クリフトとアリーナの想いは @ wiki

2007.01.24

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kuriari

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クリフトのアリーナへの想いはPart6
828 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2007/01/24(水) 15:33:56 ID:hjaFngvJ0

最近、体がだるい。
理由は分かっている。
禁呪を取得するために、毎晩、闇の力と格闘しているためだ。
ザキ―――神官の私が習得できる唯一の攻撃呪文。
闇の力を召還し、敵の命を一瞬にして奪う強力な呪文だが、
その闇の力に耐えられず、自身が闇に飲まれてしまう神官も
過去には多かったと聞く。
そのため、教会はこの呪文を禁呪とし、
この呪文を使った者は地獄に落ちると説くようになった。
しかし、私は、教会の教えに背き、
開けてはならない扉を開けようとしている。

毎晩、姫様とブライ様が寝静まった後に起き出して、
ほんの少し、闇の力を左手に召還し、これを抑え込む。
わずかであれば、今の私の力でも、闇を抑えることはできる。
そうやって、徐々に召還する闇の力を増やしていけば、
いつか、あの呪文を習得できるだろう。

体がだるい。
闇を、体に飼うことがこんなに負担になるとは思わなかった。
開けてはならない扉。二度と教会には戻れないかもしれない。
しかし、この旅を無事に続けるには、
―――姫様を守るには、今の自分では、力が足りない。

姫様を、守る。
たとえ、この身が地獄の業火に焼かれることになっても。


「ねえ、クリフト、ずいぶん疲れてるみたい。」
私は、姫様の突然の発言にぎくりとした。
ここは、船着場。私たちは、ミントスに向かう船を待っているところだった。
「ここのとこ、クリフトは夜の見張りの時間が長かったでしょ。
だから寝不足で、疲れが溜まっちゃってるんじゃないのかなぁ。」
「本当に。この阿呆は、自分の限界も分かっておらぬのじゃから。
人というのは睡眠をとらねばいけない生き物なんじゃ…。」
…良かった。私はほっと息をつく。
ブライ様にも、私の体調がおかしい本当の原因はばれていない。
私は、二人を安心させるように微笑んで見せた。
「申し訳ありません、ご心配をおかけしまして。
でも、ここからは船旅になりますから、大丈夫です。
船の中では、今までの分もたっぷり寝かせていただきます。」

ここのところ、私は、夜、姫様とブライ様が寝静まった後に、
ひそかに闇の力の召還を繰り返していた。
お二人の姿が見えるぎりぎりの場所まで離れると、
口にするのもおぞましい呪文の詠唱を始める。
いつまでたっても、召還呪文を唱えるときの、ぞわりとする嫌悪感に慣れることはない。
呪文を唱え終わった瞬間、左手がどす黒く変色し、激痛が走る。
痛みに目が眩みそうになりながら、今度は急いで、
聖なる祈りの言葉を紡ぎながら、右手を左腕にかざす。
既に、そこには左手の黒い染みが広がってきていた。
息が苦しい。
しかし、ここで祈りを止めれば、左手に宿った闇の力に支配され、
それこそ一巻の終わりであることは分かっているので、
搾り出すようにして祈りの言葉をつぶやき続ける。
祈りの言葉が闇の力に打ち勝ち、左手の染みと痛みが消える頃には、
いつもだいたい東の空が明るみ始めていた。
こうやって、私の左手には、言ってみれば聖なる祈りの言葉で鍵をかけた闇の力が、
少しずつ溜め込まれていく。
あと少し、頑張れば、魔物を食い尽くすくらいの力を溜めることができるだろう。
そうなれば、あとは、あの禁断の呪文―――ザキを唱えることで、
その力を解放し、敵を屠ることができる。
私は、泥のように疲れた体を引きずり、見張りの交代のためブライ様を起こすのだった。
そのたびに、ブライ様には「何でもっと早く起こさないんじゃ。」と怒られたが。

私は、乗船するとすぐに、眠いからと言って部屋に引き取らせてもらった。
姫様は心配そうに「クリフト、部屋に帰ったら、無理しないですぐ寝るんだよ。」
と私を覗き込み、部屋まで着いてきそうな勢いだった。
「姫様がついて行かれては、こやつは却って眠りませんですぞ。クリフトも、とっとと部屋に戻って、その不景気な顔色を何とかせい。」
仏頂面で姫様を引き止めるブライ様に礼を言うと、私は部屋に帰り、ぐったりとベッドに横になった。
―――体調が悪いのは、寝不足のせいだけじゃない。
闇の力との戦いの間、つねに感じる心臓をわしづかみにされているような不快感。
祈りの呪文が打ち勝ったとき、左手の痛みと染みは消えるが、その不快感はいつまでも消えずに体の中に澱のように淀んでいた。
―――体が、重い…。
しばらく、闇の力の召還を休めば、この不快感も消えるのかもしれない。
しかし、今、闇の力の召還をやめるわけにはいかない。
襲ってくる魔物達は、どんどん強くなっている。
船にいる間にザキを使えるまでの力を溜めなければ…。

