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  • 伊藤たかみ
  • 幻冬舎文庫
  • 457円

著者は1971年兵庫県生まれ。早稲田大学政治経済学部在学中に「助手席にて、グルグル・ダンスを踊って」で文藝賞受賞。「ミカ!」で第49回小学館児童出版文化賞受賞・・・。

この物語に登場するような無力感が、はたして今の自分にとってリアルかと言えば、けっしてそうだとは言えない。それでもこの小説を面白いと感じる自分がある。それはどこにあるのかと言えば、あるいはごくありふれた恋愛モノであることに共感しているのかも知れない。

自殺願望者達の集まるホームページでの出会いが、「実際にもありそうだ」と言うレベルの話ではなく、「匿名でのコミュニケーション」という新たな特権を得たネットユーザー達の直面した「現実感」が、はたしてどのように存在しているのかという所へ、同時代的なリアルを感じられることが面白みの大きい所だろう。

「死ぬ事」へそれ相応の理由を述べられないこと、また他者へ納得のいくような絶望感が、今の日本に存在するのだろうかという気持ち。時代的に大きな困難に行き当たらない世代と、極限まで追いつめられなくとも、簡単に身内が世間から身をまもってくれるシステムが硬直に出来上がっているこの国ならではの「この物語」ではなだろうか。それは「ひきこもり」がその独特な「お国柄」ゆえに大量に生み出されていく社会を十分に表してもいる。

何か不自由な障害や、達成不可能な壁に当たったとき、人はそれなりに充実感を感じる。人生の意味など考えも出来ないくらい忙しい毎日を送っている人ほど、幸せを感じているのかも知れない。スポイルされることの困難さとは、その点で解決し辛い構造を持っているのだろう。

この物語が目に見える「甘え」からではもう語れないものだということが、余計にそれらの病理を表しているようだ。僕と同じ年齢の著者がこういった小説を書くのだから、同時代を批判的に表現されたモノとして見てしまうことも、当然の流れでもある。そして繊細な人々の繋がりで出来上がったこの社会を、図太く生きていく事への大きな摩擦感、心の奥を探る人達の見えすぎる内面、どれもこの社会が避けて通れない、かつ確実な蓄積をその人生と共に生み出している「関係性」の一端が、よく表れている物語である。2001.10.27k.m

コメントなど

  • k.m>7月13日(木)・第135回芥川賞。伊藤たかみは第132回直木賞を受賞した作家・角田光代の夫。2006-07-16 (日) 16:56:42
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カテゴリー-小説

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最終更新:2008年04月11日 08:11