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クリフトとアリーナの想いはPart7 169 :【ルーシア】1/7 ◆XJ3Ut0uuQQ :2007/03/16(金) 13:20:58 ID:+sx+E7nd0 「きゃー、クリフトさん、見てください、あの青くてプルプルしてるのはなんですかあ?」 「またかよ、勘弁してくれよ…。」 ルーシアの歓声に、御者席に座っていた勇者は頭を抱えて呟いた。 一行が世界樹の上で拾った、ルーシアと言う天空に住む少女。 羽を痛めて天空に戻れないという彼女を連れて、地上に降りたのは数日前のことだった。 地上に降りるのが初めてと言うルーシアは、見るもの全てが珍しいらしく、 馬車から頭を突き出し、何かに目を止めては馬車を降りて走り出す。 天空の塔に入るために必要という天空の装備を揃えるため、海鳴りの祠に向かう一行であったが、 その道行きは、遅々として進まなかった。 ルーシアの声に、勇者以外にもう1人、不機嫌そうに眉根を寄せた者がいる。 アリーナだった。 旅の仲間達は、ここ数日のルーシアの止め処もない質問の嵐に疲れて、 ルーシアに何かを聞かれても、適当にあしらうようになっていたのだが、 クリフトだけは、生来の生真面目な性格故、根気良くルーシアの質問攻めに付き合っていた。 自然、ルーシアも、クリフトにもっぱら話しかけるようになる。 今では、クリフトはルーシアにつききりの状態となっていた。 今も、 「ああ、あれはスライムですよ。世界樹にはいないんですか。 弱いですが、一応モンスターですから、余り近くによってはいけませんよ。」 「ええ~、あれ、モンスターなんですかあ。あんなに可愛いのに~。」 ルーシアの言葉に、クリフトがクスクス笑う声が聞こえてくる。 「スライムが可愛いなんて、ルーシアは面白いことを言いますね。」 アリーナが馬車の後ろを振り返ると、クリフトがルーシアの頭をぽんぽんと叩いていた。 アリーナは思わす、馬車を飛び降り、2人の元に駆け寄った。 「クリフト!こんなにしょっちゅう馬車を止めてたら、全然前に進まないじゃない!」 いつになくきつい語調のアリーナに、クリフトは驚いたような顔をした。 ルーシアも怯えたようにクリフトの後ろに隠れる。 それを見て、アリーナは眉間の皺を深くした。 「皆が待ってるんだから、早くして!」 投げ捨てるように言うと、アリーナは2人から顔を背け、その場を足早に立ち去った。 「アリーナさんは、どうしてあんなに怒ってるんですかあ。」 ルーシアの不思議そうな声を背中で聞きながら、 アリーナは、それが知りたいのは自分の方だと思った。 アリーナ自身、何故、ここのところ自分がこんなに苛々するのか、理由が分からなかった。 しかし、この苛々があの天空の少女に関係していることだけは、何となく分かる。 彼女が一緒に旅するようになってから、どうも気分が良くない。 ―――あの子が、ああやって皆に迷惑をかけるからだわ。 アリーナは自分自身にそう言い聞かせた。 結局、その日はほとんど前に進まないままに、一行は森のそばで足を止めた。 「へえ~。シチューはこうやって作るんですかあ。」 夕食の準備をするクリフトの隣に、ルーシアがへばりついていた。 いつもであれば、夕食の準備をするクリフトの隣はアリーナの特等席であり、 クリフトを手伝いながら(と言っても、ほとんど手伝いになっていないのであるが)、 その日にあったことを色々とおしゃべりをするのはアリーナの楽しみの一つだった。 しかし、ルーシアが来てからは、アリーナが割り込む隙間がない。 