち肌でこれもよろしい」
 セクハラと言うのもおこがましい暴挙に出て、出た言葉は冷静な分析だった。アステリオスはエウロペを腕にぶら下げたまま、
素早く数歩下がり前髪に隠れた瞳から刃じみた視線をブラドに浴びせた。
 その視線の刃は激しい怒気である。エウロペに仇をなす者は誰であろうと、アステリオスの敵だった。
 無表情で厳つい面と相まって、その視線と怒気は常人なら即座に失神するほどのものであった。
「ああ、私は別に彼女に害を与えるために舐めたわけではない。純粋な好奇心という奴だ。君らと同じね」
 口調はさっぱりとしていて、暴挙に関する謝罪は一言もない。“好奇心”の一言だけで片付けてしまった。アステリオスは納得しなかった。
とりあえず、エウロペの舐めた頬とブラドの同じところを陥没させてやろうと、一歩踏み出した時――。
「あああああ~?! 待って待ってぇ!」
 エウロペの一声により停止した。その圧倒的巨躯から発する暴力と衝動は、さして鋭くもなく、迫力もないただの一声により凍り付いたように止まった。
 アステリオスはエウロペに絶対服従しているわけではない。親の言うことを素直に聞く五歳児のように、刷り込みの入った雛のように、懐いているのである。
 エウロペはアステリオスの前方に回り、その深い谷間に顔を埋めさせ、抱きしめ、頭を撫で回した。
「よ~しよしよしよしよし~♪ エウさんの代りに起こってくれたんだね。ありがとうねー」 
 膨張していた筋肉が空気を抜くように萎み、張り詰め、悲鳴を上げていた布地が落ち着き、肩がしゅんと項垂れた。
 その間にもエウロペは頭をなで続け、さらには頬擦りしたり、スリスリしたりした。(エウロペは頬に着いた涎を拭き取るのを忘れたため、
アステリオスの頬にもべったり付いたが、彼は我慢した。空気の読める孫である)。
「……………………」アステリオスは好きなようにされている間、終始無言であった。
「そろそろ良いかな? 君の孫コンを見て楽しめるほど、私は暇ではないのだよ。で、君の好奇心が動いたのは何故か? 言ってみるといい」
 ブラドは両手を組み、薄く笑みを作っていた。しかしその瞳は笑っていなかった。
 エウロペが言おうとする前にアステリオスは言った。変態には近づけさせたくないようだ。
「ざ……」アステリオスは『雑貨屋を出て行くのが見えた。気になって追いかけた』と言ったが、生憎ブラドには伝わらず、結局エウロペが答えることになった。
 その言葉にフムフムと首肯し「何、たいしたことではない。これを買うためだ」そう言いながら、持っていたビニール袋の中身を見せた。
そこに入っていたのは、色とりどりの毛糸玉だった。それが七玉ほど入っていた。
「私の趣味は編み物でね。暇なときは、部屋で一人ゆっくりと編み物を楽しむのだよ」

「「…………」」二人ともそれは知らなかったが、この厳格で残忍な男に編み物など似合わない気がした。
「似合わないのはわかっているが、これは生前からの趣味でね。他にもあるが、今はこれが一番の趣味だ」



微苦笑しながら言い、「ここ(日本)は飽食の国だ。国民の衣食住を確保するのに、きりきり舞いだった私の国、時代とは大違いだ。
無論、私の時代の良いところもあったがね」
 それだけ言い、自分の時代を懐古するかのように溜息を吐いた。それはまるで青春時代を思う枯れた老人のようであった。
「ん~、じゃあ二番目の趣味は何かなー?」空気読めてないエウロペの声が空気をぶち壊した。
 アステリオスは何も言わず、ブラドはやれやれとばかりに首を振った。そして口を開いた。
 その口角からは鋭い犬歯が星明かりで燻銀のように光っていた。
「それはだ。私の本質により派生した趣味だ。正確には趣味とは言わず生態に近いものであり、“それ”が“それ”なくして“それ”たり得ないものだ。アステリオス君と同じね」
「「?」」二人は疑問符を浮かべた。ブラドとアステリオスの共通する生態とは何か。
 その疑問にブラドは行動で答える。化物らしい解答で答える。
「君は私と同じ」ゆらりとブラドの右腕が幽みと変わった。この揺らめきは二人が超視力を持つ英霊であるから見えたものである。
英霊か達人でもない限りその陽炎のような揺らめきすら視認できず、透明になったように見えただろう。
二人の瞳孔は収縮し、即座にそれぞれの行動を開始する。
「人喰らいの化物だ!!」幽みへと変貌した右腕から、赤い閃光が放たれた。
エウロペは輪にした両腕の間に幾十もの投槍を生みだしそれを円柱の盾とした。
アステリオスは牛の蹄のように節くれ立った拳を赤い閃光に拳槌打ちで叩きつけた。
 真っ直ぐにエウロペの肩口を狙っていた赤い閃光はアステリオスの落雷の如き一撃により、
失速し墜落する飛行機のようにその尖端をコンクリートにぶつけ、円柱の手前で煙を上げながら停止した。
 そうして初めて二人ははっきりとした形でそれを見た。
 赤。紅。朱。赫。緋。全てがアカイ。どす黒くアカイ。鮮やかにアカイ。
 杭――人間を五、六人纏めて串刺しにできるくらい長い杭であった。一体幾多の血を啜ってきたのか。杭そのものが血で作られているかのように、滑らかで艶やかな面をしていた。
 二人の動悸が命を奪われそうになったという事実以外の理由で速まった。皮膚に泡が立ち、背筋に氷柱を突っ込まれたかのように震えた。
「……二人とも戦闘の逸話と経験がほとんどないにしては中々良い反応だ」ブラドはそれだけ言い、己が宝具『餓え渇く鮮血の粛杭(カズィクル・ベイ)』を手に飲み込ませた。
 ぞうる! ぞうるるるぅ!
固く、ブラドの背筋のように真っ直ぐな杭が蛇のようにのたうちながら飲み込まれていった。
 こきこきと鳴らす手にはもう、杭の出た穴の影も形もなかった。ただ濃密な血の臭いだけがその名残だった。
 掻き消えるように得体の知れない恐怖は消えた。
「…………」ぎりぎりと奥歯を煮立った憤怒で鳴らし、エウロペの抱えていた投槍をか細い抵抗を無視して纏めて掴み取った。そして半分に分け、槍衾の切っ先をブラドに向けた。
ギリシャ神話の時代から、神秘を重ねてきた神代の投槍は同じ時代に生きた怪物の握力により、悲鳴を上げていた。
 エウロペは口を開け閉めするだけで、その口からは何も言葉を発さなかった。
「良い殺意だ。他に惚気る事もなく、全てを私に向けている。…嗚呼、良いいぃぃい!!」
 怜悧な美貌をくしゃくしゃと歪めた。それは獲物を前にして行う威嚇の笑顔のようであった。
「…な!」アステリオスは『何のつもりだテメエ!』と言った。
 言葉は伝わらなかったが、殺意は十分に伝わった。喜悦に歪んだ顔がますます歪む。
 完全に答える気はなく、アステリオスは答えさせる気にするため行動を起こす。
「ぶっっもおおおッ!!」「あ」大きく振りかぶって、右の渾身の一投。
それは到底、投擲とは呼べない御粗末なものであった。
重心の関係で切っ先が前を向くように造られている投槍であるが、常識外の力で投げたためか、纏めて投げた投槍の群は統率の取れてない魚群のように、横向きや逆さまに飛んでいった。
 だが、狂化を解いたアステリオスの筋力はB――その膂力で投げられた物体は、人間の投擲限界速度を紙のように突破し、音の壁にぶつかりながら野獣の牙の如く、獲物を喰らうべく飛翔する。



