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クリフトとアリーナの想いはPart7 [[2007.04.28]]の詩よりインスパイア 321 :【詩】1/9 ◆cbox66Yxk6 :2007/05/04(金) 03:16:02 ID:dfejicMU0 「まだ……残っていたのですね」 古ぼけた机の引き出しの底板をはずすと、微かにかび臭さの漂う紙の束が姿を現した。 『日記』と題字されたそれは、クリフトが旅に出る前まで日課としてつけていたものだ。 いや、正確にいえば、裏日記といったところか。 人知れず保管されていたその日記帳には、誰にも吐露できない、まだ青い春の中を彷徨っていた頃のクリフトの思い出が詰まっている。 「懐かしいですね」 ぱらぱらと頁をめくれば、苦悩と情熱でかき乱れる己の姿が垣間見え、自然、苦笑混じりの微笑を浮かべる事になる。 「しかし、よく残っていたものですね」 しみじみと呟き、つい一月ほど前までのサントハイム城の姿を脳裏に描き出す。 数年にわたる魔物の占拠、そして無人の荒城……。 決して短いとは言い難い月日の間、誰の手入れもされずに放置されていた城は、至る所が傷み、破壊されていた。 その中にあって、城内の教会とそれに隣接していたクリフトの部屋は、まさに神の奇蹟か、殆どあらされた形跡も無く、以前の姿を保ち続けていた。 「神聖な空気を嫌ったのでしょうね」 サントハイム城の復興を手伝いにやってきてくれたトルネコが、教会の祭壇に飾られたご神体に目を光らせながら、そう呟いていたのを思い出す。 「このご神体の指にはめ込まれていた指輪に、魔を退ける力があったのでしょう」 もっと早く気づいていれば、旅の間も楽ができたかも、とため息混じりにそう言った希代の大商人。その言葉に聖職者であるクリフトが難色を示すと、彼はいつもの優しい微笑を浮かべたままこう続けた。 「でも、この指輪がここに存在していたから、お城の人たちも無事に戻って来られたの かもしれませんね」 指輪の存在に気がつかなかったからこそ魔に打ち勝つだけの実力を手に入れることができ、また、この指輪の存在がサントハイム城の人々を魔の手から守り抜いていたのではないか。 「この指輪がここに存在したこと、それこそが神の奇蹟ですよね」 ―――信仰に厚いサントハイムの人々に示された神の恩恵ですよね。 そう彼は締めくくった。 その恩恵に与ったもののひとつが、いまクリフトの手元にある。 面映いような嬉しいような不思議な感覚に、頁をめくる手を早めれば、遂に最後の日付となる記述に行き当たった。 「……そういえばこんなものも書きましたね」 そこに書かれているもの。 それは、一篇の詩―――自由を求めていまにも飛び出していかんとする敬愛する姫君を、サントハイムの王女アリーナを想って詠んだ詩だった。 「……見つからなくてよかったかも」 その一字一字を目で追いながら、クリフトは思わずくすりと笑う。 比喩が施されているとはいえ、それは明らかに恋心を彷彿とさせる。 「……仕舞っておこう」 少し照れくさくなって冊子を閉じようとすれば、それを横合いから素早く奪う手があった。 「え?」 驚いて振り返ると、そこには華やかな正装に身を包んだ美しい姫君がつい先頃までクリフトの持っていた冊子を手に立っていた。 「もうクリフトったら、ずるいわよ。自分だけ宴を抜け出して」 「ひ、姫様?」 突然の来訪者に驚きと戸惑いを隠せない。 「どうしてこちらに?」 よりにもよって一番まずい相手が目の前に現れ、クリフトは内心かなり強い動揺と焦りを感じていた。 が、クリフトの心など知る由もないアリーナはぷうっと頬を膨らませる。 「それはこちらの台詞ね。