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柴崎友香・喜安浩平・ジャコメッリ



柴崎友香の小説「わたしがいなかった街で」は二人の女性が生き辛さを少しずつ克服していく過程が丁寧に描かれていて、それは喜安浩平・作、監修の芝居「少し静かに」で2つのシチュエーションが同時進行しやがてシンクロしていく演出と似ていて、さらにマリオ・ジャコメッリ写真展での大竹昭子さんと鈴木芳雄さんのトークで、刹那的時間の中へ生の躍動感を覚えて写真という行為を続けたジャコメッリの姿とも重なった。

この3つはたまたま同時に読んだり観たり聞いたりして自分のなかで重なっただけで、こういったことは良くあるのだけれど、そんな風になんでも結びつけてしまうのが人間の概念化なんだと了解しつつ、共通したテーマに「生きづらさ」と「いま生きてることの奇跡」という一見矛盾した二つがあることは興味深く、前者の中でもがき苦しみながら、それでも世界の美しさ、素晴らしさを感じるチャンスはたくさん転がっている。そんな作品だということ。


ジャコメッリは記憶や時間をそこへとどめていく作風で、ハイコントラストや多重露光によってかなりイメージを操作してもいて、それは対象を精緻に写し取る(ベッヒャーのような)写真家が人間の視覚的認識を超えた世界の圧倒的なディテールによって表現するのとは違い、むしろ指紋ですら許容する「そのとき・そこへ」あったモノゴト全てを受け止め、人間の記憶は写真を見るたびに再生産と更新を繰り返し同じ印象を抱かせないことを伝えた。

喜安浩平の芝居「少し静かに」は、誰も聴かないことを前提にウェブラジオのDJを続ける映像監督である主人公1と、バンドもバイトも友人も恋愛の出来なさ全てに了解し、平坦な日常を生きる主人公2とが、偶然深夜にネットを通じて彼方の存在を認識しやがて自身の鏡のように共鳴し、その聞こえない声に耳を傾ける行為へもう一度自分を発見していく躍動感に満ちていた。


3つが繋がったのは、柴崎友香の小説の終盤で、棚田で農作業している老夫婦が沈む夕日を眺めている、その奇跡的な美しさを高速バスの中から見つけ出した女性の以下の部分で、


これ以上素晴らしいことなど、人生にはないに違いない、と夏は思った。夏の遅い夕方、田んぼの手入れを終えて帰る夫婦が、何十年も連れ添った相手と、こんなにも美しい風景を眺めるこの時間。悠久とか永遠とか、自分はこれまでに感じたことがないが、そこにはきっとそういうものがあるのだと思う。これ以上の幸福なんてなくていいような、なにかが。(引用)

沈む夕日自体に意味はないように、写真はそれをただの丸い像や赤い円として現前させる。そして柴崎友香の小説はそんなカメラ・アイのごとく、戦争や紛争が大義や利害関係を要因とした避け難い政治として了解されることの絶対的な矛盾を、以下のように淡々と炙り出す。

人は、熱心だった。人を戦わせるにはどうしたらいいか考え、新しい兵器を作りだし、新しい戦法を実践し、どうにか相手を殺そうと、向こう側の人数を減らそうと、努力をし続けた。殺される恐怖から逃れるために、こちら側が何人死んでも、とにかく向こう側をより多く殺すにはどうすればよいか、必死で考えた。その結果、遠いところから見えない相手を撃てるようになり、街ごと破壊できるようになった。別の人たちは、ジャングルにも民家にも潜み、手作りの爆弾を車に仕掛け、人間に仕掛け、相手にダメージを与え続けるようになった。互いにたゆまぬ努力を続けた結果、とうとう、だれも勝者になれなくなった。終わらせることができないまま、続けるしかなくなった。(引用)

どんな大きな事件も悲惨な戦争も、最初の衝撃は薄れ、慣れて、忘れられていく。また事件や戦争が起こったら、忘れていたことを忘れて、こんなことは経験したことがない衝撃だ、世界は変わってしまったと騒ぐけれど、いつのまにか戻っている。戻ったみたいに、なっている。(引用)

現実をそのまま写すただの「機械」であったことが、かえって時間や記憶を保存するという概念へ昇華させてしまった写真家、遠く離れた存在と自分との間へ普遍的な繋がりを発見した歓喜を舞台という共時性で表現してしまう演劇のカタルシス、日常のすべてに意味を与えがんじがらめになった自家中毒状態の僕らを、ものごとはただそこにあるだけで自分がいてもいなくても、何十年昔でも何十年先でも、それは続いていくのだと残酷さではなく了解させてしまう小説、どれも同時代的な困難を受け止めつつ、生きてることの奇跡を発見せずにはいられない人間の性を描いているのだと思った。
2013-04-07/k.m

カテゴリー写真展示小説