決壊




  • 平野 啓一郎 (著)



人間は、決して完結しない、輪郭のほどけた情報の束だよ。生きている以上、常に俺の情報は増え続けるし、色んな場所、色んな時間に偏在する俺という人間の情報を、すべて把握するなんて、土台、出来るはずがない!

初めて人と会う。その瞬間から、双方の人格は政治化される。コミュニケーションの中で、相手が俺をどう思うか、俺が相手をどう思うか。それは、フェアな合意形成の道筋を辿らないよ。絶対に、ね。(作中引用)

忙しさにかまけてしばらく鞄の中に入れていて、この重さですっかり新しい仕事ケースのポケットが本の形に鋳型されていく姿を哀れに思ってなんとか上巻を読み進めていたら、下巻はあっという間だった。

長編ならではの重厚感ある作品。けれど一方で上のような引用箇所から見えるのは、相手によってキャラクターを使い分ける僕らの日常をとてもナイーブに膨らませた世界観であって、そこへ翻弄される主人公の姿へどこか既視感をいだく分、その重みが差し引かれていくようでもあった。

要するに作者の文体は常に生真面目というか、緻密さを持っていて、不条理に命を奪われた家族の生に対し、残された遺族がその不在感を構築していく(=消え行く記憶の)過程を、丹念に書き連ねる部分などにもよく表れていた。

それらは同時代性を感じるには若干物足りない状況分析だけれど、抽象的な構築力が強いために、ミステリー的な意匠と合わせ、かえって際立つ純文学系の「語りえない感覚的な部分」を感じ、また作者のそこへ触れていく手さばきに圧倒された。2008-10-10/k.m


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最終更新:2009年02月27日 14:55