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2000年1月30日-ロンドン→パリ移動日


今日は移動日、そしてそれはロンドンで最後の目玉である、ウォータールー国際駅の見学でもある。空港に匹敵する程の規模を持ちながら、都心に位置する駅。ヨーロッパ随一の利用客をカバーする、ヴィクトリア時代の旧駅への増築であるこの建物。見所はまさに、ダイナミックな新旧の接点ではないだろうか。ユーロスター改札口に面したその空間は、保存すべき偉大な建築と、それに負けないアイデンティティを持って、過去から現代へと繋ぐ空間のコラボレーションを見るかのようで、とても感動的だった。

すばらしいガラスの上屋を持つ旧駅。雑誌でみた上空からのウォータールー国際駅は、その旧駅に追いやられているかのような、狭い敷地に見えた。しかし、アーチ状でながく敷地なりにうねったガラス屋根は、昨夜バスから見た夜景の迫力と共に今だに頭へ鮮明に残っている。30メートル以上のスパンに架けられた、スリー・ピン接合の非対称形弓形アーチ。そこへ瓦状に嵌め込まれた、ガラスパネル。一つ一つ丹念にデザインされた、ディテールによって全体が出来上がっている。この仕事に費やされたエネルギーの大きさに驚く。

今日、ヨーロッパを旅する我々にとって、パリへの玄関でもあるウォータールー国際駅。ウォータールーの名が、かつてイギリス軍が、ナポレオン率いるフランス軍をワーテルロー(ブリュッセル郊外)で打ち負かした勝利を祝って付けられた事を思うと、歴史の皮肉を感じる。今やヨーロッパ統合は、経済統合へ向けて進んでいる。共同の安全保障体制の形成など、政治的な対立を減少させ、国家主義はどんどんと時代遅れのものとなっていくのだろうか。


ユーロトンネルをくぐり、約3時間でパリ北駅へ。パリには、いわゆる中央駅がなく、方面別に異なる6つの主要な鉄道駅が環状に点在している。それぞれが、立派なターミナルだ。パリを通過する旅行者には、ちょっと不便かと思うが、実は世界に誇るパリを、単なる通過点とさせないための都市構造なのだろうか。19世紀に造られた北駅は、正面を古典的な石造りとし、構内は鉄とガラスの大空間となっている。出発への興奮、旅立つ別れの予感、そして到着への期待感。そんな人々の思いが交錯する駅空間としての存在感がある。




ロンドン到着同様、ホテルに荷物を置く頃には、日が暮れ始めていたが、さっそく出かける。ホテルは、パリの比較的新しいベルシー公園内に位置する。最寄りのメトロ駅も、昨年10月に開通したばかりの、14番線。この線路はとても便利で、マドレーヌまですぐに行くことが出来る。

何より、構内が清潔で斬新なデザインだ。ベルナール・コーンを中心としたチームによる設計で、柔らかい光でライトアップされたアーチ状のコンクリート壁と、蛇のように天井から張り巡らされている金属性のダクト(照明や電気配線用)が特徴的だ。しかし、リヨン駅で乗り換えた1番線は、狭く汚い旧来の地下鉄だ。いきなり最新の14番線に乗ってしまったので、ちょっと躊躇するほどだ。しかしロンドンも同様な感じだったので、すぐに慣れていった。



1番線のホームの中でも、ひときわ古く、今にも壊れそうな怖い雰囲気の駅、PorteMaillot駅で降りる。ここには、ポルト・マイヨー広場に面して、ポルザンパルクの設計した、パリ・コングレス・センターがある。はじめて降り立つパリの広場。凱旋門とデファンスを結ぶ直線軸の中間、高速環状路線ペリフェリックがすぐ下を通る場所だ。車の勢いが取り巻く交通広場と言うのが最初の印象だった。青い光でライトアップされた、ダイナミックナ外観。ポルザンパルクによって設計されたファサードの奥には、巨大な複合施設がつながっている。ホテル、会議場、ショッピングセンターなどが一体となって利用できる施設の大規模な拡張計画だ。

今日は日曜で、しかも7時を回っていたせいか、内部のショッピングセンターはほとんどが閉まっていた。地下の商店街コンコースを歩き、施設の端部であるホテル手前のレストランで、食事をして帰る。外観の迫力に反して、内部はちょっとチープな商業施設を思わせた。



帰りはコンコルド駅で降り、マドレーヌまで歩く。エジプトの総督ムハマンド・アリーから贈られた23メートルのオベリスクが中央に据えられた、コンコルド広場。壮大な広がりを期待して、地下鉄出口をでると、一番目立っていたのは、仮説で造られた観覧車だった。エッフェル塔とオエベリスクの静かなライトアップの手前で、ひときわ強い光の観覧車。ちょっと残念な眺めでもある。