私は、乗船後も、密かに闇の力の召還を続けた。
姫様やブライ様は、昼間休んでいるにもかかわらず、顔色が戻らない私をいぶかしんだが、お二人には船酔いだと言ってごまかした。
姫様はそんな私に「情けないわね~。クリフト。」と言って笑っていた。
私には、姫様が笑ってくれる、それだけで体が少し軽くなる気がした。
―――あなたの、笑顔を守るためなら、私の命などは惜しくはない。

ミントスに着く前の夜、どうやら必要なだけの闇の力を蓄えたことを実感した。
「何とか、これで…。」
立ち上がろうとしたとき、足元がぐらりと揺れた。
船が揺れたのかと思ったが、そうではなく、自分が倒れたのだと気づいた次の瞬間、
意識を失った。

その後の記憶は途切れ途切れだ。
覚えているのは、心臓の焼け付くような痛み、体中が燃えるよう熱さと寒気。
そして、切れ切れに聞こえてきた姫様のすすり泣く声だった。
―――姫様、泣かないでください。
私はいつでも姫様のそばにいて姫様をお守りいたしますから。
昔、王妃様が亡くなったときに泣きじゃくる姫様に誓った言葉。
私は、その約束を守るため、禁呪を覚えようとした。
しかし、これでは、姫様をお守りするどころか、
姫様を泣かしてしまっているではないか。
自分のふがいなさに、涙が出そうになったが、また、意識を失ってしまった。

誰かの手が私を抱き起こした。
「…ゆっくり、ゆっくり。いっぺんに飲ませたら、むせちゃうわよ。」
知らない女性の声がする。
口元にひんやりとしたものがあてがわれた。
その冷たさが不快で、私は無意識に顔を背けたらしい。
「ああ、ダメだ、これじゃ飲ませられない。」
若い男性の声にかぶせるように、姫様の声がした。
「私に貸して!」
そして、唇に感じた暖かくやわらかい感触…。
次の瞬間、口中にものすごく苦い液体が注ぎ込まれた。
「げほっ、げほげほ、な、何ですかこれは!?」
「クリフト!!気がついたのね!」
私は、ベッドの上に起き上がっていた。
つい今まで私を責めさいなんでいた痛みも熱も寒気も、
きれいさっぱりなくなっている。
そして、目の前には、大きな目に涙をいっぱいに溜めた姫様。
何故か、服はボロボロで手にも顔にも擦り傷がいっぱいついていた。

「姫様…!ご心配をおかけして、申し訳ありません。」
姫様がボロボロの理由は分からなかったが、姫様が泣いているのは自分のせいだ。
すばやく姫様の傷にホイミをかけると、姫様に謝った。
「ううん、いいの。クリフトが治ってくれて、本当に良かった…!」
姫様の笑顔は、この上なく綺麗だった。
「クリフト、もう絶対に、無理なんかしちゃ駄目よ。」
ゴシゴシと目をこすりながら微笑む姫様。
「本当に、このアホ神官。心配させおってからに…。」
ブライ様の目元も少し赤い。
ふと気づくと、見知らぬ人々が私を取り囲んでいたが、説明を求める前に、
また意識が遠くなってきた。
「ク、クリフト!?」
姫様の焦った声が聞こえる。
「大丈夫ですよ、アリーナさん。もう病は去りました。疲れて寝てしまっただけですよ。」
「本当に?」
遠のく意識の中で、姫様の心配そうな声を聞きながら思った。
―――姫様をお守りするのに、命は惜しくないと思っていた。
その気持ちは変わらないけれど。しかし、姫様の笑顔をお守りするためには、
私は、死んではならないんだ。

その考えは、なぜかしら私を暖かい気持ちにさせた。
意識がなくなる直前に、ふと、あの苦い薬を飲む前に感じた、
暖かく柔らかいものは、何だったんだろうと思ったが、
そこで私の意識は途切れ、心地良い眠りへと沈んで行ったのだった。

続き2007.01.28
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