web 2.0時代を生きる > なぜ人は自由になれないのか?


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どうして人は自由になれないのか?

ある会社の会議にて

 その会社は非常に自由な会社です。
 最近話題になっている船場吉兆やその他の偽装問題を起こした会社の社長や、殺人問題まで発展した相撲部屋の親方と違い、TOPが責任をとるから自由に思ったようにやりなさいという会社です。

 その会社の会議に参加していて、浮かんできた疑問が、タイトルにある
「どうして人は自由になれないのか?」
です。
 なぜかその会社の人たちの多くは、答えを上司や先輩に求めているのです。

 私たちは様々な制約の中で生きています。
法律や属している社会や会社のルール、そんな様々な制約が私たちの活動を牛耳っているように勘違いしてしまいます。
 「勘違い」と書きました。本当に牛耳られている場合もあるでしょう。でも、勘違いの場合が結構あるはずです。

「これまでこうしてきたからこうなんだ」
「私たちはこれで成功してきたからこうするのがベストなんだ」

 よく聞く言葉ですよね(多分。そんなことはないよ、という方は幸せだと思います)。

 私の娘が中学、高校時代、時々数学の質問にやってきました。
 説明しようとすると、長いからいやだ、答えをすぐに教えてくれと言うのです。それでも私は問題を理解すること、そして考え方、解き方を説明しました。そして自分の頭で考えて、自分のやり方で答えを出すように促しました。

 目の前の問題の答えを教えることはある意味簡単です。それによって、本人はわかったつもりになるでしょう。全く同じ問題がでた場合、忘れていなければ答えられます。ところがちょっと数字が違っている、問題の出し方が違っているだけで答えられなくなる可能性大です。

 私たちの周りには似たような問題はいっぱい存在します。でも、全く同じという問題は存在しません。一つの問題を解決するために、答えを誰かからもらったら、それはほとんど自分の力にはなりません。答えをもらい続けると、その人の頭は思考停止状態になってしまいます。ちょっとしたイレギュラーにも対応できなくなってしまいます。

 ある人がハンバーガー屋さんでの応対にあきれて、こんな話をしてくれました。
 「ハンバーガー10個とドリンクを10人分頼んだのに、『こちらでお召し上がりですか、お持ち帰りですか?』って聞くんだよ。一人で10人分もいくら私が太っているからって食べられるわけないじゃない。持って帰るに決まってるのに本当にマニュアル人間って困るよね」

 普通に考えれば、当然「お持ち帰り」になりますね。「それぐらい判断しろよ!」「それに合わせてどっちか確認しないで袋に詰めてくれよ!」というのがこの方の怒りの原因でしょう。

 ただ、「お持ち帰りでよろしいですね」という確認は必要です。最近はギャル曽根のように10人前ぐらい平気で食べる人もいますし、あとから9人(ギャル曽根のように大食いの人一人かもしれませんが)友達が来る可能性もありますから。



 答えを求め続けると、それに慣れてしまいます。答えがないと不安になります。そうすると自分で考えて動くということができなくなってしまいます。

 世の中には「絶対に正しい」ということは存在しません。

 「数学には唯一の正しい答えはあるが、物理にはいろんな正しい答えがある。ビジネスの世界は物理的だ」というたとえをされる方があります。

 ある意味、的を得たたとえだと思いますが、その唯一の正しい答えが存在するという数学でも問題の設定の仕方で変わってきます。

  1+1=2

 みなさん、これは間違いないですね。

 では、「2を答えとする等式を書き出せ」という問題になると...?

  2+0=2、3-1=2、1×2=2、...

と無数に存在します。

 さらにちょっと現実の世界に入ってみましょう。

  50個入りのみかん箱に1個腐ったみかんを入れ、5日経ったらいくつになるか?

 個数を算数として答えを出せば、5日経っても51個です。でもおそらく、5日も経てば、食べられるみかんは数個になるでしょう。


 大きく話がそれました。

 絶対に正しい答えなんて存在しないこの世の中で、どうして「正しい答え」(と誰かが思っている)を他人に求めようとするのでしょうか。
 「自分で自由に考えて行動する」ことが認められている会社で、どうして「正しい答え」を上司に求め、自分の自由を捨てようとするのでしょうか。考える頭を、自分の成長を捨てようとするのでしょうか。

 決められたことを決められたとおりにする。
 頭を使わないので、その方が楽だと考える人もいるようです。

 言われたとおりの作業は楽しくありません。いわれたとおりの作業をする人は、与えられた作業を「自分の勝手な判断」で作業内容を理解したつもりになり、自分ができる範囲でしか作業をしません。理解の度合いが、与えた人と与えられた人によって大きく変わってしまっていることが往々にしてあります。その場合、出来上がった結果を見た与えた人から叱られる可能性が限りなく大きくなります。そして、さらに作業が面白くなくなります。

 そこに自分の意思がないのであれば、奴隷となんら変わらないと思うのですが、いかがでしょうか。身体的自由はありますが、仕事において心は完全に束縛されているのです。

 自由な発想、自由な行動を全く許さない会社も存在します。
 物がどんどん売れていた時代はスーパーマンがいて、その人が考えたものをみんなで同じようにするほうが効果的で効率的でした。ところが、ひとり一人のお客様の価値観がバラエティーに富んでいる今の時代には、この方法では限界があります。ひとり一人のお客様の価値観に合わせて商品やサービスを提供し続けることが、お客様に支持され続ける大きな要因となっています。
 そんな時代の中で、自由な発想、自由な行動を許さない会社は取り残されていくようになるでしょう。

 勝手気ままな行動を許していては会社は成り立ちません。自由は「勝手気まま」ではありません。残念ながら、自由ということばを日本人は間違えて輸入してしまったような気がします。「独りよがりの、自分勝手な答え」は慎むべきです。

 「より良い答え」を求める姿勢と行動が必要なのです。
 そのためには自由が必要なのです。常識にとらわれない自由な発想が必要です。
答えは必ず現場にあります。その現場の人が「より良い答え」を求めて自由に発想すること、それに基づいて自由に行動できる環境が重要です。

 ミスチルのある曲の歌詞に
  「悩んで出した答えが15点でもいい」
というフレーズがあります。

 そこでとどまっていては問題ですが、その15点の答えで行動してみて、そこで得られた結果を基により良いものをつくっていこうとしていれば、必ず30点になり50点になり、やがては100点120点にもなるのです。

 今までやってきた「正しい答え」と思われるものをもらって、それをやり続けていたのでは絶対に成長は望めません。最初は80点であってもそのうちに50点になり10点になるに違いありません。

 「もっと自由に発想しませんか?」
 「もっと自由に行動しませんか?」

 それが今の時代に絶対必要な基本だと思います。
 そして、それを許す、それを積極的に活かせる環境をつくることが今の時代に絶対に必要なことだと思います。


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