サントハイム城復興記念の祝宴を抜け出して、どうしてここにいるのよ。ソロたちだってまだ広間にいるのよ」 「それは……華やかな席が苦手だからです」 常だったらうまいかわし方も思いつくであろうに、アリーナの手にする冊子が気になり受け答えに集中できず、つい馬鹿正直に答えてしまう。 「クリフト、あなたね、私が宴を抜け出すたびいつも言っていたじゃない。 『主役が席をはずしてどうするのですか』って。今日はあなたも主役の一人でしょ」 案の定、揚げ足をとられ、クリフトは言葉に窮した。 「そ、それはそうなのですが……」 ちらちらと冊子に視線を送りながら口ごもれば、アリーナは漸くその存在に気づく。 そして『日記』という文字を目にするや、にんまりと笑い頁を繰った。 「おもしろそうね。じゃ、これと交換に、ひとりで抜け出したことを不問に付してあげるわ」 「えっ」 思いもかけない事態にクリフトが硬直すれば、アリーナは嬉しそうに読み進める。 「えーっと、なになに……『今日、サランの町で写真が売られていた。被写体を見れば姫様のお姿……なんとけしからぬ事だ。仕方がないので私はそこにあった全ての写真を買い占めた。これで、姫様のお写真で妙な気を起こすものもいないことであろう。 おぉ神よ。お導きをありがとうございました。 ……とはいえ、かなりの出費を要してしまった。今月こそは『新・信仰と祈り』が買える と思っていたのに……来月に持ち越しのようだ』って何これ?写真?そんなの見たことないわ。 クリフト、後で出しなさいよ……次は」 次々と読みあげていくアリーナに、我に返ったクリフトは必死の思いで冊子を取り返そう と試みる。 「姫様、お返しください」 「いいじゃない」 ひらりひらりとクリフトをかわしながら、アリーナは器用に目を通していく。 「姫様っ」 経験が物を言うのか。 正装に妨げられ、思うように動けないクリフトに対し、こちらは盛装とも言える華やかな衣装を身に纏っているにもかかわらず、アリーナの動きは留まるところを知らない。 次々と頁をめくっては、焦るクリフトをからかうようにひらりと身をかわす。 とはいえ、やはり動きながら冊子をめくるのは難しいようで、読む頁は飛び飛びになっている。そのせいであろうか、クリフトが見られては困ると思っているようなものは意外と避けられているようだ。 不幸中の幸いといって良いのかは判らないが、それがクリフトにとって救いであるのは今のところ確かだった。 だが、その幸運にクリフトが感謝する暇があらばこそ。彼が長年信仰してきた神は、彼に試練を突きつける。 ふいに、動きを止め、アリーナがしげしげと冊子に見入った。 そして小首を傾げたと思うと彼女はその華の顔を引きつらせ、次の瞬間、お腹を抱えて笑い出した。 「姫様、返してくださいっ」 漸く動きの止まったアリーナの手から冊子をもぎ取ったクリフトだったが、肩を震わせ、目に涙をためて笑い続けるアリーナの姿に、不審なものを感じた。 「そんなに大笑いされるようなものがございましたか?」 恥ずかしいというよりはあっけに取られ、そう問えば、アリーナは涙の滲む目をこすりながら開きっぱなしになっていた日記を指差した。 「その頁……」 アリーナが見ていた頁に視線を落とせば、そこには彼が記した『詩』が載っていた。 「ご、ごめん。笑うつもりじゃなかったんだけど……なんだかその」 笑いの滲む声に、クリフトはそこはかとない寂寥感を覚える。 見つかると困る、そう思っていた『詩』。 それは、如何に比喩が用いられているとはいえども、見る人が見れば誰が誰を思って書いたものかは一目瞭然の代物だった。 だからこそ危惧していた。 秘めたる想いを、彼女に知られてしまうのではないかと。 それなのに、彼女はこの詩を読んでただ笑うに留まっている。 