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MOVIE大学


  • MOVIE大学
  • cafe@franken
  • クリエーター読本
  • 河出書房新社
  • 1400円

この本では「実践的な映画監督への道」がダイジェスト版で分かるようになっている。

1章では5人の映画監督へのインタビューを通して「どうやって映画監督になったのか?」が問われ、2章では「どうやって映画監督になれるのか」を制作の仕組みと共に解説し、3章では「短編映画をつくろう」というテーマで、DVD撮影でのチュートリアルがある。とても手頃な量であるが、内容は興味深い話題ばかりだ。普段映画を好きで見ているだけでは、決して知り得ない制作の裏側をのぞくようで楽しい。それと同時に創り手としての「信念」や「ノリ」や「勢い」などがとても身近に感じられる。

この本で学べることはいっぱいある。かといって僕は映画監督になりたいわけではない。ただこの本によって自分に映し出される監督像が少し変わったように思う。何かを表現したいと思うネタを抱えながら生き、様々な人たちと出会い、協同作業によって達成する仕事。文化祭などで経験するような感覚と近い気もする。よく建築家と映画監督を比べる話題を目にするが、社会性という面でも作家性と言う面でも決定的に違うことはたくさんある。

人のお金であるものを創造し、それが作品と呼ばれること自体は類似かも知れないが、むしろそこが一番の相違点でもある。一人の人間が、あるクライアントの経済的要請の元、様々なプロフェッショナルな人材を駆使し、いくつもの段階を経て、完成へと至る道のりと、その人間の「プロデュース力」が何よりの類似点だ。工学や芸術のような出自の差よりも、貪欲な引き出しの確保を探し求める好奇心の大きさは、比較しうる点ではないだろうか。建築家としてそうありたいと思う姿勢が、かえってこの本を読むと感じてくるのもそのためだ。作り手の語るなかには、つねに実践への試みがある。自分の中からわき上がってくるものを吐き出していく事への生理的欲求、欲望を解消するための実践。その機会を確保するために日々を過ごす。

こうして思うのは、創造的な欲望は、吐き出されることによってしか満たされず、当然一回のそれでは未熟であるのかの反省も出来ないということだ。

自主制作で創造の実践を試みたクリエイター達が、最終的に問題としているのは、自分のお金で作らないということである。人のお金で創造していくことを、何よりも重要視する。当然だがプロ意識の確立はここからしかあり得ないのだろう。当然建築もである。何億ものひとのお金を使い、そこに包み込まれる大勢の人の安全性、快適性を確保し、自らの創造的欲望の実践として解決していく。売れる映画への作家性の葛藤は、当然クライアントを持つ建築家へも重くのしかかる。不動産価値の見いだせないウツワでは、事業としては成立しないのだから。

2001.09.16k.m

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カテゴリー-映画エッセイ社会


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