「相手は弓矢を使う点から見て確実にアーチャー。三騎士の一角ならば、私の魔術は通用するかどうか怪しいところね。最悪の事態を考えれば私一人が行った方が良いわ」
いつも通り淡々と説明するキャスターには何の気負いもなく、ただそうあれという惰性だけがあった。
「だからこそ俺も行かないと、キャスター一人に戦わせるなんて」
「無意味ね。英霊に人間が太刀打ちできる道理は無いわ。最悪が更に最悪になるだけよ」
いつも通りの静かな言葉で、しかし声色は有無を言わせない。
「でもさ、キャスターさん」
前に進み出た楓の手の甲には令呪一角があった。
「令呪ってのはいざという時キャスターさんをパワーアップできるんだろ?それなら……」
「たしかにそうね。理由としては妥当ね」
そこまで言うと、キャスターは士郎達に向けて古代の言葉による呪文を唱えた。
「だけど私は納得しない」
ガラッと勢いよく襖の一つが開き、中からツタらしい形状の植物が士郎達に襲いかかってきた。
「なにっ?」
「キャッ」
「うおっ!」
「な、何するんだキャスター!」
がんじがらめに縛り上げられた士郎達の前で、キャスターは足下から空気中へ溶けるように消えていく。
「こうでもしないと無理矢理ついてこようとするでしょう?意気込みは分かったけど、意気込みだけでどうにかできるようなら世界はもっと優しいはずよ」
そこで、キャスターは少し考える素振りを見せた後、再び口を開く。
「意気込みだけでは無いと言うのならば、それくらいはどうにかしてみなさい。魔力や膂力では脱出できない蔓よ。何もできないのであれば、せめて私が帰ってくるまでは大人しく待っていなさい」
そこでキャスターの姿は完全にかき消えた。
士郎にはそれを見ている事しか―――何かを何処かで期待しているようなキャスターの瞳を見ている事しかできなかった。



「―――*―――**―――*」
キャスターの詠唱が響く。それは虚空に火球を幾つも出現させた。火球はアーチャーに殺到し、火の雨となって攻撃する。

「不足なり」

だが、アーチャーは少しも慌てること無く、口中で数語を呟いた。直後、矢を操ったものと同じ強風が空中を荒れ狂った。火球を全て吹き散らかしながら。
「……魔術、それにその装束はこの国の英雄かしら」
「この国は天地全てが人にして神である大君の物。故に森羅万象が拙者を守護する」
「―――***―――++―――+」
キャスターが再び詠唱すると、今度は暗闇の奥に顕現するものがあった。
最初に梟のような眼球が、次に虎のような牙が、最後に蛇のようにうねる長舌が現出した。
明らかな人外の貌であり、それが闇の中に蠢いている。その数二十。
「……Leyak」
使い魔の名であろうその言葉を口にした途端に、長舌が槍のような勢いでアーチャーに殺到する。
アーチャーは矢を番え、その顔を怒りに歪めながら弓の弦を引き絞る。吐き捨てるように口を開いた。
「拙者の眼前で邪鬼の類を呼ぶか」
瞬間、宙に現れた貌は、眉間に矢を受けた。一瞬で、二十の貌全ての眉間に矢は突き刺さっている。
煙のように消えていく悪鬼を見ながら、アーチャーは矢を放ったばかりの弓をキャスターに向けて、再び弓を番えた。
「愚行」
「バーサーカー!」
凛の声に反応したバーサーカーはアーチャーへ槍を振りかぶる。アーチャーはそれを飛び退いて回避した。
再び距離をとったときにはキャスターの傍らに凛と魔術による治療を終えたバーサーカーが立っていた。

「助けに来て助けられるなんて、滑稽ね」
「自分を嘲笑う暇があったら、この状況をどうにかする作戦でも考えなさいよ!」
「そうしましょうか。彼の真名は分かったの?」
あくまでマイペースなキャスターに、凛はわずかに顔を引きつらせながらも、返答した。
「真名は吉備津彦命よ。貴女は知ってる?」
「ええ、聖杯の情報でね。鬼種を退治した英雄でこの国の現人神の子供というぐらいには」
「勝てる?」
「無理ね」
激闘を繰り広げるバーサーカーとアーチャーを見ながら、キャスターはいつも通りの無表情で呟いた。
「相性が悪すぎるもの。数秒間足止めはできるかも知れないけれど」
「ならその足止めとやらをして貰えるかしら?数秒もあればバーサーカーがすり潰せるわ」
「令呪でブーストされればの話。ここには私一人で来たから無理よ。もう士郎の手に令呪は無いし」
「……はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?衛宮君もう令呪を使い切ったわけ!?」
「別に無駄使いしたわけじゃ無いわ。他人にあげただけで」
「聖痕をコンビニの募金みたいに譲り渡すなーっ!!」
激戦の音響をかき消す程の絶叫が夜の遠坂邸に響き渡った。



