「慎二、黙っていないで答えてくれ。この状況はどういうことなんだ」
この問いかけ自体に大した意味は実のところ無かった。遠見の鏡によって映し出された映像と、この場の状況から考えれば、サーヴァントのマスターが慎二だった事は大体予想が付く。
それでも、士郎は問いかけずにはいられなかった。
「……なんで、サーヴァントがあの三人を襲っているんだ。何か理由でもあるのか」
「―――早く口を割りなさい」
顕現したキャスターの声色は事実の確認では無く、面倒事を早く終わらせたいが為に聞こえた。
「え、衛宮!キャスターさん。逃げろ!間桐のサーヴァントは「関羽雲長」」
真名は他ならないサーヴァントの口から発せられた。大刀を構える巨漢は、セイバーと鍔競り合いをしながら、尊大な態度でこちらを見ている。キャスターも鋭い目つきになるが、武人には何の痛痒も与えていない事が、続いた自己紹介で分かった。
「文字通りの大英霊よ」
「余所見とはいい度胸だな!キーナの英雄!!」
セイバーの魔剣が突きの形でライダー―――関羽の喉元を狙う。それをライダーは後方に跳躍し逃れた。
逃れた場所は慎二と桜の眼前、丁度二人を護り、こちらに相対する位置に立っている。
そのままこちらに対して口を開いた。
「小僧。悪い事は言わぬ。サーヴァントを自刎させよ。さすれば命まではとらん」
ライダーの表情に真剣さは無い。僅かな情けと、それ以外は傲岸が占めていた。
―――お前達など敵では無い。
―――ゆえに、わざわざ動きたくも無い。
―――だから、自分で死ね。
そう聞こえる。
ふざけるな。と言う前にひゅいっと武将は口笛を発した。
巨馬が地響きを立てながら登場する。ランサーとの戦いを跳躍で離脱したらしい。
「だが、まあ。今日はちと分が悪い。よって、ここで退いてやろう」
言いながら、馬に跨がるライダーの片腕には桜と慎二が抱えられていた。
「しばしさらば!」
そう言うと、凄まじい速度でライダーの馬―――伝説通りならば恐らく赤兎馬は走り去っていく。
ライダーに抱えられている桜のと自分の目が合った。
その、驚愕と悲痛がごちゃ混ぜになったような感情を宿した瞳を、一瞬だけ見る事しかできなかった。


ライダーが去った公園では、未だに三体のサーヴァントが存在していた。
ランサーもセイバーもこちらをじっと見ている。殺意が混ざっていないように見えるのは、いつでも殺せると踏んでいるからだろうか。キャスターのクラスに喚ばれた英霊が、聖杯戦争中で最弱だという事を士郎はキャスター自身から聞いていた。
沈黙の空気が流れる中で、それを破ったのは士郎の一言だった。
「なあ、イリヤスフィールだったか」
「ん、何?」
由紀香と何かを話していたイリヤは、突然話しかけられてこちらを振り向いた。
「三人を助けてくれてありがとう。俺の家に来ないか?話したい事もある」



公園を離れていくアインツベルンとキャスターの主従、そして一般人らしい三人組を見る目があった。ビルの屋上から銃を構えるその人影は、やがて諦めたように銃口を下ろした。
―――自分の攻撃はあくまで一撃一殺。サーヴァントが三体もいる状況下では、例えマスター一人を殺しても、別のサーヴァントが襲いかかってくるだろう。
「わざわざ危険な目に遭う事も無い、か」
アサシンはそう呟くと、自分のマスターと会話を始める。
「追跡にかかるのはやめておいた方がいい。相手にはキャスターがいる。魔術なんて訳の分からない力を使われたら、発見される可能性もある」
『貴男にとって、やはりキャスターが相性の悪い相手ですか?』
「生憎魔術とは縁の無い人生を送っていたからな。対処法がまるで見当が付かない」
本格的に戦闘に入る前に、アサシンはバゼットに協力して貰って自身の機能と性能を理解するために軽いテストを行った。結果、現代の魔術師ではアサシンの気配遮断を見破る事はできないということが分かった。
しかし、比較対象に選んだのはあくまでバゼットの魔術。過去の時代の英霊にまで至った存在の魔術まで誤魔化せるかどうかは分からない。少なくとも現状でキャスターの陣地になっている民家を攻略することは危険すぎる。
「……それに、キャスター以上に危険な相手がいるかもしれないからな」
そう呟いたアサシンの視線はずっと、一人の人物を見続けていた。


