『それはどこに逃げようとついて来る、あなたの咽笛を喰いちぎる為に。どこまでもどこまでも、架空の神話に登場する猟犬がごとく』
──よんた軍内でもはや怪談扱いと化したティンダロスのイメージ──
密林(*1)の奥深く木々の陰に隠れるように蠢く2つの人影があった。
地面につけた耳を離して野戦服に身を包んだ男(*2)(*3)が立ち上がる。
「目標はこの先のようだ、かなり近づいたな」
預かっていた銃を返しながら手に持った機械を操作していた相棒も彼に賛同する。
「そうだな、匂いもかなり濃いどうやら上手く風下に立てたようだな」
白い髪に白い肌、北国人の特徴だが当然ながらここは北国でもよんた藩国でもない、明らかに他国である。
よんた軍の偵察部隊内には一般には軍事機密とされている部隊が存在する。
偵察追跡部隊『ティンダロス』
偵察の際に発見した敵を追跡する為に作られた部隊である、その任務内容の厳しさから偵察隊の中でもごく一部の人間にしか入れない部隊である。
何しろどこへ行くかも分からない敵を追跡し、敵部隊の本拠地や合流ポイントを探し出す場合もあるのだ、もちろん敵に気づかれては意味が無いので気配を殺した隠密状態での任務である。
目標が国外に移動することもある、追跡しているのにバカ正直に正規に入国するはずも無く、とうぜん不法入国である。
部隊の装備も通常の歩兵や偵察兵に比べ特殊なものがある。
通常の歩兵銃(*4)や、偵察機器(*5)に加えてティンダロス独自のものがある。
『探嗅機ドッグノーズ』
人やものから発せられる匂いの成分を分析・判別する機材だ、目標の匂いを登録しその匂いの濃度や流れてくる方向によって目標の位置を把握する為の機材である。
サイズは片手で携行でき指向性マイクのようなライフル銃に似た形をとっている。
雨などで多数の匂いが交じり合った場所でも判別が可能な精度を誇るが、それゆえに下水や火山などの強力な匂いが発生する場所では性能が多少落ちてしまう弱点を持つ。
『環境適応迷彩オクトパス』
追跡中の目標はどこに行くか分からない、たとえば木もないような雪原かもしれないし逆に砂漠、密林かもしれない。
そんな状況で最適の迷彩効果を得る為にいちいち数種類もの迷彩服を持っていくわけには行かない、そこで開発されたのが『オクトパス』である。
その名前の通りタコの擬態能力を参考にしており、周囲の環境や形状にあわせ迷彩服の色素が伸縮し周りの色に溶け込むのだ。
これによりどのような場所にでも潜み追跡することが可能になった。
『高性能指向性マイク』
追跡目標を音から追跡する為の機器、近距離なら人の心音まで聞き取れる精度を持つ。
ティンダロスの入隊はかなりの難関である、各種機器の扱いに追跡技術を会得する技量とどのような状況下でも冷静な判断ができる精神力が要求される。
過酷な訓練に耐えた入隊候補者達には最後の試験が待っているその内容を下記に記す。
「なんだこりゃ!チクショウ!」
「どうした、何か問題か?」
「大量の匂いが混ざり合って判別がつきゃあしねぇ、見ろよシュールストロミングなんてのまで混ざってやがる。こりゃあ何の冗談だ」
「目標があの人では無理もあるまい、鼻は効きそうに無いな。他の手でいこう、幸い足跡は残っているしな」
最終試験それはある人物を追跡、捕獲することである。
幾人もの候補者達が藩国中を駆け回り目標を追い詰めようとしていた。
それを見守る人影が屋根の上にあった、豪雪対策のために急斜面になった屋根(*6)の上に器用に立つ二人組み、試験官であるティンダロスの隊員である。
「なかなか頑張るねぇ今回の新人君たち」
偵察機器の一つである双眼鏡を覗きながら野戦服の男が頭のバンダナ(*7)を直しながら相棒に声をかけた。
「今回はいけそうか?」
銃を預かりながらタバコをふかす相棒(*8)、こちらは軍服(*9)のままだ。
「うむ、スタンドプレーもチームワークも上々だな。磨けば光りそうだよ」
「しかし新人どもも、まさかあの人が昼飯と称して食った物の量と種類の膨大さのせいで鼻が潰されるとは、予想もできなかったようだな」
試験の為の仮想標的、それは藩王よんたその人である。
いつも仕事場から逃げ出し国中を逃げ回る藩王を捕らえるのが彼らの任務だった。
通常は城に勤める者を総動員して行われることをたった十数人で行うことからもこの試験の難易度の高さが分かるだろう。
ちなみに藩王が逃げ切るとよんた藩王は1週間仕事免除だが、捕まると1週間仕事部屋にカンヅメにされるので藩王側も必死で逃げるのだ。
*1追跡者周辺環境:密林
*2追跡者要点:地面に耳をつけて聞く野戦服姿の人物
*3偵察兵要点:野戦服
*4歩兵要点:歩兵銃
*5偵察兵要点:偵察機器
*6北国人要点:豪雪対策された家
*7追跡者要点:バンダナ
*8追跡者要点:銃を預けられている相棒
*9歩兵要点:軍服
(テキスト:フィサリス@よんた藩国)