即ち、彼女はこの詩の真意に気づいていないということなのだろう。 クリフトの、彼女への恋心に気づいていないということなのだろう。 ―――これほど赤裸々な想いにすら気がついてもくれないのか。 肩透かしを食らったように思えて項垂れれば、笑いをおさめたアリーナが、クリフトの顔をのぞきこむようにして微笑んだ。 「ごめんね。本当に笑うつもりじゃなかったのよ。だってとても素敵な詩なんですもの」 だけどね、と彼女は赤らんだ頬を押さえながら続ける。 「何だか少し照れくさいかも」 「照れくさい?」 不思議に思って問い返したものの、自作の詩を見遣れば、若すぎる感性が妙な羞恥心をあおる事に納得する。 「まぁ、確かに、照れくさいかもしれないですね」 冷静に分析し頷くと、アリーナが怪訝そうにこちらを見上げてくる。 いったい、何だというのだろう。 目線で訊ねると、彼女は困ったように眉根を寄せ、口を開いた。 「ねぇ、クリフト。私の言葉の意味、わかってる?」 「え?それはどういう……」 唐突な言葉に、首を捻る。 先程の言葉に、どんな意味があったというのか。 もう一度考えてみるもののさっぱり見当がつかず、お手上げとばかりにアリーナを見れば、彼女はやれやれといった様子でため息を漏らした。 「わかってないのね」 そのあきれた様子に、クリフトはますます当惑を深める。 一体全体、なんだというのだろう。 謎かけのようなアリーナの態度に混迷を繰り返す。 ―――自作の詩、姫様の笑い、照れくさい。 焦れば焦るほど、訳がわからなくなりクリフトは心底困惑する。 「姫様……」 答えを求めて声を発せば、それまでじっとクリフトを見つめていたアリーナがその言葉を遮った。 「ねぇ、クリフトは自分のことを書かれた詩を読んでも照れくさくないの?」 ―――彼女は一体、何と言ったのだろう。 混乱する頭を小馬鹿にするかのごとく、いち早く反応したのは彼の胸だった。 「あ……」 信じられないほど鼓動が早まり、息苦しささえ感じる。 何故?と思う間もなく、全身が熱くなる。 「姫様、それは……」 思考より先に言葉が漏れる。 どくどくと脈打つ音が耳に響き、頬が火を噴くのではないかと心配になるほど熱くなる。 自分の体はどうなってしまったのかと疑いたくなる。 冷静になるんだ、と己に言い聞かせてみるものの、思うようにならない。 自分の意志とは関係なく、胸が高鳴り、頬が熱をおびる。 潤む瞳でアリーナを見遣れば、こちらを見上げていた彼女と正面から視線が絡んだ。 「姫様……もしかして私の詩の意味を?」 掠れた声でそう呟くと、彼女は先程よりもはるかに赤くなった頬を押さえながら恨めしげに睨んだ。 「やぁね、もう。どうしてさらっと流せないのよ。……そんな反応されたら、こっちまで恥ずかしくなっちゃうじゃない」 そう文句を言いながらも、アリーナは律儀に頷く。 「わからないわけないじゃない」 アリーナは笑う。 「だってね、私もクリフトと同じ気持ちだから」 自身も白磁の肌を薔薇色に色づかせながら、彼女はクリフトの赤くなった頬へ手を伸ばす。 「クリフトに比べたら、まだ短い想いかも知れないけど」 それでもね、と迷いのない瞳でクリフトの目を覗き込む。 「想いの深さなら、負けないわよ」 生来の勝気さすら覗かせて、アリーナはますます艶やかに微笑む。 「クリフト。私、あなたが好きよ」 ―――素敵な告白を、ありがとう。 ―――誰かが呼ぶ声がする。 そう知覚すると同時に背後で扉が勢いよく開け放たれ、酒瓶をかざしたソロとマーニャが なだれ込んできた。 「おい、クリフト。おまえ、ずりーぞ。すこしはおまえものめよな~」 「宴はさ、もう終わりらしいんだけど、ブライが秘蔵の酒を出すから、部屋で飲みなおさないかって~」 「おまえ、こんどはさんかしろよなー。