「お兄ちゃんー」
誰かが誰かを呼ぶ声がする。そう言えば、セイバーとランサーのマスターだった少女には、お兄ちゃんと呼ばれていたと頭の片隅で思った。
「お兄ちゃんー。起きろー」
悪いが、もう少し寝かせてもらおう。何せ投影の後で身体中が石になったように重くなったのだ。暫く休んでも罰は当たらないだろう。
……俺は何で投影なんてしようとしたんだろう。瞬間的に意識が覚醒した。
「そうだ!サーヴァント!」
目を見開いて飛び込んできた光景に、言葉を失う。

筋肉。
鉄のような筋肉が、巌のような筋肉が。大木のような筋肉がそこにあった。
「ちゅーしちゃうぞー」
筋肉質な髭面の見知らぬおっさんが唇を突き出している。その光景だけでも気が遠くなりそうだが、おっさんが着用している物体を見て意識の十分の九が幽体離脱した。

体操着である。
ブルマである。
公立学校からも私立学校からも姿を消した『遙か遠き体操着(ブルマー)』である。
その宝具がおっさんの下半身を包み込んでいる。ブルマの特性によって下半身の形状が浮き彫りとなり……

「武琉魔(ブルマ)のたたりじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

絶叫が呼び水になったようにもう一人の人物が出現した。
「ハラショーサンボ。セクシードージョーです。デッドエンドに愛の手を」
「タイガー道場ミナサババーション始まるよーハラショー」
胴着を着た何処かで見た人と、体操着とブルマを装備した見知らぬおっさんが二人して挨拶する。
「だっだっだ、誰だその人は?」
「もー、士郎ったら、人に指差しちゃいけないのよ。弟子二号だってば」
「ハラショー」
二号って事は一号も居るのか。まさか某ダブルなヒーローのように姿もそっくりとか……
「ハラショー。姉弟子は実年齢十八才以上の合法ロリでありまーす」
「そっちがよかったぁぁぁ!つか今すぐ代われぇぇぇ!!」
「いやー。ダメダメ。元々このネタやりたくて長編書き始めたようなもんだから」
「書いた人、何考えて生きてんだ!!」
「ハラショーサンボ!!私はイリヤー・ムーロミェツです。身長は192cm、体重はヒ・ミ・ツ」
「イリヤ違いぃぃぃ!?おそれイリヤのムーロミェツ!!」
「時間が無い!無茶した士郎を現実世界に戻すのだ弟子二号」
「ハラショー!!では同じくロシアン英雄にちなんでスクリューパイルドライバー!!」
やめてくれ!!と言う前に、不思議な夢は消えていった。これは夢だ。夢の筈だ。夢に違いない。うん。
……たのむからそうであってくれ。



「うっ、う~む……痛っ」
身体中が筋肉痛を起こした身体を更に酷使したように痛い。
「いい寝起きね。衛宮君」
……痛いのは身体だけじゃあ無い。視線が、遠坂凛の視線がちくちく痛い。
何で、仁王立ちして腕を組んでいるんだ。睨み殺すような勢いで睨んでいる。
「治療は済ませたわ」
「そ、そうか」
ありがとう、と言う前に、凛が口を開く。
「―――っ信じられない!普段使っていない魔術回路に無理矢理魔力が通った形跡があるわ。あれじゃ下手をすれば暴走をおこして死ぬ恐れまであるのよ!?何考えてんのよ!?」
「えっ、そうだったのか」
凄い剣幕で詰め寄る凛に対し、士郎は「ああそうか」とでも言うように頷いた。
「あなたねえ、分かってるの?例えていうなら何年も動かしていない機械の電源を入れて酷使させたようなものよ。私の治癒魔術が間に合ってなかったらどうなっていたか……」
ため息をつく凛の言葉に、今度は士郎が首をかしげた。
「ちょっと待ってくれ。俺が酷い状態になったっていうのは分かる。だけど俺の身体を治したのはキャスターじゃないのか?」
「ん、ああ。そのことなら―――」
「私が凛に頼んだのよ」
光の粒子が空気中で形作られ、それから現れた女性はいつも通りの様子で結論を述べた。
だが、士郎は何となくと言った様子で疑問を口にした。
「―――キャスターは治癒が出来ないのか?」
「できないわ」
一言だけで話を終わらせると、キャスターは間髪を入れずに口を開いた。
「もういいわ。士郎は起きているわよ」
途端に襖が開いて、三枝由紀香が入ってきた。氷室鐘と蒔寺楓も続く。楓が口を開いた。
「スパナさあ、大丈夫かよ。あの光る剣が消えた途端に倒れたんだぞ」
心配してくれているらしい言葉に、士郎も返した。
「上手くいったと思ったんだけどな。やっぱりまだ無理だったか」
「当たり前でしょう宝具の投影なんて」
キャスターの言葉に凛が再びため息をついた。
「はあ……それでアーチャーの目を誤魔化して何とかしようって事?まあ、結果的に成功はしたけれど、無理に決まっているじゃないの。投影なんて効率の悪い魔術でしかも英霊の宝具モドキを作るなんて」
「むっ、モドキじゃなくて本物に近い物を作ろうとしたんだぞ」
「余計無理に決まってるでしょうが」
呆れる凛の姿を見ている内に、士郎は違和感に気がついた。妙に、部屋が暗い。雰囲気は柔らかいが、これは光源自体が少ないというか……
「なあ、今何時だ?」
由紀香が無言で部屋の隅に置いてある目覚まし時計を見せた。既に時刻は夜半だ。