 肉に触れれば、例え英霊であっても、削ぎ飛ばされる凶器の群を前にブラドは悠然と佇んだままであった。
 鎧を顕現(着る)する暇もない。中る数は少なくとも、二、三撃で部位にもよるが重症を負う威力を持っている牙の群。それにブラドは――、
「ククク」喉を鳴らすように笑い、恋人を迎えるように投槍に身を投げ出した。
 ――肉を裂き、骨を砕く異音もなければ、血の滴る音もしなかった。牙の群は、それが幻影であるかのように、若しくは獲物が幻であったかのように素通りした。
 無論、どちらも違う。投槍は実体であるし、ブラドも同様である。――そう、ブラドは触れれば冷たい水滴の付く“霧”という実体になっていた。
『餓え渇く飲血の領地(ヴラディスラウス・ドラクリヤ)』――伝承上の吸血鬼を再現する宝具。
吸血鬼の存在を一躍有名にした怪奇小説により、彼が手に入れた夜間限定能力(宝具)である。
その能力のうちの一つ――霧化。体を霧に変えて、物理的な攻撃を無効化する。物理的な攻撃手段しか持たない英霊にとっては圧倒的優位に立てる能力である。
そして、その能力を持て投槍の群を無効化にしていた。素通りした投槍は地面を削り飛ばしながら崩壊し、ただの棒きれと化した。
「…………」残った左手の武器を握りしめ、歯噛みした。自分では毛筋ほどの傷も負わせられない、と悟ったのである。
 霧が集まり、黒スーツの美丈夫に変った。その体には埃一つ付いていない。
「ククク、さすがは神話時代の代物だ。宝具ではないにしても神の贈呈物。まるで、九ボルト乾電池を舐めたかのように痺れたよ」
 そう言い、また兇悪な笑みを浮かべた。
 もし、投槍が銀製や聖別された物であるなら、ブラドに目に見える傷は与えなくともダメージを与えることができただろう。しかし、投槍は材質不明であった。
 ダメージは肉体、精神共に皆無と言っていい。
「――ッ!」アステリオスは左手に残った半分を折れんばかりに握りしめ、歯も半分に押し潰されるくらい噛み締めた。無表情の顔にはっきりと分かるほど怒気が滲む。
 然らば、残った投槍をうまく使ってガス欠するまで殴り続けてやろうか、と思ったとき、背後から声がかけられた。
「アーちゃん。ちょっと待って」エウロペの声である。静かで穏やかであったが、その声に含まれるのは、張り詰めた弓のような剣呑さであった。
 エウロペはブラドに向き直った。
「いったい何のつもりなのかなー?」エウロペの顔は笑っている。しかし、確かに怒っていた。怒りの矛先は確かにブラドに向かっている。だが、矛先は自分にも向いていた。
それは、大切な者の行動を止められなかった者が自分に向ける怒りであった。
「お前の肉をちょっぴり喰おうとした」まさに食人嗜好者。
 激情で動こうとするアステリオスの体をエウロペは手を握り引き留めた。
「……いくら時間が経てば再生すると言ってもいた~いのは、ヤなんだけどー」
「……君が言いたいのはそれだけか、姫よ。この人でなしの化物に他に言うことはないのか。我らを知らぬ者よ。王の母よ。主神の肉欲処理女よ。」
 指骨の不協和音を奏ながら、立て続けに問う。挑発的な侮辱を込めて。
 アステリオスは言葉の意味が分からなそうであったが、顔に出さず睨み続けた。エウロペは聞き流したが、手を握る力が増した。
「ん~~……、アーちゃんとブラドくんが同じって、どーいうことかなー?」
 ブラドはまったく分からないのかこの無知女(むちめ)!と発し、唇をいつものように引き締めた。
「破壊を喜楽とし、人喰らいを生態と本能とする。それが私とアステリオス君の本性だ。化物だ」
 簡潔に言った。それだけで事足りるとばかりに。
「…………アーちゃんは化物なんかじゃない。エウさんの可愛い孫よー。それは絶っ対に変らないよー」
 ブラドはやれやれと首を左右に振り、口を開いた。口の端から覗く犬歯はさっきより妖しく輝いていた。
「ああ、確かに彼は君の孫だ。血の繋がりはないがそんなもの何の障害にもならない。血縁関係なぞ、家族というコミュニティを造る上では、些末な要素だ。これは犬を家族ととるか、
とらないかの問題に似ている。意志と絆と愛があれば誰であって家族(ファミリー)になれるわけだ。……だが!」
 そこで一区切りし、



