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グローバルメディア2005 おたく:人格=空間=都市

  • 東京都写真美術館:地下1階映像展示室
  • 2月5日(土)〜3月13日(日) 
  • コミッショナー : 森川嘉一郎
  • 参加作家 : 丹下健三(建築家)/岡田斗司夫(作家)/海洋堂(造形企画制作)

大嶋優木(原型師)/斎藤環(精神科医)/開発好明(美術家) コミックマーケット準備会/宣政佑(漫画企画会社代表・漫画コラムニスト) よつばスタジオ(デザイン制作)


話題の「おたく展」へ行った。けれど期待していたほどのことはなかった。なんだろう、この不毛感は・・。ヴェネチア・ビエンナーレにて世界の目に「これら」がさらされたことを、なんとなく不毛に感じた。

各々が物語のオーラをまとったアニメ絵の無数の聖像(イコン)が、内外の壁、床、そして画面を、汎神的に構成している。

確かにそれは均質な透明さなどではなく、汗臭さすら感じるカオスのような趣味空間だ。過剰な情報量を一気に流し込まれたような疲労感を伴う。しかも「おたく」自身が洗練さを回避していくような、確信犯的威力を持って見るものへ迫ってくるようだった。

一方でこれらはオリエンタリズム批判を自身でパロディー化してしまったような堂々巡りを感じた。「おたく」の過剰さを、体よくパッケージングした単なるジャーナリズムではないか。それは現実の断片をあっけらかんと見せることを最大の目的としていて、その指向性には、なんの意味も設けない素振りだ。

つまり、ある部分を過剰に再現させたワイドショー並みの恣意性を感じた。そこにはアートの精神は見られない。これは外国人が見て楽しいかもしれないが、日本人には虚しいだけではないだろうか。そうなってしまうと、チョンマゲやらフジヤマと何ら変わらない。

「おたく」という存在には、あからさまにマイノリティーを志向する無邪気さを感じる。しかしそれはあくまでも日本のように多民族意識の希薄な国だからこそ成立する精神だと思う。成熟化した社会では個人の境界が曖昧で、趣味ですら差異化のアイテムとしてコミュニケーションの断絶を生み出す(かのような)流れを作り出す。

そしてネットワーク化が容易になった時代では、どんなカテゴリーでもマイノリティーとして存在基盤を発生させることが可能になる。しかし日本にはそのような政治性をタブー視する環境があって、「おたく」ですらそこから逸脱してはいない。韓国の政治化した「おたく」を展示た部分にそれを感じることが出来る。

だからこの展示には「おたく」がどのように見られているかという、日本人の視点が足りないと思う。果たして少女趣味に没頭した青年が、屈折した精神状態で社会生活を送っているのか、または国民的な人気を誇る宮崎アニメが、「おたく」=国民的なセクシャリティーに支えられているのか、秋葉原のように趣都化していく街の実態をどれくらいの日本人が知っているのか・・。