「もうこんな時間かよ!悪い、三人とも。今から送っていくから「その必要は無いわ」……ん?」
「三人の家族には暗示をかけて、しばらくここに外泊するようにしたから」
キャスターはいつも通りの無表情でそんな事をのたまった。
一瞬、空気が強張り、固い口調で士郎が呟いた。
「……………………それって、洗脳」
幼稚園児とか小学生ならともかく、自分達の年齢はそれなりに年頃だ。外泊同居なんて絶対に認められない。
認めさせるには聖杯戦争の事まで話さなくてはならない。そんなことが出来るわけが無い。
だからこそ、士郎は自分の令呪を三人に譲ったのだ。
「しかたないでしょう。三人を守るならこれが一番よ。ご家族にかけた暗示は軽いものだから後遺症の心配は無いわ」
学校も休校状態だし、丁度良いでしょう。というキャスターに、それでも士郎は食い下がった。
「三枝達の意思はどうなるんだよ」
「あっ。私達なら大丈夫だから」
士郎の咎める言葉に、由紀香は手を振って大丈夫というジェスチャーを返した。
「色々考えたのだが、やっぱり相手が相手だからな。正直に言えば家族が襲われる可能性は省きたい」
続く鐘の言葉に、士郎は今度こそ何も言えなくなった。
血の繋がりを持つ肉親がいないせいか考えていなかったが、三人がそれぞれの家にいることで、家族や身内が襲われる事は充分にありうる。
それを考えればやり方はどうあれ選択としてはベストだろう。
「……分かった。だけど聖杯戦争の間だけだぞ」
「ほうほう。聖杯戦争が終わった後もいてほしいのかね?」
「なっ……」
チェシャ猫のような表情で笑う氷室鐘を前にして、士郎はようやく自分がからかわれたのだと気がついた。
「あのなあ「いいかバカスパナ!」」
ずおんっと擬音がつきそうな迫力で楓がにじり寄った。
「エロいことしたらぶちのめした後で人生を破滅させたあと、もういっぺんぶちのめすかんな!!」
「んなことするかっ!」
「いーや!この美脚を前にして何もしないわけが無い!男は狼なのよ!気をつけなさーい!!」
「俺は変態か!言っとくが俺は何もしないぞ!誰がなんと言おうが何もしないぞ!」
「女には何もしない……ハッ、イイ旅ホモ気分!会長との仲に関する噂は真実だった!!」
「なんでさ!!」
(主に楓が)わーわーと騒ぎ、それを士郎が否定するという漫才のような空間が出来上がった。
その空間を打ち破ったのはいつもの冷静なキャスターの一言だった。
「士郎」
「……むっ。なんだキャスター?」
「凛もここに住むそうよ」
「へーそうか……なんでさっ!?」
「私の家はもうマークされてるのよ。それに、アーチャーとの戦いでボロボロになっちゃったし……」
「だからって、何で俺の家に」
「……じゃあ、私が旅館か何かに宿泊して、そこが敵に襲われてもいいって言うのかしら?」
「それは……」
確かに、宿に泊まることで被害が拡大する恐れがあるのならば仕方ないかも知れないが。

「だけど、女の子達と同居かあ……」
何処の恋愛ゲームだろう。学校や近所の知り合いにでもばれたら大騒ぎだ。
……学校?
……知り合い?
大事なことを忘れているような感覚は、玄関先からの元気な声でようやくかみ合った。

「士郎、ただいまー!!お姉ちゃんお腹すいたぞー!!」

衛宮の表札がかかった武家屋敷。
この家に来るといつも安心する。ついでにお腹が減る。
穂群原学園英語教諭。藤村大河はそんなことを考えながら玄関先に立っていた。
学校の不発弾爆発事件の事後処理に追われ、随分とこの家に来る事が出来なかった。と、言っても数日の話だが。
電話で桜ちゃんも誘ってみたが、何故か元気が無い様子で遠慮してきた。
「士郎がまた鈍感だからかな?むう。そうだったら必殺の秘剣で……」
その時、家の中から複数の人の話し声が聞こえることに気がついた。
「……頼む……隠れてくれ……」
「隠れろって……何処に……」
「そのフジネエ……って誰」
「あれー?士郎お客さんが来てるのー?」
ガラッと戸を開ける。

そこには2年A組の三枝由紀香、氷室鐘、蒔寺楓、遠坂凛がいた。


「がおー(訳:待てえぇぇぇぇぇぇ)」
「待つかぁぁぁ!!」
「がおー(訳:待たないと愛刀で痛く殴る。待ったら愛情を込めて殴る)」
「どっちにしても体罰だろ!教育委員会とPTAに訴えるぞ!」
「がおー(訳:ここは学校じゃ無いのでモウマンタイ)」
「この馬鹿虎あああああ!!!!!」

