あの第八次聖杯戦争から、およそ一週間の時間が経過していた。
 柳洞寺から失われた大聖杯は、史上最高の錬金術師の手によって無事に修復され、無事に柳洞寺に収められていた。
 そして、その後、士郎たちは、その平和がずっと続くと信じていた――――その最中。
 新たな聖杯戦争がその幕を切って落とされる。

 そして、召喚される七騎の英霊達。
 黄金の鎧を纏ったサーヴァントは、士郎に向かって無情に告げた。
「すまないな。君に恨みはないんだが……令呪を持っているというのなら、これも運命だ。一つだけ忠告だ。早く自分のサーヴァントを召喚したまえ。そうすれば、せめてこの場は生き永らえられるだろうさ」
 そして、士郎を守るようにして現れる光――――。
「君が、ボクのマスターなのかな? 初めまして、セイバーのサーヴァント、ただいま参上、ってとこかな」
 黄金のサーヴァントの息をもつかせぬ連続攻撃を、顔色一つ変えずに弾き返した少女は、士郎に向かって微笑みかけた。

 そんな中、未遠川に船を浮かべて戦に乗り出したギリシャの大英雄は、狂戦士・鉄鼠の襲撃を受ける。
 五十人の英雄を乗せた偉業船は、しかし、八万四千という圧倒的な数の暴力の前にあえなく敗れ去る。
「すまん、メディア。君だけは生きてくれ」
「……なんで? 私なんて、利用するだけの道具じゃなかったの!?」
「――――君には何もしてやれなかった。ヘラに心を弄ばれていたのが分かっていても、それをいいことに、操られた君の心につけ込んだ。だから――――せめて、これくらいはさせて欲しい」
 男の言葉に、返すべき一言も思いつかず、少女の姿をした魔女は、迷宮の闇に消えた。

「頼む、セイバー……虫のいい話だとは分かっているけど……」
「だいじょぶだいじょぶ。何とかなるって」
 虫の良すぎる士郎の申し出をあっさりと引き受けた少女に、士郎は危惧と不安を抱く。その少女の在り方はあまりに歪。しかし、楽天的に過ぎる少女の笑顔に、どこか懐かしい気持ちを抱いたことは事実。

 そして、士郎とセイバーは、未遠川の岸辺に倒れている、一人の少女の姿を見つける。
「……私に教えられることはそれだけよ。あんな無数の鼠の化け物なんて、私には見当もつかないわ」
 目を覚ましたメディアが出会った少年と少女。その生き方は、あまりにも歪で、そしてあまりにも美しかった。
 存在し続けるための魔力は、ばれないようにこっそり士郎からラインを繋いで供給させてもらった。自分はサーヴァントではない、それどころか、その宝具によって作り出された単なる影に過ぎない。しかし、それでも、メディアの記憶を持っている。だからこそ、分かるのだ。自分は作り物でしかないメディアの感情をコピーされた、作り物の存在であることを。
 だからというわけでもないが、正真正銘の自分というものが欲しい。そう願った少女もまた、聖杯を求めて戦いに参加することにする。
せいぜい利用してやろう。そう思って士郎とセイバーの下に身を寄せたメディア……しかし、それでいて、少女はあまりにも歪過ぎる士郎とセイバーの姿から目を離すことができない自分を感じていた。

 無数の砲列を誇るアーチャーが柳洞寺に潜んでいることを知った士郎とセイバーは、キャスターと凛、紅蓮の焔の名に相応しい二人と出会う。士郎がセイバーのマスターであることを知った凛、そしてキャスターの劫炎がセイバーに襲い掛かる。しかし、その時、柳洞寺の山門から突き出した膨大な砲撃が襲い掛かる。脈絡もなく姿を現した黄金の槍兵に救われた士郎と凛は、ランサーと共闘することになり、襲い掛かる無数の砲撃をかわしてどうにか敵を倒すことに成功する。
 しかし戦いが終わった直後のバーサーカーの強襲によりキャスターは重傷を負い、セイバーは行方不明。いつまで待っても帰らない士郎とセイバーを心配して夜の街へと出たメディアは、ランサーの命と引き換えの最終宝具の発動により、辛うじて逃げおおせた凛とキャスターと出会う。二人は、バーサーカーとの戦いにより重傷を負った士郎を抱えていた。

