遠坂家、冬木市有数の名家であり、魔道の名門。
当主であり冬木の管理者でもある六代目当主、遠坂凛は若く才能に溢れた魔術師だった。
誇り高い人生、それに暗雲が立ちこめたのは、第三十一次聖杯戦争時にキャスターのクラスを召喚したときからだった。
リヒャルト・ワーグナー。彼の辞書には節約など無かった。
浪費に次ぐ浪費、散財に次ぐ散財。
令呪を使おうともキャスターの凶行は止まらず、気がついたときには遠坂の資産は底をついていた。
悪夢は終わらなかった。
次に聖杯が呼んだサーヴァントは、史実とは姿と性別しか違わないセイバーの英霊。
ガイウス・ユリウス・カエサルだった。
彼女はキャスターと手を組み、彼等にとっては面白可笑しく二度目の生を謳歌した。
その黄金律(偽)、EXのランクを持つスキルを利用し、世間から借金をし続けた。
そして雲隠れする二人組。借金王二人のダブルパンチは耐え難いダメージを遠坂家に与えた。
売りに出される遠坂邸。
増える負債の山脈。
迫り来る借金取り。


これは、遠坂家を再興させようとする若き当主の、真実のドラマである。



~プロジェクトR(リン)~
債務者達



「ええ、驚いたっス。毎日あのお屋敷は見てたんですけど、まさかあんな事になってるなんて」
―――早朝新聞配達員A

「凄いお金持ちだって聞いてたけど、無理してたのかしらねえ」
―――近所に住む主婦B

「あそこの土地は広いけぇ、新しく商売始めるにはもってこいぜよ!」
―――謎の実業家S


冬木氏でも屈指の豪邸、遠坂邸。その敷地から空に上げられているアドバルーンに、冬木の住民の多くが気づいていた。
真っ赤なアドバルーンの垂れ幕部分には大きくこう書いてある。即ち、『差し押さえ』と。


衛宮士郎は衛宮邸の門から、道路を見回した。
「見つかったか?」
「この辺りにいるはずだぞ」
道にはガラの悪いどうみてもヤの付く自由業な方々がたむろしている。しきりに携帯電話で連絡を取り合っているようだ。
士郎はしっかりと門を閉め、鍵をかけると玄関をくぐる。そのまま廊下を通って衛宮邸の一室の前に来た。
襖には張り紙がしてあり、『とおさかけふっかつのち』と書かれている。
「あー、遠坂。入るぞ」
「……合い言葉は?」
襖の奥から蚊の鳴くような声が聞こえてくる。士郎はやむを得ず口を開いた。
「アホ幼女とアホ中年の」
「アホンダラ……よし、入ってもいいわよ」
襖を開けると、そこには疲れを滲ませながらも、瞳に怨念を抱えた少女―――借金取り達が捜索していたワーグナーとカエサルの連帯保証人、遠坂凛がいた。


リヒャルト・ワーグナーとガイウス・ユリウス・カエサルの二人は、史実通りの借金王だった。
あるときは劇場を借り切り、あるときは道の真ん中でパレードを行い(意図は不明)、あるときは連日連夜パーティーを開いた。
それら全てに借金が充てられ、そしてまた借金を繰り返す。金銭感覚のネジが飛んだような行為に、凛や士郎はやめるように言い聞かせたが、何処吹く風と二人は放蕩をやめなかった。
そして借金を作るだけ作ると、ワーグナーとカエサルの二人組はそれを踏み倒して何処かへ雲隠れした。
当然、それだけで金融業者が黙っているわけが無い。
借用書にいつの間にか記載されていた連帯保証人である凛の元へ借金取りが押しかけた。
歴史ある遠坂邸も、家宝の宝石も、家具も何もかも呆然としている凛の前で差し押さえられていった。
そして凛には巨額の借金が残った。しかもこれは今でも増え続けている。



「それにしても闇金業界でもワーグナーはブラックリストに載ったはずなのに、何処の誰が金を貸してくれるんだ?」
「あいつはあのアホ幼女。カエサルと仲がいいのよ。あのガキの話術で上手いこと人に金を借りているのよ」
ワーグナーとカエサルが交友を深めたのは、その性格故だろうか。
現界してからしばらくすると踏み倒しの常習犯、ワーグナーに金を貸してくれる業者はいなくなった。
しかし、そこにカエサルが声をかけた。
『貴公の芸術は優れた物だ。存分にオペラを作るが良い。入り用なものは全て用意させるぞよ!』
彼女の人たらしとしての能力は全て金を借りることに発揮された。
結果、借金王ワーグナーは新たな借金王を盟友にインスピレーションを閃かせるために放蕩を重ね続けた。
そしてそのしわ寄せはマスターである遠坂凛に全て降りかかってきた。
襲い来る借金取りから逃れるために彼女が衛宮邸へ避難するのにそれ程時間はかからなかった。


