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野口里佳の展示を見て


  • 光 松本陽子/野口里佳 - 企画展
  • 国立新美術館


大きな展覧会は原美術館以来か。アーティスト・トークを目指したが、電車トラブルなどで1時間以上遅刻。小柄で、おっとりした口調で穏やかにプレゼンしている本人を見て意外だと思った。作品から想像するにもっと強かな人物像を描いていた。けれど話を聞いていく内、力強い信念のようなものがにじみ出てくる。口調こそ穏やかだけれど、オーラを感じた。

原美術館以降の作品と、展示会用の新作を合わせたラインナップ。すっかり巨匠となって、最近では世界中の展示会オファーに向けて新作を用意するのだと言う。そのせいか近作には実験的と思えるような作品が多い。ピンホールカメラを大陽へ向けて撮った作品、宇宙の虹を撮ったという創作(?)、部屋のカーテンにとまった虫、など。

原美術館までの作品は外へ向かって飛び出していく軌跡のようなものだった。実際に登山をしたフジヤマ、ダイビングをした水中写真、自作のロケットを飛ばした作品など。探究心旺盛な写真家が、対象へ向かって入り込んでいく「生き方」自体へ、共感させる力強さを持っていた。

世の中はデジタル一眼レフブーム。女性の人気がマスコミでも連日取り上げられている。トークも女性が多く、質問でもそんな彼女達が目立っていた。皆さん「自身の問題へ引き寄せて」発せられる内容が多く、結構オーラをまとった写真家なんだけど等身大で受け止めてるなーとか思いつつ。

今までの写真は、地球のどこかを撮影していながらも、何か宇宙的な様相をまとっている。しかし近作にはその異邦人的な感じはなく、より身近な対象として捉えられている。大体そんな感想と、心胸の変化を問う人が多かった。

本人の回答も、近作「砂漠で」などは依頼を受けてアラブ首長国連邦へ行き、滞在しながら撮影したので、異邦人の目ではなく、現地の目で捉えた作品だと言う。正面から目線を合わせた人物もこれが初めてのよう。以前は話しかけた途端に「現実は離れてしまう」と思っていたが、今はコミュニケーションを取った先の現実も引き受けるようになったと言う。

色んな現実を受け入れ、かえって身近な日常へ制作意識が向かうのも、当然な成り行きかと思った。けれど森山大道のようにストリートの空気を捉えるようなスナップではなく、畠山直哉や松江泰治のように大型カメラで定着させるモダニズム以後でもない、野口里佳の魅力は両者のどちらにも属さない所にあると思う。実験的な作品も良いけれど、「フジヤマ」のように正確な写像でありながら、どこかノスタルジックに見える引力をさらに追及した作品が見たいと思った。 2009-08-22/k.m


カテゴリー-展示写真