アリーナは仕方なく、不機嫌のオーラを漂わせながら、ミネアと一緒に食器を並べていた。 周囲の仲間達は、そんなアリーナを腫れ物を扱うように遠巻きにしていたが、 アリーナは仲間の反応にも気づかず、クリフト達の会話に一心に耳を済ませていた。 「天空人は、ホントは、食べ物を食べる必要はないんですよお。 でも、単に楽しみとして食事をすることはあるんです。」 クリフトさんのお料理はおいしいから、つい私も食べちゃいます、というルーシアに、 クリフトは「それは光栄ですね。」と嬉しそうに笑った。 アリーナは、その笑い声を聞いた瞬間、手にした食器を地面に叩きつけた。 木でできた食器は、壊れはしなかったものの、大きな物音に皆が驚いて振り返る。 アリーナは、自分の行動に自分でも驚いたが、ルーシアを睨むと声を張り上げた。 「何よ、食べなくてすむんだったら、食べないでよ! 食べ物がいつもいっぱいあるわけじゃないんだから!」 アリーナのいつにない乱暴な態度に、クリフトが叫んだ。 「姫様!」 その厳しい声音に、アリーナは思わず身構えたが、反抗的な目でクリフトをにらみ返す。 クリフトはそれを見てため息をつくと、ルーシアに、 「少しの間、この鍋を見ていてくれますか?」 と言い置くと、アリーナの方を向いた。 「姫様…。ちょっとこちらに。」 アリーナは、頬を膨らませると、しぶしぶクリフトに付いて行った。 皆から離れると、クリフトは静かな声でアリーナに尋ねた。 「姫様、最近、一体どうなされたのですか?」 「…。」 「確かに、ルーシアは、何かと我々とは相容れない部分があるかもしれませんが、 地上人ではないのですから、多少は仕方ないじゃありませんか。」 アリーナは、相変わらず頬を膨らませたままだったが、ふとあることに気がついた。 「クリフト…。何でルーシアを呼び捨てにするの?」 クリフトが女性を呼び捨てにするのは非常に珍しいことだ。 クリフトはアリーナの質問に面食らったような顔をした。 「姫様、私の話を聞いて…。いえ、ルーシアの呼び名の件は、 彼女がそう呼んで欲しいというものですから。」 天空では、皆から呼び捨てにされていたので、他の呼び方をされると寂しいらしいんですよ、 と優しい目をしていうクリフトに、アリーナの中の苛立ちが再び顔を覗かせる。 「だったら、もし、私が呼び捨てにして欲しいって言ったら、 クリフトは私のこと、呼び捨てにしてくれるの?」 「な、何をおっしゃるんですか。そんな畏れ多いこと、とんでもありません。」 ぶんぶんと物すごい勢いで手を振るクリフトに、アリーナはいつになく距離を感じた。 ―――今まで、クリフトを遠くに感じたことなんかなかったのに…。 まるで、ルーシアが、自分に取って代わってしまったかのようだ。 アリーナは、じわりと目の奥が熱くなって下を向いた。 そのとき、遠くから能天気な声が聞こえてきた。 「クリフトさーん、お鍋、焦げてますけど~。」 ほてほてとこちらに向かってくるルーシアに、クリフトは額に手をやった。 「ルーシア…。『見ていて』というのは、そういう意味ではないんですが…。」 と、クリフトの額に当てた手がそのまま止まる。 アリーナも、はっと顔を上げた。 2人のそばまで来たルーシアは、不思議そうな顔をして2人を見たが、次の瞬間、 アリーナに突き飛ばされた。 「きゃあ、何するんですかあ!」 アリーナは、ルーシアの前に立つと、背中でルーシアに声をかけた。 「そのまま、立たないで!向こうの木まで這って移動して!」 既にクリフトは、アリーナの横で剣を構えている。 2人の視線の先を追ったルーシアは、ブルホークの集団が森から現れたのを見てとった。 「うわわ、これもまた、初めて見るモンスターですね…。」 