「……ところであいつらまだいる?」
「ああ、どうやら薄々勘づいてるみたいだ」
借金取り達に見つかるのを避けるために、凛はここ二週間、亡命した衛宮邸から外に出ていない。
よって、外の状況を知るためには出入りしている家の住人から聞き出すしか無かった。
「そう、あんたにも迷惑かけるわね」
「気にするな。遠坂には聖杯戦争で世話になったんだからさ」
そう言う士郎の手はお盆を持ち、その上には温かい食事が載っていた。
「腹減っただろ。食えよ」
それを見る凛の目尻にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「人の優しさって、本当にありがたいわよね……後で絶対借りは返すからね」


衛宮邸の茶の間。そこでは大勢の人々―――ならぬ、英霊達がいた。
彼等が手に持つのは栄光を象徴する宝具では無い。あるものは造花を、あるものはボールペンを、あるものはおもちゃの吹き戻しを、黙々と組み立てて、作っていた。
「ボールペンクリアしましたー」
聶隠娘が組み立てたボールペンを運んでいる。
「ええ、大丈夫です。あなたの言うとおりですよ」
壱与が受話器を片手に他人の愚痴を聞いている。『愚痴聞きサービス』という在宅ワークだ。
「疲れた~、休も~」
「次の休憩時間はいつだ?」
「腹減った、喉渇いた。誰か何かもってこいよ」
襖を開けて衛宮士郎が入ってくる。その手には緑茶が入ったヤカンと、大量の茶菓子を持っている。
「みんな、頑張ってくれてすまん。一息入れよう」
全員が作業を中止し、家主に群がった。



冬木中のサーヴァントが衛宮邸に集まり、内職に励んでいる光景はシュールの一言だ。
『内職の手伝いをするために集まれ』という呼びかけを聞かない英霊は多かった。
なにせ元は貴族や王様だ。何が悲しゅうて袋貼りをしなければならないのか、という文句に対し、

『黙って来ないと、殴っ血KILL』

……鶴の一声(凛の一言とも言う)で、非人間型である英霊を除いて多くが衛宮邸に集結した。
おかげで、士郎は朝も夜も飯炊きに追われる羽目になったが。
「結構出来上がったな」
士郎の眼前には山と積み上げられている製品があった。それらを関羽がそろばんを弾いて計算している。
「どうだ?少しは儲けになりそうか?」
「うむ。それなりにはな」
関羽が珠を弾いて計算を終える。
「衛宮邸で夜遅くまで仕事している分の光熱費、労働者(つまりはサーヴァント)の食費の分をマイナスし、現在判明している借金の利子を払えば残額は23円だ」
「……うみゃい棒2本買って終わりか」
絶望的な借金の返済具合に、士郎は思わず溜息をついた。

「……それもこれも全部ぜえんぶあいつらのせいよ……」

突然響いた怨念に満ちた言葉に、全員の意識が開かれた襖へと向けられた。

「殴っ血KILL……殴っ血KILL……殴っ血KILL……殴っ血KILL……殴っ血KILL……殴っ血KILL……」

目をギラつかせ、口から怨念に満ちた言葉を発し続ける少女の姿に、その場の全員がドン引きする。
ひたすら言い終えて満足したのか、凛はウケケと嗤った。その姿は確実に優雅からかけ離れている。
「と、遠坂、まだあんまり無理は良くないぞ。うん。部屋でもう少し寝ていよう。な?」
「眠る……そうね、きっとこれは夢。悪夢なのよ。目が覚めたらあいつらを[ピーッ]して[ピーッ][ピーッ][ピーッ]して[ピーッ]の挙げ句[ピーッ][ピーッ]……[ピーッ]」
「し、しっかりしろ。最早言っている事が言っちゃいけない言葉しか喋っていないぞ」
「これは聖戦なのよ。奴らを抹殺する事は義務なの。正義なの。必然なの。ガンドを一兆発くらいぶつけて蜂の巣にして……」
そのままブツブツと自分の世界へトリップした遠坂凛は、虚空を見つめて動かなくなった。
士郎が覗き込むと、その眼球に僅かに理性の光が戻っている。
「―――そうね。ともかくも、借金完済の作戦会議をするわよ」