「家族だからと言って、その者の本質がなくなるわけではない。アステリオス君は化物だ。人を破壊し、喰らわずにはいられない化物だ。これを止めるというのは、赤毛の糸傀儡が偽善を止めるようなものだ。なくならない。
こればかりは止められない。君も私を殴ろうとしたときその面から化物の嗜虐心が滲み出ていたぞ!」
 貫くように指を突きつけた。その指から発せられる不可視の圧力でアステリオスは後ろにぐらついた。エウロペは指先が白くなるほど手を握りしめた。
「エウロペ君も少しは感じ取れているのではないか? だから、マーキングする犬のように人間の臭いで化物の臭いを消し去ろうとしていたのではないか? まるで独占欲の強い娼婦が、気に入りの客に印を付けるように」
 ブラドは役者のように架空の外套を翻した。エウロペは何も言えない。
「我らは化物だ! 化物賛歌を歌い上げ、青ちょびた顔で殺しにかかる兵共を屠り散らし、絶叫の協奏曲を歌わせ、可憐な乙女を醜女に変えるくらい恐怖で追い詰め頭から喰らい踊る!」
 感極まったかのように胸に手を当て、絶頂に達したかのように恍惚の表情を浮かべた。
 その様は、今し方最高の女を抱いた益荒男のようであり、血溜まりの上で腹一杯満食い散らかした化物のようであった。
「エウロペ君は、孫が何かを破壊することで化物の本性が浮かび上がってこないか心配しているのだろう。そしてそれを止められなかった自分に怒っているのだろう。――実に下らない! 化物にそのような感情を向けるな! 
最悪だ! 愛しい孫を見てみろ。私の話を聞いて、その情景を浮かべた孫は涎を零しそうだぞ」
 いつの間にか足音一つ立てずブラドがエウロペの眼前に近づいていた。紅の三白眼から赤光が放たれている。
「――!」位置が近いのでほぼ真上に首を曲げることになる位置にある顔――無骨な顔はいつも通りの強面であった。しかしその下の喉がゴクリと蠕動した――。
「……!」エウロペは唇を噛み締めた。桜色の口唇が紅に染まり、紅を流すくらいに。
 愛しい孫は化物だ。それは知っていた。現代(いま)という時代で、聖杯戦争という舞台で、あり得ない出会いを果たした祖母と孫(運命)。祖母は化物の孫を深く愛した。愛したのは家族だからか。
それとも謝罪行為だからか。迷宮(ラビリントス)に幽閉されるとき助けて上げられなかった故か。真実は彼女の胸の中にある――。
 ぶるぶると震える体は雨に打たれた子犬のよう。
 俯き項垂れる頭は家族全てを失った親のよう。
 光を失いかけた瞳は死人のようで――――――、
 そんな死人寸前の彼女の肩に手が置かれた。牛の蹄のように固く、節くれ立って、常人の二倍以上ある手。
 その手の主はアステリオス。化物(アステリオス)。ミノタウロス(アステリオス)。
 信じられないほど穏やかな笑みを浮かべた巨漢の少年である。その笑みはエウロペ以外にも分かるほどはっきりと穏やかで、優しげで、良いモノだった。
 アステリオスは静かに言う。
「自分は…化物……。でも……」辿々しく、初めて鳴くひな鳥のように言う。
 ブラドは首肯する。
「人間…になる……おばぁのために……なる!」生命力溢れる力強い声で言う。
 ブラドは惚けたように、口を開けている。その瞳には大きな驚愕。
 エウロペは涙を一滴流した。その瞳には膨大な感動。
「だから…人間らしく……おまえを……ぶちのめす!! ぶもおおおおおっ!!」
 投槍を握りしめたまま殴りつけた。投槍の束は小枝のように握り折られ、顔面に巨大な拳が激突した。
「ぐぶらばはああああっ!!」
 惚けていたためか、霧化することもできず、褐色の迅雷の如き豪腕により殴り飛ばされた。
 漫画のように水平に飛び、石くれの粉塵を巻き上げ、水面を水切りし、盛大な水飛沫を上げた。
 殴る際、アステリオスは己の固有スキルを発動させていた。
怪力:A
 一時的に筋力を増幅させる。魔物、魔獣のみが持つ攻撃特性。
 使用する事で筋力をワンランク向上させる。持続時間は“怪力”のランクによる。
これにより筋力がB→Aへ上昇した。ワンランクの上昇であるが、英霊のワンランクとは人間のランクとは桁が違う。Aランクともなれば、竜を屠り去る筋力である。




