戦争の原因は常に些細なものである。

この戦争とて、始まりは一個の林檎だった。

その林檎が国を動かし、戦を巻き起こした。

戦士達はその理不尽を―――歓喜した。


槍と槍がぶつかり合い、剣戟が火花を散らす。矢は雨となり、騎馬がことごとく蹂躙する。
神々は戦場で人間に加護を与え、更に、更に、戦えと急き立てる。

―――言われるまでも無い。

兵を斃し、城を陥とし、町々に攻め込み、物は奪い、家は焼き、女は犯す。子供は殺す。
民草の涙も怨嗟の声も、全てが心地良い。敵が流す涙は即ち味方の賞賛。打ち立てる武功を飾り立てるだろう。

―――嗚呼、素晴らしい。

全てを壊し、燃やし、殺しながら、その地獄こそ“彼”は美しいと思った。


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最悪な夢で目が覚めた。あんな記憶は凛の中には無い。映画などの影響にしても、あれはリアルに過ぎる。と、すれば考えられるのは。
「あー……そうか」
凛は、聖杯戦争におけるマスターはサーヴァントの過去の記憶を夢という形で追体験することがあるという話を思い出した。
椅子に座ったままで、部屋の中央に視線を移す。うたた寝から目が覚めて間もない状態だが、魔力の供給をカットすることによって容易に霊体化させることを凛は可能としていた。
「もういいわよ。出てきなさいバーサーカー」
「……◆◆◆◆◆―――◆◆◆―――」
狂声を上げながら、バーサーカーが出現する。魔力が吸い出され、力が抜けかけるが、ぐっと我慢した。
「……つまり、あんたは戦争が好きだってことでいいのかしら」



凛はバーサーカーのそれを趣味が悪いとは思うが、非難しようとは思わない。
古代人の価値観を現代人の価値観で裁くなど不可能だ。大体バーサーカーに何を言ったところで理解できるとは思えない。聞くのは今のところ簡単な命令だけだ。
疲れが残る身体を動かし、机の上にあるメモ帳を見る。

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セイバー……シグルド
ランサー……おそらくはシグルド由来の戦乙女。(二騎ともマスターはアインツベルン)
アーチャー……不明
ライダー……不明
アサシン……不明
バーサーカー……自分のサーヴァント
キャスター……不明(マスターは衛宮士郎)

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思わず溜息が出る。
敵サーヴァントの半数以上が詳細不明だ。遭遇してすらいない。
しかもその内の最低一騎は無関係の一般人を鉄砲玉として使う外道ときた。
そして、アインツベルン。まさか一人のマスターが二騎のサーヴァントを使役するとは思わなかった。
弱点である背中やマスターを狙おうにも、最速の英霊であるランサーがいる以上それも難しい。
「ああ、もう。何て反則―――!?」
「◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆―――◆◆◆◆◆◆―――◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆!!!!!!!!!!!」
結界の反応に凛が行動するより早く、バーサーカーは壁を破壊して外に飛び出していた。
「ったく。壁の修理代は聖杯で支払いなさいよね!」
足に魔力強化を施し、廊下を駆け抜け玄関の扉を開ける。既に庭にいたバーサーカーは唸り声を上げながら槍を振り回している。
「◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆!!!!!!!!」
飛来した何かがバーサーカーの胸と頭に直撃するが、ダメージは皆無らしく、咆吼に衰えは無い。腕にも何かが当たる。バーサーカーが既に展開していた装甲に弾かれたそれは回転しながら凛の足下に落ちた。
「これって、矢?」
人間世界で最も古い武器。銃の発達と共に消えたそれを使う敵とくれば、答は明らかだ。
「アーチャー!」
凛の言葉に対する返礼は、矢の連撃だった。身体を蜂の巣にもできるその攻撃は、移動したバーサーカーが盾となることで防がれる。十の矢が力を失い、地面に落ち―――ない。