さっきろうかですれちがったアリーナにもさんかするようにいっといてやったんだからさ~」 「そうそう、酔った勢いで……なーんてこともあるかもよ~」 相当酒を過ごしたのか。呂律が怪しい。 それでも妙な使命感に駆られたふたりは、クリフトを誘うべく歩みを進める。 「ちょっとぉ~」 「クリフトってばよ~」 ふらふらと覚束ない足取りでクリフトに近づいてきたふたりだったが、次の瞬間、酔いなど忘れてしまったかのような俊敏な動きを見せた。 「ちょっと、クリフト。あんた、大丈夫なの?」 「まじ、ふつーじゃねーぞ、その顔色。飲みすぎたんか?」 「そんなことどうでもいいから、ソロ、水よ」 「お、おう」 「クリフトも遠慮なんかしなくてもいいから横になんなさいよ」 急にどたばたと立ち回り始めたふたりを前に、クリフトは不思議そうに小首を傾げた。 「御酒は……ほとんど召しておりませんが?」 どこかぼんやりとしてはいるものの、酔いの見られないしっかりとした口調で告げられ、慌てていたふたりは怪訝そうに振り返った。 「お酒を?」 「飲んでない?」 「えぇ。ほとんど口にしておりませんが?」 クリフトが頷くと、ふたりは顔を見合わせ、いままで以上に慌てた様子でクリフトに駆け寄ってきた。 「ちょっと、なんかの病気じゃない?」 「パデキアいるか?」 真剣そのもののふたりに迫られ、クリフトは思わず仰け反る。 「いえ、別に病気って訳では……姫様に日記を見られただけ……」 思わず正直に答えかけ、慌てて口を噤む。 が、ふたりがそれを聞き逃してくれるはずも無く――。 「ちょ、なに?なんかあったの?そこんとこ、詳しく話しなさいよ」 「え、まじ?っておまえ、手に何もってんのさ」 「あら?日記帳?ちょっと貸してごらんなさいよ」 「あ、ちょっと、それは……」 「ほら、マーニャ。いまだ」 「あ、そ、そんな……あぁぁぁ」 妙に連携の取れたふたりの攻めにあえなく撃沈したクリフトを残し、ソロとマーニャは日記を手に廊下を走り去る。 そして―――クリフトの裏日記は、見たくもない陽の目を見ることとなる。 「ふぉふぉふぉ、若いっていいのう」 真っ白な髭をしごきながら、ブライが柱の影から姿を現す。 それを聞こえない振りでやり過ごせば、目の前に桃色の鎧を纏った戦士が立ちふさがる。 「なんと情熱的な……いやいや、拙者、クリフト殿を見直しましたぞ」 褒めているのか、からかっているのかわからない口調。クリフトは即座に踵を返し、人影の少なそうな中庭に足を踏み入れる。 「あら、クリフトさん。ごきげんよう」 いつもと変わらぬ笑顔でミネアが近寄ってくる。 一瞬身構えたものの、あまりに普段どおりの彼女にほっと力を抜く。が、直後クリフトは顔を赤らめて全力疾走する羽目になる。 「クリフトさん。この水晶玉ならアリーナさんの○○も××も覗き放題ですよ? おいくらで買われます?」 一行の良心と思っていたミネアにまで、ソロとマーニャの手は伸びていた。 その衝撃に打ちひしがれながら中庭を突っ切れば、前方に丸っこい影が現れた。 「やぁ、クリフト君。大変そうですね」 一行の中で唯一の妻帯者、トルネコ。 彼は穏やかな微笑を浮かべて、クリフトを労う。 「でも、よかったじゃないですか。アリーナさんと両想いになれて。クリフト君、頑張っていましたからね。神様がきっと恩恵を与えてくださったのですよ」 からかいも冷やかしの色もない、優しい言葉。 クリフトが思わず頭をさげると、彼はクリフトの肩をぽんぽんと叩きつつ、囁いた。 「―――で、私にも神の恩恵のおすそわけを。アリーナさんとの婚儀がまとまったら、ぜひあの日記を出版しましょう。絶対売れますよ」 ―――世界を救った勇者たちに、神は恩恵を与え給う。                          神の恩返し―――クリフト編・完