アステリオスは殴った。怪物的膂力で、怪物専用スキルを用いて。だが、その心は化物の破壊衝動に満たされていない。
気高い人間の心で、大切な人を悲しませた憎い男を殴り飛ばして、謝らせてやるという気持ちで満たされていた。
 人間である――大切な者のために拳を震うことのできる者は人間である。
 これはエウロペにも、そして殴り飛ばされたブラドにも理解できた。

 エウロペはブラドを殴った孫を叱ることも、悲しい目で見ることもなく、抱きつき、頬にキスをした。その顔はいつも以上に綺麗で、嬉しそうな笑顔だった。
「殴っちゃったねぇ。でも」再度抱きしめ「ありがとうね。エウさんの為に起こってくれてー♪」
 ぎゅっと抱擁し、アステリオスもその無骨な頬に朱がさした。
 そして、これからどうするか思案した。夜のブラドはあの程度では死なない。宝具の燃料となる血液も生の食材から摂取できるので(無論、処女の生血より遙かにエネルギー量は低い)、
二人ともあまり心配はしていなかった。
 とりあえず様子を見て見ようと、未だ水飛沫が舞っている爆心地に歩を進めようとしたとき、それが来た。
 水面を爆発させながら、飛魚のように飛んできた。
 赤い物体――赤い棘を生やした魚――それが十数匹。
 隼よりも速く、正確に二人目がけて飛んできた。
「アーちゃん!」前を歩いていたエウロペに、アステリオスは瞬時に地面を陥没させる踏み込みで駆け寄り、左手で掴み上げる。エウロペはアステリオスに対策を任せた。
 信頼して、一人の男に迎撃を任せたのだ。 顕現なす獲物は自身が閉じこめられた迷宮(ラビュリントス)の語源となった武器。
 それは諸刃の戦斧である。それも一つの刃が学習机並に広く、柄が二メートル程もある。実用度外視の鉄塊とも言うべき代物であった。
巨大諸刃戦斧――これがアステリオスが英霊になってから与えられた武器である。Weapon欄には入ってないが、いわゆる魔術師(キャスター)の持っている杖みたいな扱いである。
「ぶうもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!」
 鬨の声は牛の咆吼。握る剣は巨大諸刃戦斧。心に宿すは守護の情(おもい)。
 右手一本で暴風を生み出しながら、赤い毒蛇の一つ一つを切り払い、叩き潰しあるいは吹き飛ばした。
 張り詰めた大胸筋によって遂にTシャツが繊維張力の限界を迎えて千切れた。
 刃と棘が激突する度に鉄火の花が咲き、暴風がエウロペの帽子を吹き飛ばしそうになる。
 全てを防ぎ終わり、ダンッと石突を地面に付け、呼気を一つ静かに吐いた。
 それは姫君を守る騎士のように凛々しかった。ただ、『あん♪ アーちゃん。そんなに乱暴に掴まないでー。おっぱい潰れちゃうよー』というあえぎ声さえ無視すれば。
 アステリオスはエウロペを掴んでいた左手を緩めたが、エウロペの自身の体に比べればとても小さい体を抱き寄せたまま、ブラドがいる場所へ視線を向ける。
「おっぱい(母乳)が欲しいなら家に帰ってからあげるからー、こんなとこじゃ駄目よー」
 エウロペの戯言は無視した。エウロペなりに戦った経験がなく、息の荒いアステリオスの緊張を解そうとしているのだが、はっきり言って“空気読め”である。
 シリアスはできない性質(たち)であった。

 兎に角、徹底的にぶちのめさないとあの化物は止まらない、と二人は思った。エウロペはアステリオスが暴力を振うのに悲しみはないし、
自分も戦う覚悟でいた。アステリオスはエウロペに傷一つ付けさせないという覚悟でいた。