轟、と言う風鳴りが聞こえた瞬間、十の矢は勢いを取り戻し、凛に殺到した。

「バーサーカー!」
瞬間的にバーサーカーが盾になる事で攻撃は防いだ。しかし、矢を操っていた突風は今度は不可視の手となって主従を絡め取りにかかる。




「っ、Anfang(セット)!ぶっ飛ばせえ!!」
すかさず凛が宙に放り投げた宝石が一瞬の輝きを発すると、一陣の強風となって周囲を蹂躙する。強風をぶつけられた突風が一瞬弱まった隙を生かし、バーサーカーは跳躍した。


「―――――◆◆◆◆◆◆―――――!!!!!」
重力の鎖を引き千切り、矢の攻撃を全て身体で弾いたバーサーカーが着地した場所は遠坂邸の屋根だった。狂気に濁った目で眼前の矢を放つ獲物を見据える。
「……妖怪変化に見えるその異形。しかし」
瞬間、バーサーカーが突進した。アーチャーは冷静に攻撃を放つ。
矢はバーサーカーにかすり傷すら負わせることなく弾かれる。
バーサーカーは手に持つ槍を渾身の力で振り抜いた。
「◆◆◆◆◆◆―――――!!!」
咆吼の一閃は爆発のような勢いで遠坂邸の屋根を破壊していく。しかし、バーサーカーの槍が振り抜かれた時にはアーチャーは既にその身を別の場所へ移していた。続けざまに放った矢が次は眼を狙う。

がき。

鉄骨に小石を投げたような音が響き、それを意にも介さずバーサーカーは猛襲する。その時初めてアーチャーのサーヴァントである若武者が口を開いた。
「急所も鋼作りか。頭も心臓も覆っている以上、拙者には殺せぬか」
いっそ潔すぎる程に弱音を吐くアーチャーだが、冷静な表情は絶望とは無縁だ。ぽつ、と言葉を紡いだ。

「ならば、宝具を使うまで」


轟音が響く度に壁にヒビが入り、震動と共に家が大きく軋む。そんな屋敷の中を遠坂凛は魔術で脚力を強化して走り続けていた。
「あいつどんな戦いしてるのよ?もし家が壊れたら絶対修理代請求してやるんだから!」
敵のクラスをアーチャーだと断定した凛は、ひとまず家の中に戻ることに決めた。飛び道具主体のサーヴァントならば、ひらけた外よりも屋内の方が相手にしやすいだろうとの判断だ。
地震のような衝撃を家屋に与えながら戦いは推移しているらしい。階段を駆け上り、屋根の上に続く窓に手をかけて一気に屋根の上へと降り立った。
屋根には二騎の英霊が対峙していた。

全身に花弁状の鎧を装着し、唸り声を上げる自分のサーヴァント、バーサーカー。
古代日本の物らしい様式の鎧を身につけ、弓を構える敵のサーヴァント、おそらくはアーチャー。

「―――!!」
アーチャーの姿を視認した瞬間、凛の魔術師としての視覚が理解した。
濃密な魔力が荒れ狂うような流動。サーヴァントがこれ程の魔力を使う時など、凛には一つしか心当たりが無かった。



「真名、開放」
若武者は番えた弓を真っ直ぐにバーサーカーへと向けた。そして謡うように力ある言葉を口にする。

「『住吉双箭(すみよしそうせん)』」


矢が、放たれた。





―――『彼女』に責任があったとすれば、それは周囲に流され過ぎたことだろう。

『彼女』は魔法使いと呼ばれた。
『彼女』は知恵者と呼ばれた。
『彼女』は、魔女と呼ばれた。
『彼女』を神と呼ぶ者さえいた。

『彼女』自身にも意向はあっただろう。
『彼女』は平凡な女でいたかったのかもしれない。妻でありたかったのかもしれない。母でありたかったのかもしれない。だが、『彼女』自身が選んだ道はそう呼ばれたように在り続けることだった。
幸いか、それとも不幸だったのか、『彼女』には知恵があり、力があった。
ある時は病を治して命を救い、ある時は復讐に手を貸して命を奪った。
いずれも顔色一つ変えずに淡々と行う『彼女』を誰もが恐れた。
―――それはひょっとしたら、心の動揺を見せないように彼女の被った仮面だったかも知れないが、少なくとも周囲の人々がそれを見抜くことは無かった。

