クリフトとアリーナの想いは @ wiki

2006.08.11

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kuriari

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クリフトのアリーナへの想いはPart6
長編5/12 1へ2006.03.09
65 :前前スレ506 1/8:2006/08/11(金) 01:47:37 ID:KC63ozSL0

 数台の馬車が街道を北に向けて進んで行く。その中の一際立派な造りの馬車にはアリーナが乗っており、左右を近衛兵がしっかりと守っている。
クリフトはその様子をサントハイム城の城壁から見送っていた。
 エンドールからの封書が届いたのは10日ほど前のことになる。モニカ姫ご懐妊の知らせであり、お祝いのパーティを開くという内容だ。アリーナはそのパーティに出席するためエンドールを目指し発った。もちろん、ただパーティに出席することだけが目的なのではない。先日のなし崩しのようになってしまった例のお見合い相手に再会することが真の目的である。
「姫さま……」
 いつか、いつかは…と思っていたその時が、もうすぐそこにまで迫っていることをクリフトは認めざるを得なかった。アリーナは妻となるべき相手に会いに行っている。その事実を目の前にし、多くの感情がクリフトの心の奥で混ざり合う。
 自分のしている恋は醜い。ひどく醜く汚らしいとクリフトは感じる。誰かを大切に思い守ろうとする心は美しいのに、一方で彼女の自然でそうなることが当たり前の祝福を認めきれず、破綻してしまえばいいと乱暴なことを考えている。
「神よ…私は……」
 胸元に忍ばせているロザリオを服の上から握る。そんなに簡単に納得できるような恋ではなかったのだと改めて感じる。それでも、何事においてもただ無力な自分にはどうすることもできない。
 クリフトは最後尾を行く馬車の姿が見えなくなるまで、その場に立ち尽くしていた。

               ***

 アリーナが冒険の旅に出ていた頃と変わらず、エンドールは世界の中心で華やかな国だ。近隣の町からも大勢の人が訪れているようで、通りには露店が立ち並び、国中がモニカ姫の懐妊を喜びお祭り騒ぎとなっている。
 陽が落ちて空が藍色に変わり、夜の闇がゆっくりとエンドールを包んでゆく。アリーナは山吹色のドレスを身につけパーティ会場にいた。
 このたびのパーティはモニカ姫の懐妊を祝うもの。彼女の親しい間柄の人々が招待されており、あまり騒々しいものではないようだ。妊娠中のモニカ姫を気遣ってのことでもあるようで、出席している人数はそう多くもない様子だ。会場はゆったりとした音楽が流れておりアリーナも居心地よく感じていた。
 それでもやはり緊張するものだ。知らない人に愛想笑いを向けるのはとても疲れる。もちろん、ここが祖国サントハイムではないことが一番の要因ではあるが。それに加え、自ら決めたことではあるが、先日ひどく失礼をしてしまったお見合い相手に会わなくてはならない。アリーナにとって何より都合が悪いのは、その相手がモニカ姫の従兄弟にあたるということを後になって知らされたからだ。
「アリーナ姫様」
 聞き覚えのある声に呼びかけられ振り向くと、そこにはモニカ姫とリック王子の姿があった。
「お久しぶりですわね」
「ええ、本当に。この度はご懐妊おめでとうございます」
 アリーナがそう告げて微笑むと二人は満面の笑みを浮かべた。

「おなかが少し出てきているの。わかるかしら」
 モニカ姫はドレスの上から腹部をさすりながらそう言った。その言葉に促されるようにアリーナも触れてみる。締め付けのないゆったりとしたドレスの上からそうっと。はっきりとはわからないがなんとなくそこに新たな命のあることがアリーナにも感じられ、湧き上がる感動に目を輝かせた。
「すごい……」
「なんだか不思議なの。私がお母さんになるなんて」
「僕もまだちょっと信じられないんだ」
 モニカ姫の隣でリック王子も少し照れくさそうに微笑む。
「すごいわ、モニカ姫。ここに赤ちゃんがいるのね」
「そうなの。ここにいるの。私はたくさん子供を生まないといけないから。
私の祖国エンドールとリックの祖国ボンモールが、これからも平和であり続けるためにね」
 モニカ姫の笑顔は相変わらず上品で美しいが、母となりその中にひたむきな強さすら秘めるようになったとアリーナは感じた。母になると言うことは強くなると言うことなのかと思いながら、まだそれを自分の身に置き換えて考えることに及ばないアリーナは、遠い記憶の中の母を思った。
「あの、モニカ姫。先日はごめんなさい。お見合いの話、わたしよく聞いてなくて……あなたの従兄弟にあたる方だったなんて知らなかったの。失礼なことをしてしまって、本当にごめんなさい」
 モニカ姫とリック王子はお互いの顔を見合わせくすっと笑った後、しょんぼりとしているアリーナに穏やかな表情で微笑みかけた。

