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つくることの楽しさ、またその思考


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新建築住宅特集9911号をみて、気になる作品が2つあった。

一つ目は「立てかける壁がつくる収納スペース」/久野紀光

作品は物置です。初めはずいぶんと小さい家だなと思い、よく見ると物でいっぱいの、小さな建築でした。久野さんは、物置という既製品ですませる事が一般的な外構商品へ、正面から取り組んでいた。むろん相談する施主あってのジョブだが。久野さんの言うように、確かに住宅の廻りには、まだまだデザインされるべきオブジェクトがたくさんある。(本文参照) ヨドコウなどで4,5万程度の物置へ、ゼロからの設計行為を、ジョブとして成立させることは費用からいっても不可能に近いと思うが、久野さんは、セルフビルドという手段で対応した。

その経験で得られた感覚、そして問題意識は、僕もきっとどこかで感じていたことなのだろうが、はっきりと提示させられた思いだった。われわれ設計をする者が、ともすれば陥りやすい机上での幻想。幻想はちょっと言い過ぎかもしれないので、久野さんの言うように「机上で用意された理想的な「理」のみで空間は生まれると過言し、施工あるいは空間の利用はそれに押っつけるかたちでなければならないとしてしまう癖がある。」この思いは、きっとセルフビルドという、体での直接経験からしか学べないのではないだろうか。ものすごく大きな現実をつくっている我々自身が、創造という行為へヴァーチャルな感覚になって来ている事への危機感を感じさせられた。

二つ目は、「鎌倉山の家」/手塚貴晴+手塚由比さんの専用住宅。

絶好の眺めを持つ、すばらしいロケーション。週末住宅でなく、日常生活を過ごす家であることに驚かされる。ただ、「心地よさ」へこれほど正面から向かっている素直な作品は、なぜかあまりお目に掛からない気がした。とっさに思い出すのも、吉村順三さんの、軽井沢の別荘だった。 最近の住宅特集を見て、どこかで思っていたのだろうが、やはりこの作品をみてなにかすっきりした気がした。素直なアプローチ。設計日誌の様な、その記述には心が晴々とする思いだった。「5%の天井高の違いは、快適さに劇的な違いをもたらす。陰気な倉庫を、生き生きとしたパーティ向きな部屋にも変質させる。」この言葉に現れる様な心地よさへの追求を、たとえ多くの設計者が当たり前として検討しているとしても、限られた誌面で判断出来るかってな印象からは、心地よさそうな住宅をあまり見ない。

批評性を問う作品が議論される中、なにかリアリティを感じられない日々が多く、建築家に対する距離感も感じていた。だが2つの作品を通じて、これら若い世代(3人とも69年生まれ。)へ共感し、また建築への大きな魅力を教えられた思いだった。

99.11.04/k.m