「森へ放逐せよ」

世界に遍く文明を広げることが人類の本能だとするならば、人間が手を出すことができない神代の森に追いやられるということは死と同意である。

「いずれ死ぬのであれば、恐れることは無い」

獣か虫か、病か孤独か―――いずれかでごく自然に『彼女』は落命するだろう。

それは自分達で手を下すことを恐れた人々の振り絞った―――浅知恵だった。


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「……?」
寝ぼけた頭を横に振って眠気を覚ました。目の前にはいつもの庭がある。
色々あって疲れた身体は縁側で自然にうたた寝をしてしまったらしい。
意識が覚醒する寸前まで見ていたあの夢はなんだったのだろうか?
その時表が大分薄暗くなっている事に気がついた。
「やばっ……」
眠っている間に夜の時間が早まっている。夜は聖杯戦争の時間だというのに。
「キャスター!」
「何か?」
「三人は?」
顕現したキャスターに三人のことについて尋ねる。
「今テレビとかいう道具がある部屋に居るわよ」


「シグルドとブリュンヒルドってのはともかく、関羽は伝説通りじゃ無いんだな」
楓は携帯電話をいじりながら、今まで見たサーヴァントに対して考察していた。
「ほう。何か気がついたことでもあるのか」
「青龍偃月刀みたいな大刀使ってただろ。それがおかしいんだよ」
そこで楓は腕を組んだ。その表情はどうやら本気で悩んでいるらしい。
「あの電撃放ってた薙刀みたいなのがどうしたの?」
「関羽は後漢時代の人物だ。だけど青龍偃月刀は宋代の武器だ。700年以上も開きがあるじゃねーか。どうなってんだよ。ほんとに……」
「別にそれで良いのよ。実在の有無にかかわらず、そういう武器を使っていたというイメージがあれば」
襖を開けて入ってきたキャスターは、特に面倒くさがる様子も無く、すらすらと説明した。
「英霊は人々の信仰で成り立つ存在、伝説の後付けで神の血を引いていたり、使ったことの無い武器を使っていたとしても何もおかしいことはないわ。人々の思い込みは姿や能力すらもねじ曲げる」
「むう、つまりそれは私達を襲った関羽は、本来の関羽とは違うということか?」
「別に違うというわけでも無いわ。本人のコピーには違いないもの。もっとも顕現する時代や場所によってやはり能力程度ならブレはあるでしょうね」
はーっ、と士郎を含む四人はキャスターの知識に感心した。
「色々知ってるんだなキャスター」
「キャスターの英霊ですもの」
そう言うと、キャスターは士郎に向き直った。
「それより士郎、彼女たちを家まで送っていくのであれば、バーサーカーのマスターと一緒に行った方がいいわ」
「遠坂とか?」
キャスターは頷いた。
「あのライダーは本物の英雄、襲われれば私では太刀打ちできないわ。バーサーカーが居れば、少なくとも牽制にはなる」
淡々と事実を言うだけあって、キャスターの言葉には重みがあった。
「……そうだな。遠坂に頼んでみよう」
「あ、遠坂の電話番号なら知ってるぞ?」
「そうか。ありがとう蒔寺、さっそく遠坂に電話するか」





「ん?おかしいな」
受話器を耳に当てた士郎は閉口一番、疑問を口にした。そのまま別のダイヤルを回す。
『……地方、今夜は晴天です』
「どうかしたの?」
士郎の呟きが聞こえたらしく、キャスターと三人も電話の周りに集まる形となった。
「ああ、遠坂の家と連絡が付かないんだ。話し中や留守ならそう分かるんだけどな。ウンともスンとも言わない」
瞬間、キャスターの眼差しが心なしか鋭くなった。
「―――その受話器を貸して」
急に重くなった雰囲気に、戸惑いながらも士郎は受話器をキャスターに渡す。キャスターはそれを右手で受け取ると、左手にいつの間にか持っていた手鏡を近づけた。

