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うる星やつら2ビューティフル・ドリーマー


  • 監督:押井守
  • 演出:西村純二
  • 製作:多賀英典
  • 原作:高橋留美子
  • 脚本:押井守
  • 企画:落合茂

恐らく10年以上ぶりに見た。この懐かしい雰囲気。けれどこんなにノスタルジックだった?。次第に鈴木清順寺山修司の描くような世界観に近い印象になっていく。それはまるで初めて見る映画のように新鮮で刺激的だ。押井監督の引用趣味はこの頃からあるのだと分かる。

こうして10代の頃に見ていた映画を30過ぎて見ている自分。はたして今の自分は10代に抱いていた30代の自分を思う気持ちのなかに存在しているのではないか。いや、30過ぎの自分が思出す10代の頃に抱いていたであろう大人の自分に対して存在しているのだ。

だから「うる星やつら」の面々があまりにも退廃的に見えてくるのは、それが劇中へ構築された夢のせいだから「だけ」ではなく、以前にもこの世界観を見ていたという記憶が自分の中へ夢のように存在していて、まるでいつも見ている夢が目覚めると直ぐに忘れてしまうにも関わらず、再び見ている瞬間には「なつかしさ」を感じてしまうように、今この作品を見ている状態へ退廃的な気分を抱いてしまうのである。夢のなかではいつだって不健全で傲慢で無垢だ。

あるいは押井監督の描いた世界観には、誰しも共有しうるような「なつかしさ」が含まれていて、そういった共同幻想のような部分をうまく刺激して来るからだろうか。確かに学園祭前日という祭りの前の高揚感が「幸せな」状態を示す記号となって輪廻するさまは、一瞬の刹那が永遠となって感じられる幼い時の希望を思い出すようで、やはり「なつかしさ」を感じるのではないか。

だとすればその一瞬になんの恐怖感も抱かず居続けることの出来る主人公あたるに対して、嫉妬のような感情を抱くことは、10代の頃に抱いていた「それ」とはまた「別のそれ」であるのだろうか。2004-05-09/k.m

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カテゴリー-映画