―――イリヤ達にお礼を言い続けている少女、三枝由紀香を。



「ふーん、ここがお兄ちゃんの家なのね」
武家屋敷をきょろきょろと見回しながら、イリヤは手を繋いでいる相手を見た。
「ね、ユキカもここに来た事はあるの?」
「私はこの間初めて来たよ」
尋ねるイリヤに、由紀香もまた少々戸惑っているにせよ、笑顔で返した。
その様子を見ながら、楓が士郎に密かに耳打ちする。
「おい、あの子セイバーだかランサーだかのマスターだろ?」
「ああ、正確には二騎ともイリヤのサーヴァントらしいけどな」
「それがなんで、お宅訪問してんだよ?あの子は私らは狙わないらしいけど、衛宮とキャスターさんは別だろ!」
「そうは言ってもな、助けてくれたのも事実だし」
「士郎」
言い合っている楓と士郎の間に、キャスターが割って入った。その表情は普段通りに無表情だが、どこか疑問を感じているようでもあった。
「一応、魔術的な罠は全て動かないようにしておいたわ」
「ああ、ありがとう。キャスター」
衛宮邸にはキャスターが現界して以来、魔術的な改造が施され、キャスターの工房となっている。
当初は士郎自身が魔術の鍛錬場所になっている土蔵に案内したが、キャスターは『気持ちだけ受け取っておくわ』と、やんわりと拒否して衛宮邸の強化に乗り出した。
現在の衛宮邸は魔術的な要塞になっているらしく、敵意を持った何者かが攻め込んでくれば最低でも時間稼ぎをできるくらいの防備にはなっていることを士郎はキャスターから聞いていた。



「……まあ、あの英雄が相手なら魔術的な罠がどれだけ通用するか疑問だけど」
キャスターの視線の先には、金髪の美丈夫と、銀髪の美女がいる。
二人の現在の姿は戦闘中の鎧姿では無く、現代的な服装だ。
セイバーとランサーは黒いスーツを着こなしている。鋭い目つきと相まって、要人を警護するSPにも見えた。
「何もしないというのなら、それが賢明な判断だな。もしも何かあれば『うっかり手が滑るかも知れない』」
女性らしい肢体をスーツに包んだ銀髪の美女―――ランサーは、手に槍を顕現させてこちらを凝視した。
「何もしないわよ。マスターの命令だもの。たとえこの場で殺されても私は何もしないわ」
キャスターはその視線に対してもいつもの投げやりな態度を崩さない。
その様子に、ランサーの方が面食らったらしい。ランサーは狐につままれたような表情で、問を投げかけた。
「それでいいのか。お前も願いがあって聖杯戦争に参加したのだろう」
問いかけるランサーを前に、キャスターは無表情のままで口を開いた。
「だって私が勝てる筈が無いもの」
「っな……?」
あまりと言えばあんまりなキャスターの言葉にランサーが口を大きく開けるのを余所に、キャスターは言葉を続ける。
「最弱のサーヴァントであるキャスターとして喚ばれたのに、勝てる筈が無いでしょう」
「……ほざくなっ!!」
ランサーの表情は驚愕から一気に憤怒へと変わっていた。そのまま槍を突きつける。
「願いはどうした。祈りはどうした。そのために戦う意思は何処にある!」
「おい、よせランサー。キャスターもやめるんだ」
士郎が止めようとするが、キャスターは言葉を止めようとはしなかった。
「良く分からない人ね。『敵』が無気力なら貴女も楽でしょうに」
「我が槍でヴァルハラへ送られる者は勇敢に戦い落命した真の英霊(アインへリアル)だけだ。貴様のように全てを諦めきった女程度焼き尽くす事は容易いが、そんなものは戦いとは言わん!!」
ランサーの剣幕に誰も声をかけようとはしない。
「鴉が屍肉を漁るようなものだ。石ころを踏み潰すようなものだ。槍の穢れ以外のなにものでもない!!」
「良く分からないけれど、いずれ戦う相手である以上、誇り高くあれってこと?」
キャスターは溜息をついて、一言だけ呟いた。
「私には無理ね」
キャスターはそのまま霊体化して消えた。それを見てランサーは不機嫌な表情のまま歯噛みしながら槍を消した。
そのまま母屋の方にいるイリヤに向かって歩いて行く。その顔が士郎の方へ振り返った。
「……キャスターのマスター」
「なんだ?」
「苦労しそうだな」


