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異都発掘

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東京を知る企画第2段(特集にしますこれ)。荒俣さんです。初めてこの方の本を読みました。帝都物語もきっとこの視点なんだろうか、と思いながら読んでいました。博学、博物学な方の場合、その膨大な知識の泉からわき起こったイメージの世界がまず当地を訪れる前に出来上がるとは思うのですが、この本はそのような「妄想」を意識的に大きく膨らませてから取材するまさに荒俣ワールドです。

東京を「亡霊のように日に日に消滅していく市(マチ)」と語る著者は、実際に無くなっていく市としての都内をドサ回りのごとく過ごしていたようだ。「東京は、変わったねぇ」ではなく、失われゆく場所、いわば存在しないものの連続なんだろう。

僕も実際に、著者と同じように「下板橋」へ4年ほど住んでいた時期があった。荒俣さんの当時は、環6の上を高速が街を分断していったが、僕の時はさらに17号線の上部を高速道路が日に日に出来上がっていく時期だった。利便性という魔物が、いくつもの連続した町並みとそのコミュニティーを破壊していくのを見た。近所づきあいというコミュニティーは既に希薄なのだろうが、視覚的に空の見えない道路沿いはどれも廃墟のような顔になっていく。都内にはそんな場所がたくさんある。そしていまも僕は廃墟の連続する街に住んでいる。甲州街道沿いの分断もなかなかにすさまじい。それを廃墟だなどと意識する気持ちも慣れとともに失われるのだろう。

それにしても東京を語りながら、軍事、風水、南方、怨霊などと横断的に駆け抜ける著者の博学はまさにイリュージョンである。この膨大な街を僕らはカフカの城のように俯瞰することは出来ない。いつまでも記憶の断片でしかないのだ。だからこの東京を感じられるのはイリュージョンとしての妄想でしかない。それをこの本は実践として示している。

地下鉄に乗りワープ、乗り換えの街。デパートの階数のごとく使い分けの必要な専門街群。ファーストフードのように入れ替わるビルディング。タケノコのようにわき上がるバブル後の巨大タワー達。変わらないものなどほとんど存在しない場所。何よりも人間の欲望が街を造り破壊しうごめかせているのだと痛感。そのエネルギーの大きさへと、また引き寄せられるのでした。

2001.06.20k.m


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カテゴリー-エッセイ,東京


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