クリフトとアリーナの想いは @ wiki

2006.11.10

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kuriari

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クリフトのアリーナへの想いはPart6
長編8/12 1へ2006.03.09
459 :1/14(506):2006/11/10(金) 00:59:14 ID:JsAUfHaC0

 胸の高鳴りはやまずにいた。
 クリフトと別れ部屋に戻っても、そのまま眠れずに朝を迎えても。
 そして何も手につかないまま時間は過ぎていった。すぐに嘘だとばれてしまいそうな体調不良を理由にして、部屋にこもったままアリーナは何度も何度も記憶を辿っていた。
『私はずっと…ずっとあなたのことが好きでした』
 思い返せば頬が火照る。アリーナが今まで聞いたこともないようなクリフトの声。今まで、ありえなかったお互いの間にまったく距離がない、密着した状態。力強く抱きしめられたということ。
 ラスダの件が絡み、ただでさえ不安定なアリーナの心はさらに激しく動揺する。あのクリフトが、まさか自分のことを好きだったなんて。小さなころからずっと一緒で、当たり前のようにそばに仕えてきてくれた少年。
彼はアリーナの気づかないうちに、知らないうちに大人になってしまっていた。旅を終えて城での生活に戻り、時にその距離を遠く感じ、ふとした瞬間に以前と変わらずそばにいてくれていると感じる日々。いつでも優しく穏やかなクリフトの印象とはかけ離れたあの夜の告白は、アリーナにとっては晴れ渡った空の中落雷受けたような出来事だった。
 ただ驚き、ただうろたえるだけの時間を過ごした後、少し冷静さを取り戻したアリーナは、自分の心の中に確かにある感情に気づき始めていた。
それは、先日エンドールを訪れた際の、ラスダとのことを絡めて導き出されたものだった。ラスダに求婚されたときも、ひどく驚き動揺した。ずっと以前から自分の存在を知り、心の片隅においてくれていたことを知らされ、嬉しいと思うと同時にひどく戸惑った。けれども、同じことをクリフトに告げられ、ラスダの時以上に驚きはしたが、あの霧の中に取り残されさ迷うような感覚はなかった。それどころか、時間が過ぎて冷静にあの夜のことを思い返せば返すほどに、心の奥底からふつふつと湧き上がってくる不思議な幸福感。それは湧き水のように静かに訪れ、アリーナの心の中を潤していくものだった。

「あれ…もう、こんな時間?」
 いつの間にか、また夜が来ていた。メイドが何度か様子を見に来たり食事を持ってきてくれていたが、ほとんど上の空で返していた。気がつけば窓からは星空が見えており、急に睡魔に襲われた。ほとんど眠ることもしないでいろんなことを考えすぎていたためだろう。アリーナは寝巻きに着替え、ベッドにもぐりこんだ。
「クリフト…」
 明日の朝起きたら、クリフトに会いに行こうとアリーナは決心した。自分でもまだはっきりとはわからないこの感情。不思議な幸福感の正体をつかむには、もう一度クリフトに会い、話してみればきっと導き出されることだろう。揺れ動く自らの感情に対し、覆い被せるかのようにアリーナは言い聞かせた。
 目を閉じればすぐに意識が薄れ、アリーナは深い眠りの淵に落ちていった。

            ***

 翌朝、雲ひとつない真っ青な空が広がっていた。
 ベッドから出て身支度を整え、メイドの運んできた朝食をしっかりと食べる。そして姿見の前に立ち、自分の姿を眺めた。
「よし…っ」
 ただクリフトに会いに行くだけなのに、妙な緊張感。胸がどきどきとして気持ちがはやる。とても不思議でならなかった。当たり前のように顔を合わせてきた家臣のひとりであるクリフトに会うために、こんなに真剣に鏡に向き合ったことなど今までにあっただろうか。これまでに感じたことのない、揺れて動く定まらない気持ち。
 会えば、会えばきっとわかるはず。
 アリーナは自室の扉を開けた。