衛宮邸の茶の間。大勢の英霊が押し合いへし合いながら集まっている。英霊達の前に凛が立った。
「えー、私はこの通りで限界に近いです。このままだと私を含めて全員がどっかの道場送りともなりかねません」
凛はどこからともなく取り出した黒板を背にして、多くの英霊達に向き直る。
「よって、みんなの知恵を借りたいと思います。意見をどーぞ。ちなみにアイデアが無いとか言うのは許しません。
最低一人一つはアイデアを出す事。それではシンキングタイム一分」
その言葉に、各々サーヴァント達が考え込む。そして何人かが手を垂直に伸ばした。
「はい。リリス」
凛の視線の先にいたのは、すっぽんぽんの美女だった。比喩抜きで全裸の女に凛は何も言わない。
最近はこういうサーヴァントが増えてきているので、今更全裸程度で驚く理由にはならないからだ。
召喚直後から今日まですっぽんぽんな女は眠たそうな目をして、にぱーっと口を開いた。
「うーんとねえ、みんなで頑張ってぇ、子供たくさん産んで、子ども手当を貰ってねぇ……」
「却下!どう頑張る気よ!?だいたい子ども手当なんてもう廃止されとるわっ!!」
「え~、子供産むだけでお金貰えるなんて夢みたいな時代だと思ったのに~そういえばぁ、今年って何年~?」
「落ち着け遠坂、リリス。それを言い出すとややこしくなる。とりあえずその案は白紙の方向で」
「うにゅ。リリスねる~」
そう言うと大して内職もしなかったリリスはころりと寝転んだ。
「……話を続けましょう。言っとくけど銀行強盗や現金輸送車襲撃は無しだからね」
その言葉に、エドワード・ティーチやチンギス・ハンの手が下がる。
「そんなことしなくても、黄金律持ってる人達にお金借りたら?」
ハーロットとか。と提案する鈴鹿御前に対し、凛は首を横に振る。
「黄金律持ってる連中は海外に旅行に行ってて留守よ。それに借金を借金で返すなんてろくな事にならないわ」
「うーむ……他にいい方法は無いものか……」
その時士郎は部屋の隅で欠伸をしている一人の男に目をとめた。
「そう言えばあんたは金策が得意だったよな。何か良い知恵は無いか?ケン・アンロク」
士郎に呼び止められて、しょうがないといった風に男が発言した。
「そうっすねー……暗示を使うなんてどうでしょう」
いきなり心を操る魔術の使用をほめのかす言葉に、凛が身構える。
「まさか通行人からカツアゲしろとかいうんじゃないでしょうね」
「そんな効率が悪い方法とりませんよ。銭はあるところにはあるもんです……この国から巻き上げりゃいいんですよ」
ヒヒヒ、とケン・アンロクは外道の笑みを浮かべた。
「国を利用しましょう。えー、今現界している英霊の皆さんで住居を持っている方はどのくらいいます?」
サーヴァント達は押し黙った。
実を言うと冬木に現界している200人以上の英霊の中で、住居や仕事に恵まれている英霊は殆どいない。
セカンドオーナーである凛の尽力と大河の祖父である雷画の協力で戸籍はどうにかなったが、かといってこの不況の中ですぐに仕事や住居が見つかるわけでも無かった。
衛宮邸の空き部屋にも限界があり、アインツベルンの森にテントを張って野宿したり、空き家に勝手に住み着いている場合もある。
英霊達は遠坂邸(今は無くなったが)を訪れ、仕事や家を求めるデモを起こすのが恒例となっていた。

……英雄が信仰されている国の人が見たら血の涙を流しそうな光景である。



「まあ、そんなもんでしょうね。そこでです」
ケン・アンロクはずいっと凛に迫った。
「まず適当な住居を用意する。あー、大したもんじゃなくていいんです。床があって屋根があれば。
もうなんなら犬小屋でも構いません。それを用意した後、宿無し連中を入れるだけ放り込んで生活保護の申請をさせる」
「生活保護って……あんたまさか……その為に暗示を……」
「魔術の隠蔽さえできて、目立たなければ何やっちまってもいいんでしょう?役人洗脳するくらい何だってんです。
そして支給される銭の数割をこちらでピンハネすりゃあ、いい金になりますぜ」
「囲い屋やれっていうのか?」
見かねた士郎が咎めるように向き直るが、ケン・アンロクは何処吹く風と涼しい顔をしている。
「いーじゃないですか。どーせ現代に適応もできないアホ共です。住み処を恵んでやって、銭までやるってのに、何の問題があるんです?ケケケケケ」
「ああ、そういう事言うのなら好きにしろ、でもお前の話をここにいる全員が聞いているんだけどな」
「はい?」
「運命られし破滅の剣(グラム)!!」
「天叢雲(あめのむらくも)!!」
「創世神の光明(ブラフマーストラ)!!」
「聖者の嘆き(ロンギヌス)!!」
「神意の焔(ネフシュタン)!!」
「無穢なる清煌(オートクレール)!!」
「獄炎秘めし災厄の矢(アグネア)!!」
「勝利の剣(ユングヴィテイン)!!」
「遍く照らす光輪(スダルシャナ)!!」
「虹彩輝く歓喜の剣(ジュワユース)!!」
絶大な力を持つ宝具の真名開放総攻撃は、間抜けにも振り返ったケン・アンロクに直撃し、当の本人は衛宮邸の屋根に穴を開けながら空の彼方へとぶっ飛ばされていった。
「……あいつ狡猾な割に抜けてるところがあるんだよなあ」
上空でキラリと光る何かを見ながら、しみじみと士郎は呟いた。


