web 2.0時代を生きる > 『ウェブ人間論』を読んで


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(2008/05/06)

  『ウェブ人間論』 は梅田望夫さんと芥川賞作家(『日蝕』で受賞)平野啓一郎さんの対談を収めた本です。

 英語を再度勉強したいと思っていた時期に「英語で読むITトレンド」というカテゴリーをもった 「My Life Between Silicon Valley and Japan」という梅田さんのブログ を発見し、読み進んでいくうちに 『ウェブ時代をゆく』 が発売され、そこから梅田さんの著作を読み始めました。おそらくこの『ウェブ人間論』で対談も含めて全部読みきったと思うのですが...。

  『ウェブ進化論』 をはじめとして、常にウェブが人に与える影響をオプティミズムをベースとして表現してきた梅田さん。影響の大きさは実感しながらも「作家」という立場も影響しているのかちょっと否定的な見方も見え隠れする平野さん。

 この視点の違いがおもしろい対話を生み出しているように思います。
 対談を納めた本のおもしろさは一人で書き上げた本では出てこない内容が出てくることだと思います。視点が違うので、相手が発したことばをそのままは受け取れないということがでてきます。そこで、その点を深く突っ込んで聞いてみるということになりますね。ひとりで書いた場合、どんなに丁寧に書いたつもりでも、いろんな見方をする人がいますし、読む側のその内容に対するもともとの理解度や知識レベルの違いから、理解度が浅くなる部分も出てきます。
「もっとここ詳しく書いてよ!」という部分を対談相手が突っ込んでくれる場合が結構出てきて、それが読み手の理解度を高めてくれることが良くあります。

 特にこの 『ウェブ人間論』 では「はじめに」で平野さんが
  「私たちには、自身の堡塁を守って、相手を論破してやろうという野心が、
  最初から不思議なほどなかった」
と書かれているようにお互いの考えを理解し、その上でより高いレベルの相互理解を求めているように感じられます。このような対話だからこそ、私たち読み手の理解度を高めてくれているように思います。

 ウェブが人間に与える影響をさまざまな視点から話し合われているのですが、お二人のアプローチの違いを梅田さんが「おわりに」の中で書いておられます。

 梅田さんのことばを引用させていただきます。
  「たとえば、平野さんは「社会がよりよき方向に向かうために、個は何が
  できるか、何をすべきか」と思考する人である。(中略)私はむしろ「社
  会変化とは否応もなく巨大があるがゆえ、変化は不可避との前提で、個は
  いかにサバイバルすべきか」を最優先に考える。」
 このことばだけを読むと、「サバイバルするために他のことは無視してもいい」とかんじる方もいるかもしれませんが、梅田さんがこれまで書き綴られてきた著書を読んでいると、あくまでもサバイバルが「最優先」であって、「社会がよりよき方向に向かうために何ができるか」ということを無視しているのでは決してなく、非常に高いレベルで常にそれは考えておられるように私には思えます。ただ、サバイバルできなければそれを続けていくことができないので、「サバイバルが最優先」ということばが出ているということでしょう。

 いろいろと面白い話が出てくるのですが、私が特に興味を持ったところをいくつかご紹介したいと思います。

145ページ
(梅田)「価値観を共有」といえば強すぎるけど、結構影響はされていると思う。それは「はてな」の近藤たちも一緒で、僕は取締役になるための通過儀礼として、『スター・ウォーズ』のDVDを全部見てくれって言われたんですから(笑)。

 このくだりを読んでついつい笑ってしまったのですが。
 グーグルが「世界」をということばを使うときのノリが『スター・ウォーズ』のような子供のように単純なものであるという説明のあとにでてきます。子供のノリの勧善懲悪ということでしょうか。それにしても取締役になるための通過儀礼が『スター・ウォーズ』全巻というのはいいですね。私は大好きです、こういうノリは。