「―――***―――***―――」

古代の言葉らしい呪文を唱えたキャスターの持つ手鏡に、突如波紋のような模様が浮かび上がる。
『っ、Anfang(セット)!ぶっ飛ばせえ!!』
『―――――◆◆◆◆◆◆―――――!!!!!』
遠坂凛と、暴れ回っているバーサーカー。鏡に映し出されている二人の周囲には幾つもの矢が突き刺さっている。
その緊迫した様子から予想されることはただの一つしかない。

―――襲撃。

「お、おい。遠坂がヤバイのか?」
楓の狼狽した風な声に反応する暇もなく、士郎は玄関へと向かった。
「待ちなさい」
キャスターの一言で体が止まる。比喩で無く、身体が凍り付いたように動かなくなった。何らかの魔術だろうか。
「キャスター、いそがないと!」
「相手はサーヴァントよ。あなた一人で行ってどうするの。大体走っていたら間に合わないわ」
「そ、そうか!令呪なら瞬間移動もできたな!」
鐘が宙にかざした掌を、キャスターはやんわりと押しとどめた。
「……それよりも、今見た場所の近くに林か森のようなものはあるかしら」
「あ、うん。あるよ。この間遠坂さんの家に行ったときに、家から少し離れたところに林があった」
由紀香の言葉に、キャスターは琥珀色の瞳を閉じた。
「……そう。これくらいなら、十分に転移はできるわね」
「転移って、空間転移か?魔術じゃできないって親父から聞いたぞ」
士郎の驚きに、キャスターは事も無げに返した。
「私は森に縁があるから、木が密集している場所にならなんとかいけるわ」
「じゃあ、早くいこうぜ!バーッとテレポートみたいにいけるんだろ?」
さあ早く、と楓がキャスターの手を取った。

「行くのは私だけ」





屋根に落ちる血痕は多量では無いが、それでも少ないとは決して言い切れない。
「◆◆◆◆◆―――!!」
流れる血を意に介さずにバーサーカーは突撃する。槍が空を裂き、風圧が渦巻く。
「……」
アーチャーは再び矢を放つ。バーサーカーはそれを迎撃―――できなかった。
アーチャーが弦を弾いた瞬間にその矢はバーサーカーの右膝に突き刺さっていた。大きく機動力を削がれた形になった自らのサーヴァントに凛はすぐに回復の魔術をかけようとするが、足下に突き刺さった一本の矢がその動きを止める。
「死にたければ来るが良い。死にたくなければ何もしないことだ」
事も無げに言葉を紡ぐ弓兵に、しかし暖かみというものは皆無だった。
凛は歯噛みしながら先程の宝具から推察される英霊の正体を考える。

―――彼の英雄は住吉大明神のお告げ通りに二本の矢を鬼に放ち、一つは鬼の投げた巨石を、もう一つは鬼の片眼を射貫いたという。

「吉備津彦命……日本神話、鬼退治の大英雄」
「真名を知ったか」
弓矢の照準が蹲るバーサーカーでは無く、その後方、自分に向けられていることを凛は知った。
「許しは請わぬ。全ては我が願いのために……ここで終わるがいい」
弦が限界まで引き絞られる。宝石魔術もガンドもこのタイミングでは間に合わない。弓の英霊の矢をただの魔術師である凛が避けられる道理は無く、その落命は必定だろう。
「さらば」

無情にも矢が放たれた。

―――明後日の方向へ。

「―――、――――――、―――」

おそらく古代のものであろう力ある言葉が周囲に響き、矢は中空で真っ二つになって地面に墜落した。
凛はアーチャーが矢を放った方角を遠視の魔術で目をこらして見つめた。

「トオサカ、リンだったわね。無事なら早くそこから離れてくれないかしら」

キャスターのサーヴァントは濃密な魔力を纏いながらそこに立っていた。


―――夜はまだ終わらない。