この人の閾



四つの物語がおさめられている。その一つ東京画。 ここに描かれている情景が、近所の代田橋あたりだということは、読んでいてすぐに感じた。

あそこは駅前のミスタードーナッツくらいしか利用したものがないが、やけに昭和の面影を残した商店街、それも甲州街道までの短いそれと、線路向かいの浄水場の殺伐とした感じは、印象に残りやすい。けれども作中の主な界隈は、もっと奥まった辺りなので、想像はつかない。

玉川上水沿いは、笹塚あたりをよく自転車で通るが、確かに甲州街道の雑踏を忘れるくらい、しんみりとした空間だ。なぜかノスタルジックな思いに駆られる保坂氏の小説に、思わぬ近所が出てきたおかげでこの辺り一帯を、そういえばそんな思いで歩いていたようにも思えてしまう。けれど平日はもっぱら甲州街道沿いを歩くばかりなので、あの激しい交通量にもそろそろ慣れてしまうほど、感覚がそういったものを遠ざけるクセがついて来ていた。

自分が住む街へ愛着を持ちたい、またそんな思いが起こってくるような所に住みたいと常図ね思っている。それは結局仕事で帰りが遅く、何年住んでいても、あまり近所を知ることのない生活を送って来たことへの反動かとも思う。

ここに移り住んでからまだ半年も経たない。実はこの街よりも住みたい所があって、しかしそこではいい物件が見つからなかったので、次の候補としてここへ住み始めた。またそんな思いがあるモノだから、もう一つここでの生活に面白みを見つける努力がたりない気もしていた。この小説を読み、この街をより深く知ろうという思いが出てきた。

保坂氏の作品には、物語が見当たらない。むしろそこには、物語ろうとする向こう側にある、もっとささやかな「本質」がある。またそんな所へ目が向けられていることを感じた。小説とは、書き手の思想やなにかではなく、こまやかな表現、長く区切りのない文章、どこかノスタルジーを感じさせる会話、そんな細部が集まった「全体」なんだと思わさせられた。2000.08.26k.m

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最終更新:2008年04月11日 08:00