 そう言えば、部屋から外に出るのはほとんど丸2日ぶりのことだ。朝から掃除に励むメイドの驚く様子を気にも留めず、元気よく『おはよう!』と声をかけアリーナは先を急ぐ。
 高価なじゅうたんの上を軽やかに歩く。階段を下り、クリフトの姿を城内に求めた。
「どこにいるのかしら」
 アリーナは適当に城内を歩いて回った。いつもと変わらぬ城の風景。いつもと変わらぬ人々の様子。その中にクリフトの姿を探す。早く会いたいようで、でも会うのが少し怖いような気もして。
 大通路、中庭、テラス。
 考えれば、顔から火が出そうになってしまう。
 書庫、倉庫、宝物庫。
 もし、あの時兵士が見回りに来なかったら…?
 食堂、執務室、勉強部屋。
 クリフトも、ラスダと同じようにキスをしたのだろうか。
 あちらこちらを探して回ったが、クリフトは見つからない。アリーナが最後にやってきたのは教会だった。ここになら、必ずクリフトはいるはずだ。クリフトと顔を合わせることに対しての緊張感がそうさせたのだろうか。教会に行けば一番早くクリフトに会えただろうに。アリーナはわざわざ遠回りをしてしまっていた。
「ふぅ……」
 教会の入り口の重たい扉。その手すりに手をかけて、アリーナは深呼吸をした。そしてゆっくりと扉を開ける。

「……クリフト?」
 祭壇の前に人影があった。アリーナはゆっくりと歩いていく。ステンドグラスを通り抜けた鮮やかな光の粒が床に散らばっている。
「アリーナ姫様、おはようございます」
「神父様」
 アリーナの声に扉のほうを振り返ったのは、捜し求めていたクリフトの姿ではなかった。優しげな面立ちの初老の男性。この教会の神父であった。
「お祈りにいらしたのですか?」
「あ、えっと…クリフトに会いに来たの」
 いるかしら?と続けて尋ねたアリーナに、神父は驚いた顔をした。神父の驚く様子に、アリーナはきょとんとする。
「姫様、クリフトは……」
「なぁに?」
「ご存じないのですか?」
「え……?」
「クリフトは、アッテムトへ行きましたのです」
「そうなの? いつ戻ってくるの? お父様のお使いかしら」
「いいえ……彼がサントハイムへ帰ってくることは、もう、おそらくないでしょう」
「どういうこと?」
 アリーナは神父の言っていることの意味がわからず、口をへの字にした。
神父は悪い冗談を言うような人ではない。それはわかっているのに、彼の言うことは到底アリーナに信じられるものではなかった。

「姫様、クリフトはサントハイムを追われたのです。あなた様に恋をしてしまったために。陛下がクリフトに命じたのです、アッテムトに向かうように。今朝早く、城を発ちました」
「ど、どうして……」
「なぜ姫様がご存じないのか、私にもわかりませんが……昨日、王座の間にて私も含め大臣殿やブライ殿たちと話し合いが行われました。夜半、姫様との密会を目撃され、クリフトは裁かれました。アッテムトの復興に尽力するようにとの命を受け、クリフトはそれに従ったのです」
「………」
 驚きのあまり声もでなかった。昨日、そんなことがあっただなんて、アリーナには何の知らせもなかった。そんな事態になっていることなど知りもしないで、ただクリフトの告白に心を乱していただけだった。思い返せばメイドが部屋までやってきて、今日は1日部屋で過ごすよう言っていた。
おかしいと思うほどの余裕もなかったが、あれはそういうことだったのかと今になって気づく。
 それでも、クリフトがもうすでにサントハイムにはいないと言うことが信じられず、アリーナは教会の奥のクリフトの部屋を目指した。
「クリフトっ!」
 そう名前を呼び扉を開け放つ。主を失った寂しい部屋がそこにあるだけだった。本棚や机と椅子、ベッド。クリフトの存在を確かめるものはもう一切そこにはなく、アリーナは愕然とした。