星明かりでチラチラと光る水面を二人で見る。静かに流れる水面を見ると、先ほどまでの惨状が嘘のように思えてくる。
 しかし水面に異常はなくとも、水上に異常がいた。
 ――蝙蝠の群。黒い繭のように一塊になって飛んでいた。そしてエウロペらの存在を確認すると、耳障りな羽音を立て襲い掛かってきた。
 アステリオスは受け取った投槍を投げるがかすりもしない。襲い掛かって来ると思っていた蝙蝠の群は二人の側を素通りし、振り返ったエウロペらの十メートル先で、一つの形をとった。
 ジャーマン・コンチネンタルのスーツではなく漆黒の西洋鎧と鮮血色の外套を纏った美丈夫であった。しかし――、
 肉の焦げる臭いが辺りに漂い、濛々たる濃い蒸気がその漆黒の男を隠していた。川に落ちた所為である。吸血鬼は流れる水の上を渡れず、水に触れられないという伝承がある。
『餓え渇く飲血の領地(ヴラディスラウス・ドラクリヤ)』は吸血鬼の能力と長所を再現するが、それと同時に短所も再現してしまう。これはどうしようもないことである。
 長所を得ればその裏の短所も得ることになる。
 普通の吸血鬼(死徒)は川に落ちればほぼ即死するが、宝具によって吸血鬼になっているブラドには即死するだけの効果はなかったようである。もっともかなり消耗するのを免れなかったようであるが。
 籠手に包まれた手が黒髪を後ろに流した。もう、蒸気は昇っていない。個人差はあれど、全身火傷程度なら数分で完治する。もっともその分魔力を消費し、ブラドが宝具を使ったなら血液を消費していた。
ただでさえ夜間は青白かった顔色が白く染まり、目にも力が宿っていない。
 傷のない満身創痍状態である。
 エウロペはその姿を見て「もう終わりにしよー。さっきまでのことは痛み分けにしましょー」と言った。
 傷は塞がったが、ダメージを受けた事実に変わりはない。痛い事実である。
肉体的ダメージはブラドが多く、精神的ダメージはエウロペらが多かった。
 五分五分のダメージ。元より誰も死んでおらず、孫を侮辱したブラドをこれ以上傷付ける理由はなかった。だが、
「くっくくくうっくくく……はぁっはははっはははははは!!」
 満月に鳴く人狼のように天を仰ぎ、高笑した。「はははっははははははははははははは、実に良い! たまらなく良い! こんなにも! こんなにも愉快な気分は初めてだ。化物が! 私と同類が! 人喰らいの畜生が! 
こんなにもこんなにも人間らしい情動で殴るとは! ははははははは! やはり人間は素晴しい! 卿は人間だ。証明書をあげても良いくらいだ! あはははははははッ!」
 頭を血が出るほど掻き毟り、これ以上ないほど歓喜を込めた声色で高笑し続ける。
 その様子を呆気にとられ、見つめていたが、このままではラチがあかない、言葉を聞きそうにないのでエウロペは投槍を一本顕現し、軽くブラドに向かって放り投げた。
 投槍は縦回転しながら向かっていたが、それはあっさりと指で挟んで止められた。投げたと言うより放った、と言った方がしっくり来る投げ方であるが、笑い転げていても戦闘職の英霊、害悪には反射で対応する。
 ピタリと高笑が止み、すぅと呼気を一つ静かに吐いた。高笑がなくなり静寂が訪れた川岸に、その呼気は荘厳な神殿に響く靴音のように響いた。
 ぞわ ぞわ ぞわ 闇暗が濃くなる。赤く濃くなる。
 エウロペらの肌は泡立ち、汗水漬くになった。ブラドは赤い杭の宝具を出していない。それでもこの圧力(プレッシャー)。
 アステリオスは柄を握りしめ、エウロペは『青銅の守護巨神(タロス)』を起動させる。
 ブラドの一挙手一投足に全霊で注目する。五感全てを使って“殺し”を感じ取る。ガチガチに警戒しているのがバレバレであるが、この際それは気にしない。
 ブラドの視線が二人を向いた。ただ見つめているだけなのに二人のかく汗の量が倍加したように思える。
 そして、犬歯の目立つ口を開いた。ゆっくりと頭を下げる。
「有り難う――」感謝の言葉。一般用語である。隠語や隠喩でもなくただの“有り難う”。この場を造った状況を鑑みれば異常とも言える言葉。
「こんなにも良い思いをさせてくれて、卿らよ有り難う」再び感謝。良い思いという。マゾヒストでもない限り抱かない感想を言う。
「卿らには何度礼を言っても足りぬ。こんなにもこんなにもこんなにもこんなにもこんなにも心が、体が、魂が漆黒に染まって卿らと闘争(戦い)いたいと思う――――――――!」
 紅の三白眼を凶相に歪め、漆黒の弾丸となり、突っ込んできた。



 「もおおお!」血色の杭と戦斧の刃の腹が激突し互いに鉄火の花をあげた。中世のランクB宝具でも、神代の戦斧は貫けなかった。
だが、激突音の衝撃波は大気を音叉のように震わせ、互いの足下をひび入らせた。
 アステリオスは膂力で優るが、敏捷で劣る。ぎりぎりで防いだ。
 さらに悪いことにブラドの固有スキルが状態を悪化させていた。
串刺しの杭:C
 恐怖の代名詞ともなった、ヴラドのトレードマーク。ヴラドの宝具と対峙したものの士気を激減させる。対精神干渉系のスキルで回避可能。

 見れば恐怖で心を支配される。対精神干渉系スキルを持っていないとどうしようもなく心が恐怖ですくみ上る。膝が笑ってしまう。喉が干上がる。
 先ほどまで感じていた恐怖がチャチなモノだと思えるほどに、心を直接侵す。
 情緒があまり動かないアステリオスにとって、この恐怖という感情は新鮮なものであった。自分の下に来た子供達や動物達の気持ちが、今、自分自身の心を通して理解できた。
 だが、今は感動を噛み締めている場合ではない。押し相撲している赤い杭は致死の猛毒なのだ。怪物の体を持っているアステリオスでもかすり傷で致死になる。
 アステリオスは“怪力”を発動させ、押し込んでいたブラドの体を弾き飛ばした。
 ――――抵抗が軽い。杭を弾く鋭い音がしない。赤い粘体を仰いだだけ。
“怪力”を利用された。ブラドの“策略”に填ったのだ。
 ブラドは石突を地面に付けてつっかえ棒にし、アステリオスと押し相撲していた。あまりにも楽しくてもそれで我を失うほど馬鹿ではない。
 アステリオスが怪力で弾き飛ばそうとした瞬間を見計らって、右手に杭を飲み込ませた。
 杭は蛇のようにのたうちながら、ブラドの右手に吸い込まれていった。
そう柔らかくなりながら。スライムのように流動性を持って。
アステリオスの戦斧の打ち払いは見事に空ぶった。見事に体勢を崩した。大きな隙ができた。
「あ……」前髪に隠れた目が誰にでも分かるほど見開いた。その赤褐色の瞳に映るのは、漆黒の死神。籠手の掌の穴をアステリオスの眉間に向けて、笑っている。
 戦斧を盾にしようとするが間に合わない、時間がゆっくりと流れる、
穴が鈍く、赤く光りそこから猛毒の紅が顔を出し―――――!
 ジュハアアアアアアアアアアあアアアア!
 杭はアステリオスの背後から放たれた十条の熱線を迎撃するため、アステリオスの皮膚には届かなかった。
 杭の表面は焦げ付いたフライパンのようになっていた。
 ブラドは見る。熱線使いの弓兵という特異な英霊を。乳白色のドレスを着た王妃を。
 静かに響く女の声、
「神代青銅神造自動人形。イーコール灼熱霊血。全長十八メートル。重量三十六トン。
全方位対応熱線、灼熱投石弾及び武装劣化外殻。
『青銅の守護巨神(タロス)』
 整備の具合は完璧(パーフェクト)よ!」