クリフトとアリーナの想いはPart7 [[2007.04.28]]の詩よりインスパイア 321 :【詩】1/9 ◆cbox66Yxk6 :2007/05/04(金) 03:16:02 ID:dfejicMU0 「まだ……残っていたのですね」 古ぼけた机の引き出しの底板をはずすと、微かにかび臭さの漂う紙の束が姿を現した。 『日記』と題字されたそれは、クリフトが旅に出る前まで日課としてつけていたものだ。 いや、正確にいえば、裏日記といったところか。 人知れず保管されていたその日記帳には、誰にも吐露できない、まだ青い春の中を彷徨っていた頃のクリフトの思い出が詰まっている。 「懐かしいですね」 ぱらぱらと頁をめくれば、苦悩と情熱でかき乱れる己の姿が垣間見え、自然、苦笑混じりの微笑を浮かべる事になる。 「しかし、よく残っていたものですね」 しみじみと呟き、つい一月ほど前までのサントハイム城の姿を脳裏に描き出す。 数年にわたる魔物の占拠、そして無人の荒城……。 決して短いとは言い難い月日の間、誰の手入れもされずに放置されていた城は、至る所が傷み、破壊されていた。 その中にあって、城内の教会とそれに隣接していたクリフトの部屋は、まさに神の奇蹟か、殆どあらされた形跡も無く、以前の姿を保ち続けていた。 「神聖な空気を嫌ったのでしょうね」 サントハイム城の復興を手伝いにやってきてくれたトルネコが、教会の祭壇に飾られたご神体に目を光らせながら、そう呟いていたのを思い出す。 「このご神体の指にはめ込まれていた指輪に、魔を退ける力があったのでしょう」 もっと早く気づいていれば、旅の間も楽ができたかも、とため息混じりにそう言った希代の大商人。その言葉に聖職者であるクリフトが難色を示すと、彼はいつもの優しい微笑を浮かべたままこう続けた。 「でも、この指輪がここに存在していたから、お城の人たちも無事に戻って来られたの かもしれませんね」 指輪の存在に気がつかなかったからこそ魔に打ち勝つだけの実力を手に入れることができ、また、この指輪の存在がサントハイム城の人々を魔の手から守り抜いていたのではないか。 「この指輪がここに存在したこと、それこそが神の奇蹟ですよね」 ―――信仰に厚いサントハイムの人々に示された神の恩恵ですよね。 そう彼は締めくくった。 その恩恵に与ったもののひとつが、いまクリフトの手元にある。 面映いような嬉しいような不思議な感覚に、頁をめくる手を早めれば、遂に最後の日付となる記述に行き当たった。 「……そういえばこんなものも書きましたね」 そこに書かれているもの。 それは、一篇の詩―――自由を求めていまにも飛び出していかんとする敬愛する姫君を、サントハイムの王女アリーナを想って詠んだ詩だった。 「……見つからなくてよかったかも」 その一字一字を目で追いながら、クリフトは思わずくすりと笑う。 比喩が施されているとはいえ、それは明らかに恋心を彷彿とさせる。 「……仕舞っておこう」 少し照れくさくなって冊子を閉じようとすれば、それを横合いから素早く奪う手があった。 「え?」 驚いて振り返ると、そこには華やかな正装に身を包んだ美しい姫君がつい先頃までクリフトの持っていた冊子を手に立っていた。 「もうクリフトったら、ずるいわよ。自分だけ宴を抜け出して」 「ひ、姫様?」 突然の来訪者に驚きと戸惑いを隠せない。 「どうしてこちらに?」 よりにもよって一番まずい相手が目の前に現れ、クリフトは内心かなり強い動揺と焦りを感じていた。 が、クリフトの心など知る由もないアリーナはぷうっと頬を膨らませる。 「それはこちらの台詞ね。サントハイム城復興記念の祝宴を抜け出して、どうしてここにいるのよ。