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凶暴な放浪者


  • 掲載/文藝/2004年/夏季号/【特集】阿部和重
  • 中原昌也(著)


オレンジデイズを見た。妻夫木の「俺にはプランがある」という言葉にやられた。「君を音の闇の中から救う」というプランにだ。今時恥ずかしげも無くこんなセリフを言ってのけるのは彼ぐらいではいか。それはいい人というレベルの印象を越えて、まるで後光が差しているような貫禄すらあった。もはや柴崎コウの勢いも遠のいてしまうほどに彼は爆走している。

そんな訳で中原昌也の短編「凶暴な放浪者」を読んだ。暴走という意味では彼もまた走り続けているのではないか。三島賞受賞後ほとんど小説という世界から足を洗ってしまったかのように見えるが、その一貫した自虐ネタは洗練されていくばかりだ。

「書くなら派手なやつがいい。裸の女だとか、スカッとするような殴り合い。高価なスポーツカーで派手に女を轢き殺して、白い車体が鮮血に染まる。・・・」

こういうものを読者は求めている。なんでか分からないがそれを書く。みたいなことを作中で喋る。確かに彼の残忍な部分を読むとスカッとしている自分を感じる。それはスプラッター映画をみているのとはまた違った感覚だ。実際あれらを見たのは中学生の頃で、その時点で見られるほとんどのホラー映画を見ていた。ように感じるくらい。

きっとその経験は中原昌也とおなじ倒錯した人格をつくることに貢献したのかもしれない。けれど彼の何百分の一程度ですら及ばないのだろうけど。でなければ、こんなにも周到に練られた卑劣な文章を書けるはずがない。セリーヌが書き残した残忍さのように。

彼はこの文体をあたかも私生活の貧困さから生まれてくるかのように自虐的な文章を書いている。そして一見もっともなようにも見える。読む方もどこかで彼が貧困であってほしいと願う。ずたずたで醜い生活の中から生み出されるどうしようもない文章を、こじゃれた系の?文藝で読むことの皮肉さを覚えつつ。けれどそれも出来過ぎたパロディーのようだ。うそっぽい。

だいたい今時フリーターだってそれなりに豊かな生活の出来る時代なのに、三島賞まで取った作家さんが、その月の原稿料を喉から手が出る思いで貧しい生活をしているものだろうか。いいかげんだまされる読者もいないだろう。きっと青山のタワーマンション高層階あたりで、下界の雑然とした街並みを横目でみながらパソコンを前に優雅な文筆業を営んでいるのではないか。

むしろ裕福さゆえに訪れる卑劣な同情心でもって、まるで金持ちがボランティアするかのように「自分好き」を演じられているようでもある。っとここまで書いて一体自分がどこへ向かっているのか分からなくなってきた。これもきっと中原昌也の芸術的なまでに悪態ぶったこの小説に魅了されているからだ・・。2004-04-25/k.m

コメントをぜひ

  • りえ>柴崎友香の後に中原昌也。狙いどおりの誌面構成でしょうか。柴崎さんの「やさしさ」ってタイトルもある種すごいものがあると思うのですが。SIZE(10){2004-04-26 (月) 00:15:03}
  • k.m>柴崎友香のはまだ読んでいませんが、あの「ほんわか」した感じとはある意味コントラストの激しい構成ですかねw。でも中原昌也も意外と「ほんわか」していますよね。だからこそあの悪態ぶりも「笑える」のでしょうし。SIZE(10){2004-04-28 (水) 11:14:38}
  • りえ>私は柴崎さんの小説は読んでいて居心地の悪いものがありまして・・・。主人公の女性はなかなか計算高いですね。むしろ中原の小説の方が無垢な感じがしました。SIZE(10){2004-05-04 (火) 23:55:02}
  • k.m> 「居心地の悪いもの」 りえさんらしい分析でとても興味深いですw。それって異性にばかり好かれて、同性からは嫌われるタイプということでしょうか。ユウキナエみたいな(ちょっと違うか)。僕はあのように計算高く女性が行動しているのは、阿部和重の妄想劇のような緻密さを感じて面白いです。一方で「ほんわか」と感じるのは男だからでしょうか。SIZE(10){2004-05-05 (水) 00:29:01}
  • りえ>なるほどー。ユウキナエ。私は別にユウキさんは嫌いではないですが、その種の感情なのかもしれないですね。つまりこれは嫉妬に近い感情ということになるわけで、私自身とても興味深いですw。しかし柴崎さんの小説は同性にも人気があるようで、この辺のかんじは愛読されている方に伺ってみたいです。SIZE(10){2004-05-05 (水) 19:20:40}
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カテゴリー-小説