「お父様っ!」
 息を切らし、王座の間にまで走ってきたアリーナは険しい表情で父の姿を見遣った。

「なんじゃ、騒々しい。今いいところなんじゃ」
 サントハイム国王はブライを呼びつけチェスをしていた。そのなんとも平和そうな様子にアリーナの怒りは高まる。
「どうして……。どうしてクリフトを……」
「お前を愛したからじゃ」
 アリーナはすべてを言い切らないうちに、その言葉を遮るように国王は言った。アリーナのほうをまともに見ないまま、その指先にチェスの駒を挟んだまま。
 血相を変えてやってきた自分にほとんど興味を示さない様子であっさりと言い放ち、そんなことより今この勝負が大事だと言わんばかりの父の態度に、アリーナは自分を制することに精一杯になりつつあった。その怒りは父王だけでなく、のんきに相手をしているブライにも向かいそうなほど激しいものだった。
「いいかげんにして! どうしてそんなに平気でチェスなんてやってられるのよ! お父様も、ブライも!」
 ブライは国王からの一手を待っている状況だ。アリーナの様子にクリフトのことを知らされたのだろうと悟れども、国王のなんとも言えぬ態度に間に入ることは返って危険と判断し、だんまりを決め込んだ。
「どうしてクリフトをアッテムトに行かせたの? どうして、わたしに何も言ってくれないのよ!」
「言って何になるというのじゃ」
 チェス盤にやっていた視線をようやっと娘のほうに移し、国王は低い声でそう言った。
「アリーナよ。お前はそう遠くない未来、エンドールより婿を迎え入れる立場じゃ。悪い噂がたっては、お互いのためにならん」

「お父様……」
「クリフトはわが国のために尽くしてくれた。じゃが、アリーナに想いを寄せているとわかった以上、サントハイムに居られては困る」
「………」
「たとえ、お前がクリフトに好意を持っていようとも」
 アリーナは黙った。国王はチェスを続けた。ブライはその相手をする。
気づけば大臣がなにやら書類を持って国王に話しかけている。
「どうして…? どうして、いつもそうなの? わたし、結婚するなんて一言も言ってないわ」
「アリーナ」
「どうしてなの? どうして、わたしのことなのにお父様が決めるの? 
大臣が決めるの? わたしのことなのよ? 結婚するのはわたしなのよ? わたしにとって大切なことなど、どうしてみんなが勝手に決めちゃうのよ!」
 おさまりのつかない怒りがマグマのように湧き出してきた。ぎゅっとこぶしを握り、細かく震わせながらアリーナは叫ぶように言った。
「わたしからクリフトを取り上げるなんてひどいわ! 都合がよすぎるじゃない! 小さいころにお母様が亡くなってから、わたしの遊び相手にってクリフトを連れてきてくれたのはお父様じゃない」
「………」
「大きくなってわたしの結婚に都合が悪いってなったら、遠くにやっちゃって……そんなの勝手よ、勝手過ぎるわ!」
 アリーナにとって重要なことほど周りの大人たちが決めてしまう。それは今に始まったことではなく、ずっと昔からのことだ。以前はそれが嫌で嫌でたまらなかったが、一国の姫と言う自分の立場や国の事情などを理解していくにつれ、不満を抱きつつも自分を納得させてきた。

 だが、クリフトの件はまた別だ。アリーナに自分の立場、恵まれた環境と生活、姫としての責務など、さまざまなことを教えてくれたのはクリフトだ。クリフトがひとつひとつ教えてくれたからこそ、アリーナは自分の立場を自覚しそれなりの務めを果たせれたのだ。
 でも、もうクリフトはサントハイムにはいない。遠い遠いアッテムトへと行ってしまったのだ。
「お父様なんて、大嫌いよ!」
 アリーナは吐き捨てるようにそう言うと自室へと走っていった。
「よいのですかな?」
「これもアリーナのためじゃからな」
 チェスを続けながら、なにがとはあえて言わずにブライが問いかけた。それに国王は短く答える。ブライはそれ以上何も問いかけなかった。
「わしの勝ちですな」
 そう言ってブライが駒を進める。チェス盤をどう見ても自分に勝ち目のないことを知ると、国王は不機嫌そうに椅子にのけぞった。
「こんなときじゃ、わしに勝たせてくれてもよかろうに」
「勝負は勝負ですゆえ。戦うならば勝ちに行かねば」
「ブライ、そなた隠居するにはまだまだ早いようじゃのう」
 国王とブライはアリーナのことをそれぞれに深く思えども、口には出さずに会話を弾ませた。
 メイドが温かい紅茶を淹れて国王の下に運んできた。上品な香りが鼻をくすぐる。
「きゃっ…!」
「な、なんじゃ! 何の音じゃ!」
 メイドが叫び声を上げ、大臣も驚き書類を取り落とす。
 ものすごい破壊音があたりに轟いたのだ。
 国王とブライは顔を見合わせた。