 腕を交差させて、凛然と佇むその女は先ほどと容姿が変化していた。帽子は消え、銀のカチューシャに。オーバーオールはギリシャ風の薄絹のドレスに。
首には黄金鎖に奇抜な青銅顔面を下げたネックレス。
 王の位に立つものがそこにいた。クレタ島最初の王妃。欧羅巴の語源となった者。
 エウロペ。
 サンダルを鳴らしながら、アステリオスの横に並び立つ。スカートが翻る度、鈴を転がしたような衣擦れが響く。
ブラドは睨め付けるように杭を見る。じわじわと自己修復し、焼けていた表面は綺麗になった。
「…ああ、そうか。武装劣化外殻から放たれた熱線だから、融けたのか……いや、単に水分が飛んだだけか。クク、面白い現象だ」
 面白い玩具を見付けた子供のように杭を見つめる。それに――――、
「……えい♪」射撃で対応した。エウロペの左右から熱線が二条、頭上から投石。それぞれ両膝と上半身を抜く為に、



「ふん」鼻息を一つつき、回転している投石は杭を線路にして流し、熱線はダンスのように足を交差させてあっさりと避けた。
 投石は地面に墜落し
「つまらぬ攻撃だ。ケチな親父が高級ブランデーをちびりちびりと飲むような、醍醐味を台無しにしている。そんなものではなかろう。
王族だろう。震え拳は押さえつけて、王族の顔で向かってこい。戦列を散らせて前へ前へ」
 エウロペの体は震えていた。戦場で劣勢でも勝利を確信した表情をし、国民には笑顔のみを向ける王族の頑健な表情筋で笑顔を保っている。
同じく頑健な声帯でいつもの声を出しているが、恐怖している。
 今にも失禁してしまいそうな恐怖がエウロペの心臓を締め付けいる。歩いたのだって、二三歩だけで、これ以上は腰が抜けてしまいそうだった。戦場経験や狂った経験があれば少しは対抗できただろうが、ないものを強請っても仕方がない。

 エウロペはアステリオスに目配せし、人差し指を天高く指し、投石弾を真上に発射した。
 小さめの一抱えくらいの岩が熱を残しながら地面と垂直に昇っていく。
「? 何のつもりだ」それに答えず、アステリオスに抱えられながら今度は川に向けて十条の太い熱線を照射した。
同時にアステリオスの右手に握られた戦斧の乱打がコンクリートに大穴と地割れを引き起こす。
「タタタタタタタタタタタタッ!!」「ぶもおおおおおおおおおおおおおっ!!」
 水面に触れた熱線は水蒸気爆発を起こし、川底を顕にした。
 刃という“線”の形に内包された竜を屠るエネルギーは大地震の如く地盤を崩壊させ、周囲一帯を沈下させた。
 水蒸気爆発によって巻き起こった水のヴェールはブラドに襲い掛かったが、杭槍の旋風により吹き飛ばされた。
 槍兵らしい足捌きは止まることなく、沈下した地盤を巧みに裂け、熱線を弾き、石くれを避ける。
 溜息を一つ吐いた。
「つまらないな。もうちょっと知恵を絞れ」呟き、アステリオスが巻き上げた石くれを杭槍で弾く。さらにエウロペの投げた瀑布の如き投槍の群も同じように弾いた。
 その呟きに答えず、杭の射的距離より離れた岩塊の一つにアステリオスは立ち止まる。戦斧をエウロペと顔を守るようにかざした。
 そして落下音が鳴り真上に投げられた岩石が降ってくる。無論、ブラドにはかすりもしない。目の前に落ちるだけ。水がたっぷり染み込んだ底の浅い瓦礫の隙間に入り込んだ。
 紅の瞳にその光景を映したとき、ある未来が見えた。その未来は“軍略”による戦術的直感によって見据えた未来。与えられた理科の知識が見させた未来。

温度差 熱 冷 爆発的崩壊 至近距離 食い込む破片 隙 アウト。

「チィィィ!」鋭い舌打ち。跳躍で回避する。身動きできない上空に逃げたのは、どのような攻撃にでも対処できる自身があったからだ。
そして、そこで岩に注目しすぎて隙を作るような英霊ではない。二つの位置を同時に警戒している。