ソロたちだってまだ広間にいるのよ」 「それは……華やかな席が苦手だからです」 常だったらうまいかわし方も思いつくであろうに、アリーナの手にする冊子が気になり受け答えに集中できず、つい馬鹿正直に答えてしまう。 「クリフト、あなたね、私が宴を抜け出すたびいつも言っていたじゃない。 『主役が席をはずしてどうするのですか』って。今日はあなたも主役の一人でしょ」 案の定、揚げ足をとられ、クリフトは言葉に窮した。 「そ、それはそうなのですが……」 ちらちらと冊子に視線を送りながら口ごもれば、アリーナは漸くその存在に気づく。 そして『日記』という文字を目にするや、にんまりと笑い頁を繰った。 「おもしろそうね。じゃ、これと交換に、ひとりで抜け出したことを不問に付してあげるわ」 「えっ」 思いもかけない事態にクリフトが硬直すれば、アリーナは嬉しそうに読み進める。 「えーっと、なになに……『今日、サランの町で写真が売られていた。被写体を見れば姫様のお姿……なんとけしからぬ事だ。仕方がないので私はそこにあった全ての写真を買い占めた。これで、姫様のお写真で妙な気を起こすものもいないことであろう。 おぉ神よ。お導きをありがとうございました。 ……とはいえ、かなりの出費を要してしまった。今月こそは『新・信仰と祈り』が買える と思っていたのに……来月に持ち越しのようだ』って何これ?写真?そんなの見たことないわ。 クリフト、後で出しなさいよ……次は」 次々と読みあげていくアリーナに、我に返ったクリフトは必死の思いで冊子を取り返そう と試みる。 「姫様、お返しください」 「いいじゃない」 ひらりひらりとクリフトをかわしながら、アリーナは器用に目を通していく。 「姫様っ」 経験が物を言うのか。 正装に妨げられ、思うように動けないクリフトに対し、こちらは盛装とも言える華やかな衣装を身に纏っているにもかかわらず、アリーナの動きは留まるところを知らない。 次々と頁をめくっては、焦るクリフトをからかうようにひらりと身をかわす。 とはいえ、やはり動きながら冊子をめくるのは難しいようで、読む頁は飛び飛びになっている。そのせいであろうか、クリフトが見られては困ると思っているようなものは意外と避けられているようだ。 不幸中の幸いといって良いのかは判らないが、それがクリフトにとって救いであるのは今のところ確かだった。 だが、その幸運にクリフトが感謝する暇があらばこそ。彼が長年信仰してきた神は、彼に試練を突きつける。 ふいに、動きを止め、アリーナがしげしげと冊子に見入った。 そして小首を傾げたと思うと彼女はその華の顔を引きつらせ、次の瞬間、お腹を抱えて笑い出した。 「姫様、返してくださいっ」 漸く動きの止まったアリーナの手から冊子をもぎ取ったクリフトだったが、肩を震わせ、目に涙をためて笑い続けるアリーナの姿に、不審なものを感じた。 「そんなに大笑いされるようなものがございましたか?」 恥ずかしいというよりはあっけに取られ、そう問えば、アリーナは涙の滲む目をこすりながら開きっぱなしになっていた日記を指差した。 「その頁……」 アリーナが見ていた頁に視線を落とせば、そこには彼が記した『詩』が載っていた。 「ご、ごめん。笑うつもりじゃなかったんだけど……なんだかその」 笑いの滲む声に、クリフトはそこはかとない寂寥感を覚える。 見つかると困る、そう思っていた『詩』。 それは、如何に比喩が用いられているとはいえども、見る人が見れば誰が誰を思って書いたものかは一目瞭然の代物だった。 だからこそ危惧していた。 秘めたる想いを、彼女に知られてしまうのではないかと。 それなのに、彼女はこの詩を読んでただ笑うに留まっている。 即ち、彼女はこの詩の真意に気づいていないということなのだろう。 クリフトの、彼女への恋心に気づいていないということなのだろう。 ―――これほど赤裸々な想いにすら気がついてもくれないのか。 肩透かしを食らったように思えて項垂れれば、笑いをおさめたアリーナが、クリフトの顔をのぞきこむようにして微笑んだ。 「ごめんね。本当に笑うつもりじゃなかったのよ。だってとても素敵な詩なんですもの」 だけどね、と彼女は赤らんだ頬を押さえながら続ける。 「何だか少し照れくさいかも」 「照れくさい?」 不思議に思って問い返したものの、自作の詩を見遣れば、若すぎる感性が妙な羞恥心をあおる事に納得する。 「まぁ、確かに、照れくさいかもしれないですね」 冷静に分析し頷くと、アリーナが怪訝そうにこちらを見上げてくる。 いったい、何だというのだろう。 目線で訊ねると、彼女は困ったように眉根を寄せ、口を開いた。 「ねぇ、クリフト。私の言葉の意味、わかってる?」 「え?それはどういう……」 唐突な言葉に、首を捻る。 先程の言葉に、どんな意味があったというのか。 もう一度考えてみるもののさっぱり見当がつかず、お手上げとばかりにアリーナを見れば、彼女はやれやれといった様子でため息を漏らした。 「わかってないのね」 そのあきれた様子に、クリフトはますます当惑を深める。 一体全体、なんだというのだろう。 謎かけのようなアリーナの態度に混迷を繰り返す。 ―――自作の詩、姫様の笑い、照れくさい。 焦れば焦るほど、訳がわからなくなりクリフトは心底困惑する。 「姫様……」 答えを求めて声を発せば、それまでじっとクリフトを見つめていたアリーナがその言葉を遮った。 「ねぇ、クリフトは自分のことを書かれた詩を読んでも照れくさくないの?」 ―――彼女は一体、何と言ったのだろう。 混乱する頭を小馬鹿にするかのごとく、いち早く反応したのは彼の胸だった。 「あ……」 信じられないほど鼓動が早まり、息苦しささえ感じる。 何故?と思う間もなく、全身が熱くなる。 「姫様、それは……」 思考より先に言葉が漏れる。 どくどくと脈打つ音が耳に響き、頬が火を噴くのではないかと心配になるほど熱くなる。 自分の体はどうなってしまったのかと疑いたくなる。 冷静になるんだ、と己に言い聞かせてみるものの、思うようにならない。 自分の意志とは関係なく、胸が高鳴り、頬が熱をおびる。 潤む瞳でアリーナを見遣れば、こちらを見上げていた彼女と正面から視線が絡んだ。 「姫様……もしかして私の詩の意味を?」 掠れた声でそう呟くと、彼女は先程よりもはるかに赤くなった頬を押さえながら恨めしげに睨んだ。 「やぁね、もう。どうしてさらっと流せないのよ。……そんな反応されたら、こっちまで恥ずかしくなっちゃうじゃない」 そう文句を言いながらも、アリーナは律儀に頷く。 「わからないわけないじゃない」 アリーナは笑う。 「だってね、私もクリフトと同じ気持ちだから」 自身も白磁の肌を薔薇色に色づかせながら、彼女はクリフトの赤くなった頬へ手を伸ばす。 「クリフトに比べたら、まだ短い想いかも知れないけど」 それでもね、と迷いのない瞳でクリフトの目を覗き込む。 「想いの深さなら、負けないわよ」 生来の勝気さすら覗かせて、アリーナはますます艶やかに微笑む。 「クリフト。私、あなたが好きよ」 ―――素敵な告白を、ありがとう。 ―――誰かが呼ぶ声がする。 そう知覚すると同時に背後で扉が勢いよく開け放たれ、酒瓶をかざしたソロとマーニャが なだれ込んできた。 「おい、クリフト。おまえ、ずりーぞ。すこしはおまえものめよな~」 「宴はさ、もう終わりらしいんだけど、ブライが秘蔵の酒を出すから、部屋で飲みなおさないかって~」 「おまえ、こんどはさんかしろよなー。さっきろうかですれちがったアリーナにもさんかするようにいっといてやったんだからさ~」 「そうそう、酔った勢いで……なーんてこともあるかもよ~」 相当酒を過ごしたのか。