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僕と未来とブエノスアイレス


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  • 監督:ダニエル・ブルマン
  • 出演:ダニエル・エンドレール、アドリアーナ・アイゼンベルグ
  • 2003年/アルゼンチン、フランス、イタリア、スペイン合作映画


移民の国アルゼンチン。日系人は2万人くらいいるようだ。首都ブエノスアイレスは、1914年で中心部の60%以上が外国人で占められたほどとか。南米のパリってのもよく聞く。いつか行ってみたい。そんな街が舞台。けれどこの映画ではヌーベルバーグのパリように、かなり断片的な映像でしか街は捉えられていなかった。

ガレリアという小さな商店街で繰り広げられる群像劇。ハンディカメラの手ぶれがとても気になる映像だけど、だんだん慣れる。ポール・ハギスの『クラッシュ』が多民族アメリカ社会の殺伐とした冷戦を描くヒステリー映画だったのに対して、こちらはとてもアットホームだ。 様々なエスニシティ間を素朴な付き合いが結んでいる。

群像劇はいかに各キャラを際立たせ(多様さ)、リズムよく流せるか(明解さ)にかかっていると思う。成功した流れのなかでは、とても多くのドラマ(多様さ)があるのだけど、どれも繋がっている(明解さ)かのような錯覚を起こす。きっとこれも群像劇・映画という仕組みに理由がありそうだ。

例えば映画はどんな画像も編集によって意味・文脈を与えることができる。背中で語る、音で語る、覗き込む視点で語る。僕らが普段生活している中で感じ取るさまざまな信号や空気。その仕組みを取り入れているだけだ。そこへさらに映画的な記憶というか、映像によって感知させてきた世界受信の作法を使うことにより、高度に編集される。一見なんてことのないカットひとつの中へ、たくさんの思考を投影をさせることができる。2006-09-03/k.m

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