「小悪党に付き合うと疲れるわ。それで、他にアイデアのある人はいる?」
「借金取りまとめてぶっ飛ばした方がいいんじゃねー?」
ポイヤウンペの言葉に他の英霊も「その方が手っ取り早い」と、同意するが、凛は渋い顔をした。
「この上前科持ちにまでなったら本気で……いやまてよ。完全犯罪で……」
ブツブツと考え込む凛に対し、また一つ手が挙がった。
「はい。エウロペ」
「えーとね、話は変わるけど遠坂邸を買い取ろうとしている坂本さんと交渉して、返して貰ったら?」
差し押さえされた遠坂邸を買い取ろうとしているのは、現世で新しく会社を興し、実業家となった坂本龍馬だ。
いまや時の人となった龍馬は、多額の資本を動員し、遠坂邸と土地の買取に意欲を示している。
「それができりゃ苦労しないわよ。あいつはいろは丸沈没事件の時に紀州藩を相手取って損害賠償させた奴よ?
ある意味で銭ゲバよ?何の対価も無しに返して貰えるわけないでしょ!」
それは、考えすぎなんじゃあ、とエウロペが言い返すと、突然部屋に入ってくる人影があった。



「凛」
「……何か用?バゼット」
元魔術教会執行者であり、今は無職のプータロー。バゼット・フラガ・マクレミッツがそこに立っていた。
「坂本龍馬から電話で連絡です。『どうやらわしの会社が家と土地を買う事になった』と」
「……そう。すぐに買い戻しに行くって言って「早くしないと改築されますよ」―――へ?」
「聞いた話によると旧遠坂邸は坂本の会社の社員保養施設になるようです。それでもうすぐ工事を始めたいので、魔術的に何か不味い所は無いか、私と『元』家主である凛に相談があるということで」
あ、私は面接がありますのでこれにて失敬。と、バゼットがぴしゃりと襖を閉めた。

……重い空気が部屋の中に立ちこめる。

「……一刻も早く私の家を取り返さなければならないわ。ホームレスの魔術師なんて、洒落にならないのよ……その為にも現金を……いや、その前に奴らを抹殺しなければ……現金、抹殺、現金、抹殺、現金、抹殺……」
凛が頭を抱えながらブツブツと呟いている中で、再び挙手があった。
「……はい。風魔小太郎」
「質問なんだが、そもそもどうしてあの連中の連帯保証人なんて引き受けたんだ?」
「あ、そうか。そう言えば俺も気になるな。カエサルとワーグナーの連帯保証人になったりしたら末路は分かってるだろうに」
小太郎と士郎の素朴な疑問に、凛は俯きながら答えた。


~回想~
それは200人に増えた英霊達の事で、凛が多忙を極めていたある日の事。
「凛ちゃ~ん。タロスを合体変形ロボにしたいから、遠坂のお屋敷を宇宙基地に改造させて~」
「知るか!私は英霊達の戸籍偽造で忙しいの!」
「戸籍まだできんのかね」
「今やっとるわい!」
「職くれ~」
「仕事くれ~」
「住居よこせ~」
「衛宮君の家に行ってなさい!そこが一時的な難民キャンプよ!」
「チンギス・ハンが国道で暴走行為をして警察に追われてるぞ」
「仕事増やすなぁ!」
「おーい、フロイライン。借金の連帯保証人になってくれ」
「ああ、もう!好きにしなさい!」


