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シルバーウィークにアレコレ・感想4つ


1■「環境展 -絶景-」
アーティスト:大巻伸嗣
会場:トーキョーワンダーサイト・渋谷

ここは良く行くギャラリーで、いつも面白い展示をしていますが、今回はかなり驚きました。「ゴミとは何か?」をテーマに約1年間ゴミに関するリサーチを重ねてきたアーティストの大巻伸嗣さんが、ゴミを燃やした後に残る人工物「スラグ」を用いた巨大インスタレーションを行っています。明らかに場違いなというか、ここにあってはいけないモノとしての異物感がスゴイです。中2階へのせたスラグの量(恐らく見えない部分はスチロールだと思いますが)も迫力ありますが、水を張った展示もインパクトあります。この異物感は、環境を破壊させている我々人間が与えているインパクトなのではないか。自然に対して我々が及ぼす影響の大きさは、まだまだ無自覚なもので、異物感とは、そんなグロテスクなまでの自分を写しているのかも・・。

2■所沢ビエンナーレ「引込線」
会場:西武鉄道旧所沢車両工場
参加作家:伊藤誠、遠藤利克、大友洋司、岡安真成、木村幸恵、窪田美樹、高見澤文雄、建畠朔弥
多和圭三、手塚愛子、戸谷成雄、中山正樹、増山士郎、水谷一、山下香里、山本糾

まず会場の迫力がすごい。観賞している人も、作品以上に会場を撮っていました。というのも、このビエンナーレには特にテーマはなく、20~60代までの世代を越える16名の作家達の作品が所々に散らばっているという印象です。奥の会場は、だいぶ空間と折り合ったインスタレーションといった感じでしたが、手前はより自由に点在していました。吸引力をもった「場」を提供するという意図は充分に達成されていると思いました。見終わったあとにアンケートを求められますが、「何が何だか分からないよ!」と言って逃げるようにさっていくオジサンなども居ましたので、アートと出会うことが求められている現在としては、成功ではないでしょうか。ただ残念なのは、せっかく間口が広がっているのですから、もっとアーティストを常駐させたり、関係者が積極的に話しかけるなどの工夫がほしかったです(たまたま私の行った日がなかっただけかも知れませんが)。


3■北島敬三 「1975-1991」
会 期:2009年8月29日(土)→10月18日(日)
会 場:東京都写真美術館

最近作の、限定されたモデルを定点観測するポートレイトの印象が強かったので、今回のようなスナップ写真をたくさん見られたのはとても興味深かったです。特に会場の最初に展示されている、森山大道らとともに自主運営ギャラリーを設立し、月に一度の連続写真展を行っていたという、東京 イメージショップ・キャンプはとてもインパクトがあり良かったです。「会場を埋め尽くすように貼られた写真」の前で撮影された写真は、過激さを増し一方でスタジオ撮影のモード的な雰囲気も出ていて、ミケランジェロ・アントニオーニの『欲望』などを彷彿させます。


4■連続対談:9月23日(水・祝)
トーク:「写真のシアトリカリティ」
講師:北島敬三×倉石信乃(明治大学大学院准教授)×林道郎(上智大学教授)×前田恭二(読売新聞記者)

写真空間(青弓社編集部)や、清水穣の著作を最近読んでいたせいか、どちらにも出てきた「シアトリカリティ」というキーワードがついたこのトークに興味を持ちました。参照される写真論や作品が多岐に渡り、難解な内容も多かったと思いますが、やはりというか、アーティスト本人は当然のようにそんな難しい狙いを意識して撮影に臨んでいるわけではなく、「質問の意味が分かりません」といった北島さんの返答に、返って教授達が申し訳ないといった態度になるのが面白かったです。しかもトークの出だしに北島さん本人から、「タイトルにあるシアトリカリティとは、何となくつけただけで、今日この場で深い議論がされる訳ではありません」と断られた。

トークの強引なまとめをすると、50年代の終わりにウィリアム・クラインが撮ったNYやパリのスナップには、演劇的(シアトリカル)に振舞うことがアイデンティティーの形成においてもはや不可欠となった「時代の空気」が感じ取られていたこと、その後60年代の「振舞うことがコード化された」時代を経て、北島さんが撮った80年代前半のNYには、エイズの影があり、80年代後半のPC(ポリティカル・コレクトネス)的な社会性の反映された作品へと向かう兆候となっていた。たぶんこんな感じ。2時間、とても静かに写真論の語られた興味深いトークでした。 2009-09-23/k.m

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カテゴリー写真展示