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虐殺器官




  • 伊藤 計劃 (著)
  • ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション


タイトルのおぞましさや、買ったとき最初のページだけ読んで半年ほど積読だったせいもあり、恐ろしい小説(それくらい出だしは強烈)だろうと勝手に予測していた。けれど読み終わってみれば、なんとも繊細でそれはナイーブなほどだ。ナイーブとは現代小説批判でもよく聞く言葉で、イマ・ココにある日常で起こるささやかな出来事に翻弄されるコミュニケーションベタな若者像を論うキーワードではないか。

いったい惹かれるSFには夢も希望も救いもないものが多い。バラードにしても伊藤計劃にしてもウエルベックも冷たい語りと終末的な世界ばかりだ。近未来を思考する人間の本能的態度か。けれどそれゆえに心を動かされ、実は救われている。あるいは、志向性がマイノリティーだという幻想に癒されている。それは坂口安吾が言う「文学のふるさと」のようなものか。

ライフグラフという情報をもとにコンピューターが作り出す「伝記」へ惹かれた。ミッシェル・ウエルベック、『ある島の可能性』にも「人生記」という果てしなく興味深い作業が登場する。個人情報はすべて監視・保存され、公開規定に従い本人の死後3年たってアカウント登録時に指定された開示候補者へ送られる。主人公はこの「母」の情報によって決定的なダメージを受ける。それまで思い描いてきた像が裏切られるのだ。

人間は一人で生きていけないと言うが、読書が常に孤独な作業であるように、僕らには孤独もないと生きていけない。それはバランスの問題か。時にみなぎる情熱でもって毎日を走り抜けたいと思う一方で、物事の核心に引き込まれることを避け、人生から一定の距離を保って生きていきたいとも思っている。心から分かり合いたいと思う反面、いかなる状況にあっても自分をさらけ出すことはできないと感じている。

大文字の時代・冷戦が終わり民族紛争の絶えない混沌の果てにテロリズム対、覇権国家がある。そんな世界を支える構造に思いを馳せることが参加者の使命であり責任であるような意識。一方で目前の存在や不都合な対象から目を背ける日常。僕らの抱える矛盾は情報過多と共にオーバーヒートし続けている。キッチュ=俗悪なものに支えられながら・・・。そんなこんながスピード感たっぷりに行きかう素晴らしい作品。2010-10-20/k.m

カテゴリー-小説