「どうだ三枝?切れそうか?」
「……っ、駄目。凄く固く結んである。誰かがほどいてくれれば別だけど」
「緊縛プレイの上に放置プレイとかあのねーちゃんどんな趣味だ!」
「意味も分かってないのにそういうことを言うな!」
キャスターによって縛り上げられた士郎達は必死で脱出を図っていた。
だが、固く縛られた植物の蔓は、滅多なことでは千切れない強度を持っているらしい。いくらもがいて転がっても、畳に傷が付くだけだ。
だが、由紀香の言うとおりに誰か一人が脱出できれば他の人間の蔓をほどく事もできるらしいということは分かった。
問題はここにいる全員が手を使えないという事だ。
「くそっ、遠坂もキャスターも危ないってのに」
鏡の映像で見た闘いは、アーチャーの方が僅かに有利だと士郎は思っている。単純な違い、リーチの問題だ。
バーサーカーは槍を近づいて使わなければならないのに対し、アーチャーは遠方から一方的に射殺す事が出来る。
それに、あの英霊がその装束からどう見ても日本由来の英霊だと分かったことも、心配に拍車をかけていた。
キャスターから聞いた話では英霊はその伝説を築いた国や地域で召喚された方が有利だということらしい。
それならばあのアーチャーは二重の意味で有利だ。ちなみにキャスターはどう見ても日本の英霊では無いことから、
当該地域で召喚されていたらどうなっていたのかと聞くと、いつも通りに淡々と答えた。
『強力にはなるでしょうけど、手に負えなくなっていたでしょうね。信仰が少ない地域だったことは幸いだわ』
……思考が逸れた。とにかく今はこの拘束をどうにかして解かないといけない。
「ぐううう!……はああ」
「あのう……聞いて欲しいことがある」
どれだけ筋力を込めても蔓はびくともしない。苦しくなって息を吐いた時に、聞き慣れた声が聞こえた。
「どうかしたのか?氷室」
声を発した本人である氷室鐘に向き直るが、何故か黙ってしまった。それを見た由紀香や楓も話に加わる。
「どうかしたの?鐘ちゃん」
「その頭脳で何かひむろめいたか?『こんなこともあろうかと』とか」
「……蒔の字、汝は私にどういうキャラを求めている……私が言いたい事はだな」
そこで、鐘は沈痛に表情を引き締めた。そして、破滅的な言葉を口にした。

「……この状態で用を足すにはどうすればよいのだろうか」

―――時が止まった。少なくともその場にいる全員が凍りついた。

―――そして時は動き出す。

「落ち着いて!頑張って!かっせー!かっせー!えるおーぶいいー、氷室鐘~!!」
「いや……何を頑張れと……」
「呼吸を!波紋の呼吸をするんだ。氷室!ひっひっふー、ひっひっふー」
「それは出す時の呼吸法だが……」
「メ鐘もとうとうビッグベンエッジと呼ばれるようになったか……」
「それだけは嫌だァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!」
楓の台詞に過剰反応した鐘は思い切り暴れ回る。だが更に蔓は締まっていく。比例するように鐘の顔色が悪くなっていった。



「れ……令呪でキャスターさんを呼ぶべきか……しかし今はサーヴァントと戦っているはず……下手をすれば遠坂嬢の命が……だがこのままでは私の社会的な命が……」
とてつもないジレンマに囚われた鐘はゴロゴロと転がりながら苦悶の声を上げている。途端に、その転がりが停止した。
「……そろそろ赤信号だ……」
そしてスピードが三割増しで再びゴロゴロと転げ回る。絶叫は隣近所にまで響く勢いだ。

「ぬうううおおおおお!!!!!神よ!神はいな」

最後まで台詞が発せられることは無かった。消しゴムで消される落書きのように氷室鐘の姿はかき消えたからだ。

「「「!?」」」

「お、おい、スパナ!なんで鐘が消えるんだよ!」
楓の疑問に答える余裕も無く、士郎は脳をフル回転させる。
キャスターが移動させた?
違う。彼女はそれ程甘くない。大体闘いの真っ最中にそんな暇はない筈だ。
他のマスターないしサーヴァントの仕業?
それならばマスターである士郎自身を狙うはずだ。
何故、という自問自答の中で、遠くから聞こえてきた音に意識が覚醒する。