のん気に呟くルーシアに、アリーナが叫ぶ。 「ルーシア、早く!クリフト!」 アリーナの声に、クリフトが、はい!と答えてスクルトの呪文を詠唱する。 防御の光が完成すると同時に、アリーナは前に飛び出した。 その隙にクリフトはルーシアを抱えて、ほとんど放り出すように木の陰に置いた。 「いたた。乱暴ですねぇ。」 ルーシアの抗議に全く耳を貸さず、クリフトは踵を返すとアリーナの元に走り寄った。 「姫様!」 ブルホークの鋭い角で怪我をしたアリーナにすかさずべホイミをかけると、 クリフトは手近の1頭を剣で切り倒した。 回復したアリーナが再び前に出てブルホークの横面を蹴り飛ばす。 アリーナが奮闘している後ろで、クリフトは左手を掲げ、死の呪文の詠唱を始めた。 「闇の遣い魔達よ、我が呼び声に答えよ…。」 クリフトの左手に黒い気が溜まる。 クリフトがアリーナに声をかけた。 「姫様!」 それに応じてアリーナがクリフトの横に飛びずさった。 「ザラキ!」 魔物達は、一瞬にして灰となった。 ふう、と肩で息をつく2人の後ろから、ぱちぱちと拍手が聞こえた。 「すごいすごい、お2人は、ものすごく息が合ってるんですね~。」 ルーシアがはしゃいだように手を合わせている。 「もしかして、お2人は恋人同士なんですかあ?」 ルーシアの無邪気な質問に、剣を背中に収めていたクリフトが固まった。 「な、な、な、な、何を!?ルーシア、あなたは…。」 パニックに陥っているクリフトに、ルーシアはのほほんと首を傾げてみせる。 「ええ、違うんですかあ?だって、あんなに息がぴったんこなのに…。」 アリーナも何となく自分の頬が熱くなっているのを感じ、クリフトを見上げた。 クリフトは、赤くなったり青くなったりしていたが、アリーナに見上げられ、 飛び上がるように背筋を伸ばすと、 「そ、そうでした、シチューが焦げてるんですよね!鍋を見に行かないとっ!」 と叫び、焚き火に向かって脱兎のごとく駆け出した。 「へんなクリフトさんですねぇ。」 首を振るルーシアに、アリーナが慌てて言い訳をする。 「あ、あのね、ルーシア、別に私とクリフトは恋人なんかじゃないよ。」 「ええ、そうなんですかあ?でも、お2人の間には、他にはない強い絆が見えますよお。」 天空人の私には分かるんです、と胸を張るルーシアを、アリーナは疑わしそうに見つめたが、 それでも、ルーシアの言葉はアリーナの胸にほんわりと暖かく広がった。 ―――強い絆、かあ。 何となく、頬が緩んでくるのが分かる。 さっきまでルーシアに感じていた苛立ちも、何故か嘘のように消え去ってしまったようだった。 それからというもの。 「アリーナさん、見てください~!すごいきれいなお花ですう!」 「わあ、ホント!ねえ、クリフト、これで花冠作れそう!?」 ルーシアの行動にアリーナが便乗するようになり、旅の進行はさらに遅れることになった。 「何なんだよ、あいつら…。アリーナ、一体どういう風の吹き回しなんだ?」 勇者は御者台の上で胡坐をかいて、花冠を作り始めた3人を眺めていた。 その後ろから、マーニャが顔を出した。 「大方、クリフトに『姫様が一番大事です』とか何とか言われたんじゃないの?」 いつものことじゃない、と笑うマーニャに、 「ったく。まあ、この前みたいにピリピリされるよりはいいけどさ…。」 旅が進まねえんだよなあ、と勇者はため息をついた。 その後、何とか天空の塔までたどり着き、いろいろあったが、一行は、 ルーシアと別れを告げ、再び旅を続けることとなった。 のべつ幕なしに歓声を上げていたルーシアがいなくなり、一行の日常は元に戻ったが、 「何だか、あの『見てください~!』