「いいえ。何か大変な手違いがあったと聞いているの。こちらも少し急ぎすぎたところがあって」
「そうなの?」
「ええ。ラスダがどうしても、早くアリーナ姫に会いたいって急かすものだから。ちょっとお待ちになってくださいね」
 そう言うとモニカ姫は近くにいたメイドを呼び止め何事か命じた。すると程なくしてメイドに連れられひとりの若者が姿を見せた。
「改めて紹介しますわ。私の従兄弟のラスダです。アリーナ姫と同い年のはずよ」
 ああ、そう言えば…とアリーナは思った。おぼろげにしか記憶していなかったその顔と、完全に忘れてしまっていた名前も、2度目の紹介を受けてはっきりと思い出した。申し訳ない気持ちと失礼をした居たたまれなさでアリーナの笑顔はひきつってしまう。
「私たちはそろそろ部屋に戻らないといけないから失礼しますね。二人で少しお話してみたらどうかしら」
 そう言うとモニカ姫はリック王子と共にアリーナたちのそばから離れ控えのほうへと戻って行った。大勢の人に祝福されその対応にモニカ姫は忙しい。体のことを気遣い早めに引き上げるようだ。
 残されたアリーナはなんとも言えない気まずさに耐えるので精一杯。会うのはこれで2度目と言えど、アリーナにとってはほとんど初対面に等しい。共通する話題を探してあれこれと考えるが、ふさわしい話題もなく沈黙が続く。
「少し外に出て話しましょうか。ここはあまり静かじゃないから」
 沈黙を破ったのはラスダのほうだった。なんとも言葉にしがたい居心地の悪さから開放されたことにアリーナは安堵する。
 アリーナは促されるままバルコニーへと向かった。

 ラスダはエンドール王の姉の息子であるらしく、3人兄弟の末っ子だと語られた。エンドール王の姉はエンドールの有名な資産家の家に嫁ぎ3人の男の子をもうけた。エンドール王にはモニカ姫しかおらず、もしモニカ姫が他国へ嫁ぐようなことがあれば、一番上の兄が王位を継ぐことになっていたのだという話もあったそうだ。
 城下街のざわつきが城のバルコニーにまで届いては来るが、それでもパーティ会場よりは静かだ。今宵は満月。神秘的な月の光は普段よりもずっと明るくふたりを照らす。吹いてくる夜風が涼しさを運んできて、アリーナの着ているドレスを華やかに飾る背中のリボンをふんわりと揺らしている。
「あのっ」
今までラスダが話すのをおとなしく聞いていただけだったが、意を決してアリーナは彼の顔を見上げた。
「この間は長い時間待たせちゃって、愛想もなくて本当に失礼なことをしたと思っているの。ごめんなさい。私、お見合いだなんて聞いていなかったから」
「いいえ、いいんですよ。他の方々が丁寧に対応してくれましたし」
 そう言って微笑み、ラスダはアリーナを見下ろした。
 すらりと高い背。夜風に弄ばれる髪は少し癖のある茶褐色だ。仕立てのよいタキシードに身を包み、言葉や仕草、話し方の中に感じられる気品が、彼にもエンドールの王家の血筋が受け継がれていることを感じさせる。
 ラスダの優しげな笑顔と声の調子が、アリーナの漠然とした不安にざわつく心を柔らかく包むようだ。どこかクリフトの面影を感じアリーナはほっとする。緊張の残っていた表情がだんだんと本来の彼女のものへと変わっていった。

