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越後妻有アートトリエンナーレ 大地の芸術祭


10年以上前から全国どこの地域を訪ねても、「地域振興」「街おこし」が合い言葉で、過疎が進んでいる地方になればなるほど悲壮感はただよい、一方で地域経済の発展はもはや「公共事業」では補えなくなっているにも関わらず予算は止められない。


そんな中で2000年にはじまった妻有アートトリエンナーレは、新潟県の南部に位置する越後妻有6市町村が県と連携し、アートによる地域活性化を推進する「越後妻有アートネックレス整備事業」の一環として始められた公共的なプロジェクト。


つまり公共工事にアートが参入していくハード事業のソフト化であり、基本予算は公共事業費から計上される仕組みで、それは文部科学省ルートではなく、国土交通省ルートで美術市場を開拓する試みとして注目を浴びた。離散型、分散型の芸術祭で、200の集落をベースに散らばっていて、世界最大規模(760㎢)の国際芸術祭になっている。


実際には国からの予算だけでは不足で、ソフト事業の6割を県が負担し、企業の協賛や住民の労働、地元業者の協力、そしてサポーターやアーティスト、専門家のほとんど無償ともいえる参加や、持ち出しのなかで行われているようだ。


棚田やブナ林などの豊かな自然に囲まれながら、離散したアートを目指してレンタカーのカーナビは情報が古くまったく検索が出来ずに地図もおぼつかない細い農道を通っていると、日本でも有数の豪雪地帯の中で「通り抜けできません」の表示にも何度かあたり、


携帯もほとんど入らないのでスマホのルート確認も難しく不安の募る中、圏外でも動くGPSになんとか救われながらたどり着く始末で。それでもアート・ポイントには必ず何人かの来訪者が居てホっとする、、みたいな調子で。


クリスチャン・ボルタンスキー作品、『No Man’s Land』は何かの事件へ遭遇したかのようにショッキングで、それはアトリエ・ファイの設計した建築構成に依るものが大きく、周囲の景観をシャットアウトするように完全な中庭式の回廊建築において、本来池としてデザインされた場所へ約20トンもの古着のピラミッドがあるせいで、まるで広大な屋外全体がインスタレーション空間として用意された、


つまり建築自体が四角いボイドを用意するためだけに作られたと思えること、さらに豪雪地帯のせいで1階部分は壁面が多く、上下階をつなぐ階段へ付随した吹抜け空間もないために、主な展示空間である2階への誘導は閉鎖的で、一旦途絶えた視界へ再び現れるピラミッドがあまりに突然なタイミングで、各展示によって様々な世界観を通り過ぎる最中にも暴力的にそれが踏み込んでくるせいで。


妻有の建築群でやはり素晴らしかった一つはキョロロで、建築は四角い必要もなく全体が不定形であってはいけない訳でもなく、窓が開いて自然換気を行うにも猛暑と豪雪では空調に頼るほかなく効率の良いシステムかということであり、材料の製作効率や搬入限界によって決まる大きさから必然的に生まれる各種の接合部は建築の抽象さを脅かす対象となり、



あらゆる手続きに対して極力その事情を感じさせない納まりという目的の積み重ねを呼び、そこで営われる活動の組み合わせに応じて無駄のない構成を模索しながらも、まるで機械の内部のように単一的で想像力を膨らませない空間となることを嫌う、といった種々様々な問題群を解いた先へいかに「あっけらかん」とした存在で登場するか、それらすべての点に対してこの建築がもつポテンシャルは大きいと思った。


妻有でのもう一つの衝撃は空家プロジェクト『最後の教室』。これもクリスチャン・ボルタンスキーで、ジャン・カルマンとのフランス人作家コラボレーション。廃校を丸ごと美術館に変えていて、それは一時的なものではなく恒久設置の美術館として、小学校からの用途変更申請を行い、避難安全検証法なども用いているようだ。一見するとお化け屋敷のように真っ暗な中を歩きオカルトチックな演出が多く、「こういうの苦手」と言って見ないで帰ってしまう人もいた。


ただ次第に目が慣れてくるに従い、藁の匂いとベンチ上の扇風機、そして照明の選出が想像以上に衝撃的で、カメラを据えてシャッタースピードを変えながら撮影してみれば、呆然と立ちすくむ人たちが浮かび上がりまた別世界となる。長い廊下はファンの奥から逆光のように光が差し、学校という賑わいの空間へ生み出された人間不在の場は、時間が止まり心象風景の中を彷徨っているかのデジャブというか、恐怖とは違うなにか切迫感のような。永遠の刹那、などを感じました。2012-08-18/k.m



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