じゃー、という水音によって。

ガラリと障子が開かれた。そこにはたった今姿を消した氷室鐘が立っている。
「い…いや…体験したというよりはまったく理解を超えていたのだが………あ…ありのまま今起こった事を話そう!
『私は苦しみながら厠に行くのを熱望していたと思ったら、いつの間にか衛宮の家の厠に入ってそのまま用を足した』
…何を言っているのかわからないと思うが、私も何がおこったのかわからなかった」
「わかるわけねーだろ!大体この状態からどうやって抜け出したんだよ!」
「私だってわからないと言っておるだろうが!」
「あのー……鐘ちゃん」
言い合いを始めそうになった二人に入り込む形で、由紀香が口を出した。
「何だ、由紀香」
「何故か良く分からないけれど、鐘ちゃんは今縛られていないよね」
「うむ」
「じゃあ、これほどけない?」
そう言って、由紀香は自分を縛っているツタを見せた。



アーチャーとの闘いは、アーチャーが比較的有利な立場で闘いを進めていた。
バーサーカーは元々の大英雄を狂化した規格外だ。そのステータスの高さから言っても、此度の戦争で喚起された英霊達の上位に位置するだろう。
それは日本国の大英雄にして桃太郎伝説の原型となったアーチャーと比較しても、全く遜色が無い。

―――しかし、それでも狂戦士の爪牙は弓兵には届かない。

単純な話だ。
いかな剛力の持ち主であろうが、遠方の敵を討つことはできない。アーチャーは弓矢のリーチを利用してつかず離れず決して傷を負わない距離に身を置き、矢を放っていた。そしてバーサーカーには更なる弱点がある。
ドラゴンスレイヤーの太陽剣にも耐え抜いた装甲でも守護しきれない弱点は、バーサーカーの背後にあった。
アーチャーが放った十の矢は次々と、バーサーカーでは無く、後方にいるマスターに殺到した。
「バーサーカー!」
「◆◆◆―――◆◆◆◆◆◆―――◆◆◆―――!!!!!」
即座に大槍がアーチャーの矢を叩き落とす。全てを捌ききるその力は正に大英雄だ。しかし―――

「十の矢で仕留められぬならば―――更なる数で押し潰すまで」

アーチャーは次に軽く数倍の矢数を放った。バーサーカーは再び弾き返す。
だが、この状態はそう長くは続かないという事実を、凛は『身をもって』知っていた。
「…………何て嫌な奴。こっちの事情を知っているわね」
変わらず矢を放ち続けるアーチャーを睨み付ける凛は、息を荒げ、汗を流しながらふらつく身体を二本の足で支えていた。
いかに凛が優秀な魔術師であろうと、サーヴァントはバーサーカーだ。どうしても燃費は悪くなる。
宝石を使えば話は別だろうが、それでもこの膠着状態が打破できるかは微妙なところだ。
最悪、宝石の浪費にもつながりかねない。
(―――どうすれば、もう一度令呪を使う?)
遠坂凛は魔術師だ。
魔術師とは探求者であり、戦闘者ではない。
故に、思考のために注意力が散漫になったその瞬間を狙われたとしても―――おかしくはない。
アーチャーが跳躍したその瞬間、凛も隣にいたキャスターも一瞬虚を突かれたように硬直した。
アーチャーが身を投げた場所は階下―――遠坂邸の屋根を飛び越え、何の足場も無い場所へ跳躍したのだ。
そして動きが止まったが故に、バーサーカーへの指示を凛が忘却したその一瞬、其処はアーチャーの場と化した。

時機―――これを逃せば次は無い。
間合い―――充分。
矢をつがえ、弦を引き、放つ。それだけの動作をアーチャーは階下への落下中に全てをやってのけた。

「邪鬼を喚ぶ女、狂犬の主よ。津々浦々貴様らの居場所無し。神州の為に果てよ」

矢は二本、キャスターの頭と凛の心臓に向かって放たれた。



階下へ身を投げたことが隙を作らせる作戦だと気づいた時には遅すぎた。
攻撃のタイミングは完璧で、出遅れたキャスターは魔術を使えず、凛はバーサーカーを呼べない。弓兵の矢は致命の急所へ飛来する。それは瞬く間に二体の屍を作るだろう。