「……うっかりが発動したのか」
「あの時、よく話を聞いてさえいれば……こんなことには……」
後悔に凛が押し潰されたその時、襖が開いた。



それはチ○コというにはあまりにも大きすぎた。大きく、分厚く、重く、そして大雑把過ぎた。
それは 正にチ○コだった。


「……なあキンレイ。今大事な話をしていて、遠坂が大変なんだ。しばらく向こうに行っていてもらえないか」
疲れ果てた様子で士郎がチ〇コの持ち主……聖人、ドゥクパ・キンレイに話しかける。
リリスやハーロットの全裸は許せても、おっさんの全裸は描写するだけで(作者が)苦痛である。
「何を言っているのです。士郎くん。苦しんでいる衆生の救済こそが我が役目」
言っている事は至極まともだ。チ〇コ丸出しでさえ無ければ。
ドゥクパ・キンレイは生前多くの人々を救ったらしいが、こういう姿での正義の味方にだけはなりたくないと思う士郎だった。
「気持ちはありがたいけど、今度ばかりは無理だ。そうだな、キンレイの貯金はどのくらいある?」
「拙僧の財産は仏の教えと、この肉体のみです」
「つまり一文無しだな……お金がいるんだよ。それも大量に。そうでなきゃ遠坂が大変な事になる」
かくかくしかじかと話をする士郎に対し、キンレイはうんうんと頷いた。その瞳が頭を抱えている凛に向く。
「つまり遠坂嬢を救えばいいと」
「ま、待て!その股間の聖なる槍で救うとか無しだぞ!」
「士郎くん。拙僧はかつて詩人として名を残したのですぞ」
「……つまり?」
怪訝な士郎に対し、キンレイはサムズアップして笑顔を見せた。
「言葉で人を救ってみせましょう」
そして、凛に向き直った。


「凛さん。元気を出してください」
「……あんたが失せれば少しは精神もマシな状態になるけど?」
「これはお手厳しい。確かに気を落とすお気持ちは分かります。財産の全てを失い、借金を抱え込んだのですから。しかし、逆に考えるのです。これはチャンスだと」
「……はい……?」
「今までの貴女は、魔術師としての使命や、セカンドオーナーとしての責務に追われ、自由とは程遠い状態でした。
しかし、カエサルさんとワーグナーさんがそれらを破壊してくれたおかげで貴女はある意味借金がある事以外はまっさらな状態で人生をやり直すことができるのです」
キンレイは胸に手を当て力説する。
……凛の『限界』が迫っている事に気づかずに。
「今の貴女は正に裸!生まれたままのすっぽんぽん!財産という重い鎧を脱ぎ捨てたことにより、身体と魂は永遠の自由を獲得したのです!そう。ネイキッド・イズ・ジャスティス&フリーダム!!
君の姿は僕に似ている!!とりあえずは服を脱ぎ捨て、拙僧と共に素っ裸で街中を闊歩しようではありまぁぁああぁああああああああああああああああぁぁああああぁぁぁぁぁ。あんなに一緒だったのに~~~~~~!!」
魔力強化をこれでもかと施した凛のアッパーカットによって、ドゥクパ・キンレイはケン・アンロクがぶち抜いた屋根の穴から空高くぶっ飛ばされていった。

……キラリと空にお星様がもう一つ増えた。



ハアハアと肩で息をする凛は、士郎、と底冷えするような声色で話しかける。
「……あ、ああ。どうした?」
「私、少し奥で寝ているわ。一時間経ったら起こして」
凛はそう言うと、襖の奥へと消えていった。

凛がいなくなった茶の間で、今度は士郎が頭を抱えた。
「どうしようか。このままじゃ本気で全員がマグロ漁船に乗る羽目になる」
「ワーグナーとカエサルは一体どこにいったんだよ?」
「分からない。最後に目撃した慎二の話では、空港の方に行ったらしい」
「高飛びされたか……」
「現在、探知能力に優れたサーヴァント達が手分けして探している最中だ。朗報を待つしかないな」
その時、玄関のインターホンが響いた。
「誰だ?」
突然の来客に立ち上がろうとした士郎だが、その時聞こえた声に硬直した。


