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「私」探しゲーム―欲望私民社会論




  • ちくま学芸文庫
  • 上野千鶴子著
  • 1992.6

「トレンド考察=歴史資料?」

10年たてば「昔」になる世相風俗の変化の中で、本書は、80年代の「歴史的資料」として読まれるだろう。

あとがきのように、これは80年代を読み解くとても興味深い著作。辛辣な時代批判がゆえに、いまだ新鮮さを失っていない。むしろ現在を読み解く書として再度手に取るべきではないか。以下は引用とメモ。

「権力の推移」

「ウケたい学生」という存在から、権力の移り変わりを論じる。最新のそれは「人気」という実体的な基盤のない権力。たとえばモー娘のような普通の女の子をスターに仕立て上げるのは聴衆のほうだ。だとすればその場合の権力とは共犯関係か?。「プロセスを共有」することが商品となる現在、権力の所在をますます見えにくくしているのか。

「日本人の排他的な性質」

関西弁を意図的に使うこと。東京人とその予備軍たちは、自分と同調しない人々の存在を前にして違和感を覚える。そこに「いちびり」や「居直り」の異質化戦略を発揮する。この戦略は吉本の成功に繋がっているのかとも思う。東京においての関西弁って確かにわざとらしい。最近だと、ユニクロのCMでみせる藤原紀香の関西弁。これも同じような「ねらい」をもっているのか?。

「人なみという世界基準」

商品が欲望を作り出すのであってその逆ではない。健康で文化的な生活は、つねに「人なみ」水準ではかられる。

アメリカ並の裕福さを持つ国が発展途上国並へエネルギー摂取量を減らすことは不可能であり、逆にすべての国々がアメリカ並の道をたどることを目指す。アメリカ並の国に生活するエコロジスト達には、否定も強要も出来ない現実だ。環境意識は発信者の存在基盤(もっとも基盤があるからこその意識だが)に依存しながら批判する構図をもってしまう。そのことが沈黙を生んでいる。

「ネットが生む多様化並列社会?」

モデル不在の大衆社会のなかで、人々は、「ちがいのわかる」幻想のコミュニタスという見えない共同性にコミットしている。「人とちがう」ことと「人なみ」であることの狭間で、人々は無限に自分自身を写す合わせ鏡の中にはまりこんでしまう。

これはインターネットによって幻想から実体へと移行しつつある。「知縁社会」と呼べる実体かは未よく分からないが。「はてな」や「関心空間」で広がるコミュニティー。これらは数々の少数派を取り囲み可能にしている。世間は多数派に属し少数派的感覚はあくまでも内面で処理されてきた。今やネットコミュニティーを利用することによって少数派のまま繋がることが可能となった。しかしそれすらも「横並び化」の運動にはさからえないのだろうか。少数派的感覚とは日本では独特な繁殖なのかもしれない。

「匿名の他者という視線の内面化」

インテリアブームは、のぞかれたがり屋の心理を反映している。絵に描いたようなインテリアの中で、人々は隠しカメラのレンズを通じて、自分の私生活をのぞきこんでいる。

いまや空前のインテリアブーム。その手の雑誌も多い。巨匠建築家はかつての巨匠映画監督のように流行の雑誌で新たなパッケージングを施されている。アンドウもコルもスター扱いだ。このように匿名の他者の視線が内面化されるという現象はナルシシズム的な生活を生み、文学や映画にも反映されさらに現在の管理化社会を加速させる要因にもなっている。

「差別化と繋がりを欲しがることは同じこと?」

自分のテイストやイデオロギーにあわせて「○○ふう」を選びとる。そこには、すでに規範と化した分類のコードがあって、個々のアクター(行為者)は、コードを再現する舞台の上のアクター(演技者)ほどに、フェイクな様式になり下がってしまう。みんながちがいを求めてきた挙句、みんなが似てしまった

「ブランド嗜好」と「着くずし」の二極化である現在も、コードをなぞっている点で両者は同じであることが分かる。コード化という排他的な作業を通してしか、自分を認識させる術がなくなっているのではないだろうか。

「装う」ということの、けじめのなさは、ソトにもウチにも浸透する。ハレでもケでもない世界で、人々は、誰にも決めてもらえないアイデンティティを、自己表現しつづけなければならない。「何をお探しですか?」-実は、表現すべき<私>を探しているのだが、そんなものは、予め自分にわかっていたりしない。

現代が階級化社会へ向かっているのは、「表現すべき<私>」を見出すカテゴリーとして、それが欲望されているからだろうか。選び取るめんどくささよりも、そこに属している安心感。表現するという苦痛よりも、ここからここまで、という規範に従う気楽さ。「自由がもたらす不自由さ」について、かつて寺山修司も触れていたように思う。2003-04-14/k.m

カテゴリー-エッセイ社会思想