最早人語を話さなくなった冬木の虎こと藤村大河と衛宮士郎の追いかけっこは衛宮邸の庭でグルグルと周回しながら行われていた。縁側に座っている衛宮邸女性軍は、それを傍観するにとどまっている。
「藤村タイガーもよく回るよな。回りすぎてバターになったらホットケーキ作ってくれ。由紀っち」
「その絵本今は売られてないんだよ」
「いや、最近復刊されたと聞くぞ」
「何の話をしているのよ」
たわけた話をしながらお茶をすする凛達の前で大河がとうとう士郎を捕まえ、鬼ごっこは終わりを告げた。
野獣相手に人間では流石に敵わなかったらしい。
「さ~あ、被告人衛宮士郎、君は完全に包囲されている。降伏すれば次第によってはお仕置きが重くなるかもしれん。さあ、無駄な抵抗はやめて大人しく自首しなさい」
「なんでさっ」
支離滅裂なことを言いながら鼻をぐりぐりと虎竹刀で突く大河に対し、士郎は反論の言葉を上げようとするが、完全な虎となった彼女にそれは逆効果だったらしい。肩を揺すられガクガクと身体がスイングした。
「だってだってなんでこんな夜更けに女の子がいるのよーう!?はっ、後輩巨乳美少女に、セクシー女教師だけでは飽き足らず、眼鏡ッ娘、ほにゃッ娘、貧乳ッ娘ツートップまでコンプリートする気かえー!?」

―――瞬間、空気が震えた。あまりの冷気に。

「あらあら、眼鏡ッ娘とほにゃッ娘は分かるとして、貧乳ッ娘とは誰のことでしょう?」

「が……がお」
人間は一人で場の空気を冷却することができるらしい。ショックで再び人語を失った大河は、自分が滅びの言葉を口走ったことを理解した。
真っ黒な笑みを浮かべる遠坂凛から逃げようとする大河だったが、その身体を誰かが羽交い締めにした。
「がおっ!?」
「貧乳はステータスだ。希少価値だ。と言われつつも黒遠坂(冬木のブラックキング)が怖いので言い出しっぺの責任は取ってくれよ。G・T・O(グレート・タイガー・女教師)」
背中を拘束する蒔寺楓の存在によって機動力を損なった虎は、迫り来る冬木の用心棒怪獣相手に、弱々しく威嚇した。それしかできなかったが。
「が……お」
「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
「がお~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん!!!!!!!!!!!!!!!!」


「やまもなく-、たにもなくー、なにもー、みえはーしなーい」
ブルブルと震えながら、何処かで聞いたような歌を口ずさむ大河は机に突っ伏していた。
「……分かったわよう。この家に住んでいいからもうやめてよう……ふふふふ言わないでえ……」
「ありがとうございます。藤村先生。衛宮君。これで私達は住んでいいそうですよ。これからよろしくお願いします」
丁寧に丁寧に猫を被り、こちらを振り返った遠坂凛は、まぎれもなく悪魔の顔をしていた。

あー、グッバイ憧れの遠坂凛。ハローあかいあくま。
遠坂凛に抱いていた幻想がブロークンファンタズムした士郎だが、それ故に忘れていた。
短期間だが同居する人物(正確には人間ではないが)が、もう一人いることを。

「大丈夫かしら?ほらお茶でも飲みなさい」
「うー。ありがとう……ギブミー水分……」
ぬるいお茶を一気飲みした大河の横に出現した美女は、無表情に夕刊を読んでいる。
「新都のホテルで射殺された死体発見……世の中物騒ね……気をつけないと」
「うんうん。それがいいわよう。十年くらい前にもこの街物騒だったんだ……か……ら、もがっ!?」
「静かにした方がいいわ。近所迷惑よ」
人間の言葉が途切れ、それが虎の咆吼になる前にキャスターが口を直接押さえて制止した。手を振り払い、大河が半分パニックになりながら口を開いた。
「だっ、誰よう!」
「居候よ。約二週間で去るわ」
「ダメ!ダメ!ダメー!!どうせ士郎のことだからこの人が行き倒れたところを拾ったとかそんなんでしょ!」
「じゃあそれで、私は行き倒れたところを士郎に助けられたという設定で」
「設定?今設定って言った!?ちゃんと説明してー!!」

「―――仕方ないわね―――*<#++~*」

キャスターが何かを詠唱すると、大河の身体が硬直し、気をつけの姿勢のままで寝息を立て始めた。
「とりあえずは眠らせたわ。後で認識を少々操作しましょう」
「は~~~~~」
眠る大河と、術をかけるキャスターを前に士郎は大きくため息をついた。
この調子でいったら何人に暗示をかけなければならないのだろう。
これからのことを思い、士郎はますます気が重くなった。

「……それにしてもあの夢は、あのブルマは一体……」