「お、王様! 姫様が…! 姫様が壁を…!」
 血相を変えてひとりの兵士が王座の間へとやってきた。聞けばアリーナが壁を蹴破って外に出て行ってしまったと言う。兵士の後をつき上階のアリーナの部屋に向かう。おろおろとするメイドたちと唖然としている兵士の間を割って部屋の中に入ると、何度も修理を重ねた壁にまたもや大きな穴があいていたのだ。
「なにをしておる! 早く姫を探さぬか!」
 大臣があたりにいた兵士たちにそう命じ、大臣自らもアリーナを探しに行った。先ほどのアリーナの様子を見ているだけに、じっとしてはいられないようで、秘書官に何事か仕事を言いつけ階段を下りて行ってしまった。
「よいのですかな?」
「アリーナのことじゃ。こうなりそうな気がしておったわ」
 破壊された壁を見遣りつつ、ため息混じりに国王は言った。ブライもその傍らに立ち、杖で穴の周囲を突く。ぱらぱらと壁の欠片が崩れた。
「ブライよ」
「なんでしょうか」
「そなたに隠居はまだ早いようじゃ」
「と、申されますと?」
「すまぬが、アリーナのあとを追ってくれぬか。おそらくアッテムトに向かうだろうからのう」
「まったく、陛下は人使いが荒いですな」
「無用な手助けはいらん。本当の意味で世の中を知る、いい機会じゃ」
「途中であきらめて帰ってくると、お考えですか?」
「無論じゃ」
「では、もしアッテムトに辿り着いたとしたら…?」

意地悪だと承知で、ブライは国王にそう質問をした。国王はブライを一瞥すると、小さく笑った。
「その可能性もあるのう。じゃが、アリーナはラスダ殿と結婚させる。それに変わりはない」
「そうですか。では、恐れながら兵士を2名ほど同行させます故、その件よろしくお願い致しますぞ」
「うむ。頼んだぞ」
 ブライは国王の言葉を予知していたかのように、何の躊躇もなく承諾すると、旅支度をするため自室へと戻っていった。
 国王はアリーナの蹴破った壁際から外を眺めた。以前、旺盛すぎる好奇心から外へ外へとせがんだアリーナのことを思い出す。この部屋の壁も何度修理したか、数え切れないほどだ。
 アリーナにとってクリフトは別格の存在なのだろう。それがいつのころからなのかはわかる由もないが、アリーナは恋に限りなく近い感情をクリフトに対して持っていることはわかった。最近ではおとなしくしてくれていたアリーナがこんな強硬手段に出たということはきっと、そういうことなのだろう。国王の胸に一抹の寂しさが去来した。

              ***

「いたたた……だめね、最近手合わせしてないから、なまっちゃったのかしら」
 右足にじんじんとしびれるような感覚が残っている。久しぶりに会心の蹴りを繰り出したためか、しばらく遠のいていた武術感覚に身体のなまりを感じてアリーナは眉をしかめた。

 城から抜け出したのはいいが、派手な音を立てて壁を壊してしまったのだ。きっとすぐにみんなが探しに来てしまう。とにかくできるだけ早く遠くに行かなければならない。
「姫様!」
「だ、誰っ?」
 早速見つかってしまったかとアリーナは顔をしかめた。
「メロ?」
 振り返ったそこには親しいメイドの姿があった。
「やっぱり姫様だったんですね。すごい音が聞こえたから」
「メロは、どうして? 何してるの?」
「私はゴンじいのところへお薬を届けに着ただけです。……いったい、どうされたんですか? また、おひとりで旅に?」
 見つかったのがメロでなければ走って逃げ出していただろう。アリーナは自分にとってあまりにも理不尽な出来事をすべてメロに語った。
「それで、おひとりでアッテムトに向かわれるおつもりですか?」
「そのつもりよ」
「どうやって行くと言うのです? まさかブライ様にお頼みになるなんてできないでしょう? 最近ではキメラの翼もなかなか手に入らないと聞きます」
「それは……」
 衝動的なアリーナの行動を見透かしたように、メロは更に続けた。
「お金は持っているのですか? 旅にお金は必要です。まさか自分がサントハイムの姫だと言って旅をするおつもりですか?」
「そんなこと、できない」
「以前のように誰かがお供をしてくれる旅ではないんですよ」