「まだ、世界に魔物が溢れていたあの頃……アリーナ姫様はエンドールの武術大会に参加されていましたね」
「え、知っているの?」
「ええ、僕はあの時観客席にいましたから」
「そうなの!?」
「とても強くて、すごく可愛い女の子が出場してるって聞いて。後でモニカから聞いたんです。あなたがサントハイムのお姫様だって」
 『可愛い』と自分のことを表現されて、少し照れくさくなったアリーナは軽く俯きラスダから視線をはずした。バルコニーの手すりに腕を乗せ体重を預ける。ラスダも手すりを背中にし、もたれながら話を続ける。
「だから、とても嬉しかった。母からお見合いの話をされ、その相手があなただとわかったときには。すぐにでも会いたいと急がせたのは僕なんです。あなたの心が定まっていなかったようで、悪いことをしました」
「ううん、いいのよ。わたしも何にも知らなくて、よく聞こうともしなかったから……」
「武術大会であなたの姿を見たときから、いつかもう一度会いたいって思っていました。まだ僕はあなたのことをよく知らないけれど、でも……誰よりも優しくするし大切にします。今すぐに返事を望んだりはしないから、
僕との結婚をどうか前向きに考えて欲しい」
 ラスダは堂々と自分のうちに秘めた感情を言葉にした。さすがに緊張していたのだろう。胸のうちをすべて吐露するとひとつ大きなため息をついた。すっきりとした晴れやかな表情からは、アリーナに対する気持ちが偽りなく真摯なものであったことが伺い知れる。

 不意にラスダがアリーナとの距離を詰めた。予想もしていなかったラスダの言葉にアリーナは呆然としたままだ。ほのかに頬を色づかせ、言葉を反芻すればするほどにラスダの顔が見られなくなり、バルコニーから見える城下街の賑わいに視線を向ける。
月明かりに照らされてできた輪郭の淡い影が、静かにアリーナへと近づいていく。ラスダは手すりに手をかけて軽く身を乗り出すようにすると、掠めるように短い口付けをした。
「じゃあ、今夜はこれで。おやすみなさい、アリーナ姫様」
 そう言うとラスダはその場を立ち去り、アリーナひとりだけが残された。
 一瞬の出来事で信じられないが、確かに今自分の唇に触れられた。初めてのことに脚が小刻みに震えている。立っていることが精一杯だ。
 彼は本当に真剣だった。ずいぶんと前から自分の存在を知ってくれていた。ずっと会いたいと思ってくれていた。ラスダの言葉ひとつひとつに思いの強さが感じられ、心臓が早鐘を打つ。彼の気持ちを自分は受け止めなくては……アリーナの心は動いていく。
 それでもアリーナは、何かとても、とても大切なものが崩れていくような気がした。それは正体がはっきりせず、とても不確かで、でもずっとずっと昔からアリーナの心の中にあるもので。
「どうしよう……」
 いろいろなことが入り混じり乱れる自分の気持ちを抱えきれず、アリーナはその場にしゃがみこんだ。急にサントハイムが恋しくなる。あの小さくてのどかで少し退屈な祖国のことを思う。父王の顔、ブライの顔、次々と浮かんでは消える。

 そしてあの神官服に身を包んだ青年の姿も浮かんだ。思い浮かべた誰よりもはっきりと思い出せるクリフトの柔和な笑み。低く優しく響いてくる声。大きな手と長い指。海の色を思わせる蒼い髪。思えば思うほどに、胸の奥が締め付けられるようで苦しくなってくる。
女性としてはこれに勝るものなどないだろう結婚の申し込み。ただ突然のことだっただけが理由ではなく、アリーナは説明のしようもない違和感をただ胸に蓄積させるだけだ。あの恋愛小説には書いてなかったこんな気持ち。心が受け止めきれずにはちきれてしまいそうだ。
「もう、どうすればいいかわかんないよ!」
 アリーナはしゃがみこんだまま焦燥感に駆られるままにそう叫んだ。
 心の奥底の、一番大切な部分が求めているものに気づかぬまま。


                         END.

2006.07.05_2   続き2006.08.23

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