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見えない嘘





  • 本年度カンヌ映画祭コンペ部門出品作
  • 2002年/125分(フランス公開:02年8月21日)
  • 監督:ニコール・ガルシア
  • 出演:ダニエル・オートゥイユ、ジェラルディン・ペリャス、エマニュエル・ドゥヴォス


ニコール・ガルシアという女性監督の作品。実話を題材にした原作を映画化。18年に渡り、自分は医師であると友人や家族を欺き、嘘を積み重ね、その発覚を怖れて両親、妻、子供二人までの殺した男。そんなちょっと信じられない話。

映画は18年間嘘をついて来た男の殺害に至る最後の数年を描いている。なぜ18年も騙せたのだろうか、いくら何でも無理がある。劇中その男は朝子供を送って、WHOという偽った仕事場へとりあえず足を運び、ただホールで新聞を読んだり、公開会議を傍聴したり時間を潰す。そして夕方自宅へ帰り、疲れたふりをしつつも家族をいたわる。そこには優しくて芯の強い一人の父、夫という姿と、昼間の偽りの空白を埋める愚かしい姿とがある。

いったいお金はどうしているのだろうか?。それはなんと妻の父の資産を運用しているという偽りによって、使い込んでいたのだ。これらどれをとっても、一瞬も気の抜けない嘘の連続は、男を極度な緊張のなかへ縛り付けている。まさに後戻り出来ない事実が、新たな嘘を生み、そして自身を拘束していくのだ。それは余りにも見ていて辛く、重くのし掛かってくる。

男を演じるダニエル・オートゥイユは、パトリス・ルコント監督作品でヴァネッサ・パラディと共演していた「橋の上の娘」でナイフを投げる、ちょっと影のある役が印象にのこっていた。今回も苦悩する姿、そして自分でも分からない何かに突き動かされているような空洞を持った難しい役柄を表現していた。

どんなに凶悪な犯罪であろうと、映画においてその主人公として演出されたならば、共感を抱かずにはいられない面を持つ。それは生悪説を裏切る一つの真実だと思う。監督も人間としての彼の姿を追った。もちろん、狂気として排除した演出も可能で、ワイドショーや3面記事ではそれらが繰り返されている。しかし監督が「映画」としてこの事件を取り上げたと言うことは、そこへ本来的な人間の姿を見たり、多面的に一連の犯罪の連続性や、それを許した社会の姿を輪郭として浮かび上がらせるという、意味を持った出来事へと一歩入り込ませる効果を持つということ、そして家族ドラマを見出し、愛情の中へ深い問題意識を探る、人類の普遍的な「悲劇」を語るエンターテイメントでもあるということ、それらを作品の中で出会えたという感動をもたらした。2002.06.22k.m

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