「おたく」を支える社会構造をもっと明確に分析した「伝える者の視点」が必要ではないだろうか。2005-02-27/k.m


実はいずれも、西洋志向を「政治的」に利用し、日本人の側が意図的に採択してきた価値観であるという論だ。

コメント

  • しろやぎ>とても久しぶりなしろやぎです。確かにおたく展の展示内容はあっさりしすぎていた感がありました。政治性をタブー視するというか軽薄視するというか日和見というかそういう感があります。建築しかり、車のデザインしかりですね。地震という自然環境さえ国民性を助長しています。この国では人が考えたことを次の発想に展開するのではなく、単にそれを消費するだけの非創造的なことが日常生活になってしまっています。ちょっと古い言葉や物事を発言すると古〜い!といわれて終わりです。2005-04-08 (金) 11:45:58
  • しろやぎ>先日クイズミリオネアーで田中康夫知事が答えていたクイズは大化改新以降平成までの間で年号の名前はいくつあったかという内容。答えは247だそうです。大化改新(645年)以降平成までの1360年の間に247回も年号を変えてしまうことに驚かされましたがその年号でさえも消費されてきたこの国の歴史があるのかと、ふと思ってしまいました。地震と四季と清潔好きでお風呂のあるこの国では新鮮なモノがなによりという意識は変わらないのでしょうかね。思想・発想の浪費・・・2005-04-08 (金) 11:46:19
  • k.m>しろやぎさん、ごぶさたです。世界が多様になるほど、混乱が増すほど、この国民性にメスがはいっていくようですね。2005-04-08 (金) 20:43:23
  • しろやぎ>メスは入っていくけど結局それも流行に終わると思います。だって島国のクセに鎖国をしていた国ですぞ。2005-04-08 (金) 22:19:12
  • しろやぎ>でもたぶんどこの国も発想は同じというか、フランスだってアメリカだって相当田舎だと思います。他国を知らないという意味では。ただ大陸に住む彼らは否応なく他国との接点を持つ状況にあったからそうあっただけだとは思いますが・・・話はそれますが草薙素子風にいえばstand aloneということなんでしょうか。2005-04-08 (金) 22:24:59
  • しろやぎ>それにしても、高度経済成長期以降学生運動をしていた輩が骨抜きになって他にやることが無くなったからおたくになったというような類の理由を明記していましたが、それはあまりにもあっさりと誰をも納得させようとしたストーリーだてとして何か違和感を覚えました。そんな簡単な解説で良いのかいなという疑問でいっぱいです。サラリーマンの大量発生や郊外化、核家族化、教育問題他にも色々話はあるはずなんですけど・・・もう少しおたくが発生する過程って複雑だと思います。宮台真司2005-04-09 (土) 09:13:03
  • しろやぎ>すみません、改行のつもりでenterを押してコメントを途中で何度も挿入してしまいました。宮台真司さんなんかにも話を向けていくと、もっと話が面白くなると思いますが。用はもう少し掘り下げた見解が欲しかったです。2005-04-09 (土) 09:19:10
  • k.m>>おたくになったというような類の理由を明記・・・。それはどこに書いてあったのですか?。私はオタクにはそれほど興味はないのですが、内輪空間というものが何時かテロと同じくらいの位置づけで語られるようになりそうで、その過程を追っているような・・。あと今の中国との問題もですが、戦後処理の曖昧さはそれがどんな問題だったか誰も本当のことを言えなくなっているという意味で、内輪空間と関係ありそうで・・。2005-04-11 (月) 21:49:44
  • しろやぎ>類の理由は展示会場に書いてあったと思います。何かとってつけたように書いてあったので上手く(皮肉です)まとめたなあと思ったのを覚えています。誤認識していたらごめんなさい。内輪空間というのは内輪の話などの内輪のことですか?誰も本当のことを言えなくなっていること自体は、嘘でもほんとでも良いから言ってしまっている中国などの比べると2005-04-13 (水) 01:35:33
  • しろやぎ>またとんだ・・・比べるとやる気の内というかそれだけで負けてしまっていると思います。かといって教科書以外でネットなどで探してその類の記述は見つかるモノなのでしょうか?ドイツの首相のように一度きちんと謝って既成事実を作るというのも方法としてあるのでしょうか?2005-04-13 (水) 01:44:17
  • しろやぎ>ところでテロと同じような位置付けで語られるとはどういうことですか?喧嘩にしろ戦争にしろ両者がいて初めて成立するわけですが、それが一方の内輪空間だけで話が進んでしまうということでしょうか?片思いだったらまだしもストーカーにまで発展してしまうというような一方的な偏った考え方が拡大してしまうようなことかな・・・2005-04-13 (水) 01:58:30
  • k.m>一度きちんと謝って既成事実を作るというのはまさに日本人にとって必要だと思います。あれだけ強引でおかしな現象にたいしてさえ、つけ込まれる隙を国民が暗に共有してしまっているような気がしてなりません。2005-04-13 (水) 02:02:10
  • しろやぎ>それを考えると以前謝罪したと言っている政治家達の発言は、下手な大学生の卒業発表と同じで何を言ったのかが伝わっていないのでしょうね。これこそ教育の問題か・・・大陸の人が言葉を伝えるのが上手いのは恋人に愛をささやくのが上手いというのが原点なのかなと。大陸では自国だけでなく他国、他民族の同性からも自分の恋人を奪われないために常に愛をささやいている、そんな習慣があるのかもしれません。その点島国単民族国家ではその心配は・・・まあ愛だけではないと思いますが。相手に物事を伝える、これってとっても必要だけど難しいことです。2005-04-13 (水) 10:10:03

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