155ページ
(平野)そこでビジネスが起こってしまうのであれば、彼らの無償の社会貢献は、一種の幻想のようなものになってしまって、要するにうまく利用されている、という見方もできると思いますが。
(梅田)はい。僕も同じようなことを考えて、「オープンソースに失望した」と2001年に書いているんです。ネットバブルの時にオープンソース・ベンチャーでぼろ儲けした人たちがいて、そこにオープンソース開発者たちが取り込まれた姿を見て、僕はもう資本主義に取り込まれたオープンソースには失望したぞ、と思ったんですね。そう書いたことにずっと責任を感じつつ、オープンソースのことをずっと見続けてきたけれど、実はそうではなかった、もっと大きなうねりとして、その思想は結実していっていると、今は考えています。

 実は今一番知りたかったことがでていました。前回の 『シリコンバレー精神を読んで』 にも書きましたが、 『シリコンバレー精神』 のなかにLinus Tovaldsさんのくだりが出てきて、上記の引用した「オープンソースに失望した」とでてきたのです。WIKINOMICSを読みオープンソースの更なる将来性を考え、またLinuxの創始者であるTovaldsさんのインタビューを聞き、非常におもしろい人だと思って興味を覚えていただけに、梅田さんがいまのオープンソースをどう思っているのかが非常に気になっていました。基本的にオプティミズムで様々なことを書いておられるだけに、この否定的な表現が気になっていたのです。その答えがここにありました。
 梅田さんのブログを全部読めばきっとでてくるんでしょうが、やっぱり本のほうがまとめて読むには読みやすいですね。

131ページ
スタンドアローンなメディア
 非常にいい会話があるのでそのまま転載したいのですが、ちょっと長いので要約させていただきます。
 レコードやCDのジャケットがコレクターズアイテムになっていた音楽がiPodによってダウンロードされるものになったのにたいし、文庫本を待つ読者層がいる本の世界ではもっと簡単にダウンロードして楽しむメディアになるのではないかという平野さんの意見に対し、梅田さんは「本はプレーヤーが要らないスタンドアローンなメディア」だとして、もう少し時間がかかるように話しておられます。

 2006年の10月以前の対談ですから、Amazonのkindleが出る前の話です。kindleの性能・操作性がどのようなものか試していないので、また、その後の反応も追っかけていないのでなんともいえませんが、平野さんの予想のほうが当たっているかもしれません。
 本のほうが、先の項目のところでも書いたようにまとめて読むには便利ですし、通勤や通学時に電車などで読むにも便利です。でも、kindleのようなメディアがもう少し発展すると、急激にダウンロードして読む人たちが増えていくようにも思います。
 私自身、本の魅力(読みやすさ、装丁の美しさなど)を感じ、文庫本よりもできれば単行本を所有したいタイプの人間ですが、kindleのようなプレーヤーの機能次第では半数以上はダウンロードで読むようになると思います。eMacのDVDドライブを入れ替えるときにMacやOS X、Unixについていろいろ調べたかったのでO’Reilly Mediaの Safari Books Online に登録していろいろと読みあさりました。月額5000円弱で、ちょっと高い気もしますが、読みたい本をいつでも読めることを考えると、妥当なところかもしれません。制限はあるものの、PDFファイルをダウンロードすることもできます。プレーヤーさえ、使いやすく見やすいものであれば、行き帰りの電車の中で今でも読むでしょう。もう一つ電子データになって便利なところは検索ができることです。
 プレーヤー次第で本当にすぐにでも、ダウンロードで読むのが主流になるような気がします。

 さて、もっといろいろ書きたいことがあるのですが、最後に。
 梅田さんの『ウェブ進化論』を読んだ、平野さんと「新潮」の編集部の方が同時に興味を持ち、対談に発展、16時間という長時間の対談を1冊の本に収録したと書いてあります。いったいどうやって載せるべきところをピックアップしたんだろうということにも興味があります。

 私の場合、平野さんには申し訳ないのですが、今まで平野さんの小説を読んだことがないので、梅田さんの話を中心に、それを補完する上で平野さんが非常にうまくいろいろと聞きだしてくださったという感覚です。梅田さんほどはウェブに詳しくない平野さんだからこそ、引き出せた話もいっぱいあると思います。そういう意味でも平野さんに感謝をしたい気持ちです。




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