某月某日、午後六時、とある児童公園にて。

「やあ、ジライっち」という、そんな気軽な声をジライヤは尻に捻り込むような衝撃と共に受けた。そして落ちた。
 地面に。さらに言うなら二メートルほどの高さから尻餅をつき、再度ジライヤの尻(尾てい骨と直腸)にダメージを受けた。
「…………………………!!!」
 声もでない痛み。何故かジライヤの脳裏に薔薇が散った光景が浮かんだ。
と、そんな男としてぎりぎりの状態になりながら、尻を両手で押さえ呻いていた。
 ちなみに着ているのは、最近のお気に入りであるショッキングピンクカラーの短パンに闇夜にとけ込む柄のジャケットである。
 下半身がそんなに目立っては上を地味な柄にするのは意味がないのであるが、そこは本人の趣味である。
 ファッションに、どうしてもこれ以外着たくない、と主張する人もままいる。
 ジライヤはぶるぶると震えながら立ち上がり、自分のかわいい尻を襲った暴徒に逆襲すべく振り向いた。まだ尻は押さえていた。
「……なんじゃ、デカ乳尻羽娘ではないか」
 そこに、人気のない公園に居たのは一人の女であった。
 流れるような金糸の髪に付けられた、翼を模したバレッタ。神の血を引く者特有の赤眼。恐ろしいほど自己主張している、押し上げられたシャツに包まれた巨大な乳房。
 うっすらと割れた腹筋が見える腹。右は膝まで、左を股間部位ぎりぎりまで大胆に露出したGパンを穿いているのは、肉付きの良い腰としなやかな足。
 それらのパーツの持ち主はやはりと言うべきか、美女であった。極上とも言うべき白皙の美女であった。
 余談ではあるが、彼女の胸に関して、某腹黒は『私って並です……』とコメントし、某ツインテールは『……………』と黙秘権を行使、
 某赤髪は、『え、え~と…………。そ、そうだ! 肩こり対策グッズを買いに行こう!と、それぞれコメントを返した。



「そのあだ名は語呂が悪過ぎやしないか? もうちょっとわたしみたいにフレンドリーなあだ名をだな」

【例:セドナ→セドにゃん。衛宮士郎→赤髪くん。プテサン・ウィ→ウィっち。エル・シド→パンダ。etc……】

セクハラなあだ名を憤怒するまでもなく、眉を顰めるわけでもなく、
自身のセンスを自信満々に言うことから。容姿と同じく彼女は常人とは感性も違うらしい。
「なんてことするんじゃ、男の尻を攻めるとは! ワシをせめていい場所は布団の上だけじゃ! 美女限定で!」
 怒りの声を上げながら、再度セクハラをかますジライヤ。最後の部分だけは譲らないつもりだろう。込めた魂が違った。
 最早、筋金入りの助平である。そもそも、わざわざ住処から遠くまで出歩き、風呂屋の覗きに適したポイント探しから、利用客層(若い子限定)、さらには発見された場合の逃走ルートまで調べ上げているのだから、
 最早筋金ではなく筋超合金である。
「ククク、クスクス、いやいや悪かった。声をかけても気付いて貰えなくてね。ついつい、強硬手段に出てしまった。平にご容赦を」
 しゃなりとそんな音が立つくらい優雅に金糸の髪を揺らし頭を下げた。ついでに胸を派手に揺れた。どうやらブラジャーの類は身に付けてないようだ。
 彼女のこういった服飾の着付けに対して、同居人(女性のみ)は口を酸っぱくして『つ・け・ろ』と再三言っているのだがあまり効果はないようである。
 彼女の主張は『きつい』『高い』『特注しないとない』『そんな高い物を何着も買わせるのは悪い』といったものである。
 家主である少年としては意地でも着けて欲しいと心の中で思っていた。


「フンッ、まったく」
 それで気を許したか、若しくは派手に揺れた乳房で気を許したか。兎に角、ジライヤの声はいつもの声色に戻っていた。
「で、なんのようじゃ? お前さん。そんな物騒な得物を持ち出しおって」
 そう言って、ジライヤが指を向けたのは一本の槍であった。
 長さ三メートル近い/材質不明の黒色/勝利のルーン/矢印にも似た穂先。
――それは槍であった。無銘の歩兵槍(スピア)。しかしその重量は常人が振るうどころか、持ち上げることすら困難な質量を有している。
 これらのキーワードを聞けばちょっと北欧神話や、それらから派生した物語をかじった者ならわかる事だろう。
 神性を剥奪された戦乙女、空を駆る翼を持ちし者。眠り姫の原典。愛憎の果てに愛した者を殺した乙女。
 その名は――――――――
「ブリュンヒルド、だ。『お前さん』と言う三人称もいいが、ここには二人しかいないから、名前で呼んでくれ。愛称はブリュンだ。ぶりゅっちでもいいぞ」
「ブリュンで呼ぶ……」さすがにそんなあだ名で人を呼ぶのは嫌らしい。ちなみにこんな遣り取りも十回を超えている。
「で、何のようじゃ? ワシは忙しいのじゃぞ。(覗きに)」
「君に用があってね。こうして訪ねてきたと言うわけさ」
自分が三人称で呼ぶのはかまわないらしい。都合のよい事だった。
「? 何のようじゃ? ワシに用など……マスター(ゾォルケン)どのから言伝か? いや、それなら念話で伝えられるか」
 ジライヤは考えを巡らすが、真相にはたどり着けそうにない、そうした空気を感じ取ったか、ブリュンヒルドは口を開き言った。
「いやいや、用があるのはわたし自身で、個人的な理由からだ」
 口元をにまにまと歪めながらそう言った。
「? ますます訳がわからん。お主に用を作らせた憶えはないがのう……」
「これからその“用”を話すから、とりあえず一緒に覗こう」
 そう言い、ブリュンヒルドは上を、先ほどまでジライヤが立っていたブランコを指差した。
「覗くのは、いっこうにかまわんが………………どうした? 上らんのか?」


 ブリュンヒルドは上れないわけではない。ブランコの何倍の高さを持つビルでも駆け上れる足を持っているからだ。
 先に上らないのには訳があった。
「……これがラブコメの世界なら【ニュートンのリンゴは不味い】と言う事実と必然性により、わたしは君を股間蹴りで無理矢理上へ、上らせなければならない。……でゅー・ゆー・あんだーすたん?」
 ブリュンヒルドの格好は下はともかく、上はシャツのみだ。もしジライヤより先にブランコの上に上ったらシャツの裾からその巨大な乳房の下部、もしかしたら乳首すら見えてしまうかもしれない。
 で、あるからそんなトリビア知識を使った脅迫でジライヤに理解させたのである。
「…………………」
 ジライヤは無言で従った。ちなみにニュートンも万有引力も、そのリンゴが不味いことは聖杯に与えられた知識で知っていた。
 ブリュンヒルドはジライヤが上ったのを確認すると、彼が振り返るよりも早く宙を跳び、絶妙な体重移動で髪、衣服の乱れ、足音一つ無くブランコの鉄柱の上に降り立った。

    to be continude. the next second.