 穴に落ちた投石弾は猛烈な蒸気をあげ、乾いた音を立てて軽く破片を撒き散らしただけに留まった。
「!」直感が外れた、見据えた未来では、派手に砕け散り破片が猛スピードで食い込む筈だったのに、しなかった。
 目を見開いたブラドにエウロペの声が届く。朗々と。
「分子の隙間が均一でない自然石が漫画みたいに木っ端微塵になると思ってるのー? 知識だけじゃあなくてー実際にやってたりー、調べたりすれば良かったのにー☆」
 それは知識と知恵の差。好奇心で子供の悪戯じみた行為を何度もやり、一週間ぶっ続けで閉店まで立ち読みし続けた過去による勝利の要素。
 それが、百戦錬磨の化物に無駄な回避行為をさせた。聖杯の知識はこうだ。『熱した土鍋に急に水をかけると砕け散ります』
教科書問題の正解! そして、正解は正解とならず“不”の文字がつくことになり、それを正解だと思ったブラドに“敗北”の文字を付ける。

エウロペの声がした咆吼を見る。跳躍中のブラドより上空。アステリオスの手により、野球ボールのように投げられたクレタ島の王妃が! エウロペが! いた!
「王手詰み(チェックメイト)よー? 『青銅の守護巨神(タロス)』?」慈母の如き笑みを浮かべ、上から勝利宣言する。
「こ…の、」ぶつぶつと顔中に血管が浮き、右手より『餓え渇く鮮血の粛杭(カズィクル・ベイ)』その他の部位より『餓え渇く飲血の領地(ヴラディスラウス・ドラクリヤ)』の変身能力による狼の牙の群。
「ドグサレガー!!」
 鮮血色の杭槍が、狼の集合体と化した異形がエウロペの柔肌に食い込まんと襲い掛かる。
 だが――その鋭いモノも神代の自動人形の外殻には、食い込むことはなかった。
 エウロペの前方から潜伏能力を解除され、顕現した黄金に輝く自動人形。
 全身を投げ出すように俯せで落ちてくる。そして、拳を振りかざした。
「タタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ
タタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタロース!!!!」
 爆熱の乱打(ラッシュ)。異形の牙は最初の一撃で潰され、杭槍も黒く燃やされながら破壊されていく。ブラドは叫び声も上げることができず、拳に潰され、
燃やされ、逃げ出すことも、対抗することもできず、全身隈無く破壊されていく。
 そして、トドメに三十六トンのボディ・プレス。
 戦斧よりも大きい地響きが響き渡り、コンクリートを解かした。そして、エウロペが指を鳴らすと、霞のように消えていった・
 ブラド完全沈黙。全身黒こげ。五体不満足。ある程度の再生によりガス欠。完敗。
 エウロペ串刺しの杭の効果により、腰が抜け着地することができず顔面から着地し、かなりあられもない姿をキャッチに間に合わなかった孫に披露することになった。
 エウロペ&アステリオスほぼ無傷。完全勝利。



その後、上空から文字通り飛んでやってきたプテサン・ウィとオルフェウスにより、現場の修復及び周辺住民への裏工作を行われた。
 セカンドオーナーによる『喧嘩するなら場所を用意してやるからそこでやれ。勝手にやったらぶっ血KILL条例』に違反したことにより、反省文十枚と奉仕活動がエウロペとアステリオスに科せられた。ブラドには反省文五十枚と宝石調達の刑が科せられた・

 そして、舞台はコーポ・アトラスへ移る。


 お湯がタイルを打つ音が響く。洗面器を持っているのは白い手。泡だらけの広い褐色の背中を流していた。そして、シャンプーを適量取り蓬髪に擦りつけ、泡立てる。耳の後ろや項、顎の下まで細かいところまで、細い指が踊る。瀬戸物を作る手つきにも似て優しげで繊細だ。
 ざばー――――――――!

「ふぃ~~~ん♪」蕩けた声の主はエウロペだ。かなり底の深い風呂に入っている。風呂だけではない、部屋も机も椅子もキッチンも全てが巨大に作られている。
 此処は規格外の体格を持つ英霊専用マンションコーポ・アトラスである。入居条件は身長二メートル以上、体重百二十キログラム以上。
二つの条件の内、一つでも該当すればOK。なお、基本一人部屋だが保護者や兄弟、子供、恋人、伴侶との同居は認める。

 縁に捕まってないと溺れてしまいそうだが、胸と尻に特大の浮き袋がついているのでその心配はなかった。水に浮かぶ風船のように、白い乳房が浮いていた。桜色の尖端が上を向き、ゆったりとしている。
 背中にはアステリオスの腹が密着している。腹は完璧に割れ、柱のように太く、上にはさらに膨れあがった大胸筋が見て取れる。
 二百十センチに二百十キロの筋骨を詰め込んだ肉体としては、驚愕の一言につきる。脂肪もなく獣の筋肉と高密度の骨格により、モンスターマシンの如き大迫力のボディであった。
 エウロペの方も大迫力である。乳房的尻神様的意味合いで。
 そんな二人が洗いっこして、一緒の湯船に浸かっていた。エウロペも顔が蕩け、幸せそうであり、アステリオスもエウロペにしか分からないが幸せそうである。
「う~~にゅ☆」猫のように手足が伸びた。太い足に乗った臀部から爪先までがピンと一直線になる。細い腕も同様に筋肉のこりをほぐすように。
「ぷひぃ~~♪」風船が萎むかのような声を出し、また蕩けた。アステリオスの背中と大腿部に完全に体重を預けてしまっている。アステリオスの方は――、
「……………」全くの無反応である。健全な男子なら股間の獣がボンバイェ♪ 今すぐ布団へGO!と言う状況だが、全くの無反応である。
 エウロペにしか分からないゆったりした表情をしているアステリオスにエウロペはクスリと笑い、固い胸に乳房を押しつけて言った。
「今日はありがとうねー。戦ってくれてぇ、怒ってくれてぇ…って、あそこで言ったね。まっいいかー☆」
 自分のうっかりを自分で気付き、自分でツッコミ、自分で納得してしまった。
 「で…」アステリオスは『でも、おばぁも戦った。自分一人じゃあいつをぶちのめす事なんて出来なかった。それに、おばぁも怒った。自分の為に怒った』と言った。
 エウロペはアーちゃんの事だもの、いくらでも怒りますよー、と言った。
 その口元はクスクスと笑っていた。かわいい、とその口元が語っていた。
「アーちゃんは何かして欲しくないかなー。エウさんに何かないかなー」そう言い、さらに密着してきた。
その声色は先ほどまでになかった蠱惑的な色を帯び、湯に浸かった肢体からセミラミスのように淫靡さが漂ってきた。
 手は胸板をまさぐり始め、尻間はさらに大腿部に食い込んでいった。