「おおい。どうしたあ?世紀末天才リヒャルト・ワーグナー様のお帰りだぁ。出迎えんかぁ」


正直、そのダミ声が聞こえたときに自分達がどのような行動を取ったのか、定かでは無い。少なくも士郎は殆ど覚えていない。
ただ、その場にいた全ての英霊達と共に玄関まで全速力で走ったことだけは覚えている。
そして成果もあった。
「おー、お出迎えご苦労。ほれ、土産に買ってきたカメハメハ饅頭だ」
アロハシャツにサングラスの南国ファッションを纏った英霊ワーグナーは、持っていた包み紙を差し出した。
「ハワイに行ってきたのか?」
「ああ、ハワイ、タホ湖、ボルミオ、モナコ、シチリア、マジョルカ島、ケープタウンにゴールドコーストだな。最後にマカオに寄って帰ってきた。アメリカ娘はセクシーだったぜ。今度一緒に行くかぁ?赤毛坊主」
カッハッハッハ、と笑うワーグナーの周囲には武器を持って取り囲む英霊達がいる。
「その前にあんたは英霊の座に強制送還されそうだけどな……」
そう言いながら士郎は賞味期限の過ぎた饅頭を受け取った。
「カエサルはどうした?」
「ああ、一緒に帰ってきたぜ」
突然、庭から強い光が差し込んだ。フラッシュと言ってもいい程強い光量のそれと共に、声が響いた。
「王とは神のことなのだ」
士郎が障子を開けると、そこには光り輝く額を持つ幼女が仁王立ちしていた。
「ゆえに、皇帝とは神以上の存在なのだぁーっ!!」
額が一気に輝きを増し、爆発の如き閃光を見せる。
「フーフフフフフーフーハハハハハ!!!ガイウス・ユリウス・カエサルはディ・モールト偉いのだぁーっ!!!」
ガイウス・ユリウス・カエサルはそうやって高笑いした。

……多くの殺気に囲まれながら。




「よし、話を進めよう」
士郎の眼前にはワーグナーとカエサルが座っていて、その周囲を武装した英霊の集団が取り囲んでいる。
絶望的な状況下の中で、ワーグナーは鼻をほじりながら大欠伸をし、カエサルは背伸びしている。
「率直に言おう。二人が残していった借金のせいで今遠坂が大変な事になっています。サーヴァントは全員内職にかりだされています……何か言う事はあるか」
ジト目で睨む士郎に対し、ワーグナーはほじった耳クソを息でふっと吹き飛ばした後、口を開いた。
「馬鹿じゃねえの?」
あまりと言えばあんまりな一言に、士郎の顔が引きつった。そして周囲の殺気が更に膨れ上がった。
「他人の借金なんざ踏み倒してとっとと逃げちまえばいいんだ。真面目な奴が馬鹿を見る典型だな。いや、待てよ。
俺様の借金だからこそすすんで抱え込みたいと思ったのか。なるほど、頷けるよな。俺様にそこまで懸想してるんなら、俺も答えてやらんとなあ。そう思わんか。凡人ども」
瞬間、周囲の人だかりが蠢動し、剣が、槍が、弓矢が、銃口が、ワーグナーの頭部に押しつけられた。
「殺した方が良くね?」
「腐れた脳天は吹き飛ばして、内臓だけグラム売りするか」
「待て。その前に拷問でいたぶってからにしよう」
殺気の濃度が膨れあがった時に、僅かなりとも冷静さを残していた士郎だけが制止した。
「落ち着けみんな!せめて借金取り達に突き出してからだ!!」
……冷静に制止した。
「ふむ。やはり借金は返さなければならぬものだったか?」
「当たり前だっ」
きょとんとした表情で尋ねるカエサルに士郎がツッコミを入れた。
「ならば『あれ』を当てるか」
そう呟くとカエサルは庭の隅を見る。全員の視線がそこに集まった。

「あの~、そろそろ運び込んでいいでしょうか」

運送屋のユニフォームを着た見知らぬ誰かがそこに立っていた。
「……誰だ。あの見知らぬ人は」
「ここまで凛への土産を運ばせた者よ。よし。どんどん運び込むがよい」
「はい。物が多いので庭先でいいでしょうか」
「任せるぞよ」
その後の事はおそらく士郎は一生忘れないだろう。



「……何を土産に持ってきたんだ?」
士郎達の眼前で、庭にトランクが大量に積み上げられていった。巨大な山は全高5メートルはあるだろうか。
トランクの一つを手に持ってみると、かなり重い。ようやく作業が終わったようで、運送屋が帰って行った。
「これじゃ」
カエサルが開けたトランクの中身を見た士郎達の目は点になっていた。