―――誰も予想できなかった、ある事態が起こらなければ。

「「「「のわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」

凛とキャスターの目に飛び込んできたものは、虚空から出現した見慣れた四人だった。

「「へ」」
蒔寺楓の頭突きが凛の顔面に直撃し、氷室鐘のエルボーがキャスターに直撃する。その脇では屋根から落ちそうになっている士郎を由紀香が引っ張り上げていた。
「ななな……な、なんであんたらがココに!?ていうかアーチャーが攻撃を、あれ?何で生きてるの?」
あまりの馬鹿馬鹿しさに凛もあずかり知らぬことだが、確かに急所に命中する筈だったアーチャーの攻撃は、出現した四人が凛とキャスターに激突したことによって狙いを大きく外れ、明後日の方向へ飛び去っていた。
「さ、流石に、く……くたびれた。衛宮の家からここまで連続してテレポートなんてな」
鐘が息も絶え絶えといった風に、肩で息をした。
「ちょっと、テレポートって何よ?」
「よくわからないけどさ、鐘は空間をすっ飛ばして別の場所に行けるようになったらしいんだ」
「……なッ」
驚愕した凛は、その後の楓の言葉に口と目が開きっぱなしになった。
「いや、あの鏡見てたら、遠坂もキャスターさんもピンチだったからさ、何とかできないかと思ったら、鐘ができそうだったから、実際早かったしな」
「こんのすかぽんたーん!!何処の世界に人が死にそうになっている時に助けに来る馬鹿がいるってのよー!」
「人が死にそうになっているんなら助けるのは当たり前だろうが!!」
「あのアーチャーはあんた達まで殺すかもしれないのよ!?」
「……むっ、そりゃそうだけどさ、だけど遠坂がピンチ……」

「―――凛、彼は」

キャスターの指摘によって、言い争う暇は無くなった。



―――しくじった。
アーチャーは失敗に内心歯噛みしながらも、頭は冷静だった。
真名と宝具を知られながら、殺せた者はいない。
無様だが、やむを得ない。撤退するか―――。
『アーチャー、失敗したようだな』
自らの新たなる契約者―――死人の目をした男の声が頭に響いた。
「不覚をとった。次は無い」
『それよりも、乱入した連中の顔程度は確認してから撤退しろ』
「連中のことは知っている」
飛び降りた庭先から屋根の上に目をやる。
「何せ、拙者の宝具を渡したのだからな」
弓に矢を番え、放つ。目標は屋根の上。数は二十。連続してはなったとはいえ、盲撃ちである以上命中はしないだろう。だが、それでいい。再び跳躍し、屋根の上に降り立った。


「バーサーカー!全部弾き返しなさい!」
「キャスター、頼む!」
突然飛んできた矢は、マスター達の指示で、バーサーカーは剛力で、キャスターは魔術で矢を撃ち落としていく。
矢の飛来から数秒遅れた形で、再びアーチャーのサーヴァントが屋根の上に着地した。
その鋭い視線に、士郎もまた睨み返した。
「お前が、アーチャーか」
「然り」
そう言うと、アーチャーの若武者は、弓を構える。再び弓の早撃ちが来るかと、凛は身構えるが、その時、アーチャーの視線がある一点を見ている事に気がついた。
視線を向けられた人物―――三枝由紀香は、同じようにアーチャーを凝視している。
まるで鏡を見るように、二人が同時に口を開いた。

「お前に与えた」
「貴方が与えたんですか」

「吉備宝珠はどうした」
「この力を」

アーチャーの淡々とした言葉に対し、由紀香の言葉は強張っていて、それだけでその場に居た全員が理解した。

僅かな時間の沈黙が重くのしかかり、そしてその沈黙を打ち破ったのは魔術師の少女だった。
「あっ、あんた正気!?一般人に宝具を与えて洗脳した挙げ句、鉄砲玉みたいに使うなんて―――」
若武者の返事は、弓矢に魔力を集中させた事で終わった。
「ここで朽ち果てよ」
そこで、アーチャーは由紀香達を見やった。
「その宝具は腹を裂いて返して貰おう」



衛宮士郎の夢は正義の味方だ。
目に映る限りの人々を助け、この世の悲しみを少しでも少なくする一助。
そのためなら、『何』になっても構わない。とすら思っていた。
なのに。
それなのに。
自分はあの大火災の時と同じだ。何もできない。
呆然とする三枝由紀香の眼前に居る若者は、災害と同じかそれ以上の危険な存在であり、ただの人間である衛宮士郎にできる事は無い。

