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イタリア旅行記/2000年12月24日


12月24日ミラノ二日目。朝一番で湖水地方「コモ」へと向かう。コモは世界的な保養地として有名だが、もっぱら夏の避暑地であり、この時期に好きこのんで行くのはテラーニを見に行く建築ファンくらいかもしれない。地下鉄でコルドナ駅まで。昨日上着をかえなかったので、駅周辺で出発前になんとか手に入れたく朝の街を歩く。

ほどなくブティックが1件あった。そこであたたかそうなダウンのベストを購入。さっそく着込んで北部線へ乗り込み、30分ほどでコモへ到着。やはり寒い。しかしミラノの殺風景な雰囲気とは違って、冬でもこちらの方が賑わっている感じがした。観光地的な「おもむき」と小さな街のたたずまいに好感がもてる。 車中からすでにカサ・デル・ファッショを確認できた。ドゥオーモと向かい合わせに立つそれは、テラーニによる合理主義の意匠に包まれ、端正なプロポーションを持つ美しい建築。

ドゥオーモと対照的だが、その佇まいには「かえって」貫禄を感じてしまう。モダンな形態と造り込まれたデザインは今でも斬新だ。最近の建築にもモダニズムと同様の意匠が多く見られる。しかし工業化と経済合理主義の進んだ現在において、モダンはこの時代の意匠に勝っているように見えない。それ自体が一つのおおきな理念として追求され、ドゥオーモのように歴史的な建築と正面から勝負できる理念だったからだ。新鮮に感じるのはむしろ「安易な複製」ばかりを見てきたせいかもしれない。

この建築がファシスト党地方本部であるということは、秩序を具現化した先にこの形態が生まれたのかも知れない。正面から見たときにそう感じられた。フォルマリスティックなファサードには、合理主義だとかファシズムだとかの表現はしょせんレトリックに過ぎず、いつの時代も建築家の目指すものは普遍性を志向するのかと思わせた。寒い中はるばるコモまできてよかった。

見学するために守衛をたずね、身分証明を見せれば可能となり、ちょうど用意していたパスポートのコピーが役に立った。インテリアは柔らかい光が浸み込んだようだ。ガラスブロックの格子に包まれたホール。質素な空間ながらディテールへ興味をそそられる。無骨とも思われる手すりのプロポーションや、建具上部の格子窓。決してきめ細かい意匠では無いのだが、全体のバランスからいえばむしろ正解かも知れない。再び外を回ってみる。特徴的な細いフレームにも大理石が張ってあり、柔らかな色合いが美しい。

後ろに控えている建物にも端正な窓が連続していた。背後にそびえる山々には、頂上から落っこちてきそうにヴィラが建っている。湖畔の雰囲気は一見すると山中湖や芦ノ湖を思い浮かべてしまうが、ヴィラのデザインはやはりここでしか見られないものばかりだろう。ヴィツェンツィアがパラディオの街であるように、コモにはテラーニの作品がたくさんあった。

再びミラノ。日本では比較的派手な商業施設ばかり設計していたアルド・ロッシによる、カララテーゼの集合住宅をみに郊外へ。建築をやっていたおかげで見知らぬ街の郊外も躊躇なく足を運ぶことができるのだと思った。駅前にはひと気が全くない。ドゥオーモ駅からたった15分くらいだろうか。東京では考えられないことだ。付近には集合住宅ばかりが建つ。

歩いてコンビニへ行ける生活を当然としている僕らからは、不安なほど店の気配がない。それでも郊外という均一化問題は日本にあり、ミラノにもきっとあるだろう。都市形態は経済構造と切り離せない。イタリアの経済状況は思わしくなく、EU加盟国の立場を維持することが精一杯でもある。それでも生き方を変えようとしない国民性。政治の統一的概念に歴史が無く、いまだ都市単位で自立する動きがある。それはコンパクトな街を築いてきた要因にもなっている。

日本の街づくりも今後、コンパクトさへ向かうことは自明でないか。限られた自然や資源。限界を前にしてこそ本質的な可能性を探りはじめるかも知れない。現在の拡張を続ける東京は、無自覚なままの欲望そのものだ。アルド・ロッシの集合住宅はセキュリティーのため入ることがで出来なかった。けれどミラノ郊外へ来て、イタリアの現在を多少なりとも感じられた。


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