「お兄ちゃんの家ってちっとも魔術師らしくないのね」
「魔術師らしい家とらしくない家ってあるの?」
手をつないでいる由紀香の疑問に、イリヤはさも当然と頷いた。
「普通、自分の家に他人を上げたりはしないもん。アインツベルンのお城なんて、何百年も部外者を立ち寄らせなかったのよ。冬木にあるお城だって、結界で護ってるし」
由紀香自身、小さい子供の扱いに慣れているせいか、由紀香とイリヤの話は弾んでいた。
「お城かあ……凄いんだろうね」
「あら、ユキカだって凄いじゃない。私を小うるさい鼠から助けてくれたもの」
「そんなんじゃないよ。これだって無理矢理押しつけられたようなものだもん」
イリヤの視線は、由紀香の頭上にある犬耳に注がれている。時折ピコリと動くそれに興味津々と言った様子でイリヤは見つめていた。
「でも、可愛いわよ。えい」
「ふにっ!?」
いきなり犬耳を触られて、由紀香は変な声を上げた。
ライダーに追いかけられていた時に、無意識に発現させていたらしい犬耳は、思いの外イリヤの気に入るところだったらしい。そのままぷにぷにと犬耳を触っている。
「イ、イリヤ、そういうのはやめた方が良いぞ」
母屋に上がってきた士郎の言葉で、ようやく犬耳責めは終わりを告げた。そのままイリヤは士郎に向き直る。
「ねえ、お兄ちゃん。名前教えて」
「え、名前?」
「私はもう名乗ったじゃない。私だけお兄ちゃんの名前知らないなんて不公平」
「ああ、そう言えばそうだな。衛宮士郎だ」
「エミヤ・シロウ……うん。じゃあシロウね。エミヤのファミリーネームはキリツグから貰ったの?」
「ああ、親父から貰った大事な名前だ」

―――あまりに、自然に聞かれたために、一瞬判断が遅れた。

「イリヤ!何でじいさんの事を「はい、ストップ」」
士郎の目の前には、イリヤの人差し指が立てられていた。
「お喋りは人に嫌われるのよ。これ以上が聞きたかったら、もう少しこの聖杯戦争を生き抜いてみなさい」
にこやかに微笑むイリヤには、何処か有無を言わせない威厳らしいものさえ感じられた。



武家屋敷の広い庭というものを氷室鐘と蒔寺楓は見物していた。
鐘にとってはこういうものは珍しく、また日本史を愛する楓にとっても興味をそそられる庭だった。
しばらく話をした後で、僅かに楓の声色が硬くなった。
「……なあ、メ鐘」
「どうかしたか蒔の字、と言いたいところだが、言いたい事はやはりイリヤ嬢達のことか」
「ああ。聖杯戦争って、あんな子供も参加するものなんだな。知ってたけど改めて思った」
「……うむ、それに間桐や衛宮、遠坂嬢……私の常識や現実がガンガン削られていくところだ」
「まあ、これも一つの現実ってところだ」
二人の声では無い声に、鐘と楓が視線を向ける。その先にはセイバーがいた。
「あー、えーと……イリヤって子のお守りは?」
「ブリュンヒルドがいる。大丈夫だ」
「あら、セイバーってばお喋りね」
聞き慣れない名前に首をかしげる二人の前に、渋い顔をした女性がイリヤを連れて現れた。
「真名を易々と口にするな。我が良人」
「まあ、いいじゃないランサー。セイバーと貴女に勝てるサーヴァントなんていないわ」
「その通り。どうせ俺の名前が知られている時点で、お前の名前も知られるのは時間の問題さ」
楽天的なイリヤとセイバーにランサーはまだ不服そうに形のいい眉をしかめるが、セイバーはにこりと微笑した。