「だって、頑張って頑張って、頑張ってみんなを助けたのに、みんなボクを裏切ったんだよ? おかしいって思わないかな、士郎」
 メディアの手によってどうにか快復した士郎が出会ったのは、アサシン、ラシード・ウッディーンの宝具によって、禍々しい魔女の姿に変貌したセイバーだった。彼女に率いられた無数の鼠の軍勢によって窮地に落とされる士郎とメディア。

 そして、アサシンの宝具が二人を襲い、幻の楽園へと閉じ込められたメディアは、その幻覚の楽園の奥で、かつて自分がコルキスの地から連れ出した英雄の姿を見る。幻を振り払おうと顔を上げたメディアは、その英雄が士郎の姿を持っているのを見て、幻と知りつつも少しずつ、その幻の楽園の中に囚われていく。
「妄想に溺れるのは人の勝手だが、それはただの人形遊びと変わるまいよ。コルキスの王女殿、所詮、君には人間と関わっていくのは無理だということか。ああ、失礼。君は、王女様の姿を真似た人形だったか。ならば、人形遊びが似合うのも納得、といったところか。では、一生、幻影に溺れて幸福に暮らすがいい」
 しかし、その時、楽園の中に忍び込んだ、どこか皮肉げなキャスターの囁きが、メディアの心に纏わりついた霧を撃ち砕いた。
「馬鹿な! 何故だ、何故、幻影に浸ろうとしない!? 貴様らが思い描いた全てがそこに約束されていたのだぞ!? だというのに、何故貴様らは、何故だ、何故だ、何故だアアアアア!?」
「決まっているじゃないですか。どこかの馬鹿の言葉通りになるのが気に入らなかった、それだけですよ。だからセイバー、いい加減に目を覚ましなさい! 『破戒すべき全ての符』――――!!」
 幻覚を振り払ったメディアの破戒の短剣がセイバーの体を捉え、アサシンの生み出した魔女の呪縛を撃ち砕く。狼狽するアサシンは、マスターである慎二を見捨てて逃げようとするが、その前に立ち塞がったセイバーは、その剣でアサシンの胸板を貫いた。
「そうだね。ボクの理想は間違ってなかった、って信じたいけど、その前に、士郎を見捨ててはいけないもんね。だから、さよなら、『景仰すべき啓示の剣』」
 純潔を意味するその剣は、アサシンを貫くと同時に、粉微塵に砕け散った。

「士郎、ボクとデートしようよ、デート」
「ちょっと待て、ジャンヌ。お前一応聖女だろうが。そんなことしていいのかよ!?」
「だって、純潔の剣は壊れちゃったもの。ボクの純潔を奪ったからには、責任はちゃんととってくれるよね」
「いや、だって、その……メディアも何か言ってくれよ」
「分かりました。それでは、ジャンヌ、ここは三人でどうでしょう?」
「って、それフォローになってないって! 大体、二人一緒なんて、良くないぞ」
「当たり前でしょう。第一、ギリシャにおいて純潔を司るのは私の怨敵であるヘラですよ。何が嬉しくて敵性文化に合わせなければいけないのですか?」
「敵性文化、って、それ何か違うから! って待てジャンヌ、そこ、胸が、うわああああああ!!」
 そんな騒がしくも幸せそうな光景を見守りながら、凛は衛宮家の縁側で溜息をついた。ジャンヌが士郎をからかう。メディアが煽る。キャスターが奈落に落とす。士郎に一方的に不利なローテーションが組まれているようだが、問題はない。何より、微妙に幸せそうな顔が何かむかつく。そんなわけで――何がそんなわけだかは知らないが――凛もまた、士郎をからかってやるべく、かしましくも幸福な輪の中へと飛び込んでいった。