が聞こえないと、妙に静かに感じるわね~。」 伸びをしながら言うマーニャに、クリフトがうなずいた。 「いなくなってはじめて、人の良さってわかるものですね。 いえ、ルーシアは一緒にいるあいだも ちゃんといい子でしたけど。」 慌てたように付け加えるクリフトに、マーニャがニヤニヤと笑った。 「あんたは大変だったものね~。ルーシアに付きまとわれたおかげで、 大好きな姫様のお世話もロクにできなくてさあ。」 マーニャの言葉に、クリフトが真っ赤になる。 クリフトの隣にいたアリーナも、一緒になって赤い顔をした。 マーニャは面白そうに、赤くなった2人の顔を見比べた。 「ホントに面白いわね、あんた達。いいから、ほら、アリーナ。 これからはゆっくりクリフトに世話を焼かせて上げなさい。」 マーニャはアリーナをクリフトに向かって押し出すと、 あとはごゆっくり~と手を振って馬車に戻って行った。 後に残された2人は、しばらく気まずそうに突っ立っていたが、 クリフトがコホンと咳払いをすると、アリーナに話しかけた。 「姫様…?陽気も良いようですし、しばらく、馬車を降りて歩きますか…?」 アリーナは、顔を上げると、目を輝かせてうなずいた。 「うん、クリフト、一緒に歩きましょ!」 「ああ、でも、一応マントはお召しくださいね、それから飲み水も持った方が…。」 クリフトが忙しそうにバタバタと用意を始める。 それを見て、アリーナは嬉しそうに笑った。 ついこの前までは、クリフトに細々と世話を焼かれることを、何となくうるさく感じていた。 でも、今は、クリフトがいろいろと構ってくれることが、こんなにも嬉しい。 ―――私とクリフトは、強い絆で結ばれているんだから…。 ―――いつまでも、一緒に歩いて行こうね、クリフト。 アリーナは、心の中でそっとクリフトに呼び掛けた。
クリフトとアリーナの想いはPart7 169 :【ルーシア】1/7 ◆XJ3Ut0uuQQ :2007/03/16(金) 13:20:58 ID:+sx+E7nd0 「きゃー、クリフトさん、見てください、あの青くてプルプルしてるのはなんですかあ?」 「またかよ、勘弁してくれよ…。」 ルーシアの歓声に、御者席に座っていた勇者は頭を抱えて呟いた。 一行が世界樹の上で拾った、ルーシアと言う天空に住む少女。 羽を痛めて天空に戻れないという彼女を連れて、地上に降りたのは数日前のことだった。 地上に降りるのが初めてと言うルーシアは、見るもの全てが珍しいらしく、 馬車から頭を突き出し、何かに目を止めては馬車を降りて走り出す。 天空の塔に入るために必要という天空の装備を揃えるため、海鳴りの祠に向かう一行であったが、 その道行きは、遅々として進まなかった。 ルーシアの声に、勇者以外にもう1人、不機嫌そうに眉根を寄せた者がいる。 アリーナだった。 旅の仲間達は、ここ数日のルーシアの止め処もない質問の嵐に疲れて、 ルーシアに何かを聞かれても、適当にあしらうようになっていたのだが、 クリフトだけは、生来の生真面目な性格故、根気良くルーシアの質問攻めに付き合っていた。 自然、ルーシアも、クリフトにもっぱら話しかけるようになる。 今では、クリフトはルーシアにつききりの状態となっていた。 今も、 「ああ、あれはスライムですよ。世界樹にはいないんですか。 弱いですが、一応モンスターですから、余り近くによってはいけませんよ。」 「ええ~、あれ、モンスターなんですかあ。あんなに可愛いのに~。」 ルーシアの言葉に、クリフトがクスクス笑う声が聞こえてくる。 「スライムが可愛いなんて、ルーシアは面白いことを言いますね。」 