―――昔と同じ事のくり返しだ。周囲の人々全ての命が失われていくのをただ見ている事しか―――


『変わった魔術ね』
自分の魔術の鍛錬場所にしている土蔵にキャスターを招いた時のこと。
投影で作ったガラクタを手にとって眺めながら、キャスターはそう言った。
『これで用途と属性が理解できれば……やめておきましょう。知らなくて良いこともある』
そう言うと、キャスターはいつも通りに姿を消した。


投影、そう、それがあった。あれだけは上手くできる。だが、何を投影する?何が必要だ?

……剣だ。

敵を殺す道具。それにしか使えない人間の生み出した兵器。そうだ。それが今こそ必要だ。どのような剣が要る?
身体の焼け付くような痛みと共に回路を作り出し、それに魔力を流す。
血管に硫酸を流すような激痛が身体を駆け巡るなかで、思考は燃え上がりながらも段々とクリアになってくる。投影する物品を想像する。

……決まっている。あの大英雄、竜殺しの剣だ。


創造の理念を鑑定しろ。
基本となる骨子を想定しろ。
構成された材質を複製しろ。
製作に及ぶ技術を模倣しろ。
成長に至る経験に共感しろ。
蓄積された年月を再現しろ。


「投影開始(トレース・オン)」



それは、恒星の輝きを秘めた剣だった。怒りを意味するその名に相応しく、燃えるような熱量を発していた。
「―――魔術師。何故貴様が宝具を」
「グッ……グ。駄目だ……持ちこたえてくれ……」
苦悶に呻く士郎の手中で剣は―――雲散霧消した。
「―――そんな「バーサーカー!」」

「◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

それは一瞬の隙だった。
普通の人間が宝具を現出させる。その常識を破壊するような光景を前に、アーチャーが一瞬宝具の真名開放に遅れた致命的な隙を、遠坂凛は見逃さなかった。
実を言えば、遠坂凛は何がおこったのかをそれ程理解はしていない。
だが、アーチャーの魔力の集束が僅かに揺らいだその時こそ、バーサーカーによる攻撃のチャンスと考え、指示を出しただけだ。
アーチャーに注視し、衛宮士郎を視界から外していたことは最大の幸運だった。一瞬でも太陽剣に目をやっていれば、その瞬間に凛はアーチャーの手で即死していただろう。

バーサーカーは魔力を注ぎ込まれ、前進する。それを迎え撃つためにアーチャーは矢の狙いをバーサーカーの頭に向けた。今度こそ即死させる為の必殺を期した狙い。
「◆◆◆◆◆◆◆!!!!!!!!」
自らに向けられる殺気に対し、バーサーカーは咆吼する。それは多分に喜色を含んだ雄叫びだった。
狂戦士は槍を振りかぶり―――投擲した。
自ら武器を手放すという暴挙とも言える行為。
槍の投擲は当たればともかく、もし外れれば大事な武器を失った状態で闘いを続ける羽目になる。そのような狂気の沙汰を、この狂戦士は当然とばかりやってのけた。
―――武器が無くなれば素手で絞め殺してやると言わんばかりに。

「……不覚」
後退したアーチャーの肩口からは血が流れている。
投槍の一撃は、肩をかすめて終わった。最も、バーサーカーの膂力による攻撃はかすめただけでも裂傷を作ったが。傷は深くは無いが、浅くも無い。
そして手傷を負った状態でバーサーカーとキャスターの二騎を相手取るのは得策とは言えない。
アーチャーが取る手は一つしか無かった。

一瞬で霊体化し、その場からアーチャーは消えた。
「あんにゃろ。逃げたわね!」
憤る凛だが、唸ってばかりもいられない。傍らを見れば、不安げな表情をした由紀香達がいる。
「……とにかく今は別のサーヴァントの襲撃に備えましょう。衛宮君」
そう言って、士郎に向き直る。
「衛宮君の家をちょっと使わせてもらっていいかしら。私の家は見張られているだろうから」
士郎から返事は無い。彫像のように立っている。凛はもう一度声をかけた。
「ちょっと、衛宮君―――」
ゴト、と音がして、衛宮士郎は屋根に膝を付いた。そのまま昏倒する。
気絶したまま立っていたのだと一行が知ったのは、暫く後のことだった。