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ランドスケープ 柴田敏雄展



  • 会場:東京都写真美術館
  • 会期:2008年12月13日(土)→2009年2月8日(日)


美術館にはよくある「友の会」というシステムがあって、今回1400人程度の会員から事前希望により100人に向けてイベントが開かれた。学芸員と柴田敏雄自らによる展示案内。公園で超望遠レンズを装備して野鳥を撮影してそうな老人から、友人たちをスナップしていそうな美術系の学生まで幅広い層が集まっていた。 人数制限のため、とても落ち着いて話が聞けてよい。

安保闘争の頃、東京芸術大学の油絵学生だった柴田さんは、やがてベルギーの王立アカデミーで写真を始める。1992年・木村伊兵衛賞受賞、モノクロにこだわっていたが、5年前ほどからカラーを始めたという。大型8×10カメラを使い、精密なまでに細部を表現された写真は、ダムやコンクリートに覆われた造成地など人工的に変容された風景が多く、トリミングがとても絞られているせいで抽象的な絵画にも見え、日本的な風土を捉えているのにどこか普遍的でもあり、そんな作風が海外でも注目されているようだ(以下、メモは取っていないので本人の言葉は記憶に頼っています)。

油絵画家を目指していた点、アカデミーでの写真学、その後のモノクロへのこだわりなど、話を聞いたせいか、柴田さんの写真には一品作品としての重みが強く感じられた。例えば、モノクロに関しての言及。「モノクロは諧調の差異がとても重要で、この赤い橋のような写真はカラーを始めていなければ撮っていなかった」、「はじめに小さい印画紙へ焼き、次に大きくする段階で選定を行う、最終的に引き延ばす写真を選ぶにはあえて撮影から数か月、数年と、時間を置く」。一方カラーに関して、「カラーは焼き方へこだわらず、あくまでも見たままに表現されるようにしている」「色を重ねたりなどは一切行わない」。

どうやら、写真家にとって手作業で画を焼き付けていく過程とは、特別で不可欠な時間なんだと思った。「写真をはじめたきっかけは、誰でも何処でも出来る気軽さ」と言ってはいるが、一方で「デジタルに移行する気持ちはない」というあたりに、写真という作品に内蔵された、様々な時間・工程を愛しむ姿勢を感じた。直接現地へおもむくフィールドワーク、シャッターを押さないとはじまらない狩猟性、撮影から作品評価へとクールダウンさせるための時間、現像という編集プロセス。写真作品として、世の中へ出てくるまでに行われる過程を思い、再度作品を見て回った。

「海外で撮る写真は観光としての視点を避けられない」「文化の背景を知っている日本へ戻って先入観のない写真を撮りたかった」、「稲穂の連続した風景は、認識され過ぎている」「この写真は稲穂のリズミカルな点を見せたかった」これらの言葉からは、かつて自分の中で、写真を単なる広告や新聞のメッセージ媒体としか感じられなかった時期から、作品として自立していく認識の変化を思い出した。撮る側と同じような問題意識を持って写真を見ることはとても楽しい。2008-12-15/k.m

カテゴリー-写真