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2000年2月1日-パリ3日目



さすがに疲れの出てくる頃だが、今日はホテル近くの国立図書館から見学。付近は建設ラッシュで、クレーンが立ち並ぶ。集合住宅の建設が、ここでも目立つ。


4冊の本を開いて互いに向き合ったようなタワーは、内部の広大なヴォイドを予感させている。ドミニク・ペローがヴォイドを説明的に言うには、「パリの広場」としての役割を担う存在である、と言うことだ。今後開発の進む、パリ13区のスタート・ポイントとして、必要なのもは、スペースとエンプティネス。確かに明快な考えと、歴史への参照という姿勢の伺える提案に思える。それはまた、タワーと広場という、都市のランドマークとして、パリのみならず、ヨーロッパの街々ほとんどに共通した理念を持ち込んでいる。

読書する者への、家としての落ち着つける空間と、国立という威厳を、慎重に表現された内部空間だ。回廊から見える中庭は、昨年末の台風のせいか、樹木がほとんどなくなっている寂しい状態だ。3メートル以上の大きなガラスも一部割れていた。内部の広大な植裁広場が、もっぱら鑑賞するのもであること。建物外周をとりまくデッキテラスが、アプローチの動線空間にしかなっていないこと。それらは、今後この建物が、どれだけオープンで親しみのあるものになっていくのか、多少の疑問を残す。

それにしても、ルーブルのピラミッド、グランド・アルシュの門型、そして国立図書館のタワーといい、主にミッテランの進めたこれらグラン・プロジェの形態は、とても分かり易く、国家的意図の象徴表現として、十分に機能しているのではないだろうか。


ラヴィレットを目指す。やはり、ストの影響で移動に思わぬ時間と、疲れを要する。パリには緑が多い。そもそもパリ自体が、フォンテーヌ・ブローとランブイエの森という、数千ヘクタールもある広大な森に挟まれている。パリ市内にも、10ヘクタールを越える規模の公園が多い。今回は、主に近年になって開発された、昔の工業地帯や商業用地で進行された新プロジェクトとしての公園の見学が多い。ホテル周辺のベルシー公園。先日廻ったアンドレ・シトロエン公園。そしてヴィレット公園だ。なぜなら、それらパリでの公園整備が、建築や都市整備とも結びつきが強く、話題になる建築が多く存在するからだ。

ラ・ビレットは、そんな開発のなかでも異色の存在だ。ベルナール・チュミによる、抽象的な概念を中心に組み立てられたテーマ。従来のランドスケープ中心の公園の概念ではなく、文化的想像へ向けての場を目指したものだ。フォリー、ギャラリー、庭をそれぞれ点、線、面として構成。チュミは公園の理論の説明として、シュールレアリズム理論や、エイゼイシュタインの映画理論などを引き合いにし、またジャック・デリダなどの哲学者も、庭園デザインチームに加えている。建築を「知性の形」ととらえた、これらのアプローチは、この街の開発へどのような影響を与えたのか。1982年にスタートしたこのプロジェクトに、全面的な答えを見いだすのはまだ早いのかもしれない。

シュールレアリズムやモンタージュの理論を体感し考えていくには、やはりそこに生活する者とならなければ無理だろう。一瞬の見学は、原寸の模型を見るかの様で、地に着いた感覚は得難い。「知性の形」という発想へ、どんなリアクションを生じるのか、むしろ科学都市や音楽都市へ勤める人たちにでも聞いてみたいものだ。一方、クリスチャン・ド・ポルザンパルクの音楽都市とマナン・ジョレス。マッシブな西棟と、ト音記号のような東棟、そしてホテル棟。ラヴィレット南部でポルザンパルクの造り上げたものは、都市的スケールに及ぶものだ。

ポスト・モダン以降、正統的なコルビュジェ的モダニズムの再解釈として、ポルザンパルクの作風は興味深い。それは、モダニストが堕落し病弊の温床であった都市を、純粋で清潔なものへとしようとする余り、都市の多様性と豊かさを見失っていった事への反省を大事にした考えの延長にある。後期のコルビュジェの作品には、そういった人間的な豊かさが多く見られるが、ポルザンパルクの作品には、そんな絵画的・彫塑的なダイナミズムがさらに強調され、規模も大きく、新たな均衡を街並みに与えている。もちろん、規模の大きさは、建築内部に、都市的な変化を見いだす事を可能とし、実際にポルザンパルクの追求してきたテーマでもある。


再びパリ中心街へ向かい、ポンピドウへ。月曜は休みなので、わざわざ昨日は外していたのだが、模様替えで中に入れず。2000年に向けての改修が終わったと聞いていたので、期待していたが残念だ。せめてエスカレーターにでも乗りたかった。エッフェル塔の時と同じくらい、市民から大反対された形態であったが、雑誌で見慣れていたせいか、余り唐突な感じはしない。もちろん、既に完成から20年以上がたち、ポンピドウの無い時代を知らないパリの人達も多い。むしろ現代美術の殿堂として、パリには欠かせない存在だ。


シャルル・ガルニエのオペラ座と、ジャン・ヌーベルのカルチェ財団を見て、すっかり夜が更けてしまう。 かつてガラスが建築に与えた夢想的な機能が、戦後の高度な工業化によって、具体的で無機的な皮膜でしかなくなったと言われている。
しかしヌーベルの表現したカルチェ財団は、ガラスへ新たな夢を与えた作品として有名だ。

建物から独立した透明なガラスのファサードによって、建築の重力を消し去り、建物の表情を時々刻々と移り変わっていく存在とした。しかしあまりに暗くなってしまってからの訪問だったので、内部の空間がくっきりと浮かび上がり、微妙な透明感を感じることが出来ず残念。