アリーナが馬車の後ろを振り返ると、クリフトがルーシアの頭をぽんぽんと叩いていた。 アリーナは思わす、馬車を飛び降り、2人の元に駆け寄った。 「クリフト!こんなにしょっちゅう馬車を止めてたら、全然前に進まないじゃない!」 いつになくきつい語調のアリーナに、クリフトは驚いたような顔をした。 ルーシアも怯えたようにクリフトの後ろに隠れる。 それを見て、アリーナは眉間の皺を深くした。 「皆が待ってるんだから、早くして!」 投げ捨てるように言うと、アリーナは2人から顔を背け、その場を足早に立ち去った。 「アリーナさんは、どうしてあんなに怒ってるんですかあ。」 ルーシアの不思議そうな声を背中で聞きながら、 アリーナは、それが知りたいのは自分の方だと思った。 アリーナ自身、何故、ここのところ自分がこんなに苛々するのか、理由が分からなかった。 しかし、この苛々があの天空の少女に関係していることだけは、何となく分かる。 彼女が一緒に旅するようになってから、どうも気分が良くない。 ―――あの子が、ああやって皆に迷惑をかけるからだわ。 アリーナは自分自身にそう言い聞かせた。 結局、その日はほとんど前に進まないままに、一行は森のそばで足を止めた。 「へえ~。シチューはこうやって作るんですかあ。」 夕食の準備をするクリフトの隣に、ルーシアがへばりついていた。 いつもであれば、夕食の準備をするクリフトの隣はアリーナの特等席であり、 クリフトを手伝いながら(と言っても、ほとんど手伝いになっていないのであるが)、 その日にあったことを色々とおしゃべりをするのはアリーナの楽しみの一つだった。 しかし、ルーシアが来てからは、アリーナが割り込む隙間がない。 アリーナは仕方なく、不機嫌のオーラを漂わせながら、ミネアと一緒に食器を並べていた。 周囲の仲間達は、そんなアリーナを腫れ物を扱うように遠巻きにしていたが、 アリーナは仲間の反応にも気づかず、クリフト達の会話に一心に耳を済ませていた。 「天空人は、ホントは、食べ物を食べる必要はないんですよお。 でも、単に楽しみとして食事をすることはあるんです。」 クリフトさんのお料理はおいしいから、つい私も食べちゃいます、というルーシアに、 クリフトは「それは光栄ですね。」と嬉しそうに笑った。 アリーナは、その笑い声を聞いた瞬間、手にした食器を地面に叩きつけた。 木でできた食器は、壊れはしなかったものの、大きな物音に皆が驚いて振り返る。 アリーナは、自分の行動に自分でも驚いたが、ルーシアを睨むと声を張り上げた。 「何よ、食べなくてすむんだったら、食べないでよ! 食べ物がいつもいっぱいあるわけじゃないんだから!」 アリーナのいつにない乱暴な態度に、クリフトが叫んだ。 「姫様!」 その厳しい声音に、アリーナは思わず身構えたが、反抗的な目でクリフトをにらみ返す。 クリフトはそれを見てため息をつくと、ルーシアに、 「少しの間、この鍋を見ていてくれますか?」 と言い置くと、アリーナの方を向いた。 「姫様…。ちょっとこちらに。」 アリーナは、頬を膨らませると、しぶしぶクリフトに付いて行った。 皆から離れると、クリフトは静かな声でアリーナに尋ねた。 「姫様、最近、一体どうなされたのですか?」 「…。」 「確かに、ルーシアは、何かと我々とは相容れない部分があるかもしれませんが、 地上人ではないのですから、多少は仕方ないじゃありませんか。」 アリーナは、相変わらず頬を膨らませたままだったが、ふとあることに気がついた。 「クリフト…。何でルーシアを呼び捨てにするの?」 クリフトが女性を呼び捨てにするのは非常に珍しいことだ。 クリフトはアリーナの質問に面食らったような顔をした。 