「お前達に手を出そうとする連中をまとめてぶちのめせばいい―――簡単だ」

その言葉を聞いた途端にランサーは耳まで赤くなる。そっぽを向いて小さく声を発した。

「まあ……それなら構わない」

そのままセイバーの隣によりそう形で立ったランサーを見て、外野が歓声を上げた。
「見たかメ鐘!デレがキタぞ!」
「ふむ。これが凛デレというやつか。しかし美人がすると絵になるな」
好きに騒ぐ二人を不思議そうに見た後、イリヤは自らの従者に声をかけた。
「じゃあ、そろそろ帰りましょうか。あまり長居しちゃ悪いわ」
「もう帰るのか?お茶も用意したんだけど」
引き留める士郎にイリヤは少しだけ寂しそうな顔をするが、すぐにいつものすまし顔に戻った。
「お茶はまた今度ご馳走になるわ。今度があればだけど。じゃあねシロウ。ユキカ達を守りなさいよ」
そう言うと、イリヤは背を向けて歩き出す。サーヴァント達も続いた。
「待ってくれ!イリヤ。俺達は本当に戦わないといけないのか?何か別の道もあるんじゃないか?」
士郎の言葉にイリヤは立ち止まった。そして背を向けたまま言葉を紡いだ。
「……駄目。魔術師はどれだけ他の道があっても、その選択を全て放棄した者達よ。優しい解答があったとしても、きっと別の道は歩めない」
言葉は滑らかに、しかし決してイリヤは振り返ろうとはしない。
士郎にと言うより、自分に言い聞かせているような台詞だけを喋り続けた。
「じゃあね。また会いましょう」
そう言うと、白の少女は衛宮邸を去った。



陰鬱とした間桐の屋敷で、今日も珍しくも無い出来事が繰り返されていた。
「おねがい。おねがいだから……」
縋りつく桜に対する慎二の返答は直接的で容赦が無かった。
「うるさい!!」
慎二の足は桜の腹部を蹴り上げ、ボールのように転がった桜は痛みに耐えながら何度も縋りつく。
「おねがいします……何でもするから、衛宮先輩に酷いことしないで……」
慎二は今度は無言で桜の頬を張り飛ばした。
「今度は顔潰されたいのかよ!?ああ!!」
桜はうずくまったままで、それでも懇願をやめなかった。
「……お願い、私は殺してもいいから、先輩だけは、見逃して……」
その態度にいい加減に鬱陶しくなったのか、慎二は部屋の扉に手をかけた。
「僕は部屋に戻る!お前はこいつが馬鹿しないように見張ってろ!!」
慎二の呼びかけに答えるように、ライダーこと関羽雲長が顕現した。それを見届けると慎二は乱暴にドアを開閉し、立ち去っていく足音だけが響いた。

後にはうずくまる桜と、それをつまらなそうに見るライダーだけが残された。
「どうして助けてくれないのか、という顔をしておるな」
ライダーの言葉に、桜は澱んだ瞳を自らが呼んだ英霊に向けた。
乱世の奸雄の元に身を寄せていたとき、贈られた布の一部。それでこの英霊は召喚された。
そしてこの英雄は間桐桜にとって少しも優しくなかった。先程も兄に何度も殴られていたのを霊体化して黙って見ていただけだ。自然に視線が床に向けられる。そのまま黙考し続けた。
先輩とは全然違う。先輩なら助けてくれるはず。先輩なら、先輩なら、先輩なら、先輩なら………………………

「儂は千の手を持つ仏では無いのだ。一応は神となっているらしいが、世の衆生全てを天が救うような世など、人が人である意味が無いわい。自分を助けるのは結局自分だ」
思考の渦に吸い込まれていた桜の意識を元に戻したのは、やはりライダーだった。

「……知ってますよ。そのくらい。神様なんて一度も助けてくれなかった」
ずっと灰色だった世界に色彩をもたらしてくれたのは、いつか祈ることをやめた神様では無かった。
あの決して届かない高さに挑み続ける少年であり、その姉代わりの賑やかな女性だった。
だから、あの少年を傷つけようとする兄と、兄の言うことを一応聞いているこの英霊だけはどうにかしなければならなかった。
しかし、必死の懇願は暴力で返され、眼前の英霊は何の慈悲も見せようとはしない。
絶望だ。
絶望に慣れている筈の自分が、その時まだ絶望を感じている滑稽さに、自嘲の笑みを浮かべた。
陰鬱な雰囲気が更に強くなったところで、ライダーは小さく溜息をついた。
「娘、最早傍観など無いのだ。報われようが報われまいが人はいずれ死んで土となる。同じ死ぬにしても、戦って死ぬか、戦わずに死ぬかしか人は選べん」
「……戦う力も無い人に良く言えるわ」
桜の吐き捨てるような言葉に、ライダーの険しい顔が更に険しくなった。そしてふうと溜息をつく。
「言い返すようになっただけ褒めてやる。あとは殴り返すぐらいのことをやってみよ」
そのまま霊体化して消えた。