 事情を知ったメロは、アリーナに考え直すよう現実を話した。このまま勢いに任せてアリーナを旅立たせても、きっといいことにはならない。世間知らずなアリーナが危ない目に遭ったり騙されたり、そんなことばかりを想像してしまう。
「だけど、わたしはアッテムトに行くの。もう決めたの」
「姫様」
「クリフトに、会いたいの」
 会ってどうするのだと、そんな言葉が喉まで出てきていた。国王はエンドールのラスダとの結婚を考えている。それは絶対に覆らないはずだ。アリーナがなんとかアッテムトに辿り着いたとしても、ふたりが結ばれることはあり得ないのに。
「クリフトに、会いたいだけなの、わたしは」
「姫様、こっちです」
 メロはアリーナの手を取って走り出した。遠くでアリーナの名を呼ぶ兵士たちの声が聞こえてきた。
 アリーナの瞳はまっすぐにメロを見据えた。その瞳に宿る強い意志にメロの心も揺さぶられた。本来ならばアリーナを止めなければならない立場であるはずなのに、ただ会いたいだけだと繰り返すアリーナの願いをなんとかかなえられないだろうかと言う思いのほうが勝ってしまったのだ。
 メロはサランの街の自宅にアリーナを連れてきた。アリーナの髪をエプロンで包みフードのようにして、人目につかないように部屋に招きいれ、着替えをさせた。かばんにパンや水筒などを入れ、丈夫な革製のブーツも準備した。

「姫様の服はこのかばんに入れておきます。きっと高く売れるでしょうか
ら、どこかで売って旅の資金にしてください」
「うん、わかった」
「あと、少ないのですが私からもお金を入れておきます」
「メロ…ごめんね。怒られちゃうね」
「いいんですよ、姫様。はい、この帽子も被って。姫様の髪は鮮やかだから、きっと人目につきやすいでしょうし」
「うん」
 アリーナを街娘の姿に変えさせると、メロはアリーナを連れ船着場へと向かった。
 砂漠のバザー終了後、新たなる町ができ、その街は世界中にその名をはせるほどの大都市となった。それはエンドールに勝るとも劣らないほどの規模となり、サントハイムと近いこともあって友好関係が築かれている。
 だが、陸路では大変な遠回りをしないといけないということもあり、サントハイム国王はサランからほど近い場所に船着場を建設した。そこからさえずりの塔のある岬を越える形での海路を通るのが、今では一般的となっている。
 船着場に着くとメロはひとりの船乗りを呼び止めた。
「姫様、私の弟のイサクです」
 姫様、と聞いてイサクと言う名のメロの弟は最初ひどく驚いた様子だったが、メロになにやら説明をされ事情を理解したらしい。

「えっと…じゃあ、姫様。この中に入って」
 イサクがそう言って指差したのはぶどう酒の樽だった。
「見つかっちゃいけないってことなら、この中にでも入って隠れてるのが安全だから。普通に乗っちゃうと記録にも残るし」
「わかった。ありがとう」
 そういうとアリーナは急いで樽の中に身を隠した。
「姫様、ご無事をお祈りしています」
「ありがとう、メロ。本当にありがとう。ごめんね!」
 ぶどう酒の匂いにむせ返るような中でメロと別れ、イサクがアリーナの隠れた樽に空気が入るよう少しずらしてふたをした。
 しばらくして外の様子があわただしくなってくる。どうやら出港するらしい。そうしているうちに船が動き出したのだろう。ぐらりと揺れる感覚が訪れた。
 ただ、会いたい。クリフトに会いたい。
 その思いだけを強く胸にしまい、アリーナはサントハイムを離れ遥か遠いアッテムトへと向かって旅立った。




                      END.


2006.09.28   続き2007.10.06

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