切実さと「ゆるさ」が同居する作品

  • 長嶋 有 (著)


小説の終盤、わずかにパリが登場する。けれど読み始めてまもなくヨーロッパというか、それに近い場所のイメージを思い浮かべてもいた。主人公を含む登場人物たちの「旅先」としてパリは登場するのだけど、彼(主人公)は自分がずっと旅を続けていたのだと語る。

それは初めから最後まで彼が匿名な存在として居続けたからで、匿名な街のある店の2階へ居候をし、身のうちを明かさないまま違和感もなく生活を続けていく姿の中へ「旅」を感じていたからだと思う。小説の中の彼も、そして自分も。

匿名な存在であることの気楽さと不安へ、読んでいる内に感情移入する。まるで放浪する無頼のようにモラトリアムな生活と、様々に交わすコミュニケーションの断片へ。

けれど終盤、このフィクションが与える妙なリアリティーは、むしろ現実の生活こそへ重なるものではないかと思った。社会的な基盤の上に成り立っている思っていた自分の生活も、この小説のように匿名な気楽さと不安を合わせ持っている。

先の見えない不安は一方で気楽さを呼び起こし、不自由だと感じる日常の閉塞感と、どうにでも変えられる選択の可能性とに挟まれる息苦しさとか、様々にシンクロさせる切実な読後感と癒しの「ゆるさ」とが同居する作品。2007-07-14k.m

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最終更新:2009年03月12日 00:29