「たく、あいつは全く……」
ブツクサと文句を言い続ける慎二には冷静さというものが完全に欠けていた。
妹の態度以外にも、原因はあった。
―――衛宮士郎。
知り合いが魔術師だった。サーヴァントのマスターだった。
動揺の理由はそれだけで十分に過ぎる。
慎二は手に持っている本を見る。偽臣の書―――魔術回路を持たない自分がマスターになれた反則の技。
令呪を作ったマキリだからこそ編み出したそれを、衛宮士郎は持っていないのだろう。
正々堂々と自分の力でマスターになったのだろう。
それはそれで認めたくは無いが忸怩たる思いがある。だが、それ以上に気分の悪いことがある。
「……衛宮、お前もジジイみたいになるのかよ」
多くの人々の運命を操りながら延々と生き続ける妖怪。
死に損ないの吸血鬼。
化け物。
「そんなモノに、お前もいつか成り下がるのかよ」
呟き続ける慎二は気づいていない。
仮にも一度は認めた人物がそのような生き物と同類になると思いたくないと考えていることに。
「あの屋敷も、魔術師の工房だったのか―――?」
思考を続ける慎二の中に、一つの疑問が生まれた。
「そう言えば、あいつ普通に桜を家の中に招き入れてたよな」
魔術師は自身の研究成果を命以上に大事にする。それを守る家に部外者など普通は入れない。
「よっぽど隠蔽に自信があったのか……?」
それにしたって、毎日のように部外者を招き続ければボロが出かねない。だとすれば……
思考の海に埋没していた自分を引きずり出したのは、首に出現した圧迫感だった。
服のカラー部分が後方に引っ張られ、息ができなくなったことに驚く暇も無く廊下の反対側に放り投げられる。
「なっ……!?」
ようやく息ができるようになり、廊下に仁王立ちしている自分のサーヴァントを睨む。
「お前!いきなりなにするんだ!」
「敵襲だ」
悠然と佇むライダーの背後―――先程まで慎二がいた場所が爆発し、白煙が立ち昇る。
驚く暇も無くライダーが大刀を一振りする。生まれた突風が浮遊物を吹き飛ばし、廊下の床に刺さっている物体が何かようやく理解した。

―――矢。

弓道部に入っているために見慣れたそれは、ケーキに突き刺された蝋燭のように、床に突き立っていた。
突き刺さっている場所を中心に廊下が陥没し、目茶苦茶な状態になっている。
「な、なんだよコレ!弓だけでこんなにできるわけないだろ!一体どうして!」
「騒ぐな。場所が知られる」
ライダーは振り向きもせずに大刀を構えると、壁に目を遣った。
慎二もつられて壁を凝視すると、絶句した。
「……壁が、無い」
そこらの一般建築より余程頑丈な屋敷の壁に大穴があいていた。何が破壊したのか考えるまでも無い。
「ふむ、まあ、サーヴァントである以上、この程度は破壊できるであろうなあ」
呑気な様子で呟いたライダーに怒鳴り散らそうとしたが、その前に首根っこを掴まれた。
「ぐえっ!?」
「逃げるぞ」
そのままライダーは疾走した。それを追う様に、壁が端から破壊されていく。
部屋数はべらぼうにある間桐邸を走り続けるライダーと掴まれている慎二が移動する程に、間桐の屋敷は破壊されていった。



「……見事だな。マスターの小僧を仕留めてみせるつもりだったが、奇襲に対応するとは」
弓に矢を番え、アーチャーのサーヴァントは陣取る場所を変えながら同時に弓を放った。
サーヴァントの走力で移動し、矢を正確に放つ。そのような流鏑馬じみた真似をやる弓兵の表情には、僅かな賞賛はあるにしても、動揺はまるで見られなかった。
それは狙う標的が壁に隠れ、姿すら見えなくなっても変わらなかった。
「子細なし」
番えて、狙い、放つ。その動作を一時的に放棄する。
新たにアーチャーがとった戦法は、ただ弓に矢を番え、放つ。狙いは付けない。隠れる場所全てを破壊すればどうしようもない。
数瞬のうちに十以上の矢が放たれる。そしてそれは屋敷の至る所を破壊した。
柱をへし折り、壁をぶち抜き、土台をぐらつかせる。矢で死ななければ崩れた屋敷に押し潰されて圧死するのみ。