札束である。
英霊フクザワがプリントされた紙幣を束にした物体が、これでもかとトランクに詰められていた。
よく見てみると、きちんと透かしも入っていて偽札ではない。士郎はどや顔になっているカエサルに向き直った。
「銀行強盗?」
「たわけ!違法な手段で手に入れた物では無いわ!」
そう言うと札束が入っているトランクの山を見上げた。
「ちょっぴり宝具を使っただけじゃ」
「現金輸送車を襲撃したのか?」
「その思考から離れんかっ!」
「使ったのは俺の宝具だよ。『至高なる我が絢爛歌劇(リヒャルト・ワーグナー・フェストシュピールハウス)』さ」
ワーグナーが縁側に座って説明する。
「カエサルの幸運を限界まで引き上げて、黄金律を本物にした。それだけだ」
「じゃあ、お前ら。借金を返すためにこれを……」
感極まったように声を震わせる士郎に、ワーグナーがヘヘッと笑った。
「最後に立ち寄ったマカオでフロイラインの土産買うの忘れたのに気がついてよー。今言った手を使ってカジノで大儲けよ。
いやー、何せフロイラインへのプレゼントは現金に限るからな、バカ儲けしたのは良かったんだが、カジノを何軒も潰したからギャングに追われたり、店への出入り自体を禁止されたりしたからよ。
日本に帰ってくるのが遅くなったんだわ」
かははははと、ワーグナーは大笑いした。
「つまり借金は全部忘れてたんだな」
「しかしまあ、これで借金は返せるし、屋敷を買い戻す事もできるんじゃね?」
「ああそうだな。壱与。遠坂を呼んできてくれ。早く喜ばせたい」
「はい。呼んできます」
そのまま襖を開いて凛を呼びに行く壱与を見ながら、士郎はカエサルとワーグナーに話しかけた。
「やるときはやるんだな。お前ら」
「はっはっは。ディ・モールトほめるが良い!」
「まあ、気にすんな」
「ああ、全然気にしない。でもありがとう。あんた達にも少しは人間らしい心が残っていたんだな」
色々と非道い事を言っている気もするが、ここ数日は徹夜で内職を続けていたのだ。これくらいはいいだろうと勝手に結論づけた。
そのまま縁側で遠坂が来るのを待つ事にする。


―――何故、この時気を抜いていたのだろうかと、今でも思う。



遠坂凛は夢を見ていた。
夢の中で凛はキャッ、ウフフと泳いでいた。
首から下を埋め尽くすのは海水では無い。全て紙幣―――万札だった。
水平線の彼方まで万札で埋め尽くされていた。
至福を味わいながら何億人もの英霊フクザワに身を沈める。
これは夢、優しい夢。夢で無ければ、残金二百十八円しか財産を持たない自分がこれだけのお札を用意してあまつさえシンクロナイズドスイミングをできる筈が無い。
夢なら夢で楽しもう。そのまま何処まで潜れるか札の海に顔をつけようとしたとき―――


「フロイライン金貸して~。返さねえけど」
「リンよ。全財産を余にけんじょーせよ!」


『奴ら』がやってきた。瞬間、魔力を集中させ臨戦態勢で待ち構える。
「どこ、どこ、どこじゃあ。出てこんかいワレェ!!タマとったるけんのお!!」
「以前見たヤクザ映画の真似か?中々様になってるなぁ。俺のオペラで脇役くらいなら使ってやってもいいぜ」
「ガラが悪いのお。そんなことでは嫁の貰い手が無いぞ。まあよい!その時は余が貰ってあげよう!!」
呑気な台詞に脳天を焼焦がすような憎しみを覚えながら、『奴ら』の姿を探すが、お札の海の何処にも居ない。
「コオラァァァーッ!出てこおおぉぉぉぉーいぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!!」
周囲を三百六十度探しても見当たらない。あるのはお札の水平線と、波間に沈もうとする二つの太陽だけだ。

……太陽が二つ?

呆然としている中で、二つの太陽が振り返った。
「おお、大量の金を俺のために用意してくれたんだなあ」
「褒めてつかわすぞリン!」
「ぎ……ぎゃああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!」
太陽だと思っていたそれは、巨大なリヒャルト・ワーグナーとガイウス・ユリウス・カエサルの顔面だった。
あまりのシュールさに驚愕の絶叫を吐き出す自分に向かって、ワーグナーとカエサルは悪魔の笑みを浮かべた。
「「それじゃあ、いただきまーす」」
ワーグナーとカエサルが口を大きく開けた途端に強風が発生し、お札の海は二人の巨大な口の中に吸い込まれていく。止める間もなくお札の海は消失し、周囲は漆黒の宇宙空間と化した。
自分の身体が宇宙を漂う中で、お札の海を食い尽くした二人はこちらを見て一言だけ喋った。
「「ごちそーさまー」」