「姫様、私の話を聞いて…。いえ、ルーシアの呼び名の件は、 彼女がそう呼んで欲しいというものですから。」 天空では、皆から呼び捨てにされていたので、他の呼び方をされると寂しいらしいんですよ、 と優しい目をしていうクリフトに、アリーナの中の苛立ちが再び顔を覗かせる。 「だったら、もし、私が呼び捨てにして欲しいって言ったら、 クリフトは私のこと、呼び捨てにしてくれるの?」 「な、何をおっしゃるんですか。そんな畏れ多いこと、とんでもありません。」 ぶんぶんと物すごい勢いで手を振るクリフトに、アリーナはいつになく距離を感じた。 ―――今まで、クリフトを遠くに感じたことなんかなかったのに…。 まるで、ルーシアが、自分に取って代わってしまったかのようだ。 アリーナは、じわりと目の奥が熱くなって下を向いた。 そのとき、遠くから能天気な声が聞こえてきた。 「クリフトさーん、お鍋、焦げてますけど~。」 ほてほてとこちらに向かってくるルーシアに、クリフトは額に手をやった。 「ルーシア…。『見ていて』というのは、そういう意味ではないんですが…。」 と、クリフトの額に当てた手がそのまま止まる。 アリーナも、はっと顔を上げた。 2人のそばまで来たルーシアは、不思議そうな顔をして2人を見たが、次の瞬間、 アリーナに突き飛ばされた。 「きゃあ、何するんですかあ!」 アリーナは、ルーシアの前に立つと、背中でルーシアに声をかけた。 「そのまま、立たないで!向こうの木まで這って移動して!」 既にクリフトは、アリーナの横で剣を構えている。 2人の視線の先を追ったルーシアは、ブルホークの集団が森から現れたのを見てとった。 「うわわ、これもまた、初めて見るモンスターですね…。」 のん気に呟くルーシアに、アリーナが叫ぶ。 「ルーシア、早く!クリフト!」 アリーナの声に、クリフトが、はい!と答えてスクルトの呪文を詠唱する。 防御の光が完成すると同時に、アリーナは前に飛び出した。 その隙にクリフトはルーシアを抱えて、ほとんど放り出すように木の陰に置いた。 「いたた。乱暴ですねぇ。」 ルーシアの抗議に全く耳を貸さず、クリフトは踵を返すとアリーナの元に走り寄った。 「姫様!」 ブルホークの鋭い角で怪我をしたアリーナにすかさずべホイミをかけると、 クリフトは手近の1頭を剣で切り倒した。 回復したアリーナが再び前に出てブルホークの横面を蹴り飛ばす。 アリーナが奮闘している後ろで、クリフトは左手を掲げ、死の呪文の詠唱を始めた。 「闇の遣い魔達よ、我が呼び声に答えよ…。」 クリフトの左手に黒い気が溜まる。 クリフトがアリーナに声をかけた。 「姫様!」 それに応じてアリーナがクリフトの横に飛びずさった。 「ザラキ!」 魔物達は、一瞬にして灰となった。 ふう、と肩で息をつく2人の後ろから、ぱちぱちと拍手が聞こえた。 「すごいすごい、お2人は、ものすごく息が合ってるんですね~。」 ルーシアがはしゃいだように手を合わせている。 「もしかして、お2人は恋人同士なんですかあ?」 ルーシアの無邪気な質問に、剣を背中に収めていたクリフトが固まった。 「な、な、な、な、何を!?ルーシア、あなたは…。」 パニックに陥っているクリフトに、ルーシアはのほほんと首を傾げてみせる。 「ええ、違うんですかあ?だって、あんなに息がぴったんこなのに…。」 アリーナも何となく自分の頬が熱くなっているのを感じ、クリフトを見上げた。 クリフトは、赤くなったり青くなったりしていたが、アリーナに見上げられ、 飛び上がるように背筋を伸ばすと、 「そ、そうでした、シチューが焦げてるんですよね!鍋を見に行かないとっ!」 と叫び、焚き火に向かって脱兎のごとく駆け出した。 