―――それでよし。

マスターが死に、サーヴァントが消えれば自らの望みに一歩でも近づく。自分の新しいマスターからは『現在現界中の主従全員と戦え』と命令を受けている。
つまり全員殺せる機会があるということ。この好機を逃す手は無い。
屋敷の正面に回り込み、弓に矢を番えた。番えた矢は二本。大和朝廷に仇なす鬼を射殺した時と同じ。
そして、真名開放のために魔力を練り上げる。狙いはマスター。たまりかねて出てきたところを一発で仕留める。
扉を凝視する。
屋敷の扉が開いた。
「『住吉―――」

言葉が続くより先に、扉が稲光で吹っ飛ばされた。

「!?」
驚愕するよりも先に、横っ飛びで突進してくる雷光を回避した。それでも無傷というわけには行かず、軽い電撃が肉体を襲ったらしい。身体の感覚が一部麻痺している。
アーチャーが睨み付ける雷光は、道路上でその形を馬に乗った武将へと姿を変えていた。
「真っ正面から律儀に出てきてやったぞ。首を取る覇気は無いのか?」
馬上で長柄の武器を構える髭面の男は、同じく馬上に乗せているマスターらしい小僧と見覚えの無い娘を庇うように切っ先をこちらへ向けた。
その姿から連想される英霊は一人。
「……美髯公」
「然り」
ライダーはどうしても儂の姿は知れ渡っておるなあ、と呑気に言いながらも、武器の構えは解いていない。
相対している距離はサーヴァントならば一瞬もかからずに詰めることができる。

「!!」

瞬間、アーチャーは矢を放った。
飛来したそれをライダーは難なく大刀を回転させて防ぐ。
そのまま追撃に備えるが、その時にはアーチャーは遙か彼方へと移動していた。



「なかなか良い逃げぶりだな」
退却する敵兵の鮮やかさに迷いは無い。あらかじめ襲撃が失敗したときの退路を頭に入れておいたのだろう。既に姿は見えなくなっている。
「追撃するか?慎二」
逃げ腰の兵士は単なる弱兵だが、逃げ方が上手い兵士は恐るべき敵になることをライダーは生前から知っていた。
故に、そういう敵は叩ける内に叩くべきだと言うことも知っていた。だからこそ今生で出会った仮にもマスターである少年に意見を述べたが、やかましい程の返事が返ってこない。
「……?どうした……ムム!そうか!」
ライダーの豪腕で『掴まれ』続けていた慎二の顔は青く変色し、口からは泡を吹いていた。当然眼は白目を剥いている。首を掴まれて高速で振り回されていれば当然だが。
見ると、赤兎馬に初めて乗った桜も気絶していた。だがこの場で一番重体なのは間違いなく慎二だ。
「しっかりせんかい!気をしっかり持て!!」
流石に今マスターに死んで貰っては困るライダーは、慎二の顔に往復ビンタをお見舞いし続けた。
目覚める頃には慎二の顔が某愛と勇気だけが友達な菓子パンヒーローのようになることは想像に難くない。


「追っては来ないか。やはり関羽雲長。無理に敵を追って火傷する真似は好まんか」
アーチャーは既に見えなくなった間桐の屋敷の方角に顔を向けて、呟いた。
「……急がねば、英傑二騎を揃えた異人の陣営は無理にしても、今日中にあと一つを攻めねば」
独り言で自らが為さねばならないことを確認したアーチャーは、別の方角に目を向けた。


―――この戦争の枠組みを創成した三家の内の一。


―――遠坂。














没ネタ。

首に思いっきり圧力を感じた後、記憶が無い。そして意識も無くなった。
「し  りせ かい 洟垂  !」
最初は頬に何か痛みがあるようだったが、その衝撃の凄まじさに感覚は無くなった。
「目 開け !意識    せ!!」
あまりのうるささに、意識が覚醒しかけていることが分かった。
「……起きん 。やむを  ……やりたく   たが……」
急に静かになった。
目を開ける。


髭面のおっさんが唇を突き出して、自分に迫っていた。


「…………………………………………のぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!!!!!」


この後間桐慎二は大陸の大英雄に右ストレートをお見舞いするという偉業を果たすことになる。

ライダー談:「聖杯からの知識で知った人工呼吸じゃい。なんか文句あるか」