「おおおおおおどぉぉぉぉぉぉれぇぇぇぇぇらああああぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
……自分自身の怨嗟の絶叫で目が覚めるという初めての経験を凛は味わった。
肩で息をつきながら、疲れ果てた身体を起き上がらせる。
最悪な目覚めだった。聖杯戦争のマスターとして今まで参加し、非業の死を遂げた英霊達の過去を見た事はあるが、今見た夢はブッチギリで最悪だった。
「……あん畜生ども。夢の中にまで入り込んでくるとは」
「ど、どうしたんですか凛さん?今の大声は」
開いた襖から心配そうに声をかけてくる壱与に、どうにか返事を返す。
「……何でも無いわ。本当に何でも無いの。もう起きるわね」
「そうそう。ワーグナーさんとカエサルちゃん。帰ってきましたよ」
唐突な言葉に、思考が一気に冷却された。極めて冷静を装いながら、聞き返して確認する。
「―――そう。あいつらは今どこにいるの?」
「お茶の間ですけど」
その言葉を聞いた瞬間、砲弾のような勢いで凛は走り出した。
疲労した身体にも関わらず、凄まじい速度で走り抜ける。壱与が『お金の事はもう心配しなくても』とか言っていたようだが、話を聞くより先にやらねばならないことがある。途中で襖や障子をぶち破りながら、凛の身は茶の間に辿りついた。

「おー、フロイライン。久しぶりだなあ」
「海外旅行は楽しかったぞよ。リン、お主にもお土産持ってきたぞ」

殺るべき怨敵は二人して縁側で茶をすすっていた。
凛は無言のまま、魔術刻印を起動させる。魔力は指先に集まり始める。
宝石を借金のカタに取られ全て失った以上、それに関する魔術は使えない。
「うむ。どうしたのだ?人を指さしおってからに」
しかし、遠坂凛の扱う魔術はそれだけでは無い。フィンの一撃と呼ばれる呪いの指先―――ガンド撃ちがある。
両手の人差し指を二丁拳銃のように構える。集中した魔力は今にも爆発しそうだ。間違いなく、このガンドは小型爆弾並みの威力がある。あとは撃つだけだ。
そして、リヒャルト・ワーグナーの一言が引き金となった。
「あ~、そうだ。フロイライン金の事なんだが」


「ここで会ったが一万年と二千年目ぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!死にくされぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」


星をも墜とすような一撃が放たれた。




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灰と焼け焦げた紙片の山の上で、遠坂凛が修復の魔術をかけ続けている。
すんでのところでガンドの直撃を回避したカエサルとワーグナーの背後にあった現金の山は、そのまま灰の山となった。
事情を聞いて、一緒に真っ白な灰となった凛は、『札の形が残っていれば銀行で取り替えて貰える』と誰かが呟いた事でゾンビのように復活した。そして、今は燃え尽きた札を魔術で修復し続けている。
ブツブツと何かを呟きながら、黙々と修復に精を出すその姿は鬼気迫っている。
ひゅるるるるるる、と木枯らしが吹いた。
ぱあっと雪のように舞い散っていく灰が雪のように見える。
誰もが話しかけるのをためらう中で、唯一動いた人物がいた。
「遠坂さーん」
出来る限り明るく呼びかけようと気遣っている事が分かる声色で、藤村大河が凛に話しかけた。凛が女子高生の身で借金サバイバルを戦っている事は冬木中の人々が知っていたからだ。
「……藤村先生、何か?」
「あのね、お客さんが来てるんだけど」
「オイ、ここだぞ。間違いねえ!」
「逃げんじゃねーぞ!今日までに利子だけでも払ってもらうぞ!」
「働き場所はこっちで斡旋させてやるぜ!!」
衛宮邸の門を乱暴に叩く音が聞こえる。騒ぎを聞きつけた借金取り達が応援を引き連れてきたのだろう。

―――だが、その判断は命取り以外の何物でも無い。

凛は無言ですくっと立ち上がると、衛宮邸にいる全員(庭に首だけ残して埋められているワーグナーとカエサルを除く)に向き直った。その眼光は破壊光線のような眼光がらんらんと光っている。
そして、凛は決定的な一言を口にした。



「殺・血・悪・霊」



……さちあれ。たのむから。

「ええ、その後は酷い状態でした。屋敷の正門にいた取り立て屋は全員ガンドを股間に直撃されて全滅し、彼女はそのままの勢いで金融業者を襲撃しました。勿論魔術の痕跡は抹消して。
金融業者を裸にして冬木大橋の上から逆さ吊りにして、ビルは破壊し、証文は焼き捨て……全ての借金を物理的かつ徹底的に清算した後の彼女の表情は、実にすがすがしかった事を付け加えておきます」
―――男子高校生E


……後にこの証言者は行方不明になり、記録は抹消された。

プロジェクト・R(リン) 
~甦(りかけた)遠坂家、若き当主の闘い(ではなく一方的な虐殺)~