呂律が怪しい。 それでも妙な使命感に駆られたふたりは、クリフトを誘うべく歩みを進める。 「ちょっとぉ~」 「クリフトってばよ~」 ふらふらと覚束ない足取りでクリフトに近づいてきたふたりだったが、次の瞬間、酔いなど忘れてしまったかのような俊敏な動きを見せた。 「ちょっと、クリフト。あんた、大丈夫なの?」 「まじ、ふつーじゃねーぞ、その顔色。飲みすぎたんか?」 「そんなことどうでもいいから、ソロ、水よ」 「お、おう」 「クリフトも遠慮なんかしなくてもいいから横になんなさいよ」 急にどたばたと立ち回り始めたふたりを前に、クリフトは不思議そうに小首を傾げた。 「御酒は……ほとんど召しておりませんが?」 どこかぼんやりとしてはいるものの、酔いの見られないしっかりとした口調で告げられ、慌てていたふたりは怪訝そうに振り返った。 「お酒を?」 「飲んでない?」 「えぇ。ほとんど口にしておりませんが?」 クリフトが頷くと、ふたりは顔を見合わせ、いままで以上に慌てた様子でクリフトに駆け寄ってきた。 「ちょっと、なんかの病気じゃない?」 「パデキアいるか?」 真剣そのもののふたりに迫られ、クリフトは思わず仰け反る。 「いえ、別に病気って訳では……姫様に日記を見られただけ……」 思わず正直に答えかけ、慌てて口を噤む。 が、ふたりがそれを聞き逃してくれるはずも無く――。 「ちょ、なに?なんかあったの?そこんとこ、詳しく話しなさいよ」 「え、まじ?っておまえ、手に何もってんのさ」 「あら?日記帳?ちょっと貸してごらんなさいよ」 「あ、ちょっと、それは……」 「ほら、マーニャ。いまだ」 「あ、そ、そんな……あぁぁぁ」 妙に連携の取れたふたりの攻めにあえなく撃沈したクリフトを残し、ソロとマーニャは日記を手に廊下を走り去る。 そして―――クリフトの裏日記は、見たくもない陽の目を見ることとなる。 「ふぉふぉふぉ、若いっていいのう」 真っ白な髭をしごきながら、ブライが柱の影から姿を現す。 それを聞こえない振りでやり過ごせば、目の前に桃色の鎧を纏った戦士が立ちふさがる。 「なんと情熱的な……いやいや、拙者、クリフト殿を見直しましたぞ」 褒めているのか、からかっているのかわからない口調。クリフトは即座に踵を返し、人影の少なそうな中庭に足を踏み入れる。 「あら、クリフトさん。ごきげんよう」 いつもと変わらぬ笑顔でミネアが近寄ってくる。 一瞬身構えたものの、あまりに普段どおりの彼女にほっと力を抜く。が、直後クリフトは顔を赤らめて全力疾走する羽目になる。 「クリフトさん。この水晶玉ならアリーナさんの○○も××も覗き放題ですよ? おいくらで買われます?」 一行の良心と思っていたミネアにまで、ソロとマーニャの手は伸びていた。 その衝撃に打ちひしがれながら中庭を突っ切れば、前方に丸っこい影が現れた。 「やぁ、クリフト君。大変そうですね」 一行の中で唯一の妻帯者、トルネコ。 彼は穏やかな微笑を浮かべて、クリフトを労う。 「でも、よかったじゃないですか。アリーナさんと両想いになれて。クリフト君、頑張っていましたからね。神様がきっと恩恵を与えてくださったのですよ」 からかいも冷やかしの色もない、優しい言葉。 クリフトが思わず頭をさげると、彼はクリフトの肩をぽんぽんと叩きつつ、囁いた。 「―――で、私にも神の恩恵のおすそわけを。アリーナさんとの婚儀がまとまったら、ぜひあの日記を出版しましょう。絶対売れますよ」 ―――世界を救った勇者たちに、神は恩恵を与え給う。                          神の恩返し―――クリフト編・完

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