 アステリオスはしばし黙考し、「べ」『別に何もない。おばぁがいればいい』と言った。
 クスッと苦笑し「じゃあ、お願いがあるんだけどー」と言った。
 その声は甘やかで、染み込むようにアステリオスの鼓膜に吸い込まれていった。
「い」『いいよ』と言い、エウロペは「あのねー」と前置きし言った。
「魔力を使い過ぎちゃったのぉ。アーちゃんがなんとかして?♪」
 アステリオスはその言葉に顔を強張らせた。そして俯き、顔を上げ『分かった』と言った。
 準備をするため、アステリオスは先に上がり、エウロペは広い浴槽に一人取り残された。
 エウロペはとても楽しみそうに顔を綻ばせ、熱くなった体がさらに熱くなるだろうと思いながら、しばらく湯に浸かっていた。

「いただきまーす」「い」手を合わせて日本式の食事の挨拶をする。
 目の前には色とりどりの料理。無論、全て出前の品である。
 英霊にとって食事は不要である。乾きも飢えも無縁の存在である。しかし、英霊と言っても目の前に料理を出されれば腹は空く。さらに生きていた時代と比べて、この時代の料理は栄養素も味も段違いである。
あまりのうまさに食道楽に走る英霊も多いのである。
 そして魔力の回復に料理は手っ取り早い手段である。“食う”という行為はその物の存在を肉体的に精神的に取り込むと言うことである。
 英霊も食事を摂れば、ただ眠っているより速く魔力が回復する。勿論、さらに手っ取り早いのは魔術師やキャスターと契約し、魔力を補給して貰うことだがそれはとらなかった。
 キャスターらが番長漫画的協力作った大聖杯・マークⅡによって必要な分の魔力は供給されるので、数日経てばすっかり元通りになるだろう。
 そして、アステリオスは誰の目が見ても憔悴していた。出前を頼んだからである。
 人見知りが激しく、エウロペ以外ほとんど会話しないアステリオスにとって電話という物は拷問道具に等しかった。
 受話器を取ってボタンを順番に押すのは簡単だったが、知らない人と会話して注文するというのが大変であった。たどたどしく、震える子犬のような(野太い)声で、
店の親父に何度も聞き返されながら注文し終ったときには、かなり老けて見えたという。
 会話のできる内の一人である大家に頼んで、代りに注文してもらう、という手段にまだ気付いてない。
 このような苦行をさせたエウロペは孫のためを思って頼んだのだが、料理を食べながら(あーもう可愛いなー♪ 今すぐなでなですりすりしたいなこんちくしょう?♪)と思っているため、説得力はなかった。
 悶えるピンクネグリジェ女であった。
 そして料理を食べながら(食べさせながら)一部が楽しい食事は終った。

 そして―――、
 コトン、と言う音が玄関から響いた。アステリオスが洗った皿を玄関前に置くついでに見に行く。
 帰ってきたアステリオスの手にはビニール袋が握られていた。
「それなーに?」「?」どちらも疑問符。見覚えのあるビニール袋であった。
 エウロペの渡し、中身を取り出す。
 出て来たのは二つの編みぐるみ。茶色の大男と白の女のである。モデルは言うまでもない。袋に入っていたのはそれだけであった。
「ふふふ♪」「………」二人は顔を見合わせ、互いに笑いあった。
 そしてこれからも、あの不器用で化物であることに頭を抱えている男と仲良くやっていける確証が二人の胸の内にあった。
 編みぐるみをテレビの上に置き、床の準備をする。
 今日は疲れた。早く寝よう。アステリオスは正しい男のパジャマ姿になり、特大の布団に入る。その横にエウロペが潜り込む。
 その姿は体の大きさを無視しなくても、小さな子供と母親のようで―――。

  FIN




エウロペの投槍とりあえず復活記念SS完成しました。
いやー長い長い。何度も改稿して、かなりかかっちゃいましたよー。
……ごめんなさい。

このSSには皆様が作りになられたサーヴァントの宝具や能力の独自解釈が盛り込まれております。
どうかそのことを理解した上でお読みください。

おまけ
エウロペ・身長161㎝体重54㎏、B98W57H95。
アステリオス・身長210㎝体重210㎏、狂化が解けたことにより少しスマートになった。その分体重が減少した。
顔は人間のそれで、角はなし。
ブラド・身長185㎝体重97㎏。ダンディ髭。金で輸血パックを買ったり、転んだ子供の怪我にハンカチを押し当ててせせこましく血液を補給している。