「へんなクリフトさんですねぇ。」 首を振るルーシアに、アリーナが慌てて言い訳をする。 「あ、あのね、ルーシア、別に私とクリフトは恋人なんかじゃないよ。」 「ええ、そうなんですかあ?でも、お2人の間には、他にはない強い絆が見えますよお。」 天空人の私には分かるんです、と胸を張るルーシアを、アリーナは疑わしそうに見つめたが、 それでも、ルーシアの言葉はアリーナの胸にほんわりと暖かく広がった。 ―――強い絆、かあ。 何となく、頬が緩んでくるのが分かる。 さっきまでルーシアに感じていた苛立ちも、何故か嘘のように消え去ってしまったようだった。 それからというもの。 「アリーナさん、見てください~!すごいきれいなお花ですう!」 「わあ、ホント!ねえ、クリフト、これで花冠作れそう!?」 ルーシアの行動にアリーナが便乗するようになり、旅の進行はさらに遅れることになった。 「何なんだよ、あいつら…。アリーナ、一体どういう風の吹き回しなんだ?」 勇者は御者台の上で胡坐をかいて、花冠を作り始めた3人を眺めていた。 その後ろから、マーニャが顔を出した。 「大方、クリフトに『姫様が一番大事です』とか何とか言われたんじゃないの?」 いつものことじゃない、と笑うマーニャに、 「ったく。まあ、この前みたいにピリピリされるよりはいいけどさ…。」 旅が進まねえんだよなあ、と勇者はため息をついた。 その後、何とか天空の塔までたどり着き、いろいろあったが、一行は、 ルーシアと別れを告げ、再び旅を続けることとなった。 のべつ幕なしに歓声を上げていたルーシアがいなくなり、一行の日常は元に戻ったが、 「何だか、あの『見てください~!』が聞こえないと、妙に静かに感じるわね~。」 伸びをしながら言うマーニャに、クリフトがうなずいた。 「いなくなってはじめて、人の良さってわかるものですね。 いえ、ルーシアは一緒にいるあいだも ちゃんといい子でしたけど。」 慌てたように付け加えるクリフトに、マーニャがニヤニヤと笑った。 「あんたは大変だったものね~。ルーシアに付きまとわれたおかげで、 大好きな姫様のお世話もロクにできなくてさあ。」 マーニャの言葉に、クリフトが真っ赤になる。 クリフトの隣にいたアリーナも、一緒になって赤い顔をした。 マーニャは面白そうに、赤くなった2人の顔を見比べた。 「ホントに面白いわね、あんた達。いいから、ほら、アリーナ。 これからはゆっくりクリフトに世話を焼かせて上げなさい。」 マーニャはアリーナをクリフトに向かって押し出すと、 あとはごゆっくり~と手を振って馬車に戻って行った。 後に残された2人は、しばらく気まずそうに突っ立っていたが、 クリフトがコホンと咳払いをすると、アリーナに話しかけた。 「姫様…?陽気も良いようですし、しばらく、馬車を降りて歩きますか…?」 アリーナは、顔を上げると、目を輝かせてうなずいた。 「うん、クリフト、一緒に歩きましょ!」 「ああ、でも、一応マントはお召しくださいね、それから飲み水も持った方が…。」 クリフトが忙しそうにバタバタと用意を始める。 それを見て、アリーナは嬉しそうに笑った。 ついこの前までは、クリフトに細々と世話を焼かれることを、何となくうるさく感じていた。 でも、今は、クリフトがいろいろと構ってくれることが、こんなにも嬉しい。 ―――私とクリフトは、強い絆で結ばれているんだから…。 ―――いつまでも、一緒に歩いて行こうね、クリフト。